「お待たせしたわね」
 ヴィリスがエフエフを連れてきて、あたしたちも荷物まとめは終わったし、夜さんもその間にパフェを食べ終わった。
 全員の準備が万端になったところで、あたしはメルーリンとミルーリンに声をかける。
 が。
「あ……ちょっと待ってくださいまし」
 スプーンを優雅に口に運びつつ、黒い方――ミルーリンは言った。メルーリンも、微笑んで、
「今パフェを食べておりますから――評判なんですよ。ここのパフェ」
「いや。知ってるし。」
 しかも人を呼んどいて食ってるなよ。あんたらわ。

 …………

 かちゃん。
 黙々とパフェを食べ終わり、スプーンと容器が触れ合って、そんな音を立てた。
「さて――」
 すっ、と口をどこからともなく取り出したハンカチで拭いてから、二人の美女は同時に立ち上がった。
「それでは、参りましょうか」
「いや、何か拍子抜けするんだけど。パフェ食べたあとにそぉ言われても」
「仕方ありませんわ。食べてしまったのですから」
 ニコニコと白い方――えーと……メルーリンがわけのわからんことを言う。
 ミルーリンも頷と、
「それはともかく――参りましょう」
 言ってこちらに手を差し伸べた。
 あたしは夜さんとヴィリス――そしてガウリイを順に見て頷き――白い方――メルーリンの手をとった。
 視界が揺らぐ。姿が薄れる。
 ―― 一瞬目の前が、真っ暗になった。




平和主義者の魔王様




 次の瞬間経っていたのは――草原だった。
 いや、数メートル先には森があり、視線を移すと――
 村があった。
 廃虚。木でできた建造物は火をつければ燃える。そんな当たり前のことが頭をかすめ、ヴィリシルアは一歩、足を前に踏み出した。
(……『リナ』――)
 完治して、あとが残るばかりの傷が痛んだような気がした。
「――みんな?」
「ここにいるわ」
 呟きに、リナが答える。それに彼女はかすかに眉をひそめた――『リナ』なのか。それともリナなのか。
 ――魔族の二人組はいなくなっていた。
 少し離れたところにヨルムンガルドが佇み、フェイトはその近くで、きょろきょろと辺りを見回している。
 さらに視線を動かすと、ガウリイがリナに近づこうとしていた――それを見て、ヴィリシルアはリナはリナだと確信する。なぜかはわからなかったが。
「……昨日の話なのよね。全部」
 リナが呟いた。視線は廃虚に注がれている。
「ヴィリス――あんたがいなくなって、グロゥと一緒に空から落ちてきて――それが全部昨日……信じられないと思わない?」
「スピード感ある日常ってことだろう。いいじゃないか」
「いーわけないでしょ……」
 ため息混じりにそう言って、リナは無造作に、廃虚に歩を進める。
 と――ふりむき、にんまりと彼女は笑った。
「よし――行くか!」
『おうっ!』 
 五人は頷きあって、村だった場所に向かって歩き出した。




 廃墟は、廃墟としか言いようがない。
 石の壁は崩れ、木の壁は灰になり、地面は所々えぐれ、けれど空は澄み切っていた。
 あたしは『あたし』にいざなわれ、今、ここにいる。
 ――目を閉じて、また開く。足を肩幅より少し狭く開き、あたしは大きく深呼吸した。
 その動作一つ一つが、あたしの確認だった。
「あたしは……リナ=インバース」
 呟いて、あたしはにっと笑みを浮かべた。そして。
「あたしは、リナ=インバース!」
 声高々に宣言する。
 それは確認だった。
 あたしにとってだけではなく、多分……
 そこに思いを巡らせるその前に。
 『魔王』は姿を現した。
 栗色の髪、栗色の瞳、小柄な身体。
 全てがあたしと変わりない。
 だが、纏うのは赤き法衣ローブ――まるで、赤法師を連想させるようなその色に、あたしは眉をひそめた。
「……久しぶりね」
 彼女――『魔王』はそう呟いた。
 あたしと瓜二つのはずのその顔は、数年前の気弱な表情は欠片も残っていなかった。無表情ともいえるが、怒っているようにも見える。誰に対して怒っているのか、何に対して怒っているのかは解らないけれど。
「……六年ぶり――かしらね。会うのは」
 あたしのことばに、彼女は頷き、一歩ゆっくりと歩を進めた。
「そう。六年ぶり……色々なことがあったわ」
「お互いにね」
 笑いあう。乾いた笑みだ。
「――戦う前に、一つ聞くわ」
 あたしもまた一歩踏み出し、『魔王』を見た。
「どうして、ヴィリスを先に殺そうとしたの?」
「……誰でもよかったのよ」
「? ――」
 怪訝な顔をするあたしに、彼女はすたすたと歩み寄る。
「あなたの周りにいるものならば、誰でもよかった。
 あなたが――あなたがあたしにないものを持ってるのが嫌だったから!
 みんな――みんな奪ってあげようと思ったのよ……!」
 だんっ!
 ――踏み込みは、深い。
「ちぃっ!」
 話の続きを聞く暇はなさそうだ―― 一呼吸の間にそう判断した。
 間合いを一気につめてくる。あたしもそれに応えるように、腰のショートソードを抜き放って――
 ぎぃんっ!
「――これは!」
 刃と刃がかみ合うと同時、あたしは思わず叫んだ。
 なるほど、『魔王』があたしの『影』とはいえ、独立した歳を重ねて六年。ヴィリスから聞いてはいたが、剣の腕はあちらが上!
 相手は二刀だが、これはあたしの劣勢の理由にはならない。武器の数を増やせば、それだけ要求される腕も高くなるからだ。
 じゃりっ――刀と刀がこすれ合う嫌な音がして、あたしは後に跳び、間合いを取った。
「――あなたはリナ=インバース。あたしはそれの『影』――
 あなたがどうあれ、あたしがどうあれ、それが問題だった!」
 再度間合いを詰めながら、『魔王』は叫んだ。
 あたしはさらにそこから飛び退き、ガウリイが斬妖剣ブラスト・ソードでその剣を受ける。
 って――
 予想のうちではあったが……ガウリイの剣でも切れないのか!? やっぱり!?
 ……と、その姿がふっと失せた。
「ヴィリス! 上だ!」
 こんな時は名前を覚えている――というのは置いといて、ヴィリスはガウリイの叫びを受け、上も見ずに飛び退いた。『魔王』は飛び降りたその瞬間にまた消える。降りた地面に魔力衝撃波が叩き込まれた――もちろんヴィリスのものである。
「くッ、無駄弾かッ……」
「後ろ!」
「――チィッ!」
 針と剣が交差した――力はヴィリスの方が上のはずだが、『魔王』の方が押している。
「四年――四年間は普通の人間として暮らしてこれた。でも……二年前」
 戦いながら、彼女は語りつづける。ヴィリスはそれを聞いている余裕はあるらしく、ぴくん、と眉を跳ね上げた。
 ――二年前。
 ルークの魔王の欠片が目覚めた――あの事件があった年である。
「……魔族が……来たのよ。大勢ね。
 北の魔王派の――といえば、わかりやすいかしら?
 あいつらは村を焼いたわ。人々が死んで、あたしは何も出来なかった――
 魔族は……あたしを狙っていたのよ!」
 ――そういうことか!
 叫んだ瞬間、また『魔王』は消えうせた。
 ヴィリスが勢いあまってたたらを踏む。
 ――今度はあたしの目の前――何とか剣を受けた。
 重い剣の感触は、痛くすらあった。
「ッ――あんたを狙っていた……
 つまりそれは……『あたし』を狙っていたってこと!?」
「そうよ! あなたのせいで――あたしのせいで人が死んだの!」
 ゥんッ!
 押し切られ、のどぶえすれすれを剣が通り過ぎていく。
 あ、あぶねぇ……
 返す剣は飛び退いて避けた――間合いがさらに詰められ、目の前に『魔王』の――自分の顔がある。
「だからあたしはあなたが憎い!」
「自分勝手な……!」
「悪いかっ!」
 こちらがかけた足払いは躱された。
「――っちぃッ!」
 ぎちぃっ!
 剣を合わせる気はない。あたしは一度剣を受けると、さっさと飛び退いた。
「逃げるなッ!」
「作戦よッ! ――ガウリイ!」
「おぉッ!」
 あたしの声に応え、ガウリイが前に出た。
「そんなに邪魔したいの!? ならあなたから!」
「そう簡単に……やられるかッ!」
 『魔王』の剣をガウリイが受ける。流れに乗って彼もまた斬りつけるが、あっさりと避けられた。
 ――もしかして、魔王の欠片が目覚めたことで、彼女もやはり剣の腕が上がっているのか?
 いずれにせよ、遠距離からの援護は無理そうだ――かといって、今のあたしじゃ神滅斬ラグナ・ブレードも使えない――
「なかなかやる……ッ!」
「お褒めの言葉をありがとうよ!」
 考えているうちにも、二人の戦いは続いている。
 ――あたしが見たところ、戦況は五分五分。
 だが、あたしが憎いのならばどうして魔力を使わない? それに――
「そうよ……
 ねえあんた! 魔王の自我はどうしたわけ!?」
 そうだ。
 魔王の自我。あたしの内に魔王の欠片があったのならば、それも彼女に移動しているはず――それなのに……
「知らないわよそんなもの!」
 ガウリイと切り結びながら、『魔王』が叫んだ。
「いいえ、あたしの中で目覚めているのはチカラだけ! 自我なんてまだ眠ってるわよ!」
「そんな――
 あんた、ンな危険な状態でチカラを使っていたわけ!?」
「そうよ! 悪い!? あたしは『それだけ』なのよ! あなたを殺すことだけなの!」
 ぶぅんっ!
 叫びとともに大きく振った一撃は、ガウリイにかわされた。『魔王』――いや、『彼女』は舌打ちして、ガウリイの放ってきた一撃を飛び退いて避ける。
 ……つまり、『彼女』はまだ完全に魔王ではない?
 すなわち、チカラも完璧には発露していないということか。
 魔族がそんな不完全状態の『彼女』に従っているのは、あたしが魔族にとっても邪魔な存在だから――そして。
 あたしが殺されれば、『彼女』もまた『消される』――しかも『彼女』はそれに気づいている!
「あんた……いいわけ!? それで! そんなのでいいの!? あんたは!」
「いいわよ! 言ったでしょう! 『それだけ』だって!」
「……いいわけ、ないだろ!」
 ガウリイが叫んだ。
 ――剣が、飛んだ。
 『彼女』の手から一本剣が離れ、地面に突き刺さる。
「くっ……」
「いいわけ、ないだろ……!」
 繰り返して言う――怒ってる。
 あたしにはそれがわかった。多分――『彼女』にも。
「……俺の知り合いに、あんたみたいに大切なヒトを失った奴がいた」
 あたしは息を飲んだ。
 ――誰のことなのかは、言うまでもないことだろう。
 ガウリイは一瞬呆然とする『彼女』を睨みつけ、剣を下ろして続ける。
「そいつはまず、大切なヒトを奪った奴を殺した。出来るだけ残酷な方法で。
 でもそれじゃ収まらなかった。憎しみが憎しみを呼んで、結局は世界を憎むようになっちまったんだ!」
「――そしてあなたたちに殺されたのね。
 あなた、あたしも殺す気じゃない!」
「あいつがそれを望んだんだ――それに、お前だって望んでいるんじゃないのか!?」
「勝手なことを言わないでよ!」
 剣が地面から引き抜かれた。
 ガウリイが一瞬眉を寄せて、剣を構える。
 だが。
「ガウリイ! 剣貸せ!」
『ヴィリス!?』
 あたしとガウリイが同時に叫んだ。ガウリイは押しのけられて、ヴィリスが『彼女』の前に立つ。
「あんた、剣使えんの!?」
「何とかね」
 彼女は斬妖剣を握り、かすかに笑った。
「……額のお礼ってだけじゃないんだ……
 あんたが……何を望んでいるのかが知りたい」
「――
 何を馬鹿な」
 言うまでに、少しの間があった。
 ヴィリスは眉をしかめながら、さらに言う。
「聞いてたんだよ……あんた魔王じゃないじゃんか。
 何で魔王の『真似事』なんかしてるんだ!?」
「それはッ……リナ=インバースが憎いから――!」
 ……動揺している?
 『彼女』は少し後退した。ヴィリスはそれと同じだけ『彼女』のほうに向かって進む。
「……解るよ。
 あんたは魔王じゃない! まだ人間なんだっ!
 やめよう! ほんとは戦いたくないんだろ!?」
「……ッ!」
 ヴィリスのその言葉に、彼女は息を呑み――
「いかん……やめろ! ヴィリス!」
 突如。
 夜さんが――そう叫んだ。




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