今回は自分たちの元の落ち着いた服装に戻れ、自分の剣――
斬妖剣が手元に戻ったことが、彼をなんとなく落ち着かせていた。
あの黒ずくめ――が出てきた世界では誰も帯剣していなかったし、真剣を持ち歩くのはなんとか――という法律で、だめだと決まっているのだという。なぜだかそう言ったことを前にも――確か女性の警備隊員に言われたような気がしたが……生憎彼は覚えていなかった。
(うん。俺の剣だ)
腰に差した剣の感触を確かめて、彼は――ガウリイ=ガブリエフは誰ともなしに頷いた。
どこまでも広がるかと思える荒野。
そこに、彼ら一行は立っていた。
ゼロスがこの世界について、歴史や、今の状況について――なぜだかものすごく楽しそうに話しているのを聞き流しながら――彼は剣を握ったりはなしたりしていた。
獣王様の暇潰し
うーん……けっこーためになる――ような気がしないでもない。
この世界は七海連合、とゆー大きな組織があって、それが色々なところで起きる戦争を調停したりしているらしい。他は色々な国があったりするそうだが、そこらへんは重要じゃない、ということで、あまりよくは聞けなかった。
……なんというか――現実味のない話である。
というよりも、別の世界の話、と言うのも……いきなりやって来たあたしたちにしてみれば、本の世界に迷い込んだような感覚なのである。現実味がなくてもしょうがない。
それがたとえ、この世界で起こっている真実なのだとしても。
「この世界は物騒ですからね。死んでも僕責任とれませんから、そこのところよろしくお願いします」
「ち、ちょっとちょっとっ! ちゃんと護衛してちょーだいよねッ! この世界について知識もってんの、あんただけなんだからッ!」
なにが悲しくて知り合い一人いない異界で死ななければならないのだッ!
あたしははっきりってごめんである。
エイプリルは殺しても死にはしないような人間だし、ガウリイは脳みそ入っているべき位置はみんな骨っぽいし、ゼロスに至ってはこの世界の『魔道』は彼に通用しないだろうが、あたしはか弱いのだ!
……ツッコミ厳禁だからね。
と――あたしが一人漫才やってる間にも、ゼロスは一、二歩先に進んで、くるりと振り返った。
「まぁ一応結界は張っておきますよ。ここらヘンは特に物騒ですからね」
「どーしてそんなところにわざわざ来るんだ? 安全なところに行けばよかったじゃないか」
「さっき言ったでしょう?」
訝しげなガウリイの問いに、ゼロスはぴっ、と人差し指を立てた。
いつもとは違う、少々得意げ――に見えなくもない笑顔で。
「ここには、竜がいるからですよ」
――竜。
そう。竜である。
ここには――竜がいるのだ。
「竜って、あのドラゴンか?」
「あれとはまた種類が違うんです。全然違いますよ。彼らは相手の
精神世界面が――ある程度ですが、読める。
それに姿形も違うようですしね」
ガウリイの問いに、ゼロスは首を横に振り、言った。
「世界に――たった六匹しかいない――ってぇことだったわね。確か」
「ええ。そうです」
ゼロスはその『竜』に会えることが楽しみでしょうがないのだろうか、とてもなんだかうきうきしているように見えた。
なぜだかはわからない。
――その『竜』の負の感情でも食ってみたいんだろーか?
あたしにはあいにく、その程度の発想しか浮かばなかった。
それはともかく。
『竜』というのは、あたしたちの世界の
竜とは完全に別個の存在で、何千年と生きる、という寿命の長さは変わっていないようだが、人間を圧倒する、と言うその度合いが違うらしい。
それに、『竜』が減ったり増えたりしない、ということも、彼らをあたかも神聖なものとして見る理由の一つではあるだろう。
台風、大地震、津波、干魃――などなど、魔族ですら引き起こすには多量のエネルギーを要するその現象を、その『竜』はあっさりと起こす。
それでも、彼らはなにもせず、ただそこにあるだけなのだ。
――ゼロスはなぜ、そんな彼に会いたいのだろう。
「だが、このように広い荒野のどこかにいる『竜』など探せるのかね?」
「え?」
ゼロスはエイプリルの問いに、きょとんっ、とした顔になる。
「僕、竜に会うなんて言いました?」
ずべしゃぁぁぁぁぁっ!
あたしとエイプリルはその場でコケた。エイプリルは地面と激しくキスして、あたしは後頭部を強打する。
頭をさすりながら起きあがったあたしに向かって、ゼロスは首を傾げ、
「僕、言ってませんよね?」
「いや、そりゃ言ってないけどッ! ふつーさっき見たいな言い方されたら『竜に会いに来たんだな』って思うわよッ!
――そりゃ、ガウリイみたいな察し悪すぎな人間ならともかく……」
「ともかく――って……おまえ……」
あたしのことばにガウリイはただただ汗した。だが、今のゼロスの台詞にも反応しなかったことが、あたしの台詞を証明しているッ!
「それはともかくッ! じゃあなんでこんなとこ来たわけッ!?」
「だから――竜がいるからですよ。
竜がいるから、ここは人間が入ってこれない。竜は人間が来たことなんてだいたい気にもとめないでしょうから、ここは最も安全であり、危険な場所なんです」
「だが、人間がいないのではひまつぶしの方法も見つけられないのではないのかね」
…………………
エイプリルの史上稀に見るまともな発言により、ゼロスは海よりも深く沈黙した。
やがて、ゼロスはぽんっ、と手を打つ。
「……おやそーいえば」
「っだぁぁぁぁぁぁぁぁっ! なに考えてんのよこのゴッキー
神官ッ!」
みりっ!
あたしの右ストレートは、見事にゼロスの顔面にヒットした。
しゅんっ。
ゼロスが細心の注意を払って行った人間三人を伴う空間移動は、そんな音を立てて実行された。
生身の人間をむりくり
精神世界面通って『生きたまま』移動させるわけだから、ゼロスとしてはかなり精神すり減らしたことだろう。
まったくもってごくろーさん、である。
「で、ここはどこなわけ?」
「ここですか? 確かカッタータ、とか言う国らしいですが――じゃ、リナさんたちは適当に時間つぶしててください。僕は色々聞き込みしてきますので」
ゼロスはそういうとさっさと行ってしまった。
あたしたちの護衛はどーなる?
「……ま、あたしたちもとりあえず名物料理とか食べに行きましょうか!」
「そーだな」
「うむ」
あたしのことばにガウリイとエイプリルはそれぞれ頷いた。
通貨はどーする、と言うツッコミは無用ッ! ゼロスから受け取ったお金でじゅーぶんであるッ!
「どんな珍しい料理があるのかしらねッ♪」
あたしが呟いたその瞬間!
どんっ!
と言う音とともに、ガウリイがバランス崩し、あたしを巻き込み転倒する!
『どぉぉおぉおっ!?』
声をハモらせ悲鳴を上げながら、あたしとガウリイは地面に転がった。
「……ったた……く、こ、こらぁぁぁっ! 早くどきなさいッ!」
「うぅ……」
ガウリイが頭を押さえて起きあがる。どーやら石畳に額をぶつけたようだった。怪我はしていないが、あたしは尻餅をついたせいで腰の辺りがかなり痛い。
「す、すいません、大丈夫ですか!? こらマークウィッスル! 君も謝れ!」
「すいません」
ひどく慌てて詫びる男の声と、どことなく棒読みの声――こちらも男の声だった。
「はぁ……」
あたしはぽりぽりと頬を掻きながら立ちあがる。
謝ってきた男はすこし長い茶髪の、端正な顔立ちをした騎士風の、二十歳前後の青年。
棒読み失礼声の方は、銀髪で、顔の上半分をヘンなデザインの仮面で覆った貴族風の男だった。
「すいませんね。こいつは好奇心旺盛で、よそ見しながら歩いていたものですから……」
「よそ見しながら走っていた、です。正確には」
「……威張れたことじゃないと思うけど……ていうかよけー危ないし……」
あたしはジト目で、自信たっぷりに言い放った仮面男を見る。たしかさっき騎士の方がマークウィッスルとか言っていたか。
「まぁそりゃそうですね。でもそれは歩いていようと走っていようと、そっちのひとにぶつかったでしょうが」
と、マークウィッスルはガウリイの方を目で指した。
「……危険度は走ってる方が高いし。
というか……あんたの方が背が小さいしやたらと痩せてんのになんでガウリイが倒れてあんた立ってんのよ……」
「いやぁ」
なぜ照れる。ガウリイ。
「そもそも、あなたたちはどうしてそう急いでいたのだね?」
エイプリルが探偵口調で問いかけた。マークウィッスルはにっこりと――いやさっきから笑っているのだが――微笑むと、
「知り合いに会いにきたんですよ」
「こいつが早く会いたいと言って聞かんのです」
騎士の方が疲れた調子で言った。仮面男は視線を騎士に移すと、
「じゃあヒース。君はレーゼさんに会いたくないのかい?」
「い、いやそんなことはないが……俺は――」
「そういえば、レーゼさんとはあのあと一度も会わなかったのかい?」
言われてヒース――は黙った。
――内輪で漫才始められても困るんだけど……
「お前は俺を馬鹿にしているのか――? あのあとは仕事があったから――会うヒマなんてなかったのはわかってるだろう」
しばしの沈黙の後、彼はそう呟いた。
「いやいや。僕はただ君がレーゼさんをどう思っているのか聞きたいだけさ」
妙なニュアンス込められているような気がするぞ。それは。
あたしは胸中でマークウィッスルというややこしい名前の男にツッコんだ。
よーするに、このヒースという騎士は『レーゼ』という名の女性に好意を抱いているらしい。
それで、こっちの仮面男がそれをネタにからかって面白がっているのだろう。
ともあれ、そのことばにヒースは不機嫌な顔で黙りこくって、険悪な瞳で――敵意は混ざっていなかったが、それでも険悪な瞳でマークウィッスルを睨んだ。
「あ、そう――じゃあ、あたしたちはこれで――」
あたしは言いながらすたすた歩き始めていた。こんな連中に関わるのははっきり言ってイヤだ。こっちがむやみに疲れるだけである。人様は彼らのことを――主に仮面男の方を――『変人』と呼ぶのだ。
「ああ、ちょっと待ってください」
「なによ?」
あたしが振り返ると、仮面男はぴっ、と人差し指を立ててこう言った。
「どうせ僕らも昼食は外で摂るつもりでいたんです――
一緒に昼食でもいかがです? 奢りますよ」
我ながら単純と言えるかもしれないが――
『奢る』の一言に、あたしはこっくりと首を縦に振ったのだった。
聞いたところによると、騎士のほうはヒースロゥ=クリストフ、仮面男のほうはエドワース=シーズワークス=マークウィッスルというガウリイに非情なまでに長い名らしい。
まぁ、自分の記憶力の悪さを考慮したわけではないだろうがその――えど――なんとかは、自分のことを『ED』――で、エドと呼ぶように、と言ってくれた。
ヒースロゥのほうはとくに何も言わなかった。
リナとエイプリルはその名を聞いて、なぜか驚いているようだった。
「じゃああなたが『風の騎士』なわけ?」
……これも、どこかで聞いたような気がする。
リナのことばに彼は苦笑して、
「まぁ、そう呼ばれることもありますね」
と、照れくさそうに言った。
「有名な奴なのか?」
と、いつものようにガウリイはリナにこそっ、と耳打ちした。
どがっ!
「あんたねぇっ! さっきゼロスが説明してたでしょうがッ!
風の騎士って言えば七海連合に所属する騎士で――あんたの頭には理解できそうもないから簡単に言うと英雄よッ!
え・い・ゆ・うっ! 意味わかるッ!?」
「……なんとなく」
「あーもーあんたはぁぁぁッ!」
リナは自分に、青すじ立てつつ蹴りを入れ、なんだか説明したあげく一人で苦悩していた。
……リナが苦悩している理由はなんとなくわからなくもないが、彼に気になるのは自分たちがこの世界の二人にどう映っているのか、と言うことだった。
ちらりっ、とガウリイは二人のほうに視線を向ける。ヒースのほうはぼーぜんと事を見守っているし、EDのほうはにこにこと、茶を飲みながらこちらを見ていた。
「ところで、あなたたちは?」
「あたしたち? あたしはリナよ。リナ=インバース」
リナは素直に本名を名乗った。ガウリイも別にそれでいいと思う。別にナンパされたわけでもなし、見たところ風の騎士の名を語る『
悪人』でもないだろうし、万が一そうだったとしても、今ここで自分たちが名乗ってヤバいことになる、という事態にはならないだろう。
「……リナ=インバース?」
「どうした? マークウィッスル――彼女の名に心当たりがあるのか?」
そんなはずはない。
自分たちはついさっきこの世界にやってきたのである。
リナは確かに有名だ。有名ではあるのだが、それはあくまでヒースたちの世界ではなく、ガウリイたちの世界でのことである。
ヒースの問いにEDは顎に手を当ててぶつぶつと呟く。
「いや……そんなはずはない――なにかの偶然だろう……もし彼女がその『リナ=インバース』だとしたら彼女は――
異世界の人間だと言うことになってしまう」
――ッ!?
がたんっ!
リナとエイプリルが音を立てて椅子から立ち上がった。
――どういうことだ?
ガウリイはリナに目で問い掛けた。リナは黙って首を横に振る。
「――この世界は異世界について――なにか調べているのかね?」
我に返ってテーブルにつきなおしたエイプリルがEDにそう問うた。
「ええ。まぁ一部の人間は、ですがね。それにしてもレーゼさんは遅い……」
「え?」
全然話が関係ないほうに飛んだのが、そこにいる全員にわかった。
ガウリイにも、それはわかる。
「どうしたんです? リナさん。ほら。席につきなおしたらどうですか? 料理はまだ来ちゃいません」
「…………」
リナは黙って席に着きなおす。
先ほどの――打ち解けてはいないがあくまでも友好的だった表情とは打って変わって、EDという得体の知れない男の疑念に満ち溢れた瞳に、リナはなっていた。
EDは笑う。リナの表情の変化に気がついていないのか――
それとも、気がついた上でのこの反応か。
判断しがたいところではあったが――
「それに、他の人たちの紹介も終わっていない」
「あ……そう――ね。
ま、あんたをみっちり問い詰めるのはまたあとでにして」
「あとで問い詰めるんですか……?」
ヒースがなんとなく汗をかいて呟いた。リナはそちらににっこり微笑み、
「じゃあ紹介続けるわね。そっちのが頭ン中からっぽ男こと剣士のガウリイ。腕のほどはあたしと比べ物にならないほど、ってとこね」
「……からっぽ……って……」
ガウリイはなんとなく反論もできず、とりあえずうめいておく。リナの自信たっぷりな口調に、EDはほぅっ、と感心したようなしていないような声を出す。
「ヒース、彼は剣士らしい。一度君と手合わせしてみたらどうかな?」
「おいおい。冗談はよせよ」
「……ガウリイ=ガブリエフだ。よろしくな――えーと、ヒーロ?」
とりあえず、ボケておいた。いや、本当に忘れていたのだが。
「ヒース、です。ガウリイさん」
彼は苦笑してそう言った。リナは今度は無表情にエイプリルを目で指すと、
「で、そっちのがのーみその代わりにブルーベリージャム詰まってるエイプリル。紫の脳細胞と呼ばれる、著名な探偵になりたがってる人よ」
「エイプリル=ランドマークだ。よろしく頼む」
――ブルーベリージャム……?
彼女はリナの暴言が耳に入っていないのか、普通に自己紹介した。
「探偵?」
EDが楽しそうに言う。リナは全く表情を変えず無表情で、
「彼女の推理力に期待するならミミズが言葉を喋る可能性の方が期待できるわよ」
「……ミミズ……」
エイプリルがうめく。
どうやら先ほどのことばは耳に入っていなかったらしい。
――むろん、ガウリイには昔リナがエイプリルに『のーみそブルーベリージャムと言うのは思考がやわらかいと言うことだ』とか屁理屈こねまわし、彼女がすっかりそれを誉めことばだと信じているとは思いもよらない。当たり前だが。
「――で、もう一人連れがいるんだけど――そいつはどっか行ってるわ」
「うむ。ひまつぶしの方法探しにな」
「……ひまつぶし?」
リナとエイプリルのことばに、ヒースが訝しげな声を上げる。リナはぱたぱたと手を振ると、
「あーあー。気にしないでいいのよ。どーせそのまんまくだんない理由だし」
「いや、だがひまつぶしって……」
あくまでもこだわるヒースに、EDが視線を向ける。
「まぁいいじゃないかヒース。
今僕らがするべきなのは、いつまでたっても待ち合わせのこの場所にこないレーゼさんの身になにかあったんじゃないかと憂いだりすることとか、この人たちの連れがもう一人いるというのなら椅子をもう一つ持ってこなければならないとか、そういったことだろう?」
「……まぁな」
まだ気になるのか、ヒースは眉間に眉を寄せながら頷いた。
――ん?
そこでガウリイは気づいた。見知ったものの気配に。
――あいつ、もうきたのか。
リナはそんなガウリイの様子も気に留めず、
「ああ、別にいいのよそんなの。あいつ、八ヶ月どころか何千年断食したところで死なないんだから。
――まぁ、人間が食べるようなものを食べなくても、ってことだけど」
「本当のことですけど、ちょっとひどいですよ。リナさん」
ゼロスの姿は、突然降ってわいた。
気づくと、リナの横に立っていたのである。ヒースは突然現れた男に驚いて、目をぱちくりさせた。EDもまた、きょとんっ、とする。
「いつからそこにいたわけ? ゼロス」
「そちらの方が頷いた辺りから――というより、仮面の方のほうが『憂いだりすることとか』と言った辺りからですね」
リナの問いに、ヒースとEDを順々に指してゼロスは言った。
「なぁ、その男はなんだ?」
ヒースのことばに、リナは『ああ』と呟くと、
「そう言えば紹介してなかったわね。こちらは
獣神官ゼロス。単なる怪しい神官で、獣王の下僕よ」
「げぼく……」
ヒースがまたもやなにか引っかかったらしく、呟いた。
リナは気にせずゼロスをジト目で見やると、
「ゼロス。往来で空間移動は止めなさいよね」
「ひどいなぁ。ついさっきひとのことを便利な乗り物扱いしたのはリナさんですよ? あれ、結構疲れるんですからね」
「そーいやそうだったかもね」
リナはゼロスのことばに冷たく言った。EDが好奇心旺盛そうな表情――いや、表情はわからないのだが、少なくともそう言った雰囲気で、
「空間移動?」
と言った。
「空間を移動することよ。文字通り」
「いやそんなことじゃなくて―― 一体どう言った原理で?」
こうなるとEDは止められないだろう――そんな雰囲気がする。恐らくリナと同じで、知りたいことは徹底的に突き詰めるタイプなのだ。
「――あんたが聞いたあたしに関する話教えてくれたら、あたしの方も教えるわ」
「わかった。それでいいよ」
EDは即答した。
自分の好奇心に正直で、それだったら相手を思いやる気持ちも忘れるのだろう。
――リナに関する話、と言うのはある程度予想できていた。
「ぬぁんですってえぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
EDの話を聞き終えて、あたしは絶叫した。
「なぁにが悲しゅうて、異界に来てまで
盗賊殺しだのドラまただの、ンな不名誉なこと言われなくちゃなんないのよッ!」
「そんなことをいわれても――これはあくまで異界から流れてきた情報ですからね」
EDは困ったような口調で言いながらも、口元は笑っていた。
「――ところで」
さっきから眉間にしわ寄せっぱなしの風の騎士ヒースロゥ=クリストフが、やはり眉を寄せて呟いた。
「
盗賊殺し、と言うのはわからないでもないが――ドラまた、と言うのはなんなんだ?」
真剣である。真剣そのものの口調だから――タチが悪い。
「う゛……そ、それは……」
「おいリナ。どうしたんだ? 忘れたのか?」
うっ!
いっつも余計なことばっか覚えてるんじゃないガウリイっ! やめろっ! 言うなっ!
あたしの内心の制止は届くはずもなく、ガウリイはぴっ、と人差し指を立てた。
「俺は覚えてるぞ。確か『ドラゴンもまたいで通る』だろ?」
「うむ。たしかにそうだ」
「ええ。リナさんにぴったりなことばですよね。最近では下級魔族もリナさんを怖がって怖がって――」
ガウリイのどあほな発言に、エイプリルとゼロスが同意する。
「っこらぁぁぁぁぁぁっ! なぁに同意してんのよっ! とくにゼロスッ! それほんとなわけっ!?」
あたしの問いにゼロスは頷いた。
「ええ。本当ですよ。最近じゃ中級魔族にもいますからね。リナさんを怖がってる魔族」
「……あ。
あたしは天災かぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
一瞬絶句したあとに響いたあたしの絶叫は、目を点にしているヒースと、笑いをこらえているEDの耳には――
どーやら、届かなかったようだった。
「遅いな」
さっきから幾度目かのヒースの呟きは、さっきから食事を必死に(としかいいようがなかった)食べているリナたちの耳には届かないようだった。
「あーっ! これあたしのよガウリイッ!」
「誰がいつ決めたんだよっ! 食っちまえばこっちのもんだ。ってぃっ!」
「あぁぁぁぁぁぁっ! あたしのおさかなさんっ! くっ! こっちだってっ! てぃっ! とぉっ!」
……と、まぁこんな具合である。
ゼロスは肘を突き、その手の上に顎を乗っけて、エイプリルの方を見やった。彼女は彼女でマイペースに食事を続けている――どうやら、もう慣れたらしい。
というよりは――リナに険悪な笑みを浮かべさせるほどの人物である。彼女もまた、まともな人間ではないのだろう。
「……あの、ED――さん?」
「なんですか?」
EDもリナたちの食事風景にこれと言って感想を言わず、ただ自分はマイペースに茶を飲んでいる。こちらも――並の神経ではないらしい。
「あなたは、暇なときなにをしていらっしゃいます?」
こんなときでもそんなくだらない仕事を忘れないのは素晴らしいと言うべきか――まぁ、彼にとっては死活問題である。どんなにくだらないこととて、真剣にもなるだろう。
「最近暇なんかありゃしませんよ」
「なるほど。よくわかりました。ありがとうございます」
ゼロスは上の空で礼を言った。彼もそう思う。最近暇がない。
――獣王様が直々に働けば――暇もなくなるんじゃないでしょうか――ねぇ。
そんなことを考えて、彼はその考えを即否定した。そんなことを彼の王の前で言ったものならば、即滅ぼされても――滅ぼされなくても殺されても文句は言えない。
「にしても――あなたたちの待ち人はこないようですね。EDさん」
「遅すぎます。もうかなり時間がたっている」
EDが口の端を下げた。
「――レーゼさんは――少なくとも約束をたがえるような人ではない……」
風の騎士が来た料理に手もつけずに言った。
「店を間違えたんじゃないですか?」
「彼女に限ってそんなことはない」
妙に力強く言う。――かなり彼女のことを信用しているようだった。
(恋は盲目――ってやつでしょうかね……)
ゼロスはぼーっ、とそんなことを考えた。彼がやたらと落ち着きをなくしていることや、リナからこっそり聞いた話から、なんとなくそう思った。
「……なら――誘拐、とか」
「レーゼさんならそんな連中返り討ちにしちゃいます。というより彼女さらって得するような人間いませんし」
これを言ったのはEDだった。――この男は――ついさっき聞いたのだが戦地調停士らしい。ゼロスにはどうにも、彼がそれほどの権力を持った人間だとは――そう言った権力のたぐいを欲しがる人間だとは思えなかったが。
「……じゃあ。あなたたちが店間違えたんじゃないですか……?」
『あ。』
半ば伝説的な存在である風の騎士と、そして世界に約二十人ほどしかいないという七海連合の戦地調停士は、同時に声を上げた。
「午後の鐘が鳴る頃に……貝殻亭……」
「ここは三日月亭だぞ……」
………………沈黙。
「し、しまったぁぁぁぁっ!」
「すいませんっ!ここの代金はあなたたちが支払っておいてくださいっ! 後日っ! 後日必ずお払いしますっ!」
と――
一方的に叫んで、EDとヒース――二人は去っていったのだった。
「あー……」
ゼロスは何か言うのもむなしくて、とりあえず、そううめいたのだった。
後日。
どこからどーやってあたしたちのことを探り当てたのか、三日月亭で払った代金よりちょっと多くお金を貰い。
よく考えたらどーすんだ異界の金なんて。とゆー事実に一同は気づいたのだった。
そして、ゼロスはそれから四日ほどEDに質問攻めにされ、ノイローゼになったそうである。
で、レーゼさん――レーゼ=リスカッセさんとも会ったのだが、彼女はけっこう頭のいいひとで、やはりヒースに好意をもっているらしかった――お互い鈍いため、よくわかっていないようだったが。
で、じれったい二人のことをお茶菓子代わりにして、あたしとEDは色々話し合ったのだった。
――追記:ガウリイとヒースロゥ=クリストフは、一度木刀で手合わせしたところ腕はなんとほぼ互角で、彼らもいい友達になれたようである。
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