「ううう。寒いなぁ……」
 僧侶学校プリースト・スクールの学生、マドル=リートは、夕闇の寒さに震えながら、薄暗い道を頼りなく歩いていった。
「――なんで僕がこんな寒い日に……先輩たちが悪いんだよッ……僕ぁやっぱり帰……」
 ぶつぶつ呟きながら、マドルは歩いていったが、突然温度が下がったような気がして、震えながら足を止め、辺りを訝しげに見回した。
「なんだよ……一体……?」
 眉を寄せ、不機嫌な顔をして、マドルは再度歩き出す。
 ――と。

 ……足りない……

「え?」
 聞こえてきた――というよりは、頭に直接響くような声。
「――誰かいるのか?」
 眉をひそめて彼は辺りを見回して――

 ……命が、足りない……

「何を……?」
 ふわりっ。
 視界の端に映ったのは、黒い髪の少女。

 ……足りない……

「なッ……」
 化け物の類かと、首をめぐらせ、マドルは硬直した。
 白い肌、腰辺りまで長く伸ばした、細い黒い髪。そして端整な顔立ち――それはいい。
 だが、その少女は白いワンピースに、裸足で、どう見ても――
「幽霊……ッ!?」
 未知なる物への恐怖に、彼は一瞬身を硬直させ――

 ……『チカラ』を、ちょうだい……

「うあぁあぁぁぁあぁあぁあぁああッ!」
 セイルーンに、青年の絶叫が響いた。




僧侶連盟




 あたしの眉をひそめながらの疑問文に、フィルさんはため息混じりに言った。
 意外と質素で簡素なフィルさんの部屋に、あたしたちは集まっていた。
 ――まぁ、いくら質素とはいえ、百人は優に入りそうな部屋なのだが。
 窓の外には、いつの間にやら夜の闇が広がっている。
 とにかく、フィルさんは参ったような口調で、
「セイルーンで、一日に何人も何人もいなくなっておる。
 庶民のもののみならず、神官や、貴族、わしの重臣の者まで、多数、いなくなっておる。
 それに――グレイ殿の家のシルフィール殿まで……」
「シルフィールが!?」
 あたしは思わず声を上げた。誰かに連れ去られた、というのなら、シルフィールまでいなくなっているのは附に落ちない。彼女は魔道を使えるのだ。並み以上の実力者でないと太刀打ちはできないだろう。
「――それで――
 あたしは何をすればいいんでしょうか?」
「僧侶連盟で、大規模な捜索隊が編成されておる。
 良ければ、そちらに加わってもらえればいいんだが……」
「――僧侶連盟ねえ……」
 あたしは思わず複雑な顔をした。
 魔道士協会とはあんまし仲もよろしくなく、時折小競り合いやらいがみ合いやらがあったりするのだが……
 まぁ、非常時だし、しょうがないか。
 あたしは一つため息をつくと、
「解りました。
 ゼルとガウリイも、一緒に来る?」
「もちろん。シルフィールが連れ去られたとなると、黙っちゃいられんからな」
「俺も知り合いが行方不明だってのに、図書館めぐりは、バチが当たりそうだからな」
 あたしの問いに、ガウリイはもちろん、意外にもゼルガディスまで頷いた。
「すまんのう……アメリア。
 お前は城でわしの手伝いを頼む」
「え、でも――」
「非常時なのだ。解ってくれるな」
「……はいッ!」
 少しの逡巡の後、アメリアは力強く頷いた。
「それじゃ、リナ。そっちも頑張ってね」
「ええ。解ったわ。任せといて」
 アメリアに満面の笑みを浮かべて見せると、あたしは部屋を後にした。




「それで――」
 セイルーンの宿の一室で。
 妙に真剣な顔をした彼女――ヴィリシルアが、ハーリアをゆっくりと見つめた。
 窓の外にははや夜の闇が広がっていた。
「お前……また女に間違えられたのか……」
『…………………………………』

 沈黙。

 真剣な顔を装ってはいるが、笑いをこらえているのがよく解る。
 フェイトはちょっと離れたところでお茶をすすりつつことを傍観していた。
 ハーリアはうつむいて、沈黙している。かなり怖い。
 そして、沈黙を破ったのはそのハーリアだった。
「………………だ……」
「だ?」
 うつむいたままそのままに、何事か呟くハーリアに、ヴィリシルアは首を傾げつつ問い返し――
 次の瞬間、ハーリアは立ち上がって絶叫していた。
「――っだあぁぁあぁああぁぁあぁぁあぁぁぁッ!
 ツッコむべきとことはそこじゃないでしょヴィリシルアッ!?
 もっとこう……『大変だったね』とか『私たちの代わりにごめん』とかッ! そぉいう優しげな言葉を嘘でも冗談でも詐欺でもいいから言って見せてよっ!」
「ンな恥かしいこといえるかぁぁぁぁぁぁぁッ!
 ……いや、『大変だったな』とかは別にいいんだが……後者寒すぎるだろ。絶対。しかも詐欺はダメだろッ!?」
「いいじゃない別にッ! 二人のために女に間違われてきたのに……ひどいやッ!」
「その悲しみ方は絶対間違ってると思うんだが……」
「間違ってないッ!」
(絶対間違ってるって
 笑顔で訴えるフェイトだが、会話には加わらない。二人から少し離れたところでお茶をずずずっ、とすするのみである。
「それで?
 女に間違われて泣く泣く帰ってきたわけだ。お前は」
「泣いてないッ! 僕だって攻撃呪文連発したりしたかったけど王城だしッ! そんなことできるわきゃないじゃないッ!」
「そこを根性でなんとかするのが男ってもんだろーがッ!?」
「それは絶対違うッ!!」
(僕も違うと思うな。それは)
 またも、口には出さずに呟きながら、フェイトはまたずずずっ、とお茶をすすり――
 と。
「……どうしたの? ヴィリシルア」
「いや――何かちょっと眩暈が……貧血かな……」
「大丈夫?」
 ハーリアに、ヴィリシルアは微笑んで見せると、
「ああ。まぁな……
 でもとりあえず私宿に戻ってるからさ。フェイト頼んだ。ゼロスが来たら即滅ぼすよーに」
「それは解ってるけど……ヴィリシルアほんとに大丈夫?」
「平気だって。それじゃな」
 彼女はまたにんまりと笑って見せると、ふらふらと部屋を出た。
「……ふぅ……」
 閉めたドアに寄りかかって、ため息をつく。
(さすがにヤバいかな……セイルーンなんかこなければよかった……)
 目を閉じて、もう一度、ヴィリシルアはため息をついた。




 任せといて……あたしはアメリアにそう言った。
 とは言ったも、さすがに夜には僧侶連盟もあいてない。
「おお、あんたがリナ=インバースかッ!」
 ざわっ!
 いかにも老神父、といった出で立ちのじーさんの声に、まともにあたりがざわついた。
 と言うわけで、あたしはその翌日のお昼になってから、セイルーン、僧侶プリースト連盟本部に来ていた。魔道士協会と違って本部がちゃんとある僧侶連盟は、しかしセイルーン領にしかその支部を持たず、いまいち魔道士協会より影も知名度も薄い。
 だが、本部に勤める僧侶、神官、巫女などの数は、かなりになるだろう。
 ここにもその人々が集まって、ぎゅむぎゅむすし詰め状態になっていたりする。
 そしてそのほとんどが、あたしたちにものめずらしそぉな視線をぶつけてるとなると、いくらなんでもしり込みもする。
 あたしもまた、かなりうろたえながら、
「……ええ。まぁ、そーですけど……」
「あんたの話は聞いとるよッ! こっちに来とくれ!」
「はぁ……」
 釈然としない顔をしながらも、あたしはそのじーさんの後をついていった。
 ガウリイとゼルガディスもその後に続く。
「――何人ぐらいいなくなってるんです?」
 注がれる好奇の視線に耐えられず、人込みかき分けゆくじーさんに、あたしはなるべく丁寧に話し掛けた。
「ざっと五十人。いつ連れ去られたかも、どこで連れ去られたかも、目撃者すらおらん」
「連れ去られた人に共通点は?」
「魔法を使える――それだけじゃ。
 例え使える魔法が『明りライティング』なんぞだけでも、連れ去られているものは連れ去られておる。
 僧侶連盟の人間からも何人かやられたんじゃが……」
「そうですか……」
 手がかりは何もなし、『明り』使えるだけで連れ去られてる、という分には、次の被害者特定も難しい。
 何か……
 ………………あ、そーか。
 考えに考えて、あたしは一つの結論に至る。
 あたしは天井を見上げると、
「ゼロスッ! どぉせどっかで聞いてるんでしょッ!?
 出てきてッ! あんた今回の事件のこと、なんか知ってんじゃないのッ!?」
 しばしの沈黙の後、虚空より黒い神官は現れ……ない。
 代わりに、その声だけが辺りに響き渡った。
「ええ。正解です。ちゃんとここにいますよ。
 全く……呼ばれて飛び出て……ってわけでもないんですよ。
 いつもは邪魔にするくせに、こぉいう時だけ呼び出して……」
「泣き言はいいからあたしの質問にちゃっちゃと答える」
 また沈黙。
 次の声は、いくらか真剣みを帯びていた。
「――僕は今回の事件には直接は関わっていません。それだけは保障します」
「『あんたは』――ってことは、魔族は関わってるってことかしら?」
「ま――魔族ッ!?」
 じーさんがうろたえた声をあげると同時に、辺りにざわめきが広がっていく。
 だが、ゼロスはあくまでペースを崩さずに、口調に笑みを含ませて、
「それは――秘密です」
「久々に決まったなー」
 ガウリイが思いっきし人ごとのように呟く。
 あたしは、はぁぁあっ、とひとつため息をつくと、
「あのねぇ、ンなこといったら『魔族が関わってますっ!』って、絶叫してるようなもんじゃない」
「あ。解ります?」
「解るも解らないも――って……あんた……?」
 あたしが顔を強張らせると、響く声にくすくすと笑い声が混じる。
「今回は僕は僕の思惑で動いています。それだけはヒントで教えてあげましょう。
 でも――これ以上は教えられませんねえ。
 それじゃあリナさん。事件解決、頑張ってくださいね」
「あ、ちょっとッ!? ゼロスッ!」
 あたしの慌てた声に。
 ゼロスは、答えなかった。
「――リナ」
「何。ガウリイ」
「お前、さっきゼロスの言葉に何か気づいてたみたいだけど……どーしたんだ?」
 ガウリイの問いに、あたしはしばし考えて、
「んー……つまりね。
 ゼロスは、直接は関係してない、って言ってたけど、完全に全然関係ない、とも言っていないでしょ?
 加えて、今回の事件には魔族が関わっているにも関わらず、あたしたちにヒントを与えた。さらに、事件解決を望まないなら、魔族は関わっている――ってわざわざ教えに来るのは得策じゃないわ」
「つまり――ゼロスは、『自分では直接解決できないから、リナたちを巻き込んで解決させてやろう』って思ってるわけだ」
 あたしの言葉を引き継いで、ゼルガディスがため息混じりに呟く。
「だから、これはゼロスが直接干渉できないほど大物が関わってる事件ってこと。
 どう? 解った?」
「解ったような解らないような……」
「まぁ、期待はしてなかったがな。ガウリイの旦那だけに」
「ま、ね」
 あたしはゼルと同時にため息をつくと、硬直してるじーさんに視線を向ける。
「今聞いたとおり、この事件には魔族が関わってます。
 だから、下手な対策は逆効果を招きかねません。
 連れ去られた人たちも……命の保障はできません」
「な――それは……」
「どういうことか、と聞きたいのなら、純魔族を僧侶や神官が倒すのは不可能――とまでは言いませんが、不可能に近いからです。
 パトロールを行ったりしようものならば、被害者が増大する可能性が高い。
 さらに、魔族は人間の命など虫ケラと同列に見ている節があります――連れ去られた人たちがいつまでも生かされている可能性は――」
 あたしはそこで言葉を切った。連れ去られた人間の中にはシルフィールがいるのだ。
 ――彼女がもし死んでいるとしたら――?
 いやだ。
 いやな考えだ。
 心に一気に広がった暗雲を、振り払うように首を振り、それからあたしはため息をつくと、
「――ですが、何らかの理由があるのなら、生きている可能性もあるかもしれません。
 五分五分、と言ったところでしょう」
「そう……か……」
 意外にもすぐに立ち直ったじーさんは、真剣な顔をして呟いた。
「ところで……さっきの声は一体?」
「魔族に詳しい人です。神出鬼没がモットーな上に極度の恥かしがり屋なんでいつも声しか現れなくて……」
「ふぅむ……奇特な方もいたものですな……」
 あたしの嘘にあっさり納得するじーさん。
 単純すぎでありがとうv
 心中で、ツッコむあたしに気づかずに、じーさんは複雑な顔をすると、 
「だが……何もできないとなればどうしろと……」
「まぁ――対策は立てられませんから、とにかく、各自注意するよう、としか言えない……
 となれば方法は一つ。
 あちらから来るのを待つんです」
 困ったように呟くじーさんに向かって、あたしはにっこりと微笑んだ。




 こんこんっ。
 アメリアはドアをノックして、ふぅっ、とため息をついた。天井を見上げながら、
「ヴィリシルアさん。フェイトくん。いませんか」
「いるよ。お姫様」
 答えはすぐに返って来た。ついでドアが開き、ヴィリシルアがひょっこり顔をのぞかせた。
「何か用?」
「ええ――顔色悪いんですけど、大丈夫ですか?」
「フェイトとハーリアにもそれ言われたよ。
 まぁ入りな。中で聞こう」
「いえ、ここでいいんです。フェイトくんにも後で言っておいて下さい。
 実は――」
 彼女はそこで声を潜め、ヴィリシルアにそっと耳打ちした。




「おとり捜査?」
「えーと……つまりですねぇ……」
 訝しげな顔をするハーリアさんに、あたしは顔をしかめてうなった。
 あたしの立てた作戦が、つまりその――パトロール、と言うかおとり捜査、というか……である。
 並みの神官や僧侶じゃ魔族に太刀打ちできない……そうあたしはじーさんに言った。
 ならば、並じゃなければいいのだ。
 あたしの知っている人の中で、高位魔族との対戦経験があり、しかもこのセイルーンにいるのはあたしを含めて七人。あたし、ガウリイ、アメリア、ゼルガディス、ヴィリス、フェイト――そしてあと一人が、このフェリアさん。
 つまり、この七人で見回りをすれば、犯人が引っかかるのではないか、と言う推測である。
「――というわけで、フェリアさんにも協力してほしいんです」
「なるほど。
 今日すごくヤなことがあったんだ。ちょうどよかった。
 解った。僕もやってあげようじゃない。そのおとり捜査を」
 ほんわか笑みを浮かべると、フェリアさんはそう言った。
 ……この人、やっぱり怖ぇ……
 あたしはそんな確信をしながら、引きつった笑みを浮かべることしかできなかった。




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