有尾両生類(サンショウウオ類)の「全般」に関する質問(4)

>クロサンショウウオ発生初期の四肢先端部にみられる「趾間膜(IM: interdigital membrane)」について調べています。渓流性のハコネサンショウウオやヒダサンショウウオに、IMは観察されません。この器官は、魚類にみられる痕跡器官としての胸鰭や、尻鰭の名残(なごり)なのでしょうか? (2003年12月13日)

クロサンショウウオの「趾間膜」というのは、後期発生の一時期、四肢の先端部にみられる「趾間突起」のことですよね(違ったら、ごめんなさい)。これは別の意味で、私の知り合いが興味を持っています。つまり「これはオタマジャクシで尾が吸収される現象(プログラムされた細胞死「アポトーシス(apoptosis)」)と同じなのではないか?」ということです。魚類との関係は分かりませんが、趾間突起は止水性のアカハライモリでも観察されません。このことが「孵化幼生の流水環境への適応という観点で、流水性のハコネサンショウウオやヒダサンショウウオで趾間突起が観察されないことと、どう関わってくるのか?」に、謎を解く鍵が隠されているようです。


>IMとは、静水産卵型のヒノビウス幼生にみられる突起状の部位を指しています。この部位がアポトーシスによって消失し、やがて趾が形成されます。私の米国の共同研究者は、トリポッドリムという考えを伝えてきました。「テトラポッドリムが形成される以前に、有尾両生類はIMを用いて3点確保をおこなっていたのではないか?」と考えたようです。 (2003年12月13日)

日本では碓井益雄さんの時代から、ずっと「趾間突起」という言葉が使われているのですが、英語では「趾間膜(interdigital membrane)」なのですね。さて「サンショウウオ科の止水性の種では『tetrapod limbs』が形成される以前の3点確保のために趾間突起を用いる」という「tripod limbs」の考え方ですが、これは有尾両生類の進化に逆行しませんか? 進化の過程で彼らは、指趾が少なくなる(3から4へではなく、5から4へ)という派生形質を生じさせたのではないのでしょうか?

(追記): これは2003年2月11日付の回答である。この「tripod limbs」の考え方は特殊なので、アイデアの盗用を恐れてFAQへの掲載を控えていたのだが、ロシアで今夏おこなわれた爬虫両棲類学関連の某国際学会で当事者の講演があり、発表内容のプロシーディングへの掲載が既に決まっているので、ここに晴れて掲載する次第である。


>来年度は「ハコネサンショウウオの繁殖行動の研究をおこないたい」と考えています。ハコネサンショウウオの繁殖地域の確認と、繁殖の様子を観察することを目的としています。「ハコネサンショウウオは研究がほとんどなされておらず、繁殖地域が数カ所しか確認されていない」と聞きました(産卵が岩の裏などであることが原因だと思いますが......)。観察が大変難しいようなので「研究をする前に注意事項を伺っておこう」と考えました。どのような点に注意し、観察をおこなえばよいでしょうか? (2003年12月13日)

はっきり言って、これは無謀な挑戦です。ハコネサンショウウオの繁殖行動を野外で観察するのは、至難の業でしょう。なぜなら、○○さんもご存知のように、彼らの繁殖は渓流の岩盤の裏や、礫層の奥などでおこなわれるからです。20年ほど前に、秋田さんたちが発見したハコネサンショウウオの産卵場所は「湧水が流れる地下の内奥部で、幅約40cmの湧水口から70cmほど内側に入った狭い隙間」で、その「表土は厚さ40cmで、下には直径数cm〜30cmの石の重なり合う礫層があり、その石の隙間を縫って木の根が縦横に走っている」状態で(秋田, 1983)、卵嚢が発見されるだけでもニュースになります。私の感覚では、幼生が生息する渓流の源流部を掘ってみて、卵嚢が発見されただけでも御の字ですね。ハコネサンショウウオの繁殖行動を野外で観察するのは、夢のまた夢といったところでしょう。
・秋田喜憲. 1983. ハコネサンショウウオの冬季産卵. 両生爬虫類研究会誌 26: 1-6.


>富山県高岡龍谷高校理科部の研究で「クロサンショウウオの性成熟には3年かかる」という報告を聞きましたが、それには疑問があります。現在までの飼育実験で、飼育環境が富栄養であるか貧栄養であるかによって、成長速度には差が生じ、変態時期にも影響を及ばすことが分かっています。サンショウウオの成長は、時間よりも栄養状態を重視するべきではないでしょうか? (2003年12月13日)

その通りです。一般に有尾両生類の性成熟は、野外で生育するよりも、飼育下でのほうが格段に速まります。これは、自然界の餌条件が厳しいからに他ありません。どのような研究がなされているのか知りませんが、飼育下で成長した個体が性成熟に要する年数を理由に「このサンショウウオでは、性成熟に何年かかる」と、断定すべきではないと思います。


>クロサンショウウオが、幼生期に口腔から気泡を吐き出す行為を何回も確認しております。摂食後の消化によって発生した気体を、口腔から放出しているのでしょうか? (2003年12月13日)

これは私も昔から色々な種類で、よく観察する行動です。幼生は、口腔に空気を含んで水表面近くに浮かんでいることが多いと思われますが、私は「幼生が水に潜るときに口腔から空気を吐き出している」のだとばかり思っておりました。○○さんの質問にある、いわゆるゲップをしている可能性は「なきにしもあらず」といったところでしょうか......。


>先の質問の「幼生期に口腔から放出する気泡」に関してですが、お答えを見る限り、まだ研究がなされていない印象を受けます。未知の研究であれば是非、研究対象としたいのですが、現状を教えてください。 (2003年12月13日)

「現状」と言われても、おそらく「それほど関心を持っているプロフェッショナルな研究者がいない」ということでしょう。この現象を不思議に感じているのは、普段から水槽で幼生を飼い、飽きることなく幼生の行動を見つめているアマチュアが、ほとんどだと思います(かつての私のような?)。幼生の口腔から放出される気泡の研究がなされていないのは、私が知らないだけかもしれませんが、それに「研究対象になり得るだけの魅力がないから」ではないでしょうか?


>昨年より夏季のハコネサンショウウオの水場への集結に興味を持ち、今年も現地調査に行って参りました。同封の写真で示すように、今年は後肢の大きな個体と、細くなっている個体の2つのタイプが判別できました。これは、水生型とみてよいでしょうか? (2003年11月8日)

2003年8月3日に撮影された写真をみる限り、後肢の大きな個体というのは、ハコネサンショウウオのオスで間違いないと思います。後肢には、へら状の平たい膨らみの名残がありますし、趾の先端には黒爪も残っているようです。でも水生型のオスの後肢は、こんなもんじゃありません。もっと、それこそ団扇(うちわ)みたいに肥大します。それに体の線が細く、尾も鰭(ひれ)状にはなっていないようですから、水生型というよりは、水生型から陸生型への移行期に相当するオスだと思われます。

先の回答では「水分補給のための夏場の水浴び」と「繁殖期」の2つの可能性を示唆しましたが、どうも繁殖期の終了後に、本来いる陸上の生息地へと戻る途中の個体のようです。標高が約1800mと高いため、繁殖期が7月一杯まで続いていて、個体が大量に観察されている渓流の岩場が、繁殖と分散の移動ルートになっているのでしょう。

ここで興味を引くのは、多数の個体が日中に観察されていることです。サンショウウオは一般に夜行性と言われており、私が調べたキタサンショウウオでも、繁殖のための移動を4〜5月の真夜中におこなうことが分かっています。これは「アンビストーマ型(Ambystoma-type)」と呼ばれる様式ですが、北米産の「ブチイモリ(Notophthalmus viridescens)」やプレトドン科のサンショウウオの一種(Eurycea quadridigitata)では「夜中と日中の活動が等しい」とする報告があります(Semlitsch and Pechmann, 1985)。もし、このことがハコネサンショウウオで証明されれば、かなり面白い事象になると思います。
・Semlitsch, R. D., and J. H. K. Pechmann. 1985. Diel pattern of migratory activity for several species of pond-breeding salamanders. Copeia 1985: 86-91.


>サンショウウオの脂肪体のことで、お尋ねします。脂肪体が冬眠のためのエネルギーとして使われないのだとすれば、脂肪体の役割って何なのでしょうね? (2003年11月8日)

サンショウウオでは、脂肪体の役割に注目しておこなわれた実験は、ほとんどありません。唯一、私が知っているのは、北米産のブチイモリに関する古い文献だけです(Notophthalmus viridescens: Adams and Rae, 1929)。
・Adams, A. E., and E. E. Rae. 1929. An experimental study of the fat-bodies in Triturus (Diemictylus) viridescens. Anatomical Record 41:181-203.

ご存知のように、サンショウウオの脂肪体は、生殖腺(精巣や卵巣)の頭尾軸に沿って、それらの内側に付いています。この文献で示されているのは「脂肪体を除去したブチイモリのオスでは、その精巣内に、コントロールよりも成熟した精子を含むシストの数が少ない」という結果です。これは、脂肪体のエネルギーが、何らかの方法で「精子変態(spermiogenesis)」に利用されていることを示唆します。

クロサンショウウオのオスでは、7月から9月に掛けて脂肪体重量が急激に減少します(Hasumi et al., 1990)。このとき精巣内では、まさに精子変態が進行している最中です。脂肪体除去実験はおこなわれていませんが「サンショウウオでは、脂肪体と精子変態との関わりは深い」と考えられます。

その一方で、メスの脂肪体の役割ははっきりしません。クロサンショウウオのメスでは、8月から11月に掛けて脂肪体重量が急激に減少します(Hasumi, 1996)。8月は、卵巣内の卵母細胞に、卵の栄養素である卵黄顆粒の蓄積が開始される時期です。おそらく何らかの方法で、これに脂肪体のエネルギーが利用されているのでしょうが、確かなところは分かりません。

ちなみにクロサンショウウオの周年変化の中で、ピーク時の8月のメスの脂肪体は、同じくピーク時の7月のオスの脂肪体の約3倍の重さがあります。このような脂肪体の雌雄差に関しては、Amphiuma meansでの報告があります(Rose, 1967)。
・Rose, F. L. 1967. Seasonal changes in lipid levels of the salamander Amphiuma means. Copeia 1967:662-666.


>エゾサンショウウオやクロサンショウウオでは「繁殖期に雨が降ると、山から下りてきて池に入り、その翌日に産卵する」と考えられているようですが、これについてのご意見をお聞かせ願えませんか? (2003年10月3日)

それは、完全な思い込みです。おそらく「降雨の翌日に、池に産出された卵嚢をみる機会が多い」ことから生ずる誤解だと思われます。

なぜならクロサンショウウオの繁殖期のメスは、冬眠から覚めて池に向かって移動しているときは、未排卵の状態にあるからです。未排卵のメスは、池に入った後で何らかの環境からの刺激を受け、生殖腺刺激ホルモン(ゴナドトロピン)の脳下垂体から血中への大量放出がみられます。その大量放出の後、排卵を起こし、約2日間かけて卵嚢を形成することが分かっています。

従って、繁殖期の降雨後にメスが池に入っても、その翌日に産卵することは生理的に不可能です。これは、クロサンショウウオだけでなく「サンショウウオ科の全ての種に当てはまる特徴」と思っていただいて結構です。

「メスは繁殖期に雨が降ると池に入り、その翌日に産卵する」と主張している方々は、そのメスが一度、池に入ってから陸に上がっている可能性を疑ってみる必要があるのかもしれません。なにしろ、サンショウウオを24時間ずっと監視できているわけではないのですから......。


>「サンショウウオは夏眠をする」という話を聞きますが、本当でしょうか? (2003年10月3日)

これは難しい問題ですね。確かに「夏眠(estivation)をする」と記述されている文献は存在します。カリフォルニアイモリが、好い例です(Taricha torosa: Miller and Robbins, 1954)。
・MIller, M. R., and M. E. Robbins. 1954. The reproductive cycle in Taricha torosa (Triturus torosus). Journal of Experimental Zoology 125(3): 415-446.

でも、温帯域に生息する両生類の年齢査定法として、ここ10数年で確立されてきた「骨年代学(skeletochronology)」では、指趾などの骨で毎年の冬眠時に形成される「成長停止線(LAG: lines of arrested growth)」が、樹木にみられる年輪と同様に扱われています。つまり、これらの研究では、夏眠といったものが全く想定されていないわけです。

もし「サンショウウオは夏眠をする」というのが一般的であるのならば、そのときにもLAGが形成され、これまでの研究が成立しなくなってしまいます。「サンショウウオは夏の暑い時期、土の中に潜ることはあっても、ちゃんと餌を採って、夏眠はしていない」というのが、本当のところだと思われます。

ちなみに、私がテラリウムで飼育していたクロサンショウウオの雌雄は、夏の暑い時期でも食欲が落ちるようなことはなく、夜中、地表を徘徊して餌を採るのが普通でした。また「サンショウウオは秋に食欲が旺盛になる」という話も「真実からは、ほど遠い」と思われます。


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