……ゼロスがリナたちに情報を与え、グロゥがヴィリシルアの傍を離れた、ちょうどその頃、ハーリアとフェイトもなかなか大変な状況にいた。
「ッああぁあぁぁあぁあっ! もう鬱陶しいッ! 何でこいつら、次から次へと僕の方ばっかりっ!?」
 フェイトは叫び声を上げながらも、レーザー・ブレスで一気に二匹、夢鬼を葬る。普段から常に人間の姿をしていて、ハーリアや、恐らくヴィリシルアですらフェイトの竜である姿を見たことはないのだが――レーザー・ブレスを口辺りから出しているのを見ると、やはり彼も、半分ながらも竜なのだ、とハーリアは思った。
「君は竜だからねッ! 夢鬼のいい餌なんじゃないのッ!
 ――崩霊裂ラ・ティルトッ!」
 『力あることば』で呪文を解き放ち、一匹の夢鬼を青い火柱の餌食にすると、彼は身を翻して次の夢鬼を睨む。
「でもどう考えても僕の方がハーリアより多いぃぃぃぃッ!」
「ンなこと言ってもしょうがないでしょッ! さっさか倒すッ!」
 ――とはいっても……
 ハーリアはフェイトに向かって叫んだ後で、眉をひそめて、フェイトにまとわりついている――といっても、身体に触れているわけではないのだが――夢鬼の群をちらりっと見る。
 フェイト一人に対して夢鬼は六匹、遠い場所からこちらに意識を向けている夢鬼も少なくはない、時間が経てば経つほど、夢鬼の数は増えていくだろう。
 ――もしかしたら、先程は口からでまかせだったが――フェイトの、人間とは異種の『竜』としての魔力につられてきたのかもしれない。
 それなら、今目の前にいる敵をどんどん倒していかなければ、状況は不利になる一方である。
覇王氷河陣ダイナスト・ブラスッ!」
 ハーリアは叫んでまた二匹、夢鬼を葬ると、一瞬だけ、セイルーンの夜空を見上げた。
 そこには――晴れているのにも関わらず星がない、異様な空が広がっていた。




僧侶連盟




「……さぁ……て、と。
 それで? これからどうするわけ?」
 あたしはゼロスが消えてからしばし、他の三人を見渡してそう言った。
 ――先程からの最初の台詞があたしのこの言葉である。今までの沈黙の大部分は、魔族たちの意図に関しての思考に使われていた――ガウリイは多分何も考えちゃあいなかっただろうが。
「あの……」
 ともあれあたしの問いに、アメリアが申しわけなさそうに、声を上げた。
「リナ、わたしは一回城に戻って、父さんに報告してくるわ。
 街の人たちが町の外で生きているとわかった以上、魔道士協会に依頼して、行方不明者の捜索をしなきゃならないと思うし……」
「あぁ、そっか――
 それで――ゼルガディスはどうする?」
 彼はものすごく嫌そうな顔をすると、
「――何故俺に聞く――まあいいが……
 俺は一応、まだ見回りをしたほうがいいと思うが――アメリアは城の方にやるとしてな。
 もし戻るんだったら、評議長とフェイトを見つけなきゃいかんだろう」
 あたしはこくんっ、と頷いた。
「――そうね……
 なら、見回りを続けましょう。
 でも、フェリアさんの方にもとりあえずそう伝えた方がいいわね」
「――おい、リナ。俺には聞かないのか?」
 不服そうに言うガウリイに、あたしはジト目を向けた。
「あんたは、どーせ何も考えてないんでしょうが」
 ガウリイは腰に手を当てて、
「失礼だな、俺だって……」

 ……………………………

「…………『俺だって』?」
「すまん。俺が悪かった」
 大分経ってからのあたしの冷めた台詞に、ガウリイはぱんっ! と腕を打ち合わせて謝った。
 よろしい。
「じゃあわたしは行くわね。ゼルガディスさん、リナ、ガウリイさん、気をつけて下さいね」
 アメリアは言って身を翻すと、城の方に向かって走っていった。
「――それで、俺たちはどうするんだ?」
「聞いてなかったの? フェリアさんとフェイトを探すわよ」
 ガウリイの声にあたしは呆れたような言葉を返し、身を翻して走り出した。二人がついてくる気配に、あたしは一瞬目を閉じて、ゼロスが――いや、ゼロス『たち』がなにを考えているのか考えていた。




 先程まで居た塔の上で、グロゥは眼を閉じて――精神世界面アストラル・サイドを『視て』いた。
 夢鬼、の数は既に半分以下、原因はゼロスが『友人』だとか言っていた、あの街の魔道士協会の評議長と、例の魔王竜と人間のハーフである。
(あの魔王竜の奴の魔力に誘われて、夢鬼が集中してるのか……あの子どもの魔力なんて役に立たないし……
 これは一旦……)
「これは一旦、夢鬼たちを回収した方がいいですねぇ」
 自分の考えをなぞるように背後から聞こえた声に、グロゥは慌てて振り返った。
 黒い神官が、相変わらずの笑みでこちらを見つめている。
「ゼロス様……」
「ほら、フェイトくんたちに夢鬼がみんな殺されてしまいますよ。
 このままだと、魔力が手に入りませんし――彼らから魔力を吸えても、フェイトくんのじゃ役に立たないでしょう」
「……そうだネ……確かに」
 ゼロスの言葉に、グロゥは憎々しげに、遠く離れた場所に居る不甲斐ない夢鬼たちを睨みつけると、
「戻れ」
 一言だけ、そう呟いた。




 その瞬間――
「――ッ!?」
 『黒妖陣ブラスト・アッシュ』が直撃し、この世から消えるはずだった夢鬼が、当たる前に消え去ったのを見て、ハーリアは目を見開いた。
「消えた……?」
 彼は呟いてから我に返り、フェイトの方を見やると、そこには先程まで大勢いた夢鬼が居なくなり、代わりにきょとんっ、とした表情のフェイトが、膝をついてへたり込んでいた。
 遠くからこちらを見ていた気配も、みなすべて消えている。
「何で……?」
「夢鬼を魔族が退却させたのさ。このままだと全滅すると思ったらしいな」
 目を瞬かせながら呟いたフェイトに、ハーリアは自分の考えを断定した形で述べた。
「ゼロスは―― 一体何を考えているんだろう……?」
 魔族の友人を不機嫌そうな顔で思い浮かべながら、彼はふと、眉をひそめて呟いた。
「――そう言えばヨルムンガルドを見ないような……」
「あれ? ってことは、ハーリアが昨日会ったっきり? 一体何考えてるんだか……」
 フェイトは首を傾げて言った。
 解らないことだらけである。
 解らないことだらけだが、とりあえずは目の前の夢鬼が居なくなった以上、リナたちと合流した方がいいだろう。
「――じゃぁ、リナさんたちを探しにいこうか」
「うん――でも、姉さんは大丈夫かなぁ……?」
「ヴィリシルアはよく怪我するけどタフだからね、大丈夫さ」
「そうかもね」
 義姉が街の外で倒れているとは知らずに、フェイトはこくりと頷いた。




「つまり――人間を『行方不明』にしていたのは、夢鬼たちを後で操ってた魔族。夢鬼たちはただ自分の本能の赴くままに魔力を集めていたに過ぎないってことよね。
 ――で、その行方不明になった人たちは、魔力を吸い終わった人間で、そういう人間たちを魔族が街の外に飛ばしてるんだと思うわ」
 あたしは歩きながら呟いた。
 フェリアさんとフェイトはまだ見つかっておらず、あたしたちは走るのも面倒になって、歩きながら自分たちの考えを述べていた――もとい、あたしたち、ではなく、あたしとゼルガディスが、だが。
「――だが、それだって魔族にとっては面倒くさい話だな。魔族としては、ほっておけばいいだけの話だろう」
 あたしはゼルの言葉にがしがしと頭を掻いた。
「んー、そうなのよねぇ……
 ――あ、そうだ。
 たとえば、上から、人間を殺してはならない、って言う命令が出ていると仮定しましょう。セイルーンの結界の中じゃ、黒魔法用の魔力を吸われた人間は、その魔力を新たに補給することができないわ。
 ――多分、人間の魔力ってのは一種類じゃないのよ。魔族と人間の魔力、竜と魔族の魔力、竜と人間の魔力――っていうのにも差があると思うのよ。
 だから、セイルーンから出ないような黒魔法を使う人間はいない――それは魔法の威力が落ちてストレスたまるってこともあるけど、魔力が足りないって言うのを本能的に悟るから。
 人間は――黒魔法用の魔力を『黒魔力』って呼ぶとすると、黒魔力が足りなくなると死ぬわけね。白魔法のような精霊魔法用の魔力も然り。ただ、精霊魔法で使う魔力はセイルーン領内でも補給することができる――これは、黒魔力のように押さえ込まれているわけじゃないからだわ。
 この仮説が正しいとすると魔族たちは人間を殺してはならないと上から命令が出ている――それはなんでだか分からないけど、そうだとしたら、魔族たちは人間が死んでしまうから町の外にどんどん出してるわけね」
 自分でも考えながら言っているので、かなり頭が疲れる――あたしはそこまで言い切ると、一つ大きな息を吐いた。
「――あー、喉渇いた……
 えーと――それで――夢鬼が吸い取るのは『黒魔力』なわけだけど、ここでもやっぱり、『人間の魔力』じゃないといけないわけよ。
 これはゼロスが言っていたわね。
 それで、魔力を集めている魔族は、『人間の魔力』を必要としているわけで――なんで必要としているのかがわかんないのよッ!」
 あたしの大声はセイルーンの一角に響き渡った。
 うーん、エコーが哀しい……
「ん? ……ガウリイはどうした?」
「は? さっきまで後ろを歩い……あ゛。」
 あたしは後ろを見て思わず声を上げる。
 あたしたちから少しはなれた後ろの方、ガウリイが倒れている。
 ――別に何か大変なわけでもない。
 そう、あたしたちの会話に退屈して寝やがったのである! この男は!
「こ……このアホガウリイぃいぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃいッ! 寝るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 あたしの叫び声はセイルーンの夜空に舞い上がり、やっぱり大きくエコーした。
 ガウリイはあたしの蹴りを顔面に食らうと、そのまま目を回して気絶したのだった。
 ああ、もうムカつくッ!




「――うッ……」
 身体にまだ残る痺れを何とか無視しながら、ヴィリシルアは身じろぎしながら起き上がった。
「……う゛ぁ……もう朝か……?」
 正座した後の足の痺れが全身に来たような感覚に顔をしかめながら、ヴィリシルアは空を見上げる。
 空はまだ、夜の漆黒に塗りつぶされていた。ただ、街の明りはほとんど消えうせていることから、真夜中だということはわかる。
「――じゃ、ないみたいだな……
 しかし、もう魔力が回復した……?」
 身体を再度襲う眠気に首を振りながらヴィリシルアは手のひらを二、三度、閉じたり開いたりしてみる。髪の毛が完全に金髪に戻っていることを確かめると、彼女は一人で頷いて立ち上がった。
「結界付近だけ魔力の濃度が高いのか……」
 人の眼には見えない結界を見上げると、ヴィリシルアは眉をひそめる。どうやら自分の魔力の回復が早かったのもそのためらしい。恐らく、結界で中和し切れなかった魔力はみな外に出ているのだろう。そして今セイルーンには、高位魔族が二匹もいるのである――
(ある意味、あいつらのおかげでさっさと魔力が回復できたってことか……)
 彼女はため息をついて――
「――を?」
 ふと、顔をしかめる。
 草むらががさっ! と動いて、何か黒いモノが飛び出してきた――いや。
 長い白銀の髪をした女性が、茂みからこちらに倒れ込んできたのだ。
「――おいッ! 大丈夫か!?」
 間違いなく人間であることを確かめると、ヴィリシルアは迷わず駆け寄った。細腕にしては信じられないような腕力で抱き上げると、女性を改めて見る――気絶しているだけだ。それに、森を歩いてきた時にできるような擦り傷以外は、大した傷はない。ただ、かなり疲労しているようだが……
「夢鬼に魔力を吸われたのか――
 ……………これはやっぱり、何か食わせた方がいいんだよな……」
 自分の健康にすら無頓着で、セイルーンで死にかけたヴィリシルアは、人間の医学にもやはりあまり詳しくなかった。
 しかし、改めて見ても美人である。服装は神官――いや、女性だから巫女、か、ともかくそういう類の服装である。
 と――
「……あ……」
「お?」
 小さく声を上げた女性を、ヴィリシルアはかすかに目を大きく開けて見やった。女性はしばし口を震わせた後で、細く目を開き、かすれる声で、
「ガ……ウ、リイ、様……?」
「――なんだって?」
 問い返す、が、彼女はなおも『ガウリイ様』と途切れ途切れに呟くと、安心したように、また意識を失った。
「ガウリイ――『様』? あいつらの知り合いか……?」
 ヴィリシルアは眉をひそめた。
 そういえば何も聞かなかったが――あのガウリイとか言う金髪の男、有名な傭兵ではあるが――どこか良家の人間なのだろうか?
「とりあえず――街の中に戻った方が良さそうだな……」
 自分としては炎の中に自ら飛び込むような行為なのだが……
 彼女は一つため息をついて、結界の中に再度足を踏み入れた。




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