目を覚ましたシルフィールは、若干の疲れをまだその顔に残していたが、おおむねは全快したようだった――まぁ、まだ髪の毛の色は白いのだが。
「ガウリイ様――それとリナさん……お久しぶりです」
 あたしはおまけかい。
 ……まぁ、彼女にとっちゃあおまけかも……
 部屋には、ベッドに寝ているシルフィールと、その傍の椅子に座っているあたし、壁に寄りかかってこっちを見ているヴィリス、それにベッドの傍に心配そうな顔で立ったままのガウリイがいる――ゼルガディスはまぁ、当然と言おうか……よーするに、アメリアの手伝いに行ったのだが。
「どうやら、あなたも夢鬼にやられたらしいわね」
 あたしの言葉に訝しげな顔をする彼女へ、あたしは夢鬼と、それに関連する事件との説明をした。シルフィールはそこでようやく、合点を得た表情をした。
「そうですか――あの少年は夢鬼、という魔物だったのですね――」
 シルフィールの話だと、今では珍しい、野良デーモンと戦って怪我をした戦士を診て、帰りが大分遅くなったそうだ。そして、帰り道に、うずくまっている少年を見かけたという。近づいたところ、急に飛びかかってきて、意識が遠くなり――気づいたら知らないところに倒れていた、というわけである。
「それで、何とか自力でセイルーンまで――まぁ、正確には目前で倒れて、そこの方に助けてもらったのですが――
 ああ、その節はどうもありがとうございました……えー、と――」
「ヴィリシルアだ。ヴィリス、と呼んでくれていい」
「ヴィリスさん、どうもありがとうございました」
「大したことをしたわけじゃないから、気にしなくていいよ」
「そうですね」
 ヴィリスはシルフィールの言葉に、なんとも微妙な表情をした。彼女はそれを見て満足そうに、
「冗談です」
「――そうか」
 シルフィール……何かあんた、いい性格に磨きがかかってるような気がするぞ……
 とゆーか、ヴィリスに性格誤解されたって。今ので。絶対。
「でも――近くに町とかなかったわけ? どうしてあんなにぼろぼろに――」
「確かに、町はあったのかもしれませんが、目を覚ましたところでわけもわからなくなって――」
「――どういうこと?」
「私が目を覚ましたところが――あまり覚えてはいませんが――とにかく生き物の身体の中のようなところだったんです……
 私、魔族を初めて見たとき、あれ以上におぞましいものなどないと思っていたんですッ――
 それなのに、あんなものがあったなんて――それも聖王都のすぐ傍に!」
「シルフィール、どういうこと!? 落ち着いて、何を見たの?」
 『そのときのこと』を思い出したのか、声を荒げるシルフィールの肩に手を置くと、あたしは彼女の目を見て話しかける。
「――あ――す、すいません。
 取り乱してしまって――
 ………………」
 彼女は何か考え込むように沈黙し、二度三度口を開きかけ、また閉じを繰り返し、
「――私、上手くは言えないんですけど……その、とにかく――
 カエルとかトカゲとかの解剖って、やったことあるでしょう?
 ちょうど、それのようなモノの中にいるような感じで……私わけがわからなくなって――気がついたら、森の中を必死に走ってたんです。
 何かから逃げていたような感覚があって――」
「夢――とかじゃあないのね。それじゃあ」
「ええ――あの生々しい感覚は夢じゃないです。あんなモノが聖王都の近くにあったなんて……」
 シルフィールはあたしの問いに答えると、そのままうつむいた。
「ごめんね、シルフィール、嫌なこと思い出させちゃったみたいで」
「――いいえ、これが事件解決につながるなら、いいんです……私――」
「もう、休んだ方がいいわ。事件解決はあたしたちに任せて――ね?」
「すいません……お手伝いが今回はできないみたいで……」
 あたしはかすかに首を振った。彼女のせいではない。
「それじゃ――」
「はい――」
 簡単な挨拶を交わし、シルフィールが横になったのを見ると、あたしたちは部屋から出た。
 シルフィールの――グレイさんの家から出ると、朝の光が目にまぶしかった。
「……あー。目にしみる……眠い……」
「こんなに長い時間起きてたのって、何ヶ月振りだー……?」
「私は別に疲れてないけど……」
「あんたは、セイルーンの外でついさっきまで寝てたんでしょーが!」
 ヴィリスの燃料――もとい、動くために必要な『たべもの』が、魔力であることはヴィリスから先程聞いた。その魔力がセイルーンで尽きかけ、結界の外に出たところでダウンしていたことも。
 しかも、彼女はあたしたちが、シルフィールの看病を手伝っていたのにも関わらず、器用なことに、立ったままぐーすか寝ていたのである!
 とゆーわけで、ちゃんとした……でもないが、とにかく! 睡眠をとっていたヴィリスは疲れてるはずがないッ!!
「――でも、あんた大丈夫なわけ? もうセイルーンに入ってから五時間は経ってると思うけど――」
「ああ。全快とまでは行かないが、あと四日ぐらいはもつと思う」
「そう――それなら今度は倒れるなんてことはないのね」
 あたしの笑顔に、ヴィリスは首を傾げながらも頷いた。
「まぁそうだが――」
「そう、それなら――じゅーぶん働いてもらうから♪」
「は?」
 ヴィリスが不可解そうに眉を寄せるのを確認して、あたしはにっこりと微笑んだ。




僧侶連盟




「――鬼。悪魔。ドラまた。盗賊殺し……金色の魔王の類似品」
 リナがいたら本気で殺されそうな台詞を呟きつづけながら、ヴィリシルアは森の中をすたすたと移動していた。
「噂を集めろ? シルフィールが行ったって言う何か気色悪そうな場所を探せ? ざけんなッ!
 ンなことやらせるならゼルガディスやら姫さんやらフェイトやらハーリアとかの方が適任じゃねーか! セイルーンの近くにあるってことぐらいしか解ってないってのによッ!!」
 ……それだけ解っていれば十分だとは思うのだが。
 彼女が言ったのは、気持ち悪いものへの耐性ではなく情報網についてである――まぁ、アメリアにやらせるのは、いくらなんでも酷だろうが。
 独り言をぶつぶつ呟きながら歩いているので、はっきり言ってひたすら怪しい。だが、幸い森の道には彼女以外誰もいなかった。
「……断ればよかった――」
 むろん、そうできなかったことは彼女自身が一番よく解っていた。リナは怖い。怒らせたら怖い。むしろ怒らせる五歩手前辺りから既に怖い。
 ――まぁ、それはともかく、である。
「とりあえず見つけないとな。何言われるか解らん……し」
 ふと、ヴィリシルアは足を止める。
 ――自慢ではないが、彼女は精神世界面の気配をある程度探ることができた――もっとも、相手がそうと悟られぬように気配を隠していれば解らないのだが。
「――いたのか」
「参りましたねぇ。精神世界面アストラル・サイドを見るのは魔族と神族の特権なんですが――」
「特権意識が人間をだめにするんだぞ」
「人間じゃありませんってば――ああ。気配を隠しておけばよかったんですよね」
 ため息混じりに呟いて、獣神官は姿を現した。
「ちょーどいいところにきた。聞きたいことがある」
「教えません」
 即答。きっぱりと言い切られ、彼女は一瞬言葉に詰まったが、
「ということは、知ってるんだな?」
「秘密です」
「教えろ」
「教えません」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
 あまりにも低レベルな会話に、双方が沈黙してしばし。
 ヴィリシルアははるか遠くに視線を向けて、
「姫さん呼んでこようかな……」
「くっ……生への賛歌ですか――分が悪いですね……」
「こら。ンなことで汗すな。いくら人間にゴキブリ似やら生ゴミやら言われてるような奴だからって、一応お前も高位魔族だろ!?」
「…………一応……」
 一応。
 千年前、黄金竜を徹底的に痛めつけ、壊滅寸前にまで追い込んだ魔族を、一応高位魔族。
 ――よく考えてみれば、酷い言いようである。
 だが、ゼロス相手だと納得できてしまうのはなぜなのか。
「っていうか教えないとマジで歌うぞ!? 私が!
 私にとっちゃあ一時の恥より聞き込みのほうがはっきり言って嫌だからな!」
「嫌です。教えません」
 というか、むしろ見てみたいような見てする――まぁ口に出して言ったら怒るので言わないが。
 ヴィリシルアはしばし険悪な瞳でゼロスを睨んでいたが、
 ――とすっ。
「なッ!?」
 突然身体を襲った痛みと衝撃に、ゼロスは思わず声を上げた――まぁ、痛みはそれほどでもない。ボールを少々強くぶつけられた、程度だろう。
 ――だが、不意をつかれたことは確かだ。
「一体……」
「何だと思う?」
 たしかに、先程ヴィリシルアの腕が一瞬かすんだような気はした……が、何を投げたのかまでは。
「針……」
 ゼロスは自分の腕に刺さったものを見て顔をしかめた。四本、紅く光る針が刺さっている。じわじわと痛みが増していた――むろん、ただの針で彼が痛がるはずはない。
 魔皇霊斬アストラル・ヴァイン
 しかし、かなりアレンジが加えられているだろう――過去何度かこの呪文は受けたことがあるが(主にツッコミなどで)、ここまで痛みはこなかった……だんだん痛みが増してくる。激痛、といえるほどにはまだなっていないが……
「刺さった針が魔力を取り込んで――対象に叩き込む……だからどんどん痛みが増しているんですね……」
「おお。さすが魔族。よく解ったな」
 魔法の種類を解析して呟くゼロスに、ヴィリシルアが賞賛の声を上げる。
「かなりエグいアレンジですね……周りに魔力があればあるほど強くなる」
 高位魔族用、といっても言いぐらいだろう――斬妖剣ブラスト・ソードと同じ原理だ。ヴィリシルア自身も同じような原理で動いている――まぁ彼女は、人間用の魔力に変え、それを糧として生きているのだが。
 ゼロスが針を抜いたのを見て、ヴィリシルアは次の針を用意する。
「――教えるよな?」
「…………う゛」
 ドスの聞いた声で言われ、彼はうめいた。
 この術を破るのは簡単である――針を抜けばいいのだ。だが、それなら彼女は抜く暇も与えぬほどにどんどん針を投げていけばいいだけの話だ。彼女にはそれができるほどの魔力がある――もとい、近くにちょうどいい魔力の塊ゼロスがあるので、魔力が半永久的に尽きないで済む――ゼロスが死ぬか――もしくは滅びるまでは。
 彼女を殺すのも、また簡単だが――これはできない。はっきり言ってそれをすれば、こっちが上司に滅ぼされる。
 最後に逃げる――と言う手。これも無理である。そんなことをすれば精神的ダメージで滅びてしまう。
 つまり、彼が生き延びる方法は、彼女の願いを了承するしかないのである。
「………………………わ、解りました……」
 ゼロスは久々に感じる敗北感に情けなくなりながら、脱力して頷いた。
「最初からそう言えばいいんだっての――っと……」
 ヴィリシルアはポケットからレグルス盤を取り出し、呪文を唱える。
「――リナ。聞こえるか?」
≪おっけー。聞こえる聞こえる。感度良好よ♪ 試作段階だから失敗覚悟でいたけど、けっこー使えるもんねぇ≫
 向こうから、楽しげなリナの声が聞こえてくる――通常、レグルス盤は受信用・送信用の二つに分かれていて、どちらか一方しかできないのだが――リナが片手間に改良して、送受信両方できるレグルス盤を作ったのだ。
 ……コストが当面の問題ではあるが。何せこのレグルス盤・改(仮)一枚で、金貨三百は優に越すのである。
 まぁとにかく、送信用受信用を一枚ずつ持っていく必要もないのでお手軽ではある。
「ゼロスを説得した、親切にも教えてくれるそうだ」
(脅迫したんでしょうが……)
 ゼロスはジト目でヴィリシルアを見る。彼女は気がつかない振りをしているようだが、頬を流れる冷や汗はごまかせない。
≪説得!? マジで!? どうやって……いや、まぁいいわ。聞かないことにする。
 それで、いまどこ?≫
 言葉に、ヴィリシルアは呆れたような顔になる。
「レグルス盤の反応探ってるだろ? 聞く必要ないじゃねーか」
 しばし、沈黙。
≪……………そーだっけ……………
 と、とにかくすぐ行くわ。そこ動かないでおいて!≫
「了解」
 ヴィリシルアは短く呪文を唱えてレグルス盤をポケットに戻すと、ゼロスににんまりと笑顔を向けた。




 一体どこから聞きつけたのやら――
 夜さんがセイルーン城を出たところであたしたちのところに来た。どうやらシルフィールが行った、という場所に行きたいらしい。
 ――物好きな。
 まぁ、その感想も理由を聞いてから撤回したが。
「殺された動機って、まだ解ってなかったんですか?」
 走りながらのあたしの問いに、ヨルムンガルドさん――夜さんは頷いた。
「ああ――魔族派の連中に問い詰める、という方法もなきにしもあらずだったが、こっちは問答無用で武力制裁されそうだったからな――それに、向こうがわざわざ回りくどいことをしてまで殺してくれたわけだし、こっちも回りくどく行ってみようかと」
「いや、それは……」
「冗談だ」
 …………………………………………あたしは確信した。
 絶対そうだ。この人もやっぱり竜族だ。きっと竜とかエルフとおんなじギャグセンスしてるんだ。
 あたしは心の中で呟きながら、とりあえず顔には出さないよう極力努力して、
「えーっ……と、ま、まぁそれはともかく、よかった――って言うべきなんでしょうかね……」
「さぁな……」
 かすかに彼は遠い目をした。謀殺された父と義母が何故死んだのか――動機がわかったところで、どうしようもないのは事実である。
 だが、それでも知りたい、と言うのが身内と言うものだろう――理屈では説明がつかない、と言うことは多々存在する。
 ――まぁ『理屈では説明がつかないこと』を屁理屈の言い訳にしている輩もいるが、それはそれとして。
「どうやらもうすぐつくみたいね」
「いよいよ、ってわけか……」
 あたしはガウリイの言葉に、走るスピードを速めた。ガウリイとあたし、夜さんにフェイト、それにアメリア――メンバーはそんな感じである。アメリアはフィルさんの手伝いをしていたので少々渋ったのだが、代わりにフェリアさんとゼルガディス置いていく、と言うことで妥協した……妥協されたゼルガディスの方は、ちょっと寂しそうだったが。
 ま、それはともかく。
 さて――鬼が出るか蛇が出るか……?




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