夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!番外編<前編>

 

「夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!」番外編≪前編≫

またの名を「友雅殿の受難(笑)」

 

 

 

――神子殿が会ってくれない…

 

友雅は悩んでいた。

泰明が新婚ホヤホヤの新妻に男を会わせたがらない…と言うのならまだわかる。

だが、頼久はもちろんのことイノリや永泉、そしてあの鷹通までもが独身時代と何ら変わりなくごく普通に今まで通り神子殿と会っているらしいのだ。彼らが神子殿とああいう話をしたとかこういう話をしたとか嬉しそうに自分の前で語るのを見るとやはり心穏やかではいられない。どうやら神子殿が会うのを拒絶しているのは八葉の中で自分ただ一人だけのようなのである。

 

――いったいなぜ?

 

友雅が悩むのも無理はない。

 

それに友雅にはもう一つ頭を悩ましている問題があった。

それはなぜかあの日以来、泰明が友雅の姿を遠くで見かけるとポッと頬を朱に染め、そそくさとその場から走り去ってしまうのだ。しかもまずいことに友雅と泰明が顔を合わせるところと言えば噂好きの人々がわんさか集っている大内裏。当然その目撃者も多く、しかもその相手と言うのがあの無表情・無感情で有名だった泰明である。それはすぐに恰好の噂話の対象となった。泰明が友雅に密かに思いを寄せている…なんていうのはまだかわいい方で、二人はすでに出来ているというしごく直球的な噂から果ては泰明はこの成せぬ恋のカモフラージュのためにわざと妻を娶るふりをよそおってごまかしたのだというとんでもない噂までまことしやかにあちらこちらで囁かれていた。

そのため、何となく宮中の女房たちの友雅を見る目も今までと違っているような気がするし、若い文官にいたっては友雅の顔を見るなりさりげなく後ずさりする始末。それと反対に近ごろではそれ好みの男性からいらぬ視線を受けたり、場合によっては文を送りつけて来る輩までいる。失礼な! 私は決して男色家ではない! こんな噂は本当に迷惑千万! そう思うのだが、当の泰明はというと友雅の気を感じて巧みに避けているのか話をしようにも一向につかまえることが出来ない。

 

――なんで私がこんな目に…

 

友雅は大きなため息をついた…

 

 

*  *  *

 

 

今日も友雅は左大臣邸を訪れていた。

もちろんあかねに会うためだ。来てすぐにあかねに目通りを申し出たのだが、すぐに伝達役の女房が戻って来て

「神子様は体調がすぐれず今日はお会いになれないとのことです。」

と短い伝言を告げた。

 

――またか…

 

本当にわけがわからない。

 

でも、せっかく左大臣邸に来たのだからと友雅は昔馴染みの女房のところへ立ち寄った。

「このところ神子殿がちっとも会ってくれないのだよ。」

「そうでございますわね。」

「そのわけに心当たりはないかい?」

「さあ、私にはわかりかねますが…友雅様、また何か神子様に悪さをしたんじゃないんですの?」

からかうように笑みを浮かべながら女房が言った。

友雅は苦笑した。

「悪さをしようにもこのところずっと会っていないのだからね。悪さのしようもないよ。」

「そうじゃなければ、“あれ”ですわね。」

「あれ?」

「ほら、友雅様が神子様の背の君であられる泰明様に横恋慕したというあの噂! あれが神子様のお耳に入って…」

「ばかな! あんなたわいもない噂を…」

「ふふっ、私はもちろん重々存じておりますわよ。友雅様は女の方が好きだということをね…」

女房は友雅の方に身を預けた。

「一応感謝する…と言った方がいいのかな?」

友雅はそんな女房を軽く抱きしめると頬に軽く唇を寄せた。

「あら、そんなところにですの?」

不満そうに女房が言った。

「すまないね。どうにも神子殿のことが気にかかってね。誤解しているのならその誤解を解きたいと思うのだが、会ってくれないことには…」

友雅はチラッと女房の方を横目で見た。

「どうだろう。せっかくここまで来たのだ。神子殿と何とか会えるように計らってくれないかい? お楽しみはその後でということで。」

「私がですか?」

女房は少しとまどいを見せた。いくら昔馴染みの友雅の頼みとは言え、やはり自分が仕えている左大臣家も大事である。もし、自分が手引きしたなどと後で知られたら…

「そうかい。きみの私に対する思いはそんなものだったのだね。」

友雅はわざと淋しげな表情を見せた。その表情に女房は胸がズキンと痛んだ。

「別にどうこうするというわけではないのだよ。ただ少し神子殿と話をするだけだ。そんなことにも協力してくれないのかい。悲しいねぇ…」

友雅は立ち上がると御簾をめくる素振りを見せた。

「お…お待ちください、友雅様!」

その声に友雅は振り返ると笑みを見せた。

「協力してくれるのかい?」

女房は大きなため息をついた。

「本当にしょうがない方ですこと。」

「ありがとう。恩に着るよ。」

そう言うと友雅は戻って来て、女房の髪を一房手に取り、それに口付けながら甘い声で囁いた。

「至福の時を今宵…」

女房の顔が一瞬にして真っ赤になり、女房はへなへなとその場にへたり込んだ…

 

 

*  *  *

 

 

あかねは誰も来ないと思って、几帳もきちんと立てず、足を投げ出してとっても無防備な格好で座ったまま一人天井を見上げていた。

 

――友雅さん、帰ったかな? ほんとごめんね、友雅さん…

 

少々後ろめたくは思うもののやはりまだ友雅に会うわけにはいかない。どうしてもあの時の様子が頭に浮かんで…

 

そんな時である。突然御簾が捲り上がるとこともあろうに今もっとも会いたくないと思っていた人物が部屋に入って来た。あまりにも急なことだったので、隅に押し遣ってあった几帳の陰に逃げ込む暇もない。あかねは一瞬その場で固まった。

 

京の習慣からいえば妻や恋人以外の女人と話をする時は御簾越しに…と言うのが常であったが、神子時代、そういうのはまだるっこしいからとあかねが言ったため、八葉の面々に限ってはいつも御簾の内に入って直接話をしていた。友雅ももちろんその中の一人である。彼らはあかねが京に残った後も別段それを咎められることもなく、未だその習慣を続けていたのだ。だから、友雅が御簾の内に入って来たからと言って決して不自然なことではない。不自然なことではないのだが…その習慣を改めなかったことをここに来てあかねは激しく後悔した。

もっとももし改めていたとしても、このように人目を避けて忍び入って来る時に友雅がそれにしたがったかどうかははなはだ疑問の残るところであるのだが…

 

「久しぶりだね。」

聞きなれた声が耳に響いた。

その途端あの時の光景がまた目の前に浮かび、あかねの顔がボッと火のついたように赤くなった。

「おやおや、まっかになって。あいかわらずかわいいねぇ。」

微笑みながら自分に向けられた友雅の視線にハッとなって自分の姿を見た。そして、今度は青くなった。あかねは慌てて座り直して、姿勢を正した。

「ふふふっ、今の格好もなかなかかわいかったのだが…本当に赤くなったり青くなったり一人で百面相をして、面白い方だ。」

いつもならここであかねからすぐに切り返しが来るところなのだが、それもない。やはりどこかいつもと様子が違う。

友雅は笑うのを止め、真剣な眼差しであかねに聞いた。

「なぜ、このところ私と会ってくれようとしなかったのかい?」

「い…いえ、そ…そんなことは別に…」

あかねは横を向いて視線をそらせながらしどろもどろに答えた。

「何か特別なわけでもあるのかな?」

 

――あります! あるけど〜 そんなこと言えるわけないよ〜(@o@)

 

「べ…別に。たまたま友雅さんが来た時偶然体調が悪かっただけで…」

「そうかい? 私にはどうも神子殿が私を避けているような気がするのだが…」

「そんなことありません。」

横を向いたままあかねは答えた。

友雅はふぅ〜とため息をついた。

 

――思いたくはないが、やっぱりあのことが…

 

「泰明殿と私は無論何でもないからね。」

「はぁ〜?」

あかねは一瞬何のことを言われたかわからなかった。だが、すぐにあの噂のことだと理解した。

「あっ…ああ、あの噂ですね。そんなことは最初からわかってます。」

 

――もう何でもいいから、早く帰ってよ〜〜〜

 

「では、なぜなんだい? 君の口から直にそのわけを聞きたいのだが…」

友雅はさすがにずっと横を向いたままのあかねが気になった。さりげなく…というのならまだしもこうも露骨な態度をとられては…さすがに…

 

そして…

 

「神子殿、こっちを…」

そう言いながら、あかねのあごに手をやって自分の方を向かせた。

 

一瞬あかねと目が合った。

 

一瞬の沈黙…

 

そして、次の瞬間…

 

「ギャ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 

ものすごい叫び声が広い邸いっぱいに響き渡った。

友雅は驚いてあかねから手を離した。

その声を聞きつけてあちこちから女房たちがあかねの部屋へわらわらと駆けつけて来た。当然神子様命の藤姫も…

「神子さま〜〜〜〜〜 いったい何が…」

そう言いかけた藤姫の目に友雅の姿が映った。

 

――まずい!

 

そう思ったが今さら隠れるわけにも行かない。

「友雅殿!? 確か神子様は今日あなた様にお会いにならないとおっしゃったはず…なぜこんなところにいらっしゃるのです?」

「そ…それはちょっと…話をしに…」

「神子様に何をしたのです!」

あかねをかばいながら責めるような目で藤姫が言った。

「別に何も…」

「何もしなくて神子様があのような悲鳴をあげるものですか! 神子様、大丈夫ですか?」

いつもならここで上手く取り繕うあかねなのだが、先ほど急に友雅の顔が目の前にあったショックとこの前のことがフラッシュバックして、一言も言葉を発することが出来ない。

藤姫はそんなあかねを抱きしめた。そして、キッと友雅を睨みつけると言い放った。

「友雅殿、あなたは当分の間、この邸へは出入り禁止です! ええっ、門から一歩でも入ろうものならすぐに頼久に切らせます!! さっさとお帰りください!」

友雅が庭に目をやると、あかねの悲鳴を聞きつけてすぐさまそこに駆けつけていたらしい頼久が刀の柄に手をかけて今にもそれを抜き放ちかねないすさまじい形相で友雅のことをジッと睨みつけていた。それに藤姫にそう言われたらここはもう引くしかない。

友雅は先ほど手引きしてくれた女房に「すまない…」と目で合図するとすごすごと邸から出て行った…

 

《後編へ続く》

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

「夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!」の番外編

です。

本編の方でその後のことについて書き漏らした方がお

一人いらっしゃるのにふと気がつきまして、彼のため

にこのような番外編を作ってしまいました()

本編も長くなりましたが、この番外編の方も少々長く

なりましたので、前後編に分けました。

とうとう左大臣邸への出入りまで禁止されてしまった

可哀そううな友雅さん。さて、この後友雅さんはいっ

たいどうするのでしょうか?

その続きはまた後編でv

 

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