……帰っておいで私の子供
   おつかい一つできないお前に
   お仕置きをしてあげるから――




獣王様の暇潰し




 ――ゼロスは、はっきり言ってひたすら落ち込んでいるらしかった。
 今の状態の彼なら、あたしの竜破斬ドラグ・スレイブ一発で倒せそうな気がするほど、彼はかなり落ち込んでいた。
「をーい……ゼロス……戻ってこーい」
 とかガウリイが言っても、よくわからんことをぶつぶつ呟きまくるとか、そのせいであたしに『っだぁぁぁぁっ! うじうじしとらんで起きんかぁぁぁぁいっ!』とか言ってどつきまわされる、とゆーのがオチになっている。
 ヤだし。かなり。
 ゼロスになんとか問いただしてみたところ、『帰ります』の一言だけなんとか聞き取れそーな呟き(そのあとに『殺される』だのなんだの、よくわからんセリフを呟いていたりしたので黙らせたが)を聞いたため、おそらく明日頃にはもとの世界に帰るだろうと思われるが、明日まではこの世界にとどまることになっていた。
 ゼナン大陸の――ガルディア王国が統治『していた』地。リーネ広場南の、ルッカ、というあたしと同じぐらいの女性の家に、あたしたちは泊めてもらっていた。今はパレポリ、という国がここいらを治めていて、ルッカもパレポリ軍の博士らしかった。
 彼女はガルディアが滅ぼされる際、友人を二人、失っているそうだ。
「哀しかったし悔しかったけど――でもあたしはしなければならないことが多かったからね」
 そう彼女は笑って言った。彼女の家は孤児院となっており、おそらく、子どもたちの世話のことを言っているのだろうとあたしは解釈した。
「――なんであたしたちにそんなこと――話すわけ?」
 あたしの問いに、
「目がね。あなたの目が――似てたのよ。知っているひとにね――」
「その――死んだ友人、ってひと……?」
 あたしの言葉に、彼女は笑う。
「違う違う。リナたちは世界と世界の『間』を旅しているんでしょう? なら私たちは――時を旅して未来を変えたの。その時に会った――女の人に、あなたの目が似ていた。
 まぁ、彼女は物静かで、落ち着いていて、あなたとは正反対の人だったし――結局――彼女も亡くなっているんだけどね」
 彼女は相変わらずの笑みを浮かべていた上あたしにさりげなしにケンカ売ってたから、てっきり冗談だと思ったが――彼女のことだし、本当なのかも知れぬ。
 あたしは回想から思考を現実へと戻して、ゼロスのほうを見た。ゼロスの格好やら何やらが珍しかったりするのだろう。髪を引っ張ったり、服の裾を引っ張ったり、遊んでとねだったりする子どもたちが彼の周りにたくさんいた。
 ――案外子ども受けする顔なのかもしれない。
「リナ」
 ルッカに呼ばれて、あたしは立ち上がった。
「なに?」
「このペンダント、どう思う?」
 言って彼女が差し出したのは、数珠にも似た大粒のペンダントだった。あたしはそれを手にとって見る。
「どう思うって言わ――」
 あたしは言いかけて、口を開けたまま硬直した。
「なにこれ――魔力の塊みたい――」
「あなたはそう感じるのね。あたしたちはこれで――時代を越えたの――はいキッド」
 またもや冗談か。
 金髪の少女にペンダントを返すルッカを見て、あたしは苦笑した。
 魔力の塊ではあるが、子どものアクセサリーとなると――そんな重要なものとは思えない。
 あたしは知らなかったのだ。キッドが『持ち主』であると。
 ――あたしには、さらさら関係ないことだったけれど。
「ゼロス。明日には帰んのよね?あたしたちの世界へ!」
「ええ――そして僕は獣王様に殺される運命にあるんですよ――ふふふ……」
 ダメだこりゃ。
 まぁ――ゼロスが人格崩壊おこそーが、元の世界に帰れるのならよし!
「もーすぐお別れってことか――」
 ルッカが残念そうに言う。
「あなたは強いから、ボディーガード頼もうかな、と思ってたのに」
「冗談でしょ? ルッカもじゅーぶん強――」
 ――!?
 おかしな気配を感じて、あたしは振り向いた。
 そこには猫の獣人が立っていた。
 この世界では亜人、と呼ぶそうだが。
「――ヤマネコ」
 ルッカの言葉には、ありありとした嫌悪が含まれていた。
「来客中なの、帰ってもらえます?」
 敬語を使ってはいるが、嫌味にすら聞こえるルッカの言葉で、一瞬にしてあたしはこの男がとてつもなくやっかいな奴であるとわかった。
「――そうか」
 ヤマネコ、と呼ばれた獣人は、意外にあっさりと退いた。
「だが――必ず、件のこと、承諾してくれるように」
 言って、ヤマネコは帰っていった。
「――なに。あいつ」
 こわばった顔のまま立ち尽くすルッカに向かって、あたしは問う。
「――フェイト……」
運命フェイト?」
 呟きにあたしが問い返すと、ルッカはぴくんっ、と身をすくませた。こちらを振り向き、心なしかぎこちない笑顔で、
「ううん、なんでもないの。ごめんなさいね。へんな奴が来て――」
 あたしはもうちょっと突っ込んで話を聞くべきだったと思う。
 ルッカの顔を見たのは、この日が最後になった。




 ――眠い――
 遠くで誰かの泣き声が――聞こえる――
 ――っ!?
 あたしは跳ね起きた。頬に当たる感触が、布団のものではなく草の地面のものであると気がついたのだ。
 冷たい夜の気が心地よい。立ち上がって、足元を見ると、やはり草原だった。
 あたしは眉を寄せた。ルッカの家で寝ていたはずだったのに――
「ここは――」
「起きましたか。リナさん」
 ゼロスの声。視線を転じれば、完全に眠っているガウリイとエイプリルがいた。首をさらに回すと、闇に溶け込みそうな神官――ゼロスが立っていた。
「どういうこと!?」
 あたしの言葉に、ゼロスは黙ってある方向を指差した。あたしはそれを目で追って――
 ――!?
 息を――呑んだ。
「――うそ……」
 赤々と萌える火。
 焼け落ちる家。
 逃げまどう子どもたちと――それを追う異形の魔物――聞こえる泣き声、悲鳴。
 あたしは口を押さえた。
「ど――うして――」
「昼の獣人が火を放ったんです。ルッカさんは――連れ去られました」
「どうしてっ!」
 あたしは叫ぶ。
 恐らく、ゼロスと――殺気すら感じ取れず寝こけていて、そしてゼロスにここまで連れてこられて、安全なところでのうのうとしている自分に対して。
「どうしてよっ! どうして助けてやらなかったわけッ!? どうしてよっ!」
「この世界はこの世界――僕らは関わっちゃあいけないんです」
「だからって――どうして……」
 涙がこぼれた。
 家が焼け落ちてゆく。
 ルッカのいたずらっぽい微笑が浮かんで消えた。
 ゼロスの周りに集まっていた、エイプリルの嘘の推理自慢に単純に喜んでいた、ガウリイと一緒に楽しそうに遊んでいた――
 無邪気な子どもたちの顔。
「――どうして――よ……」
 あたしは膝を突いて、地面を殴りつけた。
 いや。
 まだだ。
 まだ間に合う。生き残っている子どもたちもいるはずだ。
 あたしは立ち上がった。
「レイ・ウ――」
「リナさんッ!」
 呪文を唱えようとしたあたしの口をゼロスが塞いだ。
「――っ、放してッ!」
 羽交い絞めにされて、あたしは叫ぶ。
「ダメですッ! この世界のことは、この世界の人々に任せなくてはいけない! 僕らはなにもできないんです!」
 ――
 膝から力が抜けて、あたしはへたり込んだ。
 何も――できない――
 この旅で、最初で、最後に味わった無力感だった。




 朝になって、ルッカの家だけが綺麗に焼け落ちて――つまり近隣の家家には危害が及ばなかったのだ――そして、あとは子どもたちの死体が残るのみとなった。
 ゼロスは対してなんの感情も抱かずにそれを見る。
 昨日まで生きて、笑って、泣いていた子どもたちの死体。
 生き延びた子どもは、恐らくいないだろう。
 ―― 一人として。
 パレポリ軍が火災の片付けにきていた。単なる不審火、ということで収まりそうだった。リナが必死に証言したが証拠がなく、あまつさえリナが疑われそうになった。
「……人間なんて、脆いものですね――」
 呟く。
 リナのように魔力が高い人間とて、火に巻かれ、魔法が使えなければそれまで。
 人間などその程度だと言うことか――
 驚くほど――あっさりと死ぬ。
「……嘘――みたいだよな――こんな風に……簡単に――」
 ガウリイが震える声で呟いていた。ついさっきのことである。
 結局朝まで寝ていたガウリイとエイプリル――それとリナが、子どもたち一人ひとりに黙祷を捧げていた。
「帰りますよ」
「キッドがいないのだよ」
 ゼロスの言葉に、エイプリルがそう返した。
「キッド?」
「金髪の、生意気そうな女の子なのだがね。彼女と、ルッカだけいないのだ」
 ルッカは連れ去られたとして、キッドは――?
「生きてるのかもしれないわ」
 リナは呟いた。すこし元気がない。
「そうかもしれないな――」
 ガウリイが頷く。
「なら、とりあえず帰りましょうか。また今度来ましょう。この世界には――」
 ゼロスは言った。
 この世界、ギャグほとんどなかったなぁ、などと不謹慎なことを思いつつ。
 そして――世界が揺らぐ――
 少し、後悔に後ろ髪を引かれながら、彼らは帰還した。




 リナたちとはセルリアン・シティで別れた。
 彼は憂鬱だった。
 群狼島――である。
 彼の主が、にっこりと笑って立っていた。
 謝ろう。
 そうすれば、ちょっとは罰も軽くなるかもしれない。
「あの、獣王様、すいま――」
「いやぁ。ご苦労だった。おかげでいい暇つぶしになったよ」

 …………………

「え゛?」
 ゼロスは今まで下がりっぱなしだった顔を上げた。
「だから、世界を旅していたお前らをずっと見ていてな、存分に笑わせてもらった。最後の世界は――まぁあまり面白い、とはいえなかったが、負の感情がたっぷりともらえたしな――」
 ゼロスはここにいたって、よーやくこの旅の趣旨を理解した。
 つまり――
 この旅自体が、獣王にとって『暇つぶし』となっていたのだ。
 ゼロスは脱力して、床にへなへなと座り込んだ。
「よ、よかったぁぁぁ……」
「待てゼロス」
「え?」
 ゼロスはついさっきまでずっと陰気な顔をしていた――今は極上の笑顔だが――顔を獣王に向けた。
「それはそれで楽しみになったが、面白そうな暇つぶしが見つからなかったことも知っている。
 つまり。
 お前は任務に失敗した」
 ぴし。
 獣王の慈悲なきセリフに、ゼロスは思わず硬直した。
 つまり――ということはつまり。
「さぁお仕置きだ♪ そうだ。最初の世界でお前が出していた辞典を出せ。それで殴ってやるv」
「んひぃぃいぃぃぃぃぃっ!?」
 結局――
 ゼロスの不幸は、どーやっても免れなかったわけである。
 ――合掌。




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