セイルーン城――
「姫様! もうフィリオネル陛下はお休みになっておられますげふ!?」
「緊急事態ですッ! そこをどいてください!」
 止める兵士やら何やらを押しのけて、アメリアは父の部屋に足を踏み入れた。
「父さーんッ!! 起きて下さいッ!!」
「ぬおぉぉぉおおぉッ!?
 ――な……なんじゃアメリアッ!?」
 大きい父親のひげを引っ張って、悲鳴を上げながら起きた父に呼びかけると、アメリアは聞き返した父にこう答えた。
「魔道士協会に依頼してください!
 隔幻話ヴィジョンを使って全支部に通達! セイルーンの行方不明者を探すようにと!
 行方不明者の名前と特徴を書いたリストはもう作ってあるでしょう!?
 居なくなった人たちは、街の外にいるんです!」
 娘の言葉に、フィリオネルは慌てて頷くと、ベッドから立ち上がった。




僧侶連盟




 前方に見えた茶の長髪の青年と金の髪の少年の姿を確認すると、あたしは声を張り上げて走り出した。
「フェリアさんッ! フェイトッ!」
「リナさんッ!」
 こちらの呼びかけに、先に気づいたのはフェリアさんだった。
「よかった、早めに見つかって――そっちはどうだった?」
「ゼロスが来ました。行方不明になった人たちは町の外に居るみたいで――アメリアが城に戻って働いてます。
 あなたたちの方は?」
「夢鬼が大勢で襲ってきてね。
 ――フェイトの魔力につられてたんじゃないかと思う。
 でも、いきなりいなくなって――多分、後ろで夢鬼を操ってた魔族が呼び戻したんだと思うんだけど」
 フェリアさんの言葉に、あたしは頷いた。
「魔族は『人間の魔力』を集めているわ。フェイトの魔力じゃ役に立たないのは解ってるんでしょうね」
「義姉さんは?」
「街の外に出るって言ってたわ。ヘマして魔力吸われていたみたいだから――」
「そう……」
 心配そうに、フェイトは眉を寄せた。
「ま、大丈夫でしょ――それより、今は夢鬼使って魔力集めてた奴を探さないとね」
 あたしは上空に目を向けた。
 ――魔族がはるかそらから、あたしたちのことを見て嘲笑っているような気がして、顔をしかめる。
「でも、どうやって探すのかが問題だわね……」
 どこにいるかも解らない魔族を探し当てるのは、はっきり言って海の中から特定のプランクトンを一匹だけ探し出すより難しいと思う。
 さて、どうするか……
 あたしは大きくため息をつくと、町の外の方を見た。




 しゅぅ……んっ。
 集めた夢鬼たちから魔力を取り出して、グロゥはふぅっ、と息を吐いた。右の手の平を前に差し出して上に向けている。その上に、シャボン玉の中に、『黒い光』を放つモノが入っているような――そんな球体が浮かんでいた。
 魔力――である。リナの言葉を借りて言うならば、『人間の黒魔力』といったところか。
 先程の塔の上――である。ゼロスは後ろで見ているが、そんなことは気にしていられない。
(――これで、一応今日の仕事は終わり、か――
 少し足りないケド、そこは覇王様に我慢していただこうかナ……)
 心中で呟くと、グロゥは空を見上げた。
 空が、白み始めている。朝がもうすぐ来る――
「急がなきゃネ……」
「何をだ?」
『ッ!?』
 背後からいきなり聞こえた言葉に、グロゥばかりかゼロスまでが驚愕の表情を浮かべた。
「――ヨルムンガルドさん……ッ!?」
「この前の魔王竜ッ! 何しにきた!」
 獣神官は不可解だというような表情で、覇王神官は敵意を剥き出しにして、叫んだ。
 魔王竜デイモス・ドラゴン――今は人間の姿をしているヨルムンガルドが、そこに立っていた。灰色の髪、白い顔、全体的に色の薄い印象を受けるが、瞳だけが黒い。
「お前、この前の魔族か――
 いや、そんなことはどうでもいい。
 ――その魔力――与える相手のことに会わせてもらおうか」
「お前には関係ないッ! 会わせてやる義理もないネッ!」
 静かに言うヨルムンガルドとは対照的に、グロゥは叫ぶ。
「悪いが関係がある。
 ――私の父に関することだ」
「あなたの父を殺したのは魔王竜の方々でしょう? 正確にはヴィリシルアさんが、ですが――」
 眉を寄せながらのゼロスの言葉に、ヨルムンガルドはかすかに顔をしかめた。
「魔王竜も一枚岩ではない――魔族も人間も、それは同じだろう。
 父を謀殺したのは中でも魔族派の者――まぁ、『魔王竜』と呼ばれてはいるが、ほとんどは中立なのだが……」
「――それで、魔族派の方がこの魔力を求めているお方にどう関わりがあると?」
「魔力を求める主――『それ』の状態は、魔族にとって不利な状態なのではないか?」
 ぴくんっ、とゼロスは眉を跳ね上げた。グロゥに至っては、完全にヨルムンガルドを敵と決め付けているようで、殺気すら篭った目で睨みつけている――まぁ、ついこの前に戦った後なので、致し方ないといえばそうなのだが……
「――なるほど――
 あなたも、結構よく調べたみたいですね……どこまで知っているかは解りませんが」
 言いながら、ゼロスはグロゥに目配せした。グロゥはかすかに頷く。
 ……今のゼロスの言葉は半ばグロゥに向けられていた――『ヨルムンガルドがどこまで知っているかは解らない。不用意なことは喋るな』――どうやら、理解してくれたようである。
(――にしても、どうやって調べたんでしょうねぇ……)
 ゼロスは内心首を傾げた。『このこと』は魔族の中でもトップ・シークレット、下級魔族のほとんどがこのことを知らない上、中級魔族にも知らない者はいるのである。
 書物をあさって――というのはない。いくら異界黙示録クレアバイブル――水竜王アクア・ロード)ラグラディアの意識もそこまでは知るまい。知っていたとすれば、既に魔族のほとんどが、屍を混沌の海に晒しているはずである。
「それで――どうします? 『そのお方』に会って」
「……どうもしない。私はただ、確かめたいだけだ。
 父がなんのために殺されたのか、この目で見たい――本当に、それだけだ」
「ふむ……」
 ゼロスは覇王と獣王のいがみ合いのことに考えを巡らせていた――自分がここで勝手に許可した場合、二人の仲はいっそう険悪なものになるだろう。だが――
「グロゥさん、あなたはどう思います?」
「決まってるッ!
 ――こんな奴に、会わせる必要なんかないヨッ!」
 ある程度予想していた答えである。
 ゼロスは多少すまなそうに――もちろん見せかけだけだが――微笑むと、
「――ってことです。すいませんねぇ」
「神族側に――言うぞ」
 苦し紛れの反論だ。ゼロスは内心鼻で笑った。
 だが、表情には底の知れない微笑を浮かべたまま、
「いいえ、あなたは言いません――いえ、言えないんでしょう? あなたは自分の目的のために大勢の人間を犠牲にできるような方ではない」
「――買いかぶり、だな……」
 言いながらも、ヨルムンガルドは視線をこちらに合わせようとしない。
「残念ですが、僕はあなたをあのお方に会わせるわけには行きません――お引取り願えますか?」
「………………」
 灰色の魔王竜は、ちっ、とかすかに舌打ちすると、身を翻し、闇に溶けるように去った。
 何とか、引き取ってもらえたか。
 このまま引き下がるとも思えないのだが――ゼロスはこの先のことを思いやって、はぁあぁっ、とため息をついた。
「――そうだ――
 グロゥさん。念のためですが、覇王様に報告してきてください。
 ――念のため、です」
「解ったヨ。
 ま――もしかしたら、伝えない方がいいかもしれないけどネ」
「………………」
 ゼロスは苦笑した。確かに、これは伝えない方がいいかもしれない。ただの竜族に『こんなこと』を知られたとあっては、はっきり言って滅ぼされても文句は言えない。責任問題は恐らく四年前にも遡るだろう――誰が殺されるか――明日は我が身、というわけでもないだろうが――
「ですが、ここで報告を怠れば、後々僕とあなたの立場も良くはなくなるでしょう。
 これは魔族にとって重要な問題です――さ、早くお行きなさい」
「――了解」
 グロゥはつまらなそうに言うと、虚空を渡り、消える。
「はてさて……このまま何事もなければいいんですけど、ねぇ?」
 いなくなったグロゥに呼びかけるかのように、はたまた目に見えぬ誰かに話し掛けるかのように、ゼロスは呟いた。
 口元に、いつもの笑みを浮かべながら。




「リナッ!」
「ヴィリス……って――あんた、その人――!!」
 向こうから走ってきたヴィリスが、見覚えのある顔を腕に抱いてきたのを確認して、あたしは思わず叫んだ。こちらに近づいてきたヴィリスは、息を整えると、
「――町の外に倒れてた! ガウリイ様とか言ってたが――やっぱりあんたらの知り合いだったみたいだな」
 黒い髪を白銀に染めたシルフィールが、ヴィリスにお姫様抱っこされていた。
 これが劇だったら、結構サマになる絵ではある。
 ――女同士だが。
「シルフィール――」
 ガウリイが覗きこみ、ほっとしたような顔になる。
 ――どうやら、気を失っているだけのようである。
 あたしは安堵の息をつくと、
「――とにかく、一度家に運んだ方がいいわね」
「人間のことはよく解らんが――医者にやった方がいいんじゃないのか? こーいうのって?」
「彼女の家がその医者よ!
 ――ついてきて!」
 ヴィリスはうろたえながらも頷くと、走り出したあたしに次いだ。




 そして、夜が明け、次の朝が来る。




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