――我が身守りし守護者――
エフエフの口から、明瞭な
混沌の言語が流れ出す。
人を模しもの 意思を持ちし人形
我と汝の契約において 我に導きをもたらさんことを!
…………
しばし、夕焼けに染まった部屋に静寂が訪れる。
先ほどから数回、エフエフが――ヴィリスの守護の対象が、こうやって
混沌の言語で呼びかけていた。何でも、ヴィリスを呼び寄せる用のものらしく、『力ある言葉』の要らない呪文のようだ――が――
「どうだった?」
幾度めかのあたしの問いに、彼はうんざりした様子でため息をつく。
「全然わかんない――多分プロテクトがかけられてるんだと思う。
……でも、魔族連中が姉さんの製造プロセス知ってるわけないし……」
ぶつぶつと呟く。
――先ほどから延々とこの調子である。
いー加減飽きてきたぞ。あたしゃ。
「その呪文、使ったことあるわけ?」
あきれ気味に言うあたしに、彼は少々むっとしたような表情をした。
「何度もあるよ。二年前ぐらいは、しょっちゅうふらふらとどこかに行ってたから」
「――なんで?」
問いに、フェイトは肩をすくめると、
「さあ?
魔力の波動に引き寄せられやすい体質してるからね。
デーモンが大量発生したときにはもうこの呪文大活躍。あっちへふらふらこっちにふらふら。
ま、呪文を使わなくても姉さんの通ったところは点々と、魔力を吸われたデーモンの死体が転がってたけどさ……」
怖ッ!
その場面を想像し、あたしは思わず心中で叫ぶ。
――ヴィリス、もしかしてデーモンよりタチ悪いんじゃあ……?
「なぁ――」
と。
「何?」
無視すればいいものを。
ガウリイの呟きに、エフエフは首を傾げて問い返した。
彼はぽりぽりと頬をかきながら、
「さっきから意味の解らんことばっか呟いてるけど――その、なんだ。
『かおすわーず』って――なんなんだ?」
エフエフはなんとも変な顔をして、あたしの方を見た。
――はいはい、あたしが説明すればいいんでしょーよ。
あたしはため息混じりにガウリイをじろりと見ると、
「
混沌の言語ってのは、魔力を発動させるために必要なコトバのことよ。
ほら、あたしがいつも混沌の言語で、『黄昏よりも暗きもの』――とかって呟くと、ガウリイ条件反射で逃げ出すじゃない」
「……条件反射って、俺を何だと……」
「ま、とりあえず大雑把に言やぁそういうものよ」
あたしは言ってガウリイとの会話を打ち切った。
――ん?
そういえば、さっきからなんか心に引っかかってるものがあるんだけど……気のせいだろーか?
確かさっきゼロスがやってきて、どこぞに――
――あ。
「っあああああああああああああっ!」
「リナ?! どうしたんだ!?」
「何か思い出したの?」
ガウリイとエフエフの問いに、あたしはこくこくと頷いた。
――『どこに』は――ライゼール王国の端の端に位置するとある山村とだけ言っておきましょう――
記憶の底からよみがえるゼロスのあのセリフ。
「ライゼールの、端の端の山村……ゼロスはそう言ってたわっ!」
「……ライゼールの山村……って言っても……」
眉をひそめ、呟くフェイトにあたしはうなずきかけて、
「そう、そんなのはたくさんある。でも、絞り込むことはいくらでもできるわ。地図出して!」
あたしの言葉に、フェイトが少々あわて気味に地図を取り出した。
ゼロスたち魔族が何をたくらんでいるか知らないけれど――そう簡単に、好きにさせるつもりはない!
「……見てなさいよ――」
あたしは地図を見ながら、ぽつりっ、と呟いた。
「絶対探し出して――後悔させてやるんだから……っ!」
びくっ! と、なにゆえかフェイトが身をすくませるが、ンなこたぁはっきり言ってどぉでもいいのである。
魔族ごときがあたしのことを出し抜くなんぞ絶対に許さん!
あたしは地図上の一点を指し、黒いペンで丸を書く。
「さぁて、まずはここの村ねっ! 早速出発するわよ! いい!?」
『は、はいッ!』
声をハモらせおびえ気味に叫ぶ二人を、あたしはもう振り向かない。
とにかく、絶ぇぇぇぇっ対に! 探し出してやるッ!
ま、その後あたしがどうするかは――ご想像にお任せしよう。
平和主義者の魔王様
……肌に鳥肌が立っている。何か息苦しい気がする。背筋には絶えず悪寒が走っている――
リナ本人でさえ、見たら卒倒するのではないかと思われる彼女――リナの、そっくりさん。
ヴィリシルアは思わず頭を抱えたいような気分に陥った。駄目だ。解決策は浮かびそうにない。
(……結局、あんた誰なわけ?)
口に出さず、今度は心中のみで問う。
先の質問から双方しばし硬直しあい、いまだお互いの自己紹介すらしていない。
相手は自分の名が解っているという可能性もあるのだが――
(ん? 待てよ――)
よく考えたら、ここに自分を連れてきたのは魔族である。
それなら、この彼女も魔族と考える方が自然ではないのか?
(いや、違うっ……)
確かに一瞬、そう考えた方が自分の身のためになるのではないかと思ったが――相手にメリットがない。
(とにかく、私の質問に答えてくれ! 頼むから……)
と。
「あの――あたし、そんなに似てますか?」
「べ?」
相手が唐突に喋ったもんだから。
なんとも変な声が出た。
「――べ?」
首を傾げて聞き返してくる彼女に、ヴィリシルアはぶんぶん首を横に振った。こほんっと咳払いをし、
「いや――、失礼。
――確かに、あんたはよく似てる。リナ=インバースにね」
ともすれば震えそうな声を何とか調えながら、言葉を選びつつ慎重に言う。
「それなら、当然ですよ」
にっこりと、彼女は微笑んだ……ある意味ではかなり怖い。そんなことを言おうものなら、彼女の知る『リナ』に殺されそうだが――
「あたしも、リナ=インバースですから」
「それは、一体全体どーいう――?」
ワケが解らない。
いきなりリナには似ているが似ても似つかぬ女性に『あたしもリナなんです♪』なぞと言われても、誰だって首を傾げるしかないだろう。『へぇ、そうなんですかぁ♪』と納得できるものがいたら、それこそ顔を見てみたい。
そういう疑問が、表情に出たのだろうか。
自称『リナ(確かに顔も瓜二つなのだが)』は、苦笑した。
「――シャザード=ルガンディ、って、知ってます?」
言われて、ぴくりっ、とヴィリシルアの表情が動いた。
――『
偉大な』シャザード=ルガンディ。
魔法の道具に関して、天才的な才能を発揮した魔道士。
彼には偉大な人間にありがちな、どう考えても嘘とわかる逸話を多く持っている――もちろん、英雄としてではなく、
魔法の道具開発の天才として。
いわく、光の剣を作ったのは彼である。
いわく、
異界黙示録を書いたのは彼である。
いわく――彼が世に出さず封印した
道具に、相手の能力、容姿をそのまま写し取ってしまう『
影の鏡』がある……等々。
年代も場所も様々な、ともすれば逸話二つとって、お互いに矛盾が生じるものまである。
たくさんの作り話、夢物語が――シャザードという魔道士には多く存在しているのだった。
「それが、何だと? まさか自分がリナが『鏡』に映された結果生まれたコピーだのというつもりじゃあないだろうな?」
「――そうだと言ったらどうします?」
『リナ』の問いに、彼女は即答した。
「指差して笑う」
「実はそうなんです。
――笑わないんですか?」
「…………………あんた、実はけっこーいやな奴だろ」
ヴィリシルアは別の意味で頭を抱えたくなりつつツッコみ――疲れたように、大きくため息をつきながら、
「
影の鏡ってのは――性質――性格が全く反対になるんじゃなかったか?」
――ああ。よかった。
自分で言いながら、彼女は胸の奥でほっとしていた。
少なくともこの女はリナ=インバースオリジナルではないわけだ。それに見合う経験値、実力、知識、などなど――を持ち合わせていたとしても。
反対の性格、と言うのならば、果てしなく納得できる――これもリナに聞かれたら殺されそうだが。
「初めは、全く正反対でした」
苦笑のような表情を浮かべて、彼女は言った。
――違和感。
ヴィリシルアは眉をひそめる。
「――今は違う、ってことか――?」
我知らず、口から呟きがもれる。
『リナ』は聞こえなかったかのように、視線をわずかに遠くへ移す。
――その先には、一体何が映っているものか。
「六年経ちました。あたしが生まれて――コピーとして生まれてからね」
夕焼けに照らされて、『リナ』の紅い瞳がゆぅらりと赤みを増したような気がして、ヴィリシルアは目をこすった。
彼女は苦笑のような泣いているような、判じがたい表情で一歩こちらに足を踏み出す。
つられて思わずヴィリシルアも一歩、後にさがった。
「――だから」
その声音は先程までとは雰囲気が徹底的に違っていた。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。
「六年の間に、こういう事もできるようになったんですよ――?」
「何!?」
――ぅんっ!
風を切り裂く音。
――届くのは、明確な殺意と殺気。
鮮血が、散った。
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