■2002年1月号

今月の潮流
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バイオジャーナル





ニュース


●遺伝子治療
阪大遺伝子治療の表と裏


  現在、大阪大学医学部附属病院で肝細胞増殖因子(HGF)を使った血管を再生するための遺伝子治療が実施されている。11月1日に開かれた文科省主催の公開シンポジウムでの報告によれば、慢性閉塞性動脈硬化症とビュルガー病の2つを対象疾患とし、安全性を見るのが中心。第1段階の患者6人に対する治療はほぼ終了。今後は有効性の有無を確認するための第2段階の患者16人に対して実施する予定だ。
 HGFとは、1980年代に阪大教授の中村敏一が発見したタンパク質で、半分が切り取られても復元される肝臓の再生能力のカギとなる物質として注目された。その後、皮膚の傷の治癒や血管の形成、目の細胞の増殖などにも関係していることが判明。阪大の計画は、そのHGF遺伝子をベクター(遺伝子の運び屋)となるプラスミドに組み込み、患者の患部の周辺に直接投与し、体内で遺伝子を働かせて新たに血管を作らせようとするものである。米国では血管内皮細胞成長因子(VEGF)などを用いた臨床試験が実施されている。阪大の計画は一応は学内の臨床研究として行われているが、図1のようにベンチャー企業のメドジーン社など様々な企業がそこにつながっており、事実上は臨床試験といっていいだろう。

●遺伝子汚染
メキシコ原生種トウモロコシに遺伝子汚染

  自然保護団体グリーンピースは、かねてからメキシコの原生種のトウモロコシが、遺伝子組み換えトウモロコシの遺伝子に汚染されれば、生物の多様性が奪われ、生態系に大きな影響が出る危険性を指摘してきた。
 メキシコ政府は9月、南部オアハカ州に自生している原生種のトウモロコシが、組み換え遺伝子に汚染されていることを発表した。米カリフォルニア大バークレー校のDavid QuistとIgnacio H. Chapelaは、このオアハカ州の原生種トウモロコシ遺伝子汚染の実態をNature11月28日号に発表した。それによると、山間部で採取した6試料のうち4試料から組み換え遺伝子が検出され、しかも2試料には複数の遺伝子断片が入っていた。
 原因は不明だが、以前作付けされた場所から100キロ以上離れており、花粉が風で運ばれ交雑した可能性が高いと見られている。


●遺伝子特許
日本たばこ産業が肺癌ワクチンの権利購入

 米バイオベンチャーのCorixa社とセルジェネシス社は、肺癌のワクチンの権利を日本たばこ産業に譲渡することで合意した。Corixa社は、肺癌に関する6つの遺伝子特許を申請しており、その遺伝子情報に基づくワクチン開発・販売の権利を日本たばこ産業に与えた。セルジェネシス社は、遺伝子組み換え技術による肺癌と前立腺癌のワクチンの販売権を譲渡した。肺癌治療にかかわる遺伝情報を、肺癌をもたらしているに等しいたばこメーカーに売り渡したことに対して、WHO(世界保健機関)も厳しく批判している。
〔GeneWatch UK, 2001/11/12, The Guardian〕


●政府動向
政府、バイテク戦略本部設置へ

 10月22日、政府はバイオテクノロジー戦略本部を設置する方針を明らかにした。これは、業界団体・日本バイオ産業人会議(代表・歌田勝弘・味の素相談役)がライフサイエンス・サミットで打ち出した「バイオテクノロジー実用化・産業化推進国家総合戦略」の提言を受けた形でつくられる。森内閣の「IT戦略本部」に次ぐ戦略本部で、「IT」をもじって「BT戦略本部」と名づけられ、総理大臣が本部長をつとめる。国を挙げてバイオテクノロジーに取り組む体制づくりに入ったといえる。


●バイオ予算
膨れつづけるイネゲノム関連予算

 農水省は、省全体の予算が削減される中で、バイオ関連予算に12%増の205億円を概算要求した。中でも際立った伸びを示しているのがイネゲノム解析(イネの全遺伝子解読)予算で、10億円増の約63億円を要求し、さらに補正予算で7億円を上乗せしている。イネゲノム解析は、スイス・シンジェンタ社に遅れをとっているが、遺伝子組み換えイネの開発や他の作物の開発に結びつく基本情報を提供することになるため、多額の予算を求めたと思われる。


●ES細胞
密室で行われるヒトES細胞研究審査

 11月27日、第1回特定胚及びヒトES細胞研究専門委員会(文科相諮問機関、生命倫理・安全部会)が開かれた。この委員会は「特定胚の取扱いに関する指針」と、「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」という2つの指針の運用にあたって、届け出のあった計画の審査が中心となる。
 第1回目の会合は、一般公開したが、事務局発表によれば、審査は非公開とし、議事録は概要のみを公開するという。すでに学内の倫理委員会が承認した京都大学のヒトES細胞の樹立計画も、近いうちに提出される。それらの審査はすべて、密室の中で行われるのである。
 さらには、委員の中に京都大学医学研究科教授西川伸一も含まれている。公平に審査が行われるかどうかは非公開である以上、確認しようがない。


 

ことば
*変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)
牛海綿状脳症(BSE=狂牛病)の牛から人に感染したと思われるクロイツフェルト・ヤコブ病のこと。遺伝性、医原性(硬膜移植などで感染した薬害)クロイツフェルト・ヤコブ病などと区別してこう呼ばれる。

*古典的CJD
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)をのぞくクロイツフェルト・ヤコブ病のこと。散発性、遺伝性などによるクロイツフェルト・ヤコブ病。

*慢性閉塞性動脈硬化症
足などの血管が詰まって壊死を起こす病気。糖尿病の合併症や高齢者に多く見られる。

*ビュルガー病
閉塞性血栓性血管炎。足などの血管が詰まる病気。40歳以下の男性の喫煙者に多く見られる。

*ライフサイエンス・サミット
バイオインダストリー協会主催で2000年10月開催。

*ヒトES細胞研究専門委員会
主査・豊島久真男(住友病院院長)、相澤慎一(熊本大学発生医学研究センター教授)、荒木勤(日本医科大学教授)、石井トク(岩手県立大学看護部教授)、位田隆一(京都大学大学院教授)、岩川眞由美(放射線医学総合研究所)、勝木元也(岡崎国立基礎生物学研究所所長)、金森修(東京大学大学院助教授)、祖父江元(名古屋大学大学院教授)、高木美也子(日本大学総合科学研究所教授)、西川伸一(京都大学大学院教授)、藤原正彦(お茶の水女子大学理学部教授)、町野朔(上智大学法学部教授)の13名。

*ES細胞
胚性幹細胞ともいう。分化全能性を保持し、かつ未分化のまま増殖する培養細胞のこと。マウス、人間、サルなどで樹立されている。再生医療、オーダーメード医療などのバイオビジネスに有効であると現在研究が加熱している。