有尾両生類(サンショウウオ類)の「研究」に関する質問(4)

>先生に以前お尋ねした指切り法についてですが、サンショウウオの指を切るのに、どのような刃物を使用するのでしょうか? 外科用のメスなんかを使うのでしょうか? (2005年4月2日)

サンショウウオの趾切りに最適なのは、眼科用のハサミです。私が愛用しているのは、高砂医科工業株式会社の製品です。これは、ピンセットの要領で挟むように使用するもので、切った後はバネの作用で元に戻ります。便利なものですが、約25,000円と値段が高いのがネックです。


>骨年代法では「10%の中性緩衝液にしたホルマリンにサンプルを液浸する」とのことですが(間違ってたら、ごめんなさい)、ホルマリンに何を足せば、中性緩衝ホルマリンになるのでしょうか? また、このホルマリンでは、どのくらいの期間、骨年代法に耐えるサンプルが保存できるのでしょうか? (2005年4月2日)

「液浸」というよりは「固定」するわけですが、10%中性緩衝ホルマリン溶液の作り方は、組織標本の作り方について書かれたたいていの本には載っています。でも、調べるのは大変でしょうから、参考までに作り方を書いておきます。

10%中性緩衝ホルマリン溶液(200ml)を作るには、(1)〜(4)を順に混ぜて行き、完全に溶かしてから使用します。液量は、固定するサンプルの50倍以上あれば充分とされています。
(1) ホルマリン原液: 20ml
(2) 蒸留水: 180ml
(3) 第1燐酸ナトリウム: 0.8g(2水塩の場合は、0.88g)
(4) 無水第2燐酸ナトリウム: 1.3g(12水塩の場合は、5.18g)

ホルマリンは、固定用の溶液であって保存用のものではありません。一般には、ホルマリン溶液で1〜2日ほど震盪固定してから、70%エタノール溶液に移して保存します。これですと、ほとんど半永久的に使えます。また、ホルマリン溶液で固定する時間は厳密なものではありませんので、サンプルを1週間くらい(場合によっては1年以上)入れていても、染色性が失われるようなことはありません。


>北海道にいるカスミサンショウウオ属に関する質問です。カスミサンショウウオ属の発生段階に伴う肺の発生に関する研究は、どこまで進んでいるのでしょうか? 「水温何℃、孵化後何日齢には大体このくらい肺の発達が進んでいる」とか「空気呼吸をするのに、肺が機能し始めるのは孵化後何日齢頃からである」というような基礎的な研究をご存知でしょうか? (2005年4月2日)

随分と、まどろっこしい書き方をしますね。最初から、エゾサンショウウオと書いても良さそうなもんですが......。ちなみに、現在は「カスミサンショウウオ属」ではなく、単に「サンショウウオ属」と言います。これは、2002年10月に開催された、第41回日本爬虫両棲類学会大会の年次総会での決定事項です。

サンショウウオ属に対象を限定してしまうと、もしかしたら参考に出来るような研究はないのかもしれません。最近の研究は全くの不案内ですが、戦前の文献で「ハコネサンショウウオ(ハコネサンショウウオ属)」の肺発生を調べたものがあります(工藤, 1934; 工藤・木谷, 1934; 工藤・山田, 1934)。幼生には肺が一時的に形成されるのですが、前肢の指端に黒い爪が生ずる頃には単なる細胞集塊となって消失し、結果的に成体は「肺のないサンショウウオ(lungless salamander)」となります。
・工藤得安. 1934. 実験室余禄. 1. 肺の無い山椒魚に肺の発生すること. 東京医事新誌 2869: 623-625.
・工藤得安・木谷長信. 1934. Onychodactylus japonicusノ肺ノ個体並ニ宗族発生的考察. 解剖学雑誌 7: 425-433.
・工藤得安・山田直治. 1934. 無肺両棲類ノ肺ノ発生ニ就テ. 新潟医科大学解剖学教室輯報 4: 1-18.

肺が機能し始める時期は分かりませんが、ハコネサンショウウオの幼生で肺の原基が生じるのは前肢が丸い突起状に分化する時期で、肺嚢が最大に発達するのは前肢の先端が扁平に広がった時期だそうです(その後、肺は退化し始めます)。この種で言うところの「前肢の先端が扁平に広がった時期」を、肺のあるサンショウウオ属の発生段階に当てはめると「外鰓の発達が頂点に達して総状になっている時期(ステージ47)」が適当かと思われます(その発生段階を過ぎると、外鰓は退化し始めます)。おそらく、ここら辺から、肺が機能し始めるのではないでしょうか?


>Since I have studied chemical communication systems of salamanders for last 7 years in USA, now I am trying to study the systems using Korean salamanders. As a step of the study, I am trying to make salamanders to artificially ovulate eggs following your method described in the paper, "Times required for ovulation, egg sac formation, and ventral gland secretion in the salamander Hynobius nigrescens" published in Herpetologia 52(4): 605-611. I have dissolved 550 IU hCG (Sigma, CG-10, human chorionic gonadotropin lyophilized powder) in 0.6% NaCl solution of 0.6 ml distilled water, intrapertitoneally injected, and kept them at around 10 C (their breeding temperature). I allowed them to hide under the wet paper towel. The tank also contained several leaves obtained from the field site in the water (depth about 1 cm) and also had terrestrial area. However, I could not see any evidence of ovulation or egg sac formation up to 80 hrs. So, I am now going to increase the concentration of hCG to 1000 IU and to keep them in temperature about 15 C. Could you give me any comments about my procedure? Did you keep the salamanders on land or in water after injection? Did you allow the female to contact with males? Your reply should be greatly thankful. (2005年4月2日)

What kind of species did you use for inducing ovulation? Tanks, in which gravid females receiving hCG should be kept, need not any objects other than the tap water with 2-3 cm depths (necessity of neither leaves nor terrestrial areas). An appropriate dose of hCG for the induction of ovulation is different according to caudate species. So, you must try to investigate various doses of hCG, first of all. I believe the temperature of 15 C is too high for breeding salamanders. I recommend you to settle a temperature with 10 C or less in such an experimental design. I kept the salamanders in water after the injection. This has already been described in the page 606 of Hasumi (1996), as "......and were placed in water at 8 C (the mean water temperature of the breeding season)." Each of the females alone was maintained in water without contacting with males. I guess whether ovulation was induced or not in your study depends upon a preovulatory condition of the gravid females examined. When and where did you capture the females during the breeding season? How about maturity of gametes and sex accessary structures of the females? Was there any possibility of the use of spent females?


>サンショウウオの個体群で、成体の活動状況を調査するときの留意点などを教えていただけると嬉しいです。 (2005年3月5日)

「どういう調査をおこなうか?」によると思います。一般に繁殖期であれば、産卵場所となる水域からは、たくさんの成体が捕獲できます。しかしながら、非繁殖期に陸域から成体を捕獲するのは、慣れた人でも難しいと思います。ピットフォール・トラップによる調査が確実ですが、その場合「どの範囲に、何個のトラップを仕掛けるか?」を検討する必要があります。


>サンショウウオの産卵池でモニタリングをする場合、個体群の年齢に偏りがないか、少し気掛かりです。年齢を推定するには、どのような方法があるのでしょうか? (2005年3月5日)

サンショウウオ個体群の年齢構成の推定法には、主として次の4通りの方法があります。

(1) 体の大きさの頻度分布の比較(野外での採集の繰り返しによるデータ)
(2) 標識再捕獲法(CMR method)による個体の性成熟過程の追跡
(3) 骨年代法(skeletochronology)による成長停止線(LAG)の検出
(4) 多葉精巣の葉数の比較(lobation)

(1)は「個体の成長率の変動による影響が大きく、正確性に欠ける」という評価を、(2)は「正確性は高いが、長期間の調査を必要とする」という評価を、(3)は「最も正確性が高い」という評価を受けています(Halliday and Verrell, 1988)。(4)は、イモリのオスのように「多葉精巣(multiple testis-lobes)」を持つ種に限定した方法です。従って、(2)と(3)が確実な方法です。
・Halliday, T. R., and P. A. Verrell. 1988. Body size and age in amphibians and reptiles. Journal of Herpetology 22: 253-265.


>サンショウウオの指を切って、成長停止線(LAG)を見るのは、素人には困難でしょうか? (2005年3月5日)

組織切片を作製した経験がある人なら、設備があれば簡単に出来ます。設備は、実体顕微鏡、パラフィン・オーブン、ミクロトーム、パラフィン伸展機、光学顕微鏡が最低でも必要です。パラフィン切片を作製する代わりに、クリオスタットで凍結切片を作製する方法があります(戻る)。


>骨年代法の組織標本ですが、染色は必用ですか? また、標本にする場合、何処の指が適当なんでしょうか? (2005年3月5日)

骨年代法の組織標本は、一般にヘマトキシリン染色をおこないます。染色法の詳しい説明は、私のホームページをご覧下さい。また、固定する指趾は何処でも構いませんが、私は左右どちらかの後肢第3趾を推奨します。理由は、4趾性のサンショウウオの趾骨式が、第1趾から順に「2232」だからです(5趾性の場合は、22332)。但し、指切り法で除去した指趾を使用する場合は、この限りではありません。


>サンショウウオの成体メスの頭胴長や卵嚢中の卵数などから、簡易的に年齢が分からないものかと検討しておりますが、いかがでしょうか? (2005年3月5日)

一般に有尾両生類では、メスの頭胴長と一腹卵数に正の相関が認められます。骨年代法による成長停止線(LAG)の検出から、その個体群の年齢と体の大きさとの関係を示した「成長曲線」が描けるわけですが、最初に年齢の頻度分布が分かっていなければ、頭胴長や卵嚢中の卵数だけでは、この成長曲線の数式も適用できないことになります。


>釧路湿原で、キタサンショウウオの分布状況を調べている者です。新釧路川沿いの個体群では、魚類の捕食圧によって産卵域・非産卵域が形成された可能性が高いことが分かりました。川の氾濫による水位変動と、魚類の侵入・定着との関わりを検討している最中です。そこでお尋ねしますが、このような可能性を示唆するデータが何かございませんでしょうか? また、羽角先生が調査された大楽毛の湿原に、魚類はおりましたでしょうか? (2005年3月5日)

モンゴル・ダルハディン湿地に生息するキタサンショウウオでも、○○さんたちの調査結果と同様の可能性を示唆するデータが得られております。湿地内に点在する11ケ所の三日月湖にナイロンメッシュトラップを仕掛け、魚類が生息しない3ケ所の三日月湖から変態間際の幼生が捕獲されました(Hasumi et al., 2005)。また、大楽毛湿原に魚類は生息しておりません。というより、魚類が生息するような水域で、両生類は繁殖できないのが普通です。


>釧路湿原で、キタサンショウウオの卵嚢を2003年までは全域で600対ほど確認しておりますが、2004年は800対と増加しました。これは、どう解釈するのがいいんでしょうか?

(1) 産卵には年変動があり、栄養状態などによって産卵に参加しない成体のメスがいる?
(2) 調査範囲で、キタサンショウウオが増加している?
(3) 上陸率に年変動があり、2004年は、上陸率が高かった年の個体が成熟した?
(4) 2004年は暖冬であったため、通常より冬眠に失敗する個体が少なかった?

等々を考えておりますが、専門家の目から見たご意見をお聞かせ下さい。 (2005年3月5日)

まず、調査範囲の全域で何ケ所の繁殖水域があるのかを明らかにして下さい。「特定の繁殖水域で卵嚢対数の増加が見られるのか、それとも全体として均一に増加しているのか?」によって、解釈の仕方が変わって来ると思います。

(1) キタサンショウウオでは、卵巣の発育が悪く、翌年の産卵に参加できないメスがいることは確かです。産卵数(卵嚢対数)に年変動があることも確かですが、大楽毛の湿原では、1995〜1997年の産卵数は、ほぼ同じでした(Hasumi and Kanda, 1998)。
(2) 卵嚢対数の増加は、その年に繁殖可能なメスの増加を意味します。従って、この解釈は、他の解釈とだぶるものです。
(3) 上陸率というよりは「幼生の生存率(egg survival)」の問題ですね。これには、ご推察通り、年変動が存在します。大楽毛の湿原では、1995〜1997年の産卵数が同じにも関わらず、変態上陸後の幼体の捕獲率が、年によって極端に違いました(Hasumi and Kanda, unpublished data)。
(4) キタサンショウウオは、寒冷地に適応した両生類として知られており「氷に閉じ込められた状態でも生存が可能」とされています(文献が出て来ませんが......)。従って、冬眠に失敗する個体は余り考えられず、暖冬の影響は少ないだろうと推察されます。

(1)と(3)の可能性が高いと思われますが、実際に○○さんたちが調べているわけではありませんから、いずれにしても、これらの解釈は推測の域を出ない代物です。


>釧路湿原でのキタサンショウウオの卵嚢対数の増加の件ですが、調査範囲で見ると、2ケ所で大きく増加しています。特に大きく増加が確認された場所では、2004年は100対ほど増加しています。こうしてみると、卵嚢対数が増えた要因は、やはり年変動なんでしょうか? (2005年3月5日)

これは「特定の地域で卵嚢対数が増加している」ということのようですね。全体的な増加ではなさそうですので、気候の変動というよりは「何らかの原因で、その個体群の繁殖率、または生存率が高まった」と考えたほうが良さそうです。いずれにしても「卵嚢対数の年変動かどうかは、2005年の結果待ち」ということだと思います。


>私は、○○大学の卒業研究でカスミサンショウウオの遺伝的な変異を調べています。孵化直後から変態まで飼育した島根県瑞穂町の個体は全て、後肢の趾の数が4本でした。また、この個体群では、前肢の指の数が3本の個体を確認しています。3本指の個体は一部に見られるだけなのですが、他個体にかじられたというわけではないようなのです。羽角先生が調べられたトウホクサンショウウオで、3本指の個体を確認されたことはありますか? 何かご存知でしたら、教えて下さい。 (2005年1月14日)

有尾両生類の後肢に関しては、第5趾の有無という形質が、明確な分類基準とされています。そのため、退化や欠除が頻繁に生ずる後肢第5趾は、研究対象として充分な価値を持ち、昔から盛んに研究がおこなわれています。

これに対し、○○さんが疑問に思っている前肢の指に関しては、系統だった研究はおこなわれておりません。しかしながら、前肢が3本指の個体は、それほど頻度は高くないようですが、普通に見られます。私は、トウホクサンショウウオを筆頭に、キタサンショウウオ、クロサンショウウオ、ハクバサンショウウオ、ヒダサンショウウオでも確認しております。但し、先ほども言いましたように、前肢の指の変異は研究価値が低いため、記録として残してないものが殆どです。

進化の方向性として、脊椎動物の指趾は5から4へ、4から3へと退化する傾向があり、これは派生形質とされています。言うなれば、元々4本指の前肢で3本指の個体が出るのは、進化の必然でしょうね。


>「進化の方向性として、脊椎動物の指趾は5から4へ、4から3へと退化する傾向がある」とのことですが、それは「余り使わないために、不用なものは退化する」ということからなのでしょうか? (2005年1月14日)

「余り使わないから不用なものは退化」という、いわゆる「用不用説」に基づくものではなく「化石種と現生種との比較に基づく進化の方向性」を指します。

後肢に関して言えば、4趾性のサンショウウオは5趾性のサンショウウオからの派生種で「比較的、新しい時代に誕生した」と考えられています。この形質を、カスミサンショウウオ個体群間のミトコンドリアDNAの系統解析による分岐年代推定と照らし合わせれば、かなり面白いことが言えるのではないでしょうか?


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