夫婦になるには?ワン・ツー・スリー!<3>

 

その行為が行われている間中、二人はそれを正視したまま言葉はおろか、固まったまま身動きすることさえ出来なかった。

耳から絶えず聞こえてくる艶やかな女の喘ぎ声…

そして、目の前で繰り広げられている見知った男の見たこともない所業の数々…

それは二人がほのかに思い描いていた幻想を見事に打ち砕いた。初めて目にするその行為は決して美しいなどと呼べるような代物ではなく、もっと現実感を伴ったものとして二人の目に迫って来た。

想像していたよりも遥かに生々しいある意味グロテスクともいえるような生物としての人の男女の姿がそこにはあった…

 

二人ともすごいショックを受けた。

こ…こんなことを自分たちがしなきゃならないなんて、どうしよう!っと。

 

 

*  *  *

 

 

あかねの部屋に戻って来た二人は無言のまま離れて座っていた。

先ほど見たものが目の前にチラついて、頭が混乱しているのと恥ずかしさで互いの顔を見ることも出来ない。

 

そうこうしているうちに泰明が帰る時間になった。

「失礼する…」

辛うじてそれだけ言葉を発すると泰明は自分の邸へと帰って行った…

 

 

*  *  *

 

 

「どうだった?」

泰明が戻って来るのを待ちわびたように晴明がまた飛び出して来た。

「・・・・・」

「友雅殿の…その…なんだ…あれをちゃんと見て来たか?」

泰明は無言のまま頷いた。

 

――う〜ん、泰明にはいきなり友雅殿のではちょっと刺激が強すぎたかな?

 

「お師匠…」

泰明がとても弱々しい声で言った。

「神子と夫婦になるにはどうしてもあのような行為をしなくてはならぬのか?」

「ああ、そうだとも。」

「私には神子をとてもああいうふうに扱うことなど出来ぬ。」

真っ青な顔で泰明が言った。

 

――ああいうふうに扱う? 友雅殿はいったいどういう行為をしていたのだ?

 

晴明はまたもや少しばかり後悔した。とっさにほかに思いつかなかったとはいえ、友雅殿のところへやったのは間違いだったかもしれぬ…そんなことを思っていた時、泰明が言った。

「神子もきっとそう思ったはずだ。」

「えーーーっ!!」

これには晴明も驚いた。

「神子殿にも見せたのか?」

「ああ。神子もその行為についてよく知らぬと言ったので、二人で見に行った。」

 

――まっ…まあ、神子殿も知っておいた方がいいにはいいが、だが…

 

「お師匠、婚礼の儀を中断して、先にのばすわけには行かぬのか?」

真顔で泰明が聞いた。

「それはだめだ。やっと忙しい中、ここまで整えたのだ。もう儀式は半ばまで進んでいるのだぞ。左大臣の体面もあるし、それに何よりも中断などしたら、神子殿の名誉に傷がつく。」

「それは困る。」

「それにな、泰明、よく考えてみなさい。あの左大臣のことだ。ここで中断などしてみろ。延期どころか即この縁談は取りやめにするだろうよ。おまえと神子殿の意志とはまったく関係なくな。そうなれば、それこそおまえは二度と神子殿を妻に迎えられなくなるぞ。よいのか?」

晴明はチラッと泰明の方を見た。泰明はこれ以上ないと言うぐらい真っ青な顔をしている。晴明はそれを見て心の中で「よしよし」と頷いた。だが、そういう素振りはまったく見せず、つとめて真剣な眼差しでさらに泰明に追い討ちをかけた。

「そうだねぇ。おまえと神子殿の縁談が白紙に戻るようなことがあれば、もしかしたら、神子殿は泣く泣くほかの男と契りを結ぶことになるかもしれぬな。左大臣の手前、心やさしい神子殿は断ることも出来ず…神子殿がほかの男と…そう例えば友雅殿と昨晩見てきたような行為をしてもおまえは耐えられるのかい?」

「それは絶対に嫌だ!」

泰明は声を荒げて言った。

「お師匠…今日は陰陽寮には出仕せず、部屋に籠もってもいいだろうか? よく考えてみたい。」

「ああ、構わぬよ。そのへんは私が上手く言っておく。な〜におまえの婚儀のことは皆が知っていることゆえ、文句を言うやつは誰もいないだろうよ。」

「感謝する…」

そう言うと泰明は自分の部屋へと下がって行った…

 

――ふぅ〜、知ったら知ったでこうなるか…

 

晴明は小さくため息をついた…

 

 

*  *  *

 

 

いよいよ今日は三日目である。

あかねの鼓動は初日以上に早くなっていた。

 

――あ…あんなこと…泰明さんと私が…きゃあーーーっ!!

 

昨晩“あれ”を見てショックを受けた。確かにショックは受けたのだが、もし、あれが友雅と見知らぬ女性ではなく泰明と自分だったら…そう思うとまたあかねの思いも微妙に違って来る。恥ずかしいと思いながらもちょっぴりだけ好奇心が頭をもたげて来るのだ。

 

――泰明さんならもっとやさしく…

はっ! や〜ん、私ってばなんてこと考えてるのかしら〜〜〜(@o@)

   

時々一人パニックになりながら、頬を真っ赤にしてしばし妄想し続けていたあかねだったが、ふと不安になった。

「泰明さん、来てくれる…よね?」

泰明も自分と同じように相当ショックを受けていた。そして、帰りの挨拶以外一言も口をきかなかった。

不安になり始めるともう止まらなかった。

そう言えば、何だか昨日や一昨日よりも泰明が来るのが遅いような気がする。

そりゃあ、ああいうことが自分たちに出来るのかどうかとても不安だが、もし、この婚礼の儀が半ばで中断されたら、二度と泰明とは結婚出来なくなるだろう。というか、きっと怒りまくった左大臣や藤姫が泰明に会わせてさえくれなくなるかもしれない。それは絶対困る!

あかねはもう泣きそうになった。

 

そうこうしているうちに夜も大分更けてから、やっと泰明が姿を現した。

泰明の顔を見るなり、あかねは泣いたまま泰明に飛びついた。

「来てくれないかと思った…」

「遅れてすまない。」

泰明はしがみついて来るあかねをそっと抱きとめた。

「私ずっと不安だったの。もし、泰明さんが来てくれなかったらって。泰明さんに会えないのなんて耐えられない!」

「私もだ。だから、ここに来た。」

泰明は興奮しているあかねをとりあえず座らせた。

「あかね…」

泰明が静かに言った。

「私は今日一日考えた。もし、あかねがあの行為を厭うのならば無理にやらずともよいと。」

あかねは泰明の顔を見た。

「お師匠によるとあれは夫婦だけの秘密の行為なのだそうだ。だから、私とおまえが黙っていれば誰もわからない。」

「でも…」

「いつかおまえも私も自然にそれを望むようになるやもしれぬ。それまで待とう。」

「うん、泰明さん。」

あかねはまだ少し涙を目に溜めたまま微笑んだ。

「私は一晩中ここに座っている。おまえはそこで寝ろ。」

「でも、それじゃあ泰明さんが…」

「私は大丈夫だ。」

そんな泰明を見て小さな声であかねが言った。

「私は一緒に寝たいな…」

「神子!?」

泰明はびっくりしてあかねを見た。とっさに呼び名の方も真名ではなく、今までの呼び名がつい口をついて出てしまった。

そんな泰明を見てあかねはハッとして、慌てて首と両手をぶんぶんと大きく横に振った。

「あっ…そういうことをしたいとかじゃなくて、泰明さんの寝顔がすぐそばにあると安心出来るんです。」

あかねは真っ赤になってそう言った。

「わかった。」

泰明がうっすら微笑んだ。

 

そして、二人は三日目の夜を迎えた…

 

 

*  *  *

 

 

朝方になると泰明とあかねは銀盤の上に乗せられた三日夜の餅を二人で食べた。

そして、露顕、つまり披露宴のような儀を無事勤め、二人は晴れて世間公認の夫婦となったのである。

 

 

*  *  *

 

 

「泰明さん、私たちこれでやっと二人でいられるね。」

「ああ、そうだな…」

「次の吉日までお仕事に出なくていいんでしょ?」

「ああ。そういう慣わしだと聞いている。」

と二人で睦まじく会話を交わしている時、一羽の鳥が舞い込んで来た。

「お師匠」

泰明が不機嫌そうに立ち上がった。

「泰明、婚礼の儀は滞りなく済んだ。今度はその分溜まった仕事の山を片付ける番だ。」

「なに!?」

泰明は眉をしかめた。

「慣わしでは次の吉日まで出仕せずともよいと聞いたが?」

「泰明、陰陽師には吉日も何もあったものではない。それに吉日と言えば、今日だとてまさに吉日だ。昨日の休みは高くついたな。」

はははっと晴明の声で笑うその鳥を泰明は思わず握りつぶした。

泰明の手の中でその鳥は1枚の呪符となった。

「泰明さん、行っちゃうの?」

あかねが淋しそうに聞いた。

「ああ、仕方がない。ここで行かねばお師匠に次は何をふっかけられるかわかったものではない。」

「行っちゃうんだ。」

「案ずることはない。」

泰明は微笑んだ。

「私たちはもう夫婦になったのだ。これでいつでもおまえのもとに来ることが出来る。」

「泰明さん…」

あかねが嬉しそうに頬を赤らめた。

今夜また参る。」

泰明はそう言うとあかねの唇に軽く口付けを落とした。

「では、行って来る。」

「行ってらっしゃい。」

 

 

そして、泰明はその言葉通り仕事をぱっぱと片付けては、どんなに遅くなっても三日と言わず、六日も七日も、いや十日でも二週間でも毎日欠かさず、ずっとずっと続けてあかねのもとへと通い続けたとのことだ。

晴明も仕事がいままで以上に早く片付いて助かると先に帰る泰明を笑顔を浮かべて、見送ったと言う。もちろん師匠である晴明がそれを許しているのだから、ほかの者が文句を言えるはずはない。

だから、これで何も問題ない!

 

≪ 終わり ≫

 

Rui Kannagi『銀の月』
http://www5d.biglobe.ne.jp/~gintuki/

 

[あとがき]

私のちょっと毛色の変わった創作に最後までおつきあいくださって、ありがとう

ございます。 …いかがだったでしょうか?(ドキドキ)

もう書いているうちにどんどん長くなっちゃって気がついてみたらこんなとて

つもない長さになってました。(^-^

この作品のタイトルの“ワン・ツー・スリー”とは初心者のお勉強という意味と同

時に結婚の儀式の3日間を表していたりします。

今回これを書くにあたって平安時代の結婚式についていろいろ調べたのですが、

まあ諸説紛々ありまして… 三日夜の餅一つをとっても一日目の朝に持って来て

三日間供えるという説から毎日持って来るという説、そして三日目の朝に用意さ

れる説などほんとさまざま。さらにその食べ方の方も毎日食べるor三日目に食べ

るというオーソドックスな説から末は家人がおしかけてきて二人に食べさせると

いうとってもユニークな説までいろいろありました。そうそう食べないで四日目

に吉方に埋納するという説なんかもありましたね。

どれが正しいかなんてもちろんわかりませんから(というか当時きっといろいろ

なバリエーションがあったのでしょう)、私なりにアレンジしてそのへんは適当

に書きました。だから、結婚前の文のやりとりや婿が訪ねて来る時の脂燭の儀式

なんかもすべて省略です。本来ならば二人が床に入る時に衾覆と言って衾覆人が

衾をかけるという儀式もあったようですが、そのへんのところも話の進行上わざ

とカットしました。

 

でも、自分がよく知っている人物のああいう場面を見るっていうのはいったいど

んな気持ちがするんでしょうね? しかも覗き見だし() 同じ見るにしても、

まだ全然知らない人の方が幾分ましかも…(^^;

 

3日目の夜のその後の詳細についてはあえて何も書きませんでした。えらくあっ

さりと物足りなく感じられるかもしれませんが、申しわけありません。一応MY

設定はあるのですがここでは秘密ですv  二人はこの後いったいどのような夜を

過ごしたのでしょうか? そのあたりはその後の二人の様子を見て、皆さんの方

で勝手にいろいろ想像してください。(←なんていいかげんな…・笑)

まあいろいろありましたが、二人がちゃんと夫婦になることが出来て、めでたし

めでたし!

 

急にこのお話の番外編を書きたくなったので、近日中に書き上げてUPします。

よろしかったら、そちらの方もどうぞおつきあいくださいませ

 

2004年3月27日“16禁”指定を解除しました

 

前へ   戻る  番外編へ