有尾両生類(サンショウウオ類)の「保全」に関する質問(1)

>Hasumi and Kanda (1998)では移転先の繁殖池の問題を指摘されているわけですが、周囲の環境という面では、元の生息地と移転先と大きな違いはなかったのでしょうか?

キタサンショウウオの元の生息地、及び移転先の陸生環境は誰も調べておりません。移転先は国立公園の第3種保護地域に相当し、論文にもありますが、本種が元々生息していない場所です。単純に考えれば、この場所は本種にとって不適切な環境なのかもしれません。しかし、本種が好む陸生環境を調べるのは困難ですし、かといって他の繁殖個体群が生息するような場所に移転するのも、遺伝的な撹乱が生ずる等の問題が多々あります。「本種の生息環境についての情報が何もないままに、移転がおこなわれてしまった」というのが実状のようです。典型的な、お役所仕事ですね。


>大まかな植生調査などは、その保護地域ではされていないのでしょうか?

「大まかな植生調査」は、元の生息地の釧路市北斗地区、及び移転先の安原地区でおこなわれています。「生息環境は類似している」と文献にありますが、キタサンショウウオの陸生環境としての「細かな生息地の嗜好性(microhabitat preferences)」は、誰も調べておりません。私たちの3年間の調査の最初の年(1995)に、北大の地環研にいる露崎さん(当時、新潟大)が共同研究者として参加していました。彼は植生屋さんですから、私のフィールドである釧路市大楽毛地区の植生も細かく調べてくれたのですが、結局、彼らの陸生環境を見出すことができず、1年で手を引きました。露崎さんが分析できなかったのですから、他に誰も分析できる人はいないと考え、その後は陸生環境としての細かな植生は研究の対象から外れています。


>キタサンショウウオの生息地には、不均一に色々な環境がパッチ状に存在しているのが普通でしょうから、彼らはそこそこ快適な場所を見つけて住めるのではなかろうかと考えられますよね?

そうかもしれませんが、結果は出ておりません。露崎さんが何故、キタサンショウウオの陸生環境を分析できなかったのか? その理由は簡単です。露崎さんの調査方法は、1m四方の枠(コドラート)を適当な場所に置いて、植物の被度を比較するというものです(典型的な植生屋さんの方法です)。これに対し、私がトラップ調査をおこなったキタサンショウウオは、どの季節にも、調査範囲の陸生環境全体にわたって捕獲されてしまいました(どこにでもいるという結果です)。但し、露崎さんの調査結果とは無関係ですが、調査地の湿原を大まかに「ハンノキ林(上層形成樹)」と「ホザキシモツケ―スゲ群落」に分けて解析した場合「成体オスと幼体が後者に片寄って分布する」という結果が出ています。


>「ホザキシモツケ―スゲ群落」のほうが、湿った環境でしょうか?

その通りです。私は「dry forest and wet marsh areas」と書いています。


>今回の「移転」は、どのくらいの距離でおこなわれたのですか?

両地区間の移転の距離は、仁々志別川と主要道路を挟んで約5kmです。


>この場合、移転先にキタサンショウウオは生息していなかったということですが、もし仮に5km程度はなれた繁殖地があった場合、両者は混ぜてもいいと思いますか?

私の基本的な考え方は「問題の生き物自身が『移動能力』を有している場合以外は、たった5kmでも個体群どうしを交雑させるべきではない」というものです。この場合は、道路のような人の手が加わった障害物がなくても、仁々志別川が移動の障壁になっている可能性が高いと思います。あるメーリングリストで「人の国際結婚が良くて、なぜマルハナバチは駄目なんだ?」といった意見がありましたが、どうも私には、生き物自身の移動能力を無視した意見にしか思えませんでした。「古来からの人の活動が、外来種の移入等で固有種の拡散を手助けしている」という事実があることは確かですが、それに関しては、ここで議論する気はありません。


>今回のケースに特定せずに、特に際だった地理的な障壁がない場合、サンショウウオにとって5kmというのは移動可能な距離でしょうか?

サンショウウオの移動を遮断する障害物がない限り、5kmの移動は可能だと思います。しかし、性成熟後に生まれ育った水域へと戻って来る回帰本能が、彼らに備わっていることを考慮すると「サンショウウオが本来の生息地以外に遠くへ移動し、そこで定着する可能性(分布域拡大の可能性)は極めて低い」と言えるのかもしれません。いずれにしても「サンショウウオが分布域を拡大するには、成体(または幼体)が雌雄同時に必要である」ということをお忘れなく......。


>国立公園外であっても、釧路市内であれば、開発しようとした場所にキタサンショウウオの生息地が見つかれば、開発者はなんらかの手を打たなければならないという状況ではあるわけですね?

釧路市内にあるキタサンショウウオの生息地は現在、深刻な状況です。開発しようとした地域に次々と新たな生息地が見つかって、そこに産出された卵嚢を全て安原地区の人工池に移そうとしています(私はそうは思いませんが、開発コンサルタントと称する連中(=実行者)は「成体を捕獲するのが難しいから卵嚢だけ移すのだ」と言います)。この人工池は、今や「移せ、移せ、とにかく移せ。移せば、開発できるぞ!!」という、開発の免罪符となっています。私が釧路市の保護政策を批判する根源は、この安易な移転にあります。


>移転先で必ずしもうまく定着していない可能性があるとなると、ひたすらそこへ卵嚢を持ち込まれても困りますね。

釧路市教育委員会の毎春の新聞発表は「キタサンショウウオの移転は成功し、うまく定着している」というものです。あれだけの数(成体オス66匹、成体メス150匹、卵嚢2,140対)を移転して、毎春30対前後の卵嚢しか産出されていないという現状は、とても成功と呼べるような代物ではありません。本気でそう信じているのだとしたら、おめでたい話で、それよりも情報操作や粉飾決算といった意味合いが強いのかもしれません。


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