ヒーターと地球温暖化


バングラディシュから来た留学生は、極度の寒がりである。普段は20℃か、21℃の設定で使っている部屋にあるヒーターの温度を、自分勝手に25℃まで上げてしまう(なぜ25℃なのかは分からない)。そのため、ちょっと気を許すと、いつの間にか部屋全体が異常に暑くなっていることがある(1)。

このヒーターには、何年も前から「温度上げるな。23℃以下」という注意書きがしてある(これは私が書いたものではない。上限が高すぎる)。バングラディシュ人が余りにも頻繁にヒーターの設定温度を上げるので、2003年3月6日(木曜日)の昼頃、これに英語を加えることにした。このとき23℃を22℃に変更し、英語では「less than 23 C (2)」と書いた(デジタル設定でメモリーが1℃ずつしか動かせないから)。地球環境を考えた場合、これは最大限の譲歩と言ってもよい(本当は、もっと下げさせたいのだが......)。政府広報では、確か「20℃以下」の暖房温度が奨励されていたと思う。

その日の夕方のこと、この書き込みを見たパキスタン人の留学生が「彼(バングラディシュ人)が寒がっているから、ヒーターの温度をもっと上げさせろ(3)」と要求してきた。「私は寒くないよ」と言うと「俺も寒いんだ」と、のたまう。私が「地球環境のことを考えたら、これ以上はダメだ」と断ると、彼は次のような論理で反論してきた。

「この部屋の(暖房の)温度を上げても、外の気温に影響はない(4)」

は〜、である。彼は「塵(ちり)も積もれば山となる」という諺(ことわざ)を知らないとみえる。世界的に地球温暖化が叫ばれる昨今(さっこん)、今時の小学生でも分かるような論理を、博士号を持つポスドクが理解できないとは、なんとも呆れて開いた口がふさがらない(5)。

私が頑として首を縦に振らないので、この件以来、バングラディシュ人は不平不満を募らせている。そして、私が部屋にいないときを見計らって、または私が帰宅した後で、こっそりとヒーターの設定温度を上げるようになってしまった(6)。

米国のイラク攻撃のように「正義はわが方にあり」などと、己の正当性を振りかざすつもりは毛頭ない。だからといって、私が間違っているとも思えない。こうして、彼の行為をとがめない人は歓迎され、また私だけが、この部屋で悪者にされていく......。

[脚注]
(1) 彼は「寒い(I feel cold)」と言いながら、部屋では長袖の薄着一枚だったり、半袖でいたりすることが多い。寒いのなら、服を多めに着れば済む話である。単に寒いだけでなく悪寒がするのなら、自宅で暖かくして、風邪を治してから大学に出て来るべきである。仕事が忙しいからといって、彼の身勝手で、周りに風邪のウイルスを巻き散らかされては迷惑である。
(2) パキスタン人もバングラディシュ人も、地球環境への意識レベルが余りにも低いので、その後、これに「Consider global environments! (A settled temperature of 20 C or less is encouraged by the Japanese Government!)」と書き加えることを余儀なくされてしまった。ところが、この注意書きがよっぽど気に食わないのか、彼らは、私への反発を更に強めている。
(3) 普段は口をきかないくせに、こんなときばかりは自分の意見を主張しようとする。私は、彼のような二面性(裏表)のある人は、大の苦手である。
(4) 暖房の温度を上げるということは、電気の無駄遣いと同様に、その分のエネルギーが余計に消費されるということである。そのとき排出される二酸化炭素が、地球温暖化の主な原因とされていることは、もはや疑いようがない事実である。だが、この論理が通用するのは、これまで開発の恩恵を受けてきた先進国の人間だけで(米国は無視するけれども......)、途上国の人間に分からせるのは至難の業なのかもしれない。
(5) このパキスタン人は、日本学術振興会(JSPS)の外国人枠ポスドクで、月給40万円の高給取りだという話である。しかし、取り立てて研究業績があるわけではないので、JSPSの採用基準が分からないでいる。しかも彼は、お昼近くに大学に出て来ると、もう夕方には帰宅してしまう。イスラム教のラマダン(断食)の月などは、日が暮れる前に帰宅し(日没と同時に食事を開始するため)、なおさら仕事にならない。
(6) このバングラディシュ人は「ヒーターが25℃という設定温度を記憶している」ということに気付かないでいる。彼の行為は、まさに「小人閑居して不善を為す」の典型と言ってもよい。その後、3月13日(木曜日)の夕方のこと、ヒーターの設定温度を、今度は彼が私の目の前で勝手に上げたので「まあ、俺の話を聴けよ」と言ってから「あなたが部屋の温度を上げ続ければ、近い将来、あなたの祖国バングラディシュは水没するんだよ」と、順を追って論理的に、英語で説明することを試みた。だが、馬耳東風と聞き流すだけならまだしも「おまえが間違っている」と、なじられてしまった。彼が言うには「この部屋の温度を上げても、地球温暖化に影響はなく、バングラディシュが水没することもない」とのことで、パキスタン人の論理と似たようなものであった。私が「あなたのような考え方をする人が多いから、二酸化炭素の排出量が増えるんだよ。あなたは、もっともっと環境のことを学ばなくてはならないね」と言うと、今度は「地球温暖化の原因は紫外線によるオゾン層の破壊で、おまえが主張する二酸化炭素の排出は、地球温暖化とは関係がない。おまえは、もっと環境のことを勉強すべきである」と、逆に怒鳴られる始末であった(身勝手な人、自己中心的な人というのは、事実をねじ曲げて、自分の都合のいいように解釈するものである)。私との議論で激高した彼は、ヒーターの設定温度をいきなり下げると、部屋を出て行ってしまった。
設定温度を確かめてみると、15℃になっていた(This is tit for tat!)。


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