ご存知かもしれませんが、両生類の脱皮に関しては「よくある質問(FAQ)」のコーナーで、ちょっとだけ触れています。
>(1) 両生類の場合、特に有尾両生類は、何のために脱皮をするのですか?
両生類の脱皮は、その頻度が成体よりも幼体で高いことから、昆虫などの脱皮と同様に、成長に必要だと考えられているようです。また、変態時にみられる頻繁な脱皮は、水生適応した幼生の皮膚から陸生適応した幼体の皮膚へと「作り替え」がおこなわれる過程を示すものです。これに対し、陸上で生活する個体が性成熟し、繁殖期が到来して水の中に入るとき、皮膚では陸生型から水生型への逆の作り替えがおこなわれますので、そのときも頻繁に脱皮がみられます。いずれにも甲状腺ホルモンとプロラクチン、更には副腎皮質ホルモンが関係していると考えられています。
>(2) 脱皮をすることで、どのようなメリットがあるのですか?
これは(1)との関連になりますが「脱皮をして皮膚の作り替えをおこなうことで、水生・陸生といった外部環境への適応が可能になる」というメリットがあります。これ以外にも「脱皮をして傷ついた表皮を捨て、皮膚を新生・角質化することで、皮膚そのものが受けるダメージを軽減することが可能になり、皮膚呼吸もスムーズにおこなわれる」というメリットがあります。
>(3) 両生類の脱皮に関する研究は、どのような現状ですか?
両生類の皮膚に関する研究は、例えば、繁殖中の役割などに焦点を当てたものが数多く知られていますが、脱皮そのものを取り扱った研究は、無尾両生類に関するものがほとんどです。日本では、アズマヒキガエルの脱皮を9年間、観察した報告があります(Tanaka, 1995)。有尾両生類に関しては、脱皮を取り扱った研究は数えるほどしかないと思います。クロサンショウウオでは、脱皮を促進する要因について報告した文献があります。また、北米産のブチイモリでは、脱皮とホルモンとの関係を述べた文献があります(Dent et al., 1973)。
・Tanaka, T. 1995. Long-term observations on the molting of a Japanese toad, Bufo japonicus formosus. Japanese Journal of Herpetology 16: 7-11.
・Dent, J. N., L. A. Eng, and M. S. Forbes. 1973. Relations of prolactin and thyroid hormone to molting, skin texture, and cutaneous secretion in the red-spotted newt. Journal of Experimental Zoology 184: 369-382.
>(4) 脱皮の研究を今後したいので、有効な参考文献を教えてください。
適切な日本語の文献に関しては、あいにく不案内ですが、○○さんが米国生まれということですので、以下の英語の総説を紹介します。
・Fox, H. 1986. The skin of Amphibia. Epidermis. In: J. Bereiter-Hahn, A. G. Matoltsy, and K. S. Richards (eds.), Biology of the Integument, Vol. 2, Vertebrates, pp. 78-110. Springer-Verlag, Berlin, Germany.
・Houck, L. D., and D. M. Sever. 1994. Role of the skin in reproduction and behaviour. In: H. Heatwole and G. T. Barthalmus (eds.), Amphibian Biology, Vol. 1, The Integument, pp. 351-381. Surrey Beatty and Sons, Chipping Norton, New South Wales, Australia.
>(5) 脱皮の研究をする上で、注意することは何ですか?
「傷ついた表皮を脱いで皮膚を新生すること(脱皮)で、皮膚の表層に分布する毛細血管を通したガス交換(皮膚呼吸)がスムーズになる」ということです。その意味では「皮膚の浸透性が高まる」と考えても、間違いではないでしょう。
実は、先のメールで「皮膚の浸透性」という用語の使い方に疑問を持ったのですが、一概に「間違い」とも言い切れませんでしたので、あのような回答になりました。一般に水の中にいる動物の場合、サンショウウオで言うと幼生と繁殖期の成体になりますが、皮膚に関しては「水の透過性」の問題になります。水中では、様々なホルモンを駆使して、皮膚の水透過性を減少させることで、体内への水の侵入を防ぎます。これが陸の上にいる動物の場合、逆に、体内から水が外に出て行かないようにするわけです。ここで「皮膚の浸透性」と言ったとき、いったい何が、皮膚に浸透することになるのでしょう?
「酸素や二酸化炭素といった気体に関しては、浸透性という用語そのものが存在しない」ということです。似たような「浸透調節(osmoregulation)」という用語はありますが、これは先の回答でも述べたように、液体による「皮膚の水透過性(skin permeability)」の問題を示すもので、例えば、淡水域と海水域を移動する回遊魚の「浸透適応(osmotic adaptation)」などが有名です。仮に「浸透性」という用語があったとしても、あくまで「浸透圧(osmotic pressure)」との関係で使用されなければなりません。
従って、前述の○○さんの考え方自体は正しいと思いますが「両生類の皮膚呼吸を、訳の分からない『浸透性』という造語で簡単に片付けてしまわないで、より適切な説明を試みるべきだろう」ということです。
陸上でおこなわれる、成長やスムーズな皮膚呼吸のための脱皮と異なり「幼生から幼体への変態時にも、成体の繁殖期にも、脱皮にはホルモンが深く関与している」という点では「これら二つの現象は同じ」と考えても差し支えないでしょう(ホルモンの関わり方が違うだけです)。変態時の脱皮は、特にサンショウウオ観察の初心者には目に付きやすい現象ですから、興味を抱くのは結構ですが、全体を見渡すだけの広い視野を持って、この現象を考えてみる必要があります。
繁殖期にみられる成体の脱皮には、二通りあります。ひとつは先の回答で示したような、皮膚呼吸で水中の溶存酸素を効率よく取り込むための頻繁な脱皮です。もうひとつは、繁殖期が終了し、水中から陸上へと移行するときに起こる脱皮です。変態時の脱皮との比較のためには、本当は、こちらのほうを取り上げるべきだったのでしょうが「脱皮に主眼が置かれている研究はなかった」と理解しておりますので、先の回答では敢えて触れませんでした。繁殖期の両生類の皮膚の変化に関しては「水透過性の減少や粘液層の形成といった現象に、どのようにホルモンが関与するのか?」という研究が、多数なされています。
クロサンショウウオの(佐渡側に対する)本土側のサンプリングポイントということですが、私のフィールドである弥彦・角田山系岩室村の個体群(標高180m)は、現在でも毎春2〜3月頃に700〜800対の卵嚢が産出され、かなりの数を採集しても大丈夫な場所です。ただ、よく分からないのは「DNA解析を成体でおこなう必要があるのか?」ということです。7月初旬の今の時期、海岸丘陵地帯で成体を採集するのが容易でないことは、ご存知ですよね。もし成体が必要でしたら(卵嚢も?)、標高の高い山岳地帯は、7月初旬が繁殖期になります(標高2,010mの妙高山黒沢池とか......)。幼生でしたら、岩室村間瀬の石切場跡の個体群が採集可能だと思います。
私は佐渡のクロサンショウウオの産卵場所に関しては詳しくないのですが、両津市金北山カキツバタ池(標高1,020m)、相川町金北山アヤメ池(標高990m)、相川町タダラ峰ドンデン池(標高860m)が有名で、それぞれ繁殖期が5月下旬のようです。7月初旬でしたら、幼生は採集できると思います(卵嚢も?)。また、佐和田町大平高原乙和池(標高560m)も有名なようです。
カキツバタ池、アヤメ池、ドンデン池は「佐渡弥彦米山国定公園第2種特別地域」に指定されているようですが、このレベルの保護区域は、クロサンショウウオが指定種でもない限り、確か自治体の許可は必要なかったと思います。でも、詳しいことは分かりませんので、そちらで調べてみて下さい。
一般に、池で生育するサンショウウオ幼生の総個体数を推定する方法は、ご質問にもありますように、標識再捕獲法しかないと思います。しかしながら、孵化したばかりの小さな幼生に標識する場合、現行の指切り法や、PITタグを体内に埋め込む方法では限界があります。それに、幼生の指趾は容易に再生しますから、指切り法で標識した個体を特定するのは困難になります。
こういった問題を解決するために、近年、使用されているのが「アクリル系色素注入法(acrylic polymer injection)」です。これは、色の異なったアクリル系の絵の具を注射器で幼生の皮下に注入し、いわゆる「入れ墨」を書いて個体識別をする方法です。これですと、半永久的な標識が可能になりますから、是非、試してみて下さい。
また「池によって捕獲を変える」という意味が把握できないのですが、これは「小さな池は全個体数の捕獲を、大きな池は標識再捕獲法を試みて、総個体数の推定をおこなう」ということでしょうか? もしそうでしたら、個体群間でデータの採取方法が違っているわけですから、総個体数を比較するのには無理があると思います。学術論文を書くことを考えると、同一の研究手法を用いることをお勧めします。
皮下への色素の注入の件ですが、エゾサンショウウオの孵化したばかりの幼生では、小さすぎて難しいかもしれません。「一番小さい注射針で可能かどうか?」といったところでしょう。ただ、この計画書を読むと「5mm目のタモ網を用いて捕獲する」とあります。私は、最初の○○さんの質問に対して「標識する個体は、なぜ孵化したばかりの幼生なのか?」という疑問を抱いていたのですが、この網に掛かってくる大きさの幼生であれば皮下への色素の注入は、充分に可能だと思います。
また、たぶん「日本では誰も試した人がいない」と思いますが、下記文献には「頭胴長18.1〜28.4mmの幼生には『Visible Implant Fluorescent Elastomer (VIE) tags』が有効」とあります。これがどういうものなのか、まだ私は理解していないのですが、かなり小さい幼生でも標識は可能なようです。宜しかったら、試してみて下さい。
・Marold, M. R. 2001. Evaluating visual implant elastomer polymer for marking small, stream-dwelling salamanders. Herpetological Review 32(2): 91-92.
To my knowledge, Iwao (1989) only showed the rapid block to polyspermy, as the egg of H. nebulosus produced a fertilization potential two minutes after insemination. This differs substantially from the existence of fertilizability of eggs after exposing to water for a long time (Hasumi et al., 1993). If it is still problematic to you, I am very sorry to say that for insemination, Iwao (1989) used each of partially dejellied eggs, whereas Hasumi et al. (1993) used an egg sac per se including jellied eggs.
・Iwao, Y. 1989. An electrically mediated block to polyspermy in the primitive urodele Hynobius nebulosus and phylogenetic comparison with other amphibians. Developmental Biology 134: 438-445.