そしてあたしは目を開いた。
――ベッドの上……だ。
目の前に、あたしの自称保護者のガウリイがいる。
心配そうな――とても心配そうな表情で。
ああ――
前にも、こんなことがあった。
「ガウリイ――」
妙な
既視感を感じつつ、あたしはそう、口の中で呟いて――
「リナ――大丈夫か?」
……大丈夫?
問われて、思わず眉をひそめる。
―― 一体、あたしは何をしでかしたのだろう?
記憶の糸を手繰り寄せ、あたしはまだ薄くしか開いていなかった目を、ゆっくりと押し開き――
あ……!
「――そうだ! ヴィリスは?」
あたしの問いに、ガウリイは首を横に振りながら、
「解らない。
倒れてたのはお前だけだった」
「そう――」
あたしは呟いて、顔をゆがめた。
一体……どうなっているのやら?
全くワケが解らない。
ヴィリスを連れて行ったとて、メリットはあまりないと思う。たとえ連れて行かれたのがあたしだったとしてもまた然り。
はて――?
「一体どういうことなの――?」
「それはこっちが聞きたいよ……」
我知らず口に出したあたしの疑問に、金髪に赤目の少年が答えた。ヴィリスの義弟、フェイト=フェイト――エフエフ、である。
彼はうんざりしたような――それでいて義姉を心配しているような口調で、
「そりゃ、僕らが昼ごろまで寝てたのは悪かったけどさ。
食堂に降りたら店内はぐしゃぐしゃ。姉さんはいないしリナが倒れているだけ――ってもぐーすか寝てるだけだしさ。こんな時間まで起きないし……」
「こんな時間?」
あたしは眉をしかめて、窓から外を見やる。
日が、沈みかけていた。
「一体……何がどーなってるわけよ……?」
他の二人に、それが答えられるはずもなく。
ぼーぜんと、あたしは窓の外の、朱に光った夕焼けを見つめていたのだった。
平和主義者の魔王様
…………眠い。
体がいきなり重くなったかのように、指一つ動かすのも億劫だ。
眠らせて欲しい。
――それとも自分はもう眠っているんだろうか。これは夢の中なんだろうか?
だが、それにしては――眠い。とても。
――
そこで、はたと気がつく。
(……あれ?)
どうしてこんなに眠かったんだっけ?
「――ッ!」
がばっ!
彼女は勢いよく起き上がった。
汗が体中から吹き出ている。何か、とても嫌な夢を見たような気もした――それを思い出すことはできなかったのだが――
「………………」
次に、自分がベッドの上にいることが解った。自分は今まで眠っていたようだった。
(私は……どうしたんだ?)
思わず、自分に問う。
答えはすぐに出た。
(確か……)
そうだ、確か――魔族たちが――
「……くそ、グロゥの奴――今度会ったら覚えてやがれ!」
小声で毒づいて、はたと気づく。
「って……ここ――どこだ?」
彼女は――ヴィリスは、またも自分に対して質問した。
また答えはすぐ出る――多分、ゼロスが、自分とリナを連れて行こうとしていたところだ。
確か奴はこう言っていた。『ライゼール王国の端に位置する山村』。多分それだ。
(いや、違う……)
違う――自分が気になっていることは、そこではない。
例え自分がいるのがその村だったとしても、それはそれでいい。
問題は、そこがどう言ったところで――さらに、自分はさらにその中のどこにいるのか、ということ。ついでに言えば、どうやって帰るか、ということだ。
今度の問いは、考えても意味がないものだった。
(これ以上は、考えられない――)
眠気で混乱している思考を何とか押さえ、自分の頭を落ち着けるために、彼女は再度眠りにつこうと――
「――リナ?」
突然、思い出して、呟く。
「――リナ、そこにいるのか――起きてるか?」
答えは、ない。
起き上がって、周りを見る。
窓から差し込む光で、白い壁が橙色に染まっている。
――部屋にベッドは二つ。
でも栗色の髪の魔道士は――もう一つのベッドに寝ていなかった。
「リナ――いないのか?」
問わずともわかるだろうに、彼女は眉をひそめて呟いた。
(推測その一――)
自分が使っていないほうの、空いているベッドを見つめながら、ヴィリスはぼーっと考えた。
(リナは私と一緒に連れてこられて、寝てる私を置いて先に逃げ出した)
――それはない。
ベッドは人が寝ていた形跡はない。触ってみても温度は感じなかった。手のひらに触れる、ひんやりとした、使っていないシーツと布団の感触が、何となく嬉しい。
さらに、あまり動かない頭を働かせて、考える。
(推測……その二。
リナは連れてこられなくて、連れてこられてのは私だけ。
こっちの方が妥当か?)
扉は一つ――鍵はかかってない。いつも使っている武器やらなにやらが入ったポーチも、部屋の中の机の上に置いてあった。
さらに言えば、妙な結界を張っている気配もない。
精神世界面の方もいたって異常なし――
「――逃げ出してくれといわんばかりだな」
思わず呟いた――が、確かに、少なくとも監禁も軟禁もされていない――と思う。
魔族に連れてこられたにしては、なんともおかしい不自然な感じだ。
(推測その三)
彼女はさらに考える。眠気がどこかに吹っ飛んだわけではないが、予想外と眠気のせいで、頭が混乱しまくっている――眠いのは確かだが、眠ろうとしても眠れそうになかった。
――と。
「あれ――? 起きたんですか?」
唐突に、扉が背後で開いた。
――聞き覚えのあって聞き覚えのない声が、彼女の耳に届く。
違和感。
一瞬、頭が真っ白になった。
(えーと……)
なんだか、振り返りたくない。とてつもなく嫌なものを見る気が――した。
「大丈夫でした? 随分うなされてて、すっごく心配したんですよ」
ぞわりっ――と、背筋に妙な悪寒までが走る。
一体、この違和感と寒気はなんだ?
「……えーと」
今度は口に出す――よく解らない。
が、声はそんなこともお構いなしらしい。
すたすたと歩いて、自分の目の前にやってきた。
その瞬間。
彼女の中で一瞬思考が停止した。
――あれ?――
「…………………」
絶望、とでも言うのだろうか。
まさか――
まさか!
(なんてこった……)
まさか、『あの』とつけたら誰もが恐れるリナ=インバースが、フリフリのドレスを着て現れて、あまつさえこんな口調で喋るなんて!
世界の終わりか――それとも何かの冗談か?
願わくば後者であって欲しい――混乱に、さらに拍車がかかる。
……ともあれ、解決策を考えよう。何かとてもいい方法があるはずだ。
彼女は思わず頭を抱えたくなりそうな事態を悲しみながら、必死に考える。
……
「どうしたんですか?」
「………………………………………………あんた、誰?」
リナのそっくりさん――と思いたい女性の問いに。
彼女はとりあえず、長い長い混乱と沈黙の後、そういう風に問い掛けた。
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