――いつだって僕は。
   なくなってしまってから気づくから。だから。
   せめて一度だけ。
   守りたいものを守れれば。




平和主義者の魔王様




「――終わりに、しましょう。そろそろね」
 剣技ではなく。
 魔族としての実力で。
 『リナ』は言外にもそう言い放ち、突き出した両手に魔力を集め始める。
 大気によどんでいた魔力が、全てその両の手に終結するような感覚が、辛い。
 ヴィリシルアは紅く光る針を構えて、瞳を鋭くした。
「恨むのなら、オリジナルを――
 リナ=インバースを恨んで下さいね」
「……ふん……」
 『リナ』の言葉に、かすかに彼女は口の端を吊り上げる。
「ああ――解ったよ。
 心配すんな。間違いはしない――
 恨んでやるよ。
 ちゃんと。あんたを」
 ぴくんっ、と『リナ』の肩が動いた。
「――ッ!
 戯言をッ!」
 叫びの直後、彼女の口から短い呪が漏れる。人間ひとには聞き取れぬ呪文。
 ヴィリシルアは舌打ちして防御結界を生んだ。彼女の口から出でる呟きも、また人間には聞き取れなかったろう。

 ――結界を編み上げたとほぼ同時にくる、衝撃。

「……くぅぅぅぅぅぅうッ!?」
 それは、彼女の予想をはるかに上回っていた。
 防ぎきれない――!
 一瞬、それがわかる。
(……死ぬ――?!)
 疑問は形になって現れた。
 ガラスが、割れるような音がした。結界が割れる音――音などしない。それはただ結界が崩れたと知らせるだけの合図だったのだろう。
 瞬間来た痛みに、押される精神こころと身体が叫びを上げ、かすかに動く彼女の口から漏れたのは、確かに誰かの名前だった。
 ――誰の名前だったかは、自分でも分からなかったけど。




 そして瞬間――
 見えたのは、そのとき夜だったにも関わらず――
 真っ青な、昼の空色だった。




 ――あれ?

「あなたは――?!」
 ――思わず目を塞いで、瞼の向こうの閃光が去った後。
 耳に届いたのは、『リナ』の小さい驚きの声だった。
 死んで――いない?
 ゆっくりと目を開き……自分もまた、驚愕する。
(――なんで、お前なんだ……?)
 どこかで自分の冷静な心が言っている。
 だが、理性の方はただ混乱していた。どうして生きているのか、誰が助けたのか、何故魔王が動揺しなければならないのか――疑問は尽きない。
 ただ魔王は動揺したように続けた。自分の方はもう目に入っていない。
「あなたが――あなたが連れてきたこのひとなのに――どうして――」
「煩いです。魔王様」
「煩い――?」
 言い放たれ、彼女は訝しげに眉をひそめた。それが怒りでなく疑問の声だったのは、『リナ』の精神が魔王でない証拠だろう。
 だがそんなことは――どうでも良かった。
「……何でだよ……」
 我知らず、ヴィリシルアは『リナ』と同じ疑問を述べる。
「お前――フェイトと私を殺そうとしたじゃんか。ここに私を連れてきたのもお前だろ? それなのに――」
 それなのに。
「どうしてお前なんだよ……
 どうしてお前が助けに来るんだよ……! グロゥッ……?!」
「煩い――」
 彼女の疑問に――グロゥは答えなかった。ただ、そう呟いただけだった。
 あるいは答える術を持っていなかったのかもしれない。
 ともあれ――先程の衝撃波のお陰で、辺りはすっかり様相を一変させていた。
 元々村の廃墟だったとはいえ、辛うじて瓦礫――家の残骸はあたりに転がっていたものの、それは綺麗になくなっている。
 おまけにヴィリシルアたちを中心に、地面が抉れていた。
 衝撃でへたり込んだ自分を庇うように、グロゥが両手を『リナ』の方に突き出し、立っている。呪文すら唱えずに、自分より数倍強い防御結界を張ることができるのだ。この魔族は――いや。
 高位魔族というものは。
(……そう……魔族だ)
 グロゥは魔族だ。それも覇王直属の、高位の魔族である。立場だけで言えば『あの』竜殺しドラゴン・スレイヤーと同等なのだ。
 そして――魔族は創造主には――ほとんど絶対服従のはずだ。
 それなのに、どうして魔王から自分を……
 ふらふらと立ち上がり、ヴィリシルアは自分に背を向けた魔族を睨みつけた。
「何で、お前が来るんだ……? 答えろよ……!」
「――気が変わったんだヨ――それだけサ」
「気が……?」
「もう喋るなヨ――煩い……ッ」
 こちらをくるりと振り返り、グロゥが呟く。魔王の放った衝撃波は、いくら彼が高位魔族といえど、かなりのダメージを与えていたようだった。
 こちらに歩み寄る足取りはしっかりとしているものの、精神面で余裕がなくなってきている――簡単にいえば、イラついているというか、格段に心が狭い――ものすごく失礼な言い草だが。
「ただ気が変わった、それだけだ、それ以外の何者でもナイ――そう、たったそれダケ……」
「……グロゥッ……!?」
 自分に言い聞かせるように呟きながら、倒れ込むようにグロゥがこちらに寄りかかってくる。
 ――意図が、一瞬……ヴィリシルアにも『リナ』にも、読めない。
 そして、それに先に気づいたのは『リナ』だった。
「! 待ッ――」
 ――遅い。
 グロゥはちらりっ、と笑みに細めた瞳を『リナ』に向ける。
 ――余裕に満ちた笑みとはとてもいえない、切羽詰った、少々強張った笑みだったが。
 そして。
 覇王神官プリーストは、ヴィリシルアごとその場から消え去った。




「おお、久しぶりだなリナ=インバース」
「ど、同窓会かぁぁぁぁぁッ!?」
 思わずコケそうになりながら、あたしは思わず叫んでいた。
 レストラン、といっても、あまり高級そうでもない。ふつーのレストランである。
 その入り口で、いきなしあたしが驚いたのは、もちろんそこに見知った顔がいたからだ。
 レストランのドアの前に、魔王竜のヨルムンガルドさん――夜さんが立っていた。
 エフエフの異母兄あにである彼とは、ここ、セイルーンで前あった一件から、全く会っていないのだが――
「今日ここで待ち合わせしてたんだよ。驚いたでしょう?」
「……それならそうと早く言ってくれれば――」
 陽気に言うフェリアさんに、あたしは少々ほっとしたように言った。
 なんか、どっと疲れがでたんですけど……
 ……これで偶然だったら、間違いなく暴れ出してたぞ――あたしゃ……
「なぁ、リナ、このひと確か――えーと……なんだっけ」
 お決まりとでもいうのだろーか。
 ガウリイの問いに、いーかげんあたしは大きくため息をつくと、
「夜さんよ。ヨルムンガルドさん――覚えてないわけ?」
「おおっ! そうだった! 覚えてる覚えてる! ちょっと忘れてただけだ。うん」
 嘘つけ。
「それはそうと――ヴィリシルアはどうしたのだ?」
「そうそう。僕もそれが聞きたかったんだけど――」
 夜さんとフェリアさんの質問に、あたしは思わず顔をしかめた。
「……それは――」
 口篭もるあたしに、夜さんが眉を寄せる。
「何かあったのか――?」
「……魔族が――」
 言ってしまっていいものだろうか。
 あたしは一瞬口ごもる。
「魔族が連れていったんだよ。なぜかは知らないけど」
『なッ!?』
 フェイトの言葉に、フェリアさんだけでなく、夜さんまでもが驚いた声を出す。
「――フェイト!?」
 咎めるように言ったあたしに、フェイトは肩をすくめて見せ、
「どーせ言わなきゃいけないことなんだし、リナさんが遠慮したってしょうがないでしょう?」
「そりゃ――まぁ……」
 ……………
 はぁ……
 しばし沈黙してから――夜さんはあたしのことをじっと見つめ、深々とため息をついた。
「……リナ=インバース」
「はい?」
「お前は、最近あたりに淀んでいる魔力がわかるか?」
 唐突に言われて、あたしは首を横に振った。
 ――淀んでいる魔力……言われて思いつくのは、二年前の事件である。
 ルーク――魔王の欠片の復活によって、世界が震え――大気に魔力が満ち満ちて、魔のものどもが跋扈した。
 だが、今はそう言った違和感は感じないが……?
 あたしが怪訝そうな顔をしているのに、夜さんは少し失望したような表情をした。
「やはり……お前ですらそうなのか――」
 夜さんは小さくため息をついてから、
「――だが、人間以外の存在ものは大体それを察知している。
 その原因も、つい先日ミルガズィア殿の――カタート山脈、竜たちの峰ドラゴンズ・ピークのものが探りにいった。
 ――そして――それは突き止められた」
 そこで夜さんは少し言いよどむ。
「なんだったんですか? 原因――って」
「……その……原因はな――
 お前そっくりの娘だったのだよ。リナ=インバース」
「え――?」
 それは――どういう――
 あたしが問おうとしたその瞬間。
 空から、何かが落ちてきた。




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