羽角正人: 湿原のキタサンショウウオ. キタサンショウウオのペニスとセックス. 温根内通信(釧路湿原国立公園温根内ビジターセンターニュースレター) 45: 3, 1996年3月.
湿原のキタサンショウウオ

キタサンショウウオのペニスとセックス

 表題をみて、Hなことを想像してはいけません。これは真面目なお話です。実は、キタサンショウウオの成体の雄にはペニスがあります(学術的には生殖結節といいます。これは小さな突起状のもので、頭尾方向に長い総排出腔開口部の前端部分にみられます)。サンショウウオにペニスがあると聞いて「おや」と思った方が多いでしょう。そう、その通りです。キタサンショウウオは体外受精をする動物ですから、ペニスは必要ないはずです。でも、あるんです。しかも、繁殖の時期(釧路湿原では4月中旬頃〜5月上旬頃)だけに......。
 新潟市近郊の海岸丘陵地帯に生息するクロサンショウウオの個体群では、2月から3月にかけてが繁殖の時期です。このとき成体の雄のペニスは、一年を通して一番大きく(2mm程度に)なります。繁殖期が終了して池を後にした雄のペニスは段々と小さくなり、5月には消失します。この状態が7月まで続いて、8月になると、またペニスが発達してきます。これは雄性ホルモンの作用によるもので、まさしく成体の雄の特徴と言えます。非繁殖期のクロサンショウウオでは、外観から雌雄の区別を付けるのが難しいのですが、このペニスを目安にすることで、セックスチェックが可能になります(但し5〜7月を除いて)。
 私は昨年の5月から10月まで、大楽毛(おたのしけ)の湿原で陸上にいるキタサンショウウオの捕獲をおこないました。残念なことに、雌雄の区別が付かない個体が多く困りました。なぜなら、期待していた雄のペニスが、10月になっても発達しなかったからです。一方、9月以降の雌では、発達し始めた卵管子宮部の肌色が、下腹部の皮膚から透けて見えるようになります。でも、これで区別できるのは成体の雌だけで、成体の雄と亜成体の雌雄は(もちろん幼体の雌雄も)外観からは区別できません。完全にお手上げかと思われましたが、成体の雄の特徴らしきものが、10月に捕獲した個体にみられました。それは喉元にありました。この部分がパッチ状に白っぽく変化しています。体の大きさから判断して成体と考えられる個体の中で、卵管子宮部の肌色が確認できないものすべてに、喉元の白パッチがみられました。このパッチには、恐らく雄性ホルモンが関係していると思われます。が、そうすると、非繁殖期のキタサンショウウオではペニスの発達がみられないという事実と合わなくなります。これには「喉元とペニスとではホルモンの受容体が違うから」という説明が、もっともらしく聞こえます。この説明の当否と共に、サンショウウオにペニスがみられる理由を、さあ、皆さんも考えてみて下さい。

羽角正人(はすみまさと=新潟大学理学部生物学教室)


*この号の内容に重大な事実誤認があり、お詫びして訂正する所存である(キタサンショウウオにペニスはなかった)。また、9月に捕獲した、成体の雌以外の個体の多くで「throat, translucent white?」という記述は野帳にあったのだが(パッチ状にはなっていない)、原稿を書き上げた時点では、それが成体の雄の特徴だと確信するまでには至らなかった。
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