――力殺がれし魔よ、今その力を示し
我らに勝利を与えんことを――!
僧侶連盟
「ゼロス様!」
「グロゥさん、来ましたか――さて、と。あちらもまだ動かないようですが――」
ゼロスが呟いたその瞬間――
四人の高位魔族たちに、レーザー・ブレスの光の雨が降り注ぐ!
ひゅうん――
それらは全て、彼らに届く前に音も静かに消滅し、消えうせる。
竜たちの群にかすかに揺らぐざわめきの声。
「――どーやら、僕が戻ってくるのを待ってたみたいだネ」
「どうせなら全員一気に――ということか――」
グロゥとノーストが交互に呟く。
「あれ、殺しちゃだめなんだよね」
「はい、ダメです。殺さず無力化してくださいね」
ディノの物騒だが無邪気な質問に、ゼロスが笑顔で答えた。
「さて、と――どう戦いますかねぇ……」
ゼロスはため息をついた。消耗戦に持ち込まれればこちらが不利である。そうなれば、覇王の魔力を集めに、また三人が抜けることになるのだ。
「……無力化――か。
簡単に言ってくれるよ……」
と、ディノ。こちらもため息まじりである。
――はっきり言って、魔族はみな手加減が苦手である。弱すぎず、強すぎず、手加減して戦う――それのなんと難しいことか。
だが――今『それ』をせざるをえない状態に陥っているのである。
「愚痴ってる場合じゃないケド――元はと言えばあの人間のせいなんだよネ……」
「今さら言ってもしょうがないが、な……」
『はぁ……』
同時にため息。その間も光の雨は降り続いているが、全て彼らには届かない――高位魔族四人分の結界は、レーザー・ブレスなどでは破れない――だが……
「来たよ!」
ゅんっ!
ディノの警告の声を聞くまでもなく、風を切り裂き、こちらをぎんっ! と睨みつけ、竜がこちらに飛びきたる!
恐らく、その数は何百匹単位だろう。いくら強力な結界といえど、この数で同時に突進をかけられれば、結界はかなり削られる。
「――まずは、これだけか」
ノーストは静かに呟いて、虚空をなでるように腕を動かした。
――ふわりっ。
黒い透き通った球体が竜たちを包み込み、空に浮かんだままになる。突進で破ろうとするものもいるが、今度はそんなもので破れるような結界ではない。先程レーザー・ブレスを防いだときと違い、限定範囲にのみ絞って結界を張ったことにより、結界の強度はかなり増している。
「で、あと何匹いる」
「さぁてネ、一万はいるヨ、きっと」
「……やる気が削がれるな……」
「
最初っからこっちにはやる気なんてないよ」
ディノがばさりっ、とマントを翻すと、竜がまた数百匹、忽然と消えうせる。
「どうしたんです? 今の竜たち」
ゼロスの問いに、少年の姿をした
存在は、嬉しそうに微笑むと、
「『外の世界』――結界の外に行ってもらったの。
結界は弱いけど、破るのには一週間はかかるね。その間に魔力を集めれば、何とかなると思う」
「ナルホド――時間稼ぎすればいいのはこっちも同じってワケネ……」
「一日か一週間かの違いということですか……アイディア賞ですねぇ」
感心した調子で言うグロゥとゼロスをノーストが睨みつける。
「それはいいからお前らも早く何かやれ。お客さんが退屈するぞ」
「……僕たちは隠し芸しに来てるわけじゃないですよ。ノーストさん」
「同じようなもんじゃないノ? ま、どっちにしても、早く終わらせないとネ」
言いながら、グロゥははぁ、とため息をついた。
(神族の動向が怖いから、人間を殺すナ? なにか――勘違いしていたのかもネ)
人間の命など、神族にとっても単なる口実ということにしかならないのか……
彼らの中にはあのように輝くものもいると言うのに。
「グロゥさんッ!」
ゼロスの叫びに、我に返る。ゼロスがカバーし切れなかった竜族が、こちらにやってきていた。
「――チィッ!」
どひゅ!
同僚よりはかなり無様に防御すると、ディノの真似ではあるのだが、竜を――いわゆる『外の世界』に送らせてもらう。
「なにをやっている。グロゥ」
「ちょっと考え事してたダケだヨ!」
ノーストの言葉にグロゥは不機嫌そうに答えた。
そこまでは、魔族たちの圧倒的優位に見えた。竜族たちの攻撃は通じず、少なくだが、確実に数は減らされてゆく。
だが、次の瞬間――
「――!?」
魔族全員が、しまった、と心中で舌打ちした。黄金竜の一匹が気配を消し、岩壁の近くまでやってきていた。
竜族たちは、ただ敵わぬ敵にむやみに突っ込んでいたわけではなかったのだ。
たった一匹の別働隊。
そして宙に浮く大軍全てが囮――
初歩的な作戦だ。
――だが、稚拙ともいえるその策に、ものの見事に魔族たちは引っかかっていた。甘く見ていた――自分たちよりはるかに劣る竜族たちを。
そして、黄金竜の口から、レーザー・ブレスが放たれる!
「しまっ……!」
ゼロスが痛恨の叫びを上げかけて口を閉じ、黄金竜を捕獲して外の世界に送った。
だが――遅かった。
どぉぉおぉおぉぉん!
――閃光と爆発が巻き起こり、全ては白光に包まれた。
灼かれるはずのない目を覆い、グロゥは歯軋りする。
その光が治まるまでもなく、彼らはみな虚空を渡った。
――カタート山脈――『
竜たちの峰』へ。
そして光が治まると――覇王の分離体は、跡形もなく焼き消えていた。
――ゅおぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉおぉん……
どこかで。
――どこかで、そんな声が聞こえたような気がした。
闇の声――
人にあらざる者の声が。
そして。
「っ――!」
次の瞬間、あたしはカタートの山を見て言葉を失った。
激しく噴出す黒い闇。
全てを包み込まんとする、深い負の感情――そして、こちらを圧倒する
圧迫感)。
――すぐに、その場にいる全員が事態を悟った。
「ゼロスたちが、失敗したってわけね……ッ!」
「まさか……あの連中はいかに変な奴らとは言えど、れっきとした高位魔族だぞ……言っちゃ悪いが、黄金竜なんぞに出し抜かれるとは――」
ヴィリスが信じられない、という面持ちで呟いた。だがミルガズィアさんは首を振ると、
「……実際、出し抜かれている。こちらはこちらで対応を考えねばなるまい。覇王の滅びが確実となった今、魔族たちがこちらに力を貸すとも思えん。
勝てないと解っているものに立ち向かって命を落とすなど、奴らはさらさらごめんだろう――ましてや、人間のためなどに」
「いいえ。僕らはあなたがたに協力します」
「――ゼロス」
いつになく堅い顔で言うゼロス――虚空を渡ってきた彼は、まだ空に浮いていた。開かれた夜色の瞳は、まっすぐに黒い闇に向けられている。
「……北の魔王か」
「そういうコトだネ」
ミルガズィアさんの言葉に、同じく、虚空を渡って現れたグロゥが頷く。
――なるほど。
北の魔王――水竜王の封印により弱体化した今の魔王なら、覇王の暴走で滅びぬまでも、さらに力を失ってしまう――そうなれば、竜王たちは混乱した魔族たちを狙って攻撃できる――!
……それは別にいいのだが、それが多くの人間の死と引き換えとあってはそうもいかない。
あたしは人間だから、魔族が全て滅びることより、人の命の方が大切である。
「けど――どうするわけ? リナ――」
アメリアの問いに、あたしはまだ答える術を持たない。
――
重破斬ならあるいは――アメリアはそうも思っているだろう。
だが、ダメだ。その手はゼロスたちに止められる。そんなことをすれば、魔王ともども滅ぼしてしまうどころか、
魔血玉のない今では、呪文が暴走しかねない。
なら、
神滅斬?
それもダメ。暴走する高位魔族に近づくなど、自殺行為に等しい。というかそもそも発動できない。根性でいけば何とか――なるわけもない。
ならどうするか――どうしろというのか……!
「万事休す……って奴か――?」
「まだよ――きっと、何か方法が……!」
ガウリイの言葉に、あたしは親指の爪を噛んだ。
「リナさん!」
「何よゼロス! 人が必死に考えてるってのに……」
「あの黒い闇の中に『核』があるはずです! それを狙ってください! そうすれば、あの周りの闇がある程度ですが呪文の余波を消してくれるはずです!」
「核ゥ!? ンなこと言ったって、どーやって見つけろってぇのよッ!」
あたしはゼロスに怒鳴り返す――だが、それしか方法がないのなら……
「……イチかバチかは、もうやめにしようと思ってたんだけどね……
しょうがない。ガウリイ! それっぽいの探して!」
ここは人間の視力をはるかに上回るガウリイに見つけてもらうとしよう。
人任せ、というなかれ。誰にでも向き不向き、というのはあるのである。
彼はあたしの言葉にちょっと怯むと、
「え!? ――えーとだな……あそこに林檎の木がある!」
「アホかいッ!」
べしぃいっ!
あたしのスリッパのツッコミに、ガウリイはおでこをさすりつつ、
「冗談だって! 冗談!」
「何いってんのよ! この非常時に!」
「そうですよガウリイさん! 非常識です!」
「だから冗談だって――ほら、あそこに赤い玉があるだろ!? アレじゃないか?!」
言って、黒い闇の中にぽつん、とある赤い点を指さした。
あれ狙え……って……
ここから見ると、針の穴より小さいんですけど……
「――だああぁぁぁ! もういいわっ! やってやろーじゃないッ!」
「やってやろーって、おい! もしかして!」
「しょうがないでしょ! 不完全版なら、じゅーぶんやれるはずよ!」
「制御できないかもしれないのよ!?」
「そのときはそのときよ!」
あたしは半ばやけくそで言い放ち、意識を集中し始めた。
唱える呪文は
重破斬――もちろん、不完全版だが。
万が一暴走した時に、覇王がとち狂って攻撃しかけてくれれば嬉しいのだが……
………えぇいっ! 考えていてもしょうがないッ!
万が一――もとい、五に一というところだろう。確率は。
だが、『彼女』が降臨したら、その時はその時である!
あたしは一回深呼吸をして、さっさと終わらせるべく、早口で呪文を唱え始めた。
――闇よりもなお昏きもの
夜よりもなお深きもの
混沌の海にたゆとうし
金色なりし闇の王
我ここに 汝に願う
我ここに 汝に誓う
我が前に立ち塞がりし
全ての愚かなるものに
我と汝が力もて
等しく滅びを与えんことを!
「――ギガ・スレイ――」
あたしは魔法を途中で止めた――いや。
――
世界から、音が消えていた。
完全な、静寂。
――なによ――これ――
思わず呟いた言葉は、自分の耳にすら聞こえない。
そして。
どこからか生まれでた金色の光が、辺りを包み込んでゆく。
覇王の黒い闇も。
カタート山脈も――それに連なる、竜たちの峰も。
竜たちも。
あたしたちすらも。
全て――金色が包み込んでゆく。
これは……
あたしは声を出さずに呟いて、カタート山脈を見る。
そこに見たような気がした。
金の髪の美女を――
そして。
光が収まったその瞬間。
風の音が静寂を打ち破り。
黒い闇は、完全に消えうせていた。
あとには、呆然とするあたしたちが残るばかり――
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