――ぅんっ!
 風を切り裂き迫り来るのは、研ぎ澄まされた鋼の刃!
 正確に頭部のみを狙った一撃を、ヴィリシルアは体をのけぞらせて避け――
 そこをすかさず二太刀目が切り裂いた!
(二刀だとッ……!?)
 ざんッ!
 狭い部屋の中で飛びのくが、視界がぱっと紅く染まる。
 額から染み出た血が尾を引いたのだ――痛みに踏みとどまるタイミングを逃し、背中を壁にしたたかに打つ。
「――ぐッ!?」
 かわし損ねた――しかし、致命傷には至らない!
「やっぱり、こんなものでは――」
 悔しそうに、彼女は呟く。
「何でこんなことをするッ!?」
 ヴィリシルアは目に入った血で、ぼやけて揺れる『リナ』の姿を睨み叫んだ。
「『何で』?
 ――そんなの決まっているでしょう……」
 にっこり――と、彼女は微笑む。先程の穏やかな笑みとは違う。けれどリナの笑みとも――違う。
 片方の剣は今の一撃で紅く染まり、銀色に血の色彩を帯びている。
 彼女は痛みに薄れそうな意識を首を振って引き戻すと、棚に置かれたポーチを掴み、裁縫用――というには少々長めで太い針を幾本か取り出し、無造作に持つ。
 それを見やり、『リナ』は瞳をすぅっ――と薄めた。
「――それがゼロスの言っていた――」
「ゼロスだと!?」
 何であんたが知っている? ――途中で気づいて問うのはやめる。
 ――そうだ。
 ゼロスが――グロゥが――魔族が、彼女をここに誘ったのだ。
 では、何故ゼロスは自分をここに連れてきた!?
 まだ全く眠気は治まらない。頭はずっと混乱している。額はずきずきと痛む。解らないことが多すぎる!
 だが――相手は待ってはくれそうにない。
 彼女は二本の剣を構えて、言った。
「何でこんなことを――教えてあげましょうか」
 一歩、踏み出す。
「――あたしが、リナ=インバースのコピーだからよ!」
 答えになっていない!
 叫びは、彼女の喉から出なかった。
 『リナ』が叫んだその瞬間、再度剣を構えてこちらに向かってきたからだ。
「――ッ!!」
 ぃぃぃぃぃいいいんっ!
 ヴィリシルアが声なき叫びを上げ、剣が鳴り――それだけだった。
「ちぃ――魔力剣か!」
 ただの鋼の剣ならば、今のヴィリシルアが放った不可視の衝撃波で粉々に砕け散っていたはずだ。
 ぎちぃっ!
 狭い部屋の中で、二本の剣と四本の針とが噛み合い、形容しがたい音を立てる。
 今度はかすかにヴィリシルアが笑った――力なら、こちらの方が勝っている!
「!」
 『リナ』もそれに気がついたのだろう。すぐに飛び退き、腕を振りかぶって――
「――っ?!」
 唐突に感じた精神世界面の揺らぎに、ヴィリシルアが感づいた。
「何だと!?」
 そう叫んだその瞬間。

 どんっ!

 衝撃が走る。
 自分の体が吹っ飛ばされていく感覚――
「嘘だろ――ッ!?」
 呪文詠唱なしの魔力衝撃波!?
 壁ごと自分が吹っ飛ばされ、部屋が瓦解する。受身は辛うじて取るが、それでも地面に強かに叩きつけられた――大した怪我もなかったのは、多少普通の人間よりは頑丈に出来ているからだろうか。だが痛いものは痛い。
 辺りは結界のようなもので包まれている――ここがゼロスの言っていた『山村』だろう。
 いや――
 山村だった、というべきか。
 今の衝撃波で破壊されたわけでは、無論、ない。随分昔――少なくとも一年以上前に、ここは無人と化しているようだ。
 以前は人が住んでいたと思われる家の残骸が、所々にあった。誰かによって、故意に破壊された家々の痕跡。
「何だってんだ……」
 口の中で呟く。
 日は既に沈み、黄昏――誰彼時たそがれどきとも言われる薄暗い、青い時間が訪れていた。
「誰だよお前、何者なんだよ……ッ!?」
 ――肌に感じる、魔力が辺り一帯を全て支配しているような感覚。
 『魔力』――彼女にとっての食料が、周りにあるのは、以前餓死しかけたことがあるので――何となく、嬉しいものがあるが。
 その魔力の発生源が全て目の前の『リナ』だとすれば、これは少しいただけない。
(魔族――?
 いや、魔族が嘘をついているの見たことないし……)
 それなら、先ほどの話は、信じるべきだろうか。
 影の鏡――シャドウ・リフレクター。
 封印された魔法の道具マジック・アイテム……それから生み出されたリナ=インバースのコピー。
 しかし、いくらリナの魔力が人間離れしているとはいえ、それは魔族どころか自分にすら及ばない。あくまで『人間にしては』の強大な魔力なのだ――
 もっとも、自分にいくら魔力容量キャパシティがあったとて、『あの魔法』は使うことが出来ないのだが――
 ――それはともかく、この『リナ』の魔力は、いくら何でも強すぎる。
「あたしはリナ=インバースのコピー――けど。影の鏡シャドウ・リフレクターは失敗作だった。
 あの鏡が壊れても、あたしは消えることなく生きながらえた」
 二つの長剣を軽々と持ちながら、やはり唐突に、彼女は言った。
(……剣技で言うなら、リナよりこいつの方が上、か――?)
 ヴィリシルアの持つ針が、じんわりと紅い光を持ち始める。毒を塗っているわけではないが、なまじ魔力のある敵には、こちらの方がよっぽど有効だ。
 斬妖剣ブラスト・ソードと同じ効果を武器に付加する魔法。大気に満ちる魔力を吸って、その鋭さは格段にアップする……それに気づかぬわけでもなかろうに、『リナ』は二本の剣の内の一本――右の手に持ったすらりと白い剣を横に構え、
「そして――影の鏡あれはリナ・オリジナルから、とんでもないモノを奪って、あたしに与えたわ。
 虚像を映すだけの鏡のくせに」
 そしてこう言い放った。
 血を吐くように。
 震える叫び声で。
「あたしはっ! リナ=インバースに押し付けられたのよッ!
 赤眼の魔王ルビーアイシャブラニグドゥ! その欠片をね!」
 ――額の痛みは――
 ただ、ずきずきと増すばかりだった。




平和主義者の魔王様




 思わず勢いで出発してしまったものの、日没直前ですぐに山村にたどり着けるわけもない。
 あたしたちは何の因果か、日が沈み、灯りが灯り始めた、セイルーン・シティに到着したのだった。
「……やっぱりっ……飛翔界レイ・ウイングっ……全速力でも無理――みたいね――」
 ぜーはーぜーはーぜーはー。
 冗談でなしに髪のひとふさを白く染めつつ、あたしは大きく息をつきながら言った。
 しまった……こーなるんだったらふつーに歩いてくれば良かった……ッ!
「いくら腹が立ったからって……」
「僕らまで巻き込むことはないでしょう……?」
 どーやら走ってきたらしいガウリイと。
 飛翔界レイ・ウイングで追いかけてきたエフエフが交互に呟いた。
 ――むかっ。
 あたしはくるりと振り向いて、二人をじろじろと交互に見やり、
「ガウリイ! あんたあたしの保護者でしょ?!」
「ま、まぁな……」
 いきなり叫ばれ怯みつつも、そう答えるガウリイ。
「それじゃあ、あたしに付き合うってのが正しい保護者のありかたでしょーがッ!
 それにエフエフ!」
 言われて、びくっ! とエフエフが身をすくませる。
「は、はいっ!?」
「あんただって! ヴィリスのこと助けたいんでしょうに!」
「そ――そりゃ、そぉだけど……」
「……そうだけど?」
『ごめんなさいもう何も言いません』
 あたしのジト目で言ったセリフに、二人はハモってそう言ったのだった。
 よろしい。
 ――ぅや?
「リナさん!?」
 聞き覚えのある声に、あたしたちは思わず同時に振り返る。
「フェリアさん!」
「ハーリア!?」
 あたしとエフエフが叫び、ガウリイは覚えてないのか首をただただ捻るのみ。
 それはともかく。
 そう。そこに現れたのは、アリド・シティ評議長ことハーリア=フェリアさん!
 アリドの評議長である彼が、どぉして――あ。
「フェリアさん――あなた、もしかしてまぁぁぁぁぁだセイルーン城でデスクワークやってたのッ!?」
「いや、ついこの前までずっとそうだったんだけどね――」
 あたしの叫びに、ちょっと悲しい過去を振り返るようなうつろな目でいうフェリアさん。
 ――んーむ。この調子だと本気でずっと事件の事後処理やらされてたな――こりゃ……
 彼はしかしそれを吹っ切るようにぶんぶんと首を横に振り、苦笑にも似た表情を形作ると、
「ま、事後処理はちゃんと終わったし――
 今はちょっと労働報酬として城の古書室を漁ってるとこ。
 ――でも、なんだってそんな頭白くしてまでここにいるの? ヴィリシルアもいないみたいだし――」
「それについては、後で話すわ。もぉお腹空いちゃって……」
「それじゃ、僕が行きつけのレストランにでも行きましょうか? ――おごれないけど」
 っちちぃっ!
 どーやらフェリアさん、あたしの胃袋の大きさをわきまえているようである。このパターンで『おごる』と言わないのは、なかなかやるなっ!
 いや、それで『やるな』とか言われても、これっぽっちも嬉しくないだろうし、世間一般的に言うとそれは『ケチ』とゆーのだろーが……
 まぁ、それはともかく、あたしたちはフェリアさんにうきうき気分でついていったのだった。




「――いいんですか?」
 ゼロスにそう言われ、彼は――覇王神官プリーストグロゥは、かすかに眉をしかめた。
「――何が?」
「聞き返すのなら、そういう顔をしないで下さいよ。
 ――解ってるんでしょう。僕の言いたいこと」
「解ってるから――聞き返すんダロ」
 どうしようもなくイラついた様子で、彼はゼロスに視線を合わせようとしない。
 ただ虚空にそれを彷徨わせている。
「それだったら言いますけどね。
 僕は、ヴィリシルアさんがこのまま死んでしまっていいのかと聞いているんです」
 ゼロスの言葉に、グロゥの表情が嘲笑を浮かべるようにゆがんだ。
「僕が? 何で?
 あいつが死んで、僕が損するコトは何一つナイ。むしろ喜びたいぐらいだヨ。
 ―― 一度は殺そうとしたできそこないの人形ダ。仲間にしろっていう命令の方が煩わしかったくらいサ。
 それに、それを言うんだったら貴方だってそうダロ? ゼロス様――」
「僕はそういうことを言ってるんじゃないんです!」
 いやに饒舌に喋るグロゥに、珍しく、激昂したようにゼロスが叫ぶ。
 それにわずかに目を見開いて――それでもすぐに元に戻す。魔族にとって身体などは全て見せかけだ。
 しかし――いや、だからこそ、精神体アストラルに影響を及ぼすほど彼は驚いていると言うことだった。
 だが。
 そんなことは、どうでもいい。
「――ゼロス様――?」
 呆然と聞き返すグロゥに、腹心配下で最強と言われる魔族は続けた。
「こんなのは僕の勝手だとは解ってるし思ってます。
 でもね。僕は同じことを繰り返して欲しくはないんですよ!」
 うめき声を押さえる為か――実際にはそんな必要もないのだが――グロゥは下唇を噛む。
「……同じこと、ネ」
 魔族としてのプライドを選び。
 何か大切なものを失ってしまうのではないのだろうか?
 ――馬鹿馬鹿しい。
 グロゥはすぅぃっ――、と目を細めた。
 ……そもそも自分は、選択すらしていない。
「僕は貴方みたいに人間に近くはナイ――」
 自然に言葉は流れ出た。
 ――思っていたこととは違ったが。
「でもグロゥ、あなたは――」
「やめてくれって言ってるダロ!
 万が一僕が奴に死んで欲しくないと思っていたとしても!
 魔王様に逆らえるハズ、ないじゃないか――」
 言ったその瞬間、水色の髪の青年が、目の前から消えうせた。
 虚空を渡ったのだ――彼の存在が遠ざかる。
「僕は、後悔して欲しくないだけなんですよ。
 ――シェーラさんの時のことを、あなたに忘れられるはずがないじゃないですか。
 あなただって、同じことを繰り返したくはないでしょうに――」
 独白のように呟いて、彼もまた、しばし瞑目したあとその場から去った。




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