「あたしにそっくりの魔族――だったっけ?」
「――魔族と断定はできないが。おそらくな」
 真夜中。
 ふと目が冴えて、宿にとった部屋から食堂に降りた。
 もうさすがに閉店し、明り一つついていない、月明かりに照らされた青暗いテーブルの一つに、彼は当然のように座っていた。
 齢百を既に越えた――といえば老人じみているが、彼の種でなら歳若い青年に当たるのだろうか――取る姿は灰色の髪の青年。
 魔王竜――ヨルムンガルド……夜さん。
「エフエフ――フェイトは、まだヴィリスにつきっきり?」
「ああ」
「あなたも、寝ないの?」
「――ああ」
 一度目の質問の時は即答だった。
 二度目の質問には――少々の間。
 彼はここで視線を初めてあたしに合わせ、口元にあるかなしかの笑みを浮かべながら、問う。
「お前こそ、寝ないのか? リナ=インバースよ」
「……ええ。
 ヴィリスが落ちてきたからうやむやになってたけど、いざ眠ろうとしたら気になってきちゃったのよ」
「――お前は実は双子だったとか、そういう展開は期待はしてもいいか?」
「姉ならいるけどね」
 あたしはため息をつきながら言った。真面目そうに見えて、笑えん冗談も結構言うらしい。こーいう時、彼はミルガズィアさんと同類だと実感する。
 ――実感したくないけど。
「お前に瓜二つの存在――心当たりは、ないのだな」
「…………」
 言われて、あたしは少し考えた。
「あたしのコピー・ホムンクルス……ってわけじゃあないのね……」
「それにしては魔力が強すぎた。あれはおそらく人間ではないだろう」
「そう――」
 沈黙。
 あたしはすっかり忘れていた。
 ――いや、『魔力の大きさ』という時点で、既に除外されていたのかもしれない。
 あたしと瓜二つの存在を。
 ――ある意味忌まわしい記憶の存在を。
 そのときは気にも留めなかったが。
 だが――あたしが降りてきたのは、もう一つ目的があった。

『あいつ、ヴィリシルアのことすごい心配してると思う。
 だから、リナさんが元気付けてやってよ』

 ――とはフェリアさんが、別れ際に言ったセリフである。
 それがあながち的外れでないことは、この夜さんを見れば大体想像がつくだろう。
 ――ったく……
 あたしは、親バカならぬ兄バカ――ま、義兄なのだが――に苦笑しながら、
「あのね、あたしは――解らないことは気に食わないのよ」
「?」
 唐突なあたしの呟きに、彼は眉をひそめる。
 あたしはそれに気がつかなかったのようにつづけた。
「いつだってそうだった――
 解らないことはなんだって解明しようとしたわ。ロード・オブ・ナイトメア――混沌を生み出せし存在についても。
 ――でも。
 考えても――心配してもしょうがないことってあるじゃない?
 そういう時は、むやみに考えて、悩んで、そうしたって疲れるだけよ」
「…………」
「そーなったら、そのことは忘れてみるとか、気にしないようにするってのが一番だと思う。
 そうすれば、きっと気づかないうちにうまくいくわよ。だから――」
「……リナ=インバース」
「え?」
 言葉を探すうちにワケが解らなくなったあたしに、夜さんは優しく声をかけた。
「――ありがとう」
 う。
 何か恥かしいぞ。まっこーからきっぱし言われると。
 ……えーと。
 このまま硬直しているのも……
 ………
「そ、それじゃああたしもう寝るから! 夜さんも寝た方がいいわよ! おやすみ!」
 小声で叫んで、あたしはすたすたと部屋に向かって歩き始めていた。




平和主義者の魔王様




 ――空が見えた。

「…………」
 目が、ぱちりと開く。
 ――自分が目を開いたのではない。勝手に、目が開いたのだ。
 むくり、と身体を起こす。
 見覚えのある部屋だった。
 確か――シルフィール=ネルス=ラーダという女性の家。シルフィールが気を失っている間に、自分とリナはこの患者の部屋で寝ていたのだ。入院用の個室で、ベッドは一つしかなく――もちろん床で寝たのは自分だった。
 だが、今は自分はベッドで寝ている。
 ベッドの下には――おそらく自分がセイルーンと『反り』が合わないことを知っての処置だろう。急ごしらえの逆五紡星の魔法陣が敷かれていた。
「……何で私こんなとこで?」
 あの魔族と一緒くたになって空間移動したところまでで、ぷっつり記憶が切れている。
 だが――
「もしかして、夢オチだったりしないよな。
 いや……そのほうがいいか?」
 混乱して、愚にもつかないことを呟く……だが、夢でないことは明白だった。
 自分の傍らで、椅子に座ったまま寝ている弟。
 髪をかきあげるため、無意識に額にやった手に、ざらりとした傷――傷痕の感覚が触れる。
 ベッドの上にお守りのように置いてあったポーチ――その中に入っている針は、『リナ』の家に落としてきた分、減っていた。
(……グロゥ……
 あいつ、何で私を守ったんだ……?)
 ――と。
「起きたんですか?」
 聞き覚えのある声だ。
 顔を向けると、シルフィールが立っていた。
「……今、朝?」
 久しぶり――とか、そんなことを言うのも変なような気がして、彼女は思わず問いかけた。
「昼です」
「……あ、そう」
 肩をすくめて、また傷痕に触れる。
「傷痕、残りますよ」
 ヴィリシルアが額に触れて顔をしかめるのが気になったのか、シルフィールは言った。
「――そう……なんだ」
「傷ついて、すぐに治療しなかったから、勝手に皮膚が堅くなったみたいです。
 凄い回復力ですね? 私びっくりしちゃいましたよ」
「……うん」
 何となく、力が抜けて、頷く。
(そっか――)
 この傷痕、残るのか。
「――?」
 何か、違和感。
 だが思い出せずに、首を傾げ――
「――そうだ!!
 『リナ』は!?」
「リナさん?
 リナさんなら、宿の方にいますよ――」
 相手の言った『リナ』の内容の違いに気づかずに、シルフィールはうろたえながら言った。
「私が言ってるのはそうじゃなくて……あぁっ! もうっ!」
 がりがりと頭をかきむしり、彼女はがばりっ! と、かけられた布団を放り、立ち上がった。
「リナたちの泊まってる宿屋ってどこだ!?」
 シルフィールは、いきなり問われてうろたえつつ、
「え――そう遠くもありません。入り口を出て右側にまっすぐ行って―― 一番初めに目につく宿屋です」
「そう、解った! ありがとう!」
「ヴィリスさん! あなた一応病人なんですよ!? 寝ててくださいよ!」
「一応ってなんだよッ!」
 ――などといいつつ、彼女は窓から『翔封界レイ・ウイング』を唱えつつ飛び降り、全速力でご近所迷惑省みず、低空飛行で飛んで行った。
 にしても――
 一晩中つきっきりでヴィリシルアの傍にいたのに、その肝心の義姉に声もかけられずにくーすか寝ているフェイトも――
 まぁなかなかに、憐れではあったのかもしれない。




 自分にそっくりの人間――いや――人間じゃないのか。
 一体……何者なんだろう?
 あたしがいるのは宿屋の食堂――といっても、結構洒落たつくりになっている。
 扉がなく、パラソルが差されたテーブルがガレージに四つほどあって、そのうちの一つにあたしとガウリイが座っているのである。
 おひるごはんを食べながらそんなことを考えている時。
 疑問の扉、そのカギの一つ――ヴィリスが、ものすごいスピードで飛んできた。飛ぶように走ってきたのではなく、実際に飛んできたのだ。
「……翔封界レイ・ウイング……使えたんだ、ヴィリス……」
 口に運ぶフォークを持った手を一時休め、あたしは呆然と呟いた。
 宿屋――食堂の目の前で、彼女は術を制御しふわりと着地すると、人目を集めるのにも構わずに、ずんずんとあたしの方に向かって歩いてきた。
「リナッ!」
「は、はいっ!?」
 その気迫に、思わずあたしがたじろいでいると、
影の鏡シャドウ・リフレクターに覚えあるか!?」
「へ? しゃど……えぇぇええぇぇえぇぇぇえぇっ!?」
 そーいうことだったのか!?
 ヴィリスのセリフに思わずあたしは大声で叫ぶ。
 ――六年前、あたしはとあるものすごく忌まわしい事件に立ち会った。
 シャザード=ルガンディ作、シャドウ・リフレクターについての事件である。
「ちょ、待っ……あたしのシャドウなわけ?! あたしにそっくりな奴って!」
「リナ! 何だ!? そのシャドウって!」
 混乱するあたしとガウリイに、ヴィリスは頷いて見せた。
「リナ、そのとおりだっ! しかも奴ァあんたの中に眠ってた魔王の欠片を受け継いでいるらしい!」
「あたしの中に――眠っている!?
 ちょっと待てちょっと待てっ! 何か言ってることがめちゃくちゃよッ! とにかく、一度落ち着いて話して!」
「え? あ……ああ、解った!」
 ヴィリスはそこで我に返り――こくりっ、と頷いた。




 ――認識したくもない、解りたくもない真実のページが、一枚、また一枚と、開かれようとしている。




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