♪……♪……
 か細い口笛の音がどこからか聞こえてくる。
 ゼロスはきょろきょろとあたりを見回して、虚空を渡り、セイルーンの中でも一際高い塔の屋根の上に移動した。
 口笛の音の主――明るい、あからさまに染めたような空色の髪をした青年が、屋根の端に腰掛けて、町を見下ろしていた。
「――グロゥさん」
 呼びかけに、口笛の音が止む。座ったまま振り向くと、
「ヤぁ。ゼロス様。どうだった? 魔王竜のひとは」
「あのですねぇ。どうしてポジション的には同じな僕に『様』何かつけるんです?
 だから僕覇王様に心証良くないんですけど……
 ま、いいです。
 ヨルムンガルドさんは――ダメですね。放っておくつもりです。彼も彼女を死なせたくはないと思うんですが……」
 ゼロスはいいながら、セイルーンの街並みを見下ろした。聖なる結界。
 ヴィリシルアの動力源、と言うと、あまりリナたちは気にしていないようだが、彼女が生きるために必要としているのは『魔力』である。いつもはリナたちから微弱に溢れ出している魔力で事足りるのだが――聖王都、となると話は違ってくる。
 そもそも『魔力』とは黒魔法の源のことであり、白魔法と人間が呼ぶのを含めた精霊魔法や、神聖魔法と呼ばれる神族の力を借りた呪文は、また別の『力』を用いてるのである。人間は一緒くたにして考えてしまっているようだが、事実、黒魔術は得意だが白魔術が苦手な人間、と言うのもいるのだ。
 ヴィリシルアが動力源としているのは『魔力』――すなわち黒魔法系の魔力。
 セイルーンでは黒魔法の力は押さえつけられ、『魔』の力は減退する――つまり、エネルギーの補給ができないうえ、身体からどんどん魔力が抜けていくことになってしまうのである。
 魔力がなくなってしまうと当然動くことはできない――周りの人間も薄々は気づいているはずである。
「……全て魔力が抜けてしまうと、二度と動くことができない――すなわち死です。
 それぐらい、わかっているはずなのに……」
「弟の傍を離れるのが嫌なんだろうネ。前の事件のこともあるし」
 青年――覇王神官グロゥの言葉に、ゼロスははぁっ、とため息をつき、
「そこなんですよね……反省してくださいよ。グロゥさん。前回の事件はあなたが首謀者でしょう?」
「おかげ様でまだ完治してないヨ。あなたにやられた傷は」
「自業自得と思ってください――それで。
 どうです? そっちは」
 青年はケタケタ笑うと、
「セイルーンっていっぱい人がいるしネ。魔法容量キャパある奴なら誰だろーが標的にするからネ。『奴ら』は。
 魔力は結構たまったみたいだけど――ヴィリシルアがあれと会っちゃったらアウトなんじゃない?
 僕は別にアイツが死んでも別にいーケド、覇王様と獣王様オエライサマがよけぇ仲悪くなるヨォ?」
「嬉しそうに言わないで下さい。
 ――全く――
 覇王様はどうしてあなたみたいによく解らない魔族を作ったんでしょうね」
「その言葉、そっくりそのままお返しするヨ?
 ――ま、覇王様も真面目だけなヒトじゃないからネ。僕みたいに変わったヤツも作って見たかったんじゃないノ?」
「この前までやってた道化師ルックはどうしたんです?」
「覚えてない♪ 飽きちゃったv」
「覚えてるじゃないですか。
 ――顔も髪型も変わってますよ」
「さぁね――あ。またかかった」
 グロゥは町の一角に目を向けて、また口笛を吹いた――正確には口笛のような呪なのだが。
「――いちいちめんどいヨネ。町の外にいちいち出すなんて命令、どうして出すかナァ……人間なんてほっとけばイイのに。
 どぉせ運が悪けりゃどっちにしろ死ぬんだしネ」
「死者を出すわけにはいきませんからね。『魔』とはいえ、人間にとっては必要な要素です。まぁ、ほっといても死なない人は死なないんですが」
「たくさんのチカラを身体ン中にとどめとくなんて、僕らやカミサマたちには信じられないけどネェ」
「それが人間なんですよ」
 高い塔の屋根の上。
 魔族二人は、聖王都の夜の街並みを見下ろしながら、ほのぼの――とはいえないかもしれないが、和やかな雰囲気で会話していた。




僧侶連盟




 寒い。
 寒い寒い寒い寒い寒い。
 寒いッ!
 あたしはセイルーンの人気のない真夜中の街角で、ひたすら自分の今の行いを悔いていた。
「っだぁあぁぁあぁあぁぁぁッ! なぁぁあんでこんなに寒いのよッ!」
「秋だからな」
「寒ぃいぃぃぃぃぃいぃぃッ! ここはいつ北国になったわけッ!?」
「なってない」
 あたしの心の奥底のさらに底からの本気の叫びに、ゼルガディスは一言で即答する。
 おとり捜査のペアは、あたしとゼルガディス、ガウリイとフェリアさん、アメリアとフェイト、そしてヴィリス、という風に決まった。
 ちなみにくじ引きで決めたのだが。
「……はぁ。
 興味がないことはてってーてきに無視するんだからこの根暗魔剣士は……」
 あたしの言葉に、彼はアメリアには絶対見せないような険悪な表情で、
「根暗と言うな。
 しかし――
 こんなんで現れるのか? 犯人の魔族とやらは」
 あたしはため息をはぁぁっ、とつくと、
「それよ。
 あたしついさっきこの作戦の盲点に気づいたんだけど――
 犯人が魔族だった場合、あたしたちのこと知ってる可能性高いから、もしかしたら現れないかもしれないっ♪ てへv」
「ダメだろ。それ」
 あたしのことばに、ゼルガディスは冷たい声で呟いた。
「じゃあどうしろっていうのよ。このままほっとく――ってわけにもいかないし……」
「それはそうだが……」
 ゼルガディスは眉を寄せ、黙り込む。
「敵さんの方からべらべら喋って自滅してくれればこの上ないんだけど……」
「都合のいいことを言うな」
 あたしはゼルのツッコミにため息をついて、夜空を見上げた。
 ――他のみんなは、ちゃんとやってるんだろーか……?




 ……はぁ……
 真夜中、ヴィリシルアは人気のないセイルーンの街道で、大きくため息をついた。
 昼だったら大勢の人が賑わっていただろうに、今は人などおらず、ただ閑散とした道が広がるのみ。店も全て戸を閉じていた。
(私ってとことん馬鹿だよな……)
 頼りない動作で視線を動かしながら、ヴィリシルアはふらふらと街道を歩いていく。
 こう言うと何となく夢遊病者のようだが、目も覚めるような美女である彼女が月夜にふらふらと出歩くと、何となく天女を連想させた。
「――だるい……」
 だが、呟く言葉には覇気もやる気も全く感じられない。はっきり言って浮浪者の台詞である。
「どーして私がこんなくそ寒い日におとり捜査なんか……大体現れるのか? ていうか現れたとしてもそいつが犯人かどうか区別がつかないじゃないか……」
 近寄ってくる人間を片っ端から倒してけばいいか。
 単純かつアブない結論に達し、彼女はすることもなくぼーっ、と歩いていった。

 ……足りない……

「え?」
 唐突に聞こえた――頭に響くような呟きに、ヴィリシルアは辺りを見回し気配を探る。

 ……命が、足りない……

 唐突に、視界に現れたのは、黒い髪の少女。
「随分寒そうな格好だな……」
 彼女は正直な感想を述べて、その少女を睨みつける。
「人間掻っ攫いまくってたのは、お前か」

 ……チカラを……ちょうだい……

(……何だ?)
 眉をひそめる。
(こいつは……)

 ……ちょうだい……

「あぁッ!? うるさいっ!」
 ヴィリシルアは少女が出していると思われる思念波テレパシーに声を出して反論した。
 だが、少女の言葉は止まない。

 ……ちょうだい……

「――っ!」
 どう考えても人間ではない速度で飛び掛ってきた少女に、ヴィリシルアは悲鳴を飲み込んで横に飛ぶ。

 ……逃がさない……

「んだぁっ! うっとぉしいんだよこの……!」
 がっ!
 ヴィリシルアの放った蹴りを、少女の姿をした存在ものは、そのまま腹で受け止めて――
「――ッ!?」
 突然襲った脱力感に、彼女はがくんっ! と膝を折る。
(こいつ――夢鬼かッ!)
 ヴィリシルアはぎりっ、と歯軋りをした。
 夢魔、と言う魔物がいる。
 夢鬼も、その類のものと思っていい。知名度は低いが、性質は夢魔より厄介である。
 夢鬼は夢魔と違って『夢』ではなく『魔力』を喰らうのだ。まぁ人間なら、極度の疲労に陥るだけで済むのだが――
 はっきり言って、今のヴィリシルアとは最高に相性が悪かった。
 このままでは――
(――死……んでたまるかッ!)
 どかッ!
 無表情で足にまとわりついてくる少女をそのまま地面に叩きつけ、彼女は夜のセイルーンを疾走した。




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