彼女は、そこに立っていた。
 時間がそこだけ止まっているかのように、彼女の時間のみが止められてしまっているかのように、彼女は立ったまま、一点を見つめたまま、動かない。
 息すらしていない。
 ただ、そこに立っている。
「…………」
 彼女の数歩先、そこを中心として、爆発の跡が広がっていた。
 瓦礫は互いにぶつかり合って消滅し、砂が舞い上がり、轟音が鳴り、風が吹く――そんな光景が、数時間前にあったのだ。
「……あたし……は……」
 立っているだけだった彼女が、そこでようやく口を開いた。
「……あたしは……」
 聞かせようとも思ってない。
 ただの呟きだ。
 どうでもいいただの呟き。訴えかけるものでもない。ただの。
 あるいは泣きそうだったのかもしれない。
 ――泣きたかったのかもしれない。
 だが彼女は瞳から意思というものが消えうせてしまったかと錯覚しそうなほどに、無表情に、ただ一点を見つめ続けた。
「あたしは……ただ……」
 不意に、空を見上げる。


 ――もうすぐ、夏が来るのか。




平和主義者の魔王様




「状況は理解した」
『ぅどわッ!?』
 い、いきなり現れるんぢゃないッ!
 ヴィリスの話をあたしが……まーガウリイも同席していたが、聞いちゃいないので……とにかくあたしが聞き終えたその直後、どこから現れたのかは知らんが、夜さんが出現してそう言った。
 この神出鬼没さははっきり言って魔族並である。マジで。
 ヴィリスもやっぱりそう思ったのだろう。呆れたように目を細めて、
「つくづく心臓に悪いおとこだな。お前は」
「悪かったな。心臓に悪くて」
「……でも、どこでどうやって聞いていたわけ?」
 あたしに言われて彼は何でもないようなことのように、
「ただ単にそこで気配を殺しつつ立って聞いていたのだが」
『うっわ怪しッ!』
 思わずハモるあたしとヴィリス。
「そうか?」
 首を傾げていってくる夜さんに、ヴィリスはジト目で、
「そーだろ。それは。
 ――ま、それはともかく、私は今すぐあいつ――『影』の奴に会いたいんだ」
「額のお礼?」
 あたしの問いに、彼女はわずかに顔をうつむかせ、
「それもある、けど――あそこには多分……あの馬鹿がいる」
「――神官プリーストか」
 覇王神官グロゥ。
 何ゆえに、彼(?)はヴィリスを助けたのか。その理由。
「影の奴は魔王だ。
 魔王が私を殺そうとして、グロゥが魔王のところへ私を連れてきた――なら、どうしてグロゥはその私を助けたんだ?
 理由が知りたいんだよ。むしゃくしゃする」
 確かに――グロゥの行動には不自然さが目立つ。ヴィリスが言ったことはもとより――
 ……あたしの中にも、違和感がある。
 なぜ、『影』は、あたしではなくヴィリスを、自分のところにいざなったのか。
 あたしが憎いのならば、あたしを殺せばいいのに――何故ヴィリスを?
「……ていうかムカつく。何であんな奴に借り作らにゃならんのだ。
 一発殴って、理由聞き出してやる!」
「おー、何だか知らないががんばれよー」
 何を頑張るんだ。何を。
 そんな些細なガウリイに対してのツッコミは、とりあえず話が進まないから心中のみにとどめておくとして。
 夜さんはヴィリスに力強く微笑み、
「――殴る時はちゃんと魔力を込めるのだぞ」
「無論だ!」
「そぉじゃなぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!」
 いきなり叫び声を上げたあたしに、ヴィリスが驚いた表情をする。
「何!? やはり武器を使ったほうがいいっていうのか?!」
「そーいう問題じゃないでしょ!? 今はあたしの影――『魔王』のほうが先でしょーが!
 ――夜さん、村の場所はわかってんのよね?」
 問いに、夜さんは頷いて、
「ああ。今は廃村になっているようだが、位置はミルガズィア殿に聞いた。
 ここから私が最高速で飛んでいけば五時間ほどでつくが――さすがにそれはまずいだろう?」
「……確かにね……」
 五時間、いくら高い空を行くとはいえ、今日はかなり晴れている。竜になった夜さんを目撃するひともいるだろう。それに――
「魔族のほうも気になるし……ね……」
「ああ、むしろそちらのほうが心配だ」
「つーか、魔王の所に行くってのに夜が全速力で飛んでへろへろになっちゃ、戦力が減るだろ。それは困る。
 魔王はこっちを殺そうとしてくるだろうし……」
「ヴィリス? どうしたの?」
 黙りこんだヴィリスに、あたしが問いかける。
「……いや、なんでもない」
 彼女はそう言って首を横に振った……ぅや?
「歩いていけば一週間程度だろうな」
「そんなに待ってられないって!」
「ンな短気な……」
 あたしだって二年前は、サイラーグに来いとゆーご招待に答え、えっちらおっちらふつーに旅をしたとゆーのに……
 ……
「移動の心配はありませんわ」
 突然、声が聞こえた。
 ――同時に現れる気配。
 気配があって、それが声を発したのではなく。
 声が聞こえたその直後に、気配が現れたのだ。
 ――
 振り返ると、そこに二人の女性が立っていた。
 双子――なのだろうか、顔も容姿も瓜二つ。服のデザインも似ているが、片方が白でもう一方は黒を着ていた。両方とも神官服のようだが、白い服の方は多少動きやすいデザインになっているようである。白の方は腰に剣を差し、黒の方は杖を手に持っていた。
 ――!
「夜さん! こいつらっ……」
「……人間では、ないな」
 夜さんの呟きに、二人は同時に微笑んだ。
「ご名答ですわ。魔王竜デイモス・ドラゴンのお方」
 と、白のほうが言った。
「魔王様が待たれている場所には、私が責任を持ってお送りいたします」
 と、黒のほうが言った。
わたくし海将軍ジェネラルメルーリン」
「私は海神官プリーストミルーリンと申します。以後お見知り置きを」
 白いほうと黒いほうが交互に自己紹介をする。
「いやぁ、こちらこそ」
「って、何挨拶してんのよ! ガウリイ!
 海神官プリースト海将軍ジェネラル――ってことは、海王の配下――魔族よ!」
「そういうことになりますわね」
 白のほう……えーと、多分メルーリンがいう。
「私たちの誘いに、応じてくれますかしら?」
 黒のほう――多分……ミルーリンだろうなぁと思われる方の問いに、あたしはしばし考えて、
「……常識で考えれば、ンな百パー罠な魔族の誘いにかかってなんかいられないところなんだけど……」
「ご安心くださいな」
 あたしの呟きが聞こえてか、メルーリンが微笑んで、
「私たちは確かに魔王様の命令で動いておりますわ。
 ですがゼロス様からは、貴方がたを決して殺さぬよう命じられておりますの。その命に背くようなこと――決していたしませんわ」
「ゼロスが……?」
 ヴィリスが眉をひそめる。ミルーリンがそちらを少し――敵意のようなものが篭った瞳で見つめた。
「今は殺さぬようにと――そう命じられました」
「――グロゥは?」
「はい?」
 微笑みながら問いかえされて、ヴィリスは少し怯みつつも、
「グロゥだよ、覇王神官プリースト……なぁ、あんたら知っているんだろ?」
「知ってはいます――ですが……それは――」
「それは?」
『秘密ですわ♪』
 ――あたしたちが、同時にこけたのは言うまでもない。
「は……流行はやっとんのかそれは……」
 よろよろと起き上がりながら言ったヴィリスに、
「ええ。この台詞と言うより、ゼロス様が」
「ゼロスが?」
 ガウリイがきょとん、と聞いた。二人は同時に頷いて、
「はい。ゼロス様は腹心の方々以外には、ほとんど最強のお力を持った魔族です」
「人間相手にもおごらぬあの用心深さ――圧倒的なパワー、素敵ですわ。
 魔族の中では、女性タイプの魔族に、とても人気がありましてよ」
「親衛隊まであるのですわ」
 ……………し、しんえぇたい……………?
 異世界の言葉でも聞くような表情で、あたしたちは目を点にした。
 ――ま、もっとも、ガウリイは『そーかー。ゼロスってすごいんだなー』などと言っていたりするが。
「あの胡散臭いやろーに……親衛隊……」
「あんな人非人に……?」
「あらあら、リナ=インバース殿、ゼロス様どころか、私たちは魔族ですわ♪」
「そうそう、始めから人ではないのですから、人非人も何もありませんことよ」
 さいですか。
 言ってくるメルーリンとミルーリンに、答える気力はもはやない。
 ちょっとあたし……疲れちゃったな……
 ……世界って妙な方向に広い……
「それで……私たちについてきていただけますの?」
「ついてきていただけないのでしたら、少し手荒な方法をとらなくてはならないのですけれど……」
 ――ぶっそーなセリフを、あっさりと言ってくる二人(二匹?)に、あたしはぽりょぽりょ頬をかき、
「魔族の『少し手荒な方法』って……何か洒落にならないような気がするんだけど……」
「ええ。それはもちろん、洒落にするつもりはございませんわ」
 言ったのは白いほう……えーと……メルーリン? である。
「――どうする? リナ」
 問うて来るガウリイに、あたしは目を閉じて、
「……そーね」
 確かに、二人の魔族がこーいっている以上、この二人に命を奪われることはないだろう。
 だが、それは『命までは』という単なる保険に過ぎない。死なない程度に痛めつけられる可能性はある。
 だが――
「……あたしたちは、ついていくことにするわ」
 また目を開き、力強く頷いた。
「――あ、ちょっとタンマ」
「? ヴィリシルア殿? 何か?」
 怪訝な顔をして呟く黒――ミルーリン。その目は穏やかだが、ヴィリスに対する敵意のようなものが見え隠れする。
 ……ヴィリス、もしかして嫌われてるんだろーか?
「いや、義弟おとうとも、一緒に連れてく。
 いーだろ? 別に」
「ええ……では少し待つことにしますわ」
 言って、メルーリンはミルーリンに頷きかけた。
「それでは私たちはここでお茶をしていますから」
「他の皆さまも、用意をしてくださいな――」
 言って、二人はすたすたと、食堂の中、カウンターに歩いていった。
「荷物まとめぐらいはしといた方がいっか……
 ガウリイ、あたしたちもいったん部屋に戻りましょ」
「ああ、解った」
 あたしの言葉にガウリイは頷いた。
「では、私も食堂で何か食べてみよう」
「あ、夜さん、ここのパフェ有名だから食べてみれば?」
「パフェか――よし、食べてみる」
 何だかちょっと現実逃避気味なあたしと夜さん。
「じゃ、私はちょっとフェイト呼んでくるから」
「うん、頼んだー」
 ………………ん?
 そー言えば、エフエフはヴィリスにつきっきりだったはずなのに、どーしてヴィリスだけこっちに来たのだろう?
 ……はて?




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