夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!番外編<後編>

 

「夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!」番外編≪後編≫

またの名を「まだまだ友雅殿の受難(笑)」

 

 

友雅はもう途方にくれていた。

神子殿に会えないどころか左大臣邸出入り禁止の処分まで受けてしまうとは…

それにしても神子殿はどうしてあんなことぐらいであのように悲鳴などあげたのだろうか??

八葉と神子時代にはからかいながらよくやっていたことだし、どう思い返してみてもあの時あんなとんでもない悲鳴をあげられるようなことは特別何もしていないと思うのだが…

それに神子殿のあまりにも露骨なあの態度…それでいて怒っているかというとそういうわけではなさそうであるし…うーん、どうにも腑に落ちない。

これは絶対何かある!

あの二人に関して思い当たることと言えば、先日朱雀門のところで泰明殿に“夜の関係”について話をしたことぐらいだが、あれに関しては感謝されこそすれ、恨まれるような覚えなどない。

では、ほかに何が?

しかし、真相をつきとめようにも泰明殿は泰明殿でやはりずっと自分を避けまくっているし、いったいどうすればよいものか…

 

 

あれこれ頭の中で考えを巡らしながら大内裏を歩いていたら、いつの間にか陰陽寮の前に出ていた。

「泰明殿ならおりませんよ?」

陰陽生の一人がそう友雅に声をかけた。

 

――こんなところまで噂が広がっているのか…

 

ほとほとうんざりしながら陰陽寮の方に何気なく目をやった友雅だったが、その時、陰陽寮の中でただ一人さりげなく視線をそらした人物がいたのを友雅は見逃さなかった。

「失礼するよ。」

そう言うと友雅はずかずかと寮内に上がって行った。

そして、ある人物の前に立つと口の端にわざとらしい笑みを浮かべてその人物に声をかけた。

「何か知ってらっしゃいますね、晴明殿?」

「な…なんのことかな?」

あわてて書類に目を戻そうとした晴明の腕を友雅は強引にガシッと掴むと晴明を無理矢理立たせた。

「ここでは何でしょうから、場所を変えてお話しましょうか?」

先ほどから張り付いたように続いている笑みがすごく怖い。

「いや、私は仕事が…」

「どうせいつも熱心にやっていらっしゃらないのだから、一時ほどさぼっても同じことですよ。」

そう言うと友雅はそのままどこかへ晴明を連行して行った。

陰陽寮の面々はあっけにとられたまま徐々に小さくなって行く二人の背中をただただ見送っていた…

 

 

*  *  *

 

 

「ここならおそらく当分の間、誰も来るものはいないでしょう。」

宴の松原まで晴明をひきずって来ると友雅はやっとその手を離した。

「さあ、聞かせてもらいましょうか?」

「わ…私は何も知らぬぞ!」

なおも逃げようとする晴明を友雅がやすやすと逃がすはずがない。退路にさりげなく回り込むと優雅な仕草で扇を広げ、その行く道をふさいだ。

「どうもねぇ…“あの日”から泰明殿と神子殿の様子が少々おかしいような気がするのですよ。」

「あの日?」

「ほら、泰明殿と神子殿の婚礼の儀の一日目の夜が明けた次の朝…」

友雅はチラッと横目で晴明の方を見た。

晴明は一瞬ギクッとした。

 

――やはりね。

 

「あの朝泰明殿と偶然会いましてね、少々話をしたのですが…」

友雅は続けた。

「どうやら泰明殿は夫婦の営みについてご存知ではなかったようで、その必要性を少しばかり説いてさしあげたのですよ。晴明殿、あの後泰明殿は何かあなたに聞きに行かなかったですか?」

「さ…さあ、あの朝は泰明が邸に帰って来た時はまだ寝ていたのでね。知らないねぇ。」

晴明はまた視線をそらした。

「おかしいですねぇ?」

「何がだ?」

「泰明殿は『お師匠に聞く』と言って帰ったのですがね… あの泰明殿のことだ。もし、あなたが寝ていれば叩き起こしてでも自分の疑問をぶつけるはず…つまり…」

「つまり?」

「嘘をついてますね。(ニコッ)」

晴明の額から脂汗が滴り落ちた。

「女は嘘をつく時その目をジッと見て嘘をつくが、男は嘘をつく時必ず視線をそらす…あなたはさっきから無意識に視線をそらしてばかりだ。嬉しいですねぇ、あなたのような偉大な陰陽師でもただ人と同じだということがわかって。」

晴明は最後の手段として、懐の呪符に手をかけようとした。その手を友雅の手がやんわりと拘束した。

「往生際が悪いですな、晴明殿。私にはまだ八葉の力もそのまま残っている。あなたがそんな手段に出るなら私とて受けて立ちますよ。だが、ここでそんな争いをしたら、このあたりはただではすまされますまい。」

友雅はその手に少し力をこめた。

「賢いあなたのことだ。この大内裏内で騒ぎを起こしてはまずいことなど重々わかっていらっしゃるはず。何しろ私たちはこの京を守護すべく陰陽師と左近衛府の少将ですからね。ささっ、すっかり吐いてしまって、楽におなりなさい。」

 

晴明はもはやこれまでと大きなため息をついた。

いつもなら慎重で飄々と何でもやりすごす自分が何でこんな失態を…

泰明のこととなるとどうも自分は冷戦な判断に欠けてしまうようだ。

適当な作り話をしても友雅殿にはすべて見抜かれてしまうだろう。

ならば…

 

――話すしかあるまい…

 

晴明はもう一度大きなため息をつくと、やっとその重い口を開いた…

 

 

*  *  *

 

 

最初は余裕の表情で聞いていた友雅だったが、話を聞くうちにだんだん青ざめて来た。そして思わず叫んでしまった。

「泰明殿と神子殿が!!」

友雅は口をあんぐり開いたまま固まってしまった。

泰明殿だけならまだしも神子殿までが…

 

――泰明殿と神子殿の婚儀の二日目…と言うとあの夜か!?

何でよりによってあの夜に…

 

友雅は軽いめまいを覚えた。

あの日の友雅は泰明にいらぬことを言わねばよかったと激しく後悔していた。もし、泰明が知らずにいつまでも神子殿が清いままでいればいつか自分にも機会が訪れたかもしれぬと…

友雅だとて最終決戦の前にあかねのもとを訪れた一人だ。あかねが結果的に泰明を選んだからと言ってそうそうあきらめきれるものではない。よい兄のように振る舞いながらも心の中ではずっと密かにまだあかねを求め続けていたのだ。

そして、その晩その自分が愛するあかねが今夜こそ本当に泰明に抱かれているかもしれない…そう思うともう平常心ではいられなくて…それを忘れようといつも以上に激しい行為にのめりこんでいた気がする。女があまりの激しさに気を失った後もそれを無理矢理引き摺り起こして何度も何度も陵辱の限りを尽くし切った。女の意志などまったく無視してただ自分の欲望だけを満たすために… 抱いても抱いてもまだ泰明とあかねのことが頭に浮かび、またそれを打ち消そうと普段の自分では考えられないような行為も数多やったような気がする…

 

友雅の額から冷たい汗が一筋こぼれ落ちた。

 

――あれを見たならば神子殿のあの態度も泰明殿の態度もすべて合点が行く。

 

一人苦悩している友雅をそこに残し、そーっとその場から立ち去ろうとした晴明の腕を友雅は再びガシッと掴むと自分の方に引き寄せた。そして、晴明の胸倉を掴むと静かだがその中にものすごい怒気を含んだ声で言った。

「晴明殿、どう責任をとってもらえるのかな?」

「いや、責任と言っても…はははっ」

「私はそのおかげで神子殿に会ってもらえないどころか、左大臣邸の出入りまで禁止されたのだよ。その上、泰明殿と変な噂を立てられるし、ほとほと迷惑しているのだが。」

「それは難儀ですな〜」

「それによりにもよって神子殿にあんなところを見られるなんてねぇ…」

友雅の頬が引きつった。

「たいがいのことでは許せませんね。」

「では、どうすればよいと言うのです?」

晴明にしては少し情けない声でそう聞いた。

こんな晴明を見たのはおそらくこの友雅が初めてだろう。

陰陽師である晴明を震え上がらせるほど友雅から立ち昇る怒気はすさまじかった。

「どう?」

 

友雅はそう言われてふと考えた。いくら晴明が説明したとて、まあ噂ぐらいは沈められるだろうが、神子殿や泰明殿の感情までは容易に変えさせることは出来ぬだろう。

だが、単に噂を沈めるぐらいじゃこの怒りは収まらない。では、どうすればこの行き場のない怒りを少しでも静めることが出来るのか?

 

そんな時ふと友雅の脳裏にある一つの考えが浮かんだ。

 

――そうだ…

 

「晴明殿」

友雅は晴明にまた謎の笑みを見せた。晴明はその笑みを見ておびえた。

「まず、あのとんでもない噂を沈めてくれますね?」

 

――な…なんだ、たわいもない願いではないか。

 

晴明はホッと胸をなでおろした。

「ああ、もちろんだとも。責任をもって処理する。」

晴明はぶんぶんと頷いた。

「そして、もう一つ…」

友雅は一拍おいてから話し始めた。

晴明はその様子にゴクッと思わずつばを呑み込んだ。

「もちろん泰明殿の師である晴明殿は泰明殿の使える術はすべて使えるのですよね?」

友雅はそう聞いた。

「ああ、それは当然…」

晴明には友雅の意図するところがさっぱりわからなかった。

友雅はふふっと微笑んだ。

さらに不気味だ。

「私に泰明殿と神子殿の一夜を見せてほしいのだが…」

「!!」

 

――な、な、な、な、な、なんですと!?

 

晴明は耳を疑った。この男はいったいぜんたいなんちゅうことを言い出すのだ。

さすがの私でも決してそれだけは覗くまいと心に誓っておるというに!

 

友雅はわざとらしく目を伏せながら言った。

「私はあんな形で、あなたのおかげで、もっとも見られたくないものをあの二人に見られてしまったのだよ。それもすごい不意打ちで! これ以上の屈辱があるかい? ならばやはり同等のもので返してもらわないとね…」

晴明はもうその場から逃げ出したかった。

「これで等価交換だ。それを実現してくれたら今回のことは水に流してさしあげよう。」

友雅は晴明にさらに顔を近づけて言った。

「どうする? 晴明殿?」

ガクッと音を立てたかどうか() 晴明はその場にもろくも崩れ落ちた…

 

 

*  *  *

 

 

とある日の橘邸の一室。

「では、よろしいですか? 友雅殿」

「ああ、いつでも。」

「では、行きます…」

 

 

*  *  *

 

 

「泰明さん」

「何だ、あかね?」

「泰明さん、今、幸せ?」

「ああ、これ以上ないほど幸せだ。」

「嬉しい」

「私もだ。」

泰明は微笑むとあかねの唇に口付けた。

 

「ふむふむ、いい雰囲気になって来たなv

友雅は目を輝かせて次の展開を待った。だが…

 

泰明はあかねの唇から己の唇を離すとあかねのすぐ傍らに横になった。

「おやすみ、あかね。」

「おやすみなさい、泰明さん」

そう言うとあかねは微笑みを浮かべたまま布団代わりの着物を引き上げた。

そして二人は…一つの着物にくるまって…やがて静かに寝息を立て始めた…

 

 

*  *  *

 

 

かくして、約束は果たされた。果たされたのだが…術から戻って来た友雅は不満顔で晴明に詰め寄った。

「何かあなたが術でも使ったのかい、晴明殿?」

「いや、私は何も。」

「新婚の二人がただ同じ布団で仲良く一緒に眠っただけだなんて…いったいどういうことなんだ??」

「きっと今日は泰明も疲れていたんでしょうな。」

そらっとぼけて晴明はそう言った。

「いつ始まるかと思って私は一晩中ず〜っと二人の寝顔をただただ見つめていたのだよ!」

「まあ、神子殿のかわいい寝顔を一晩中拝めたのだからよかったじゃないか。」

「晴明殿!」

「あなたからの依頼は“泰明と神子殿の一夜”とのことだったので、約定は果たしたよ。これですべて帳消しだ。では…はははははっ」

晴明は笑い声だけ残すとその場から掻き消えるように姿を消した。

「晴明どのーーーっ!!!」

怒鳴る友雅をそこに一人残したまま…

 

 

ほどなくして泰明との噂はきれいさっぱり収まったものの左大臣邸への出入りはその後もなかなか解かれず、毎晩毎晩友雅は夜中に目を覚ますと人知れず土御門邸の方を向いてあかねに思いを馳せ、大きなため息をついていたということだ。

まあ、そうそう悲観しなくてもすべてそのうち時間が解決してくれるでしょうよ。

人生いいこと半分、悪いこと半分。

生きてりゃそのうちきっといいことがあります! きっとそう!

 

ではでは、皆さまこのへんで。

この泰明とあかねの結婚にまつわるお話はすべておしまい。

たぶんね(笑)

 

 

≪ 終わり ≫

 

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

長らくお待たせいたしました! 「すぐにアップしま

す」なんて言いながら、予定より2週間ほど遅れまし

て、やっと後編をアップいたしました(大汗)

 

今回の後編では友雅さんに押されまくってて、晴明様

がすごくらしくないですね〜、ははっ(^-^

でも、今回更新が遅れまくった原因は彼ではありませ

ん。何度手直ししても友雅さんがちっとも友雅さんら

しくならなくて、すごく時間がかかりました。(>_<)

これが対あかねちゃんだったら何もしなくてもちゃっ

ちゃっと動いてくれるのに〜 家の友雅さんはすごく

わがまま者です。

 

友雅さんのささやかな復讐(?)の思いつきはよかった

んですけどね〜 何しろその相手があの二人と晴明様

ですから(笑) 果たして友雅さんが見たものは晴明様

のお呪いだったのか? それとも現実だったのか?

それは皆さま方の想像におまかせすることにいたしま

しょう。(←またそれかい!・笑)

 

久々の長編()作品「夫婦になるには?ワン・ツー・

スリー!」一応これで完結です。ここまでおつきあい

くださった皆様方どうもありがとうございました。

もしかしたら、本編3日目の一部続き別バージョンも

そのうち書くことがあるかもしれませんが、おそらく

そちらはここにはUP出来なくなりそうです(笑)

 

万が一続きを書く機会がありましたら、また見てやっ

てくださいませ。でも、あまり期待はしないでね(笑)

 

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