悪沢岳−2/2

8月6日(火)
千枚小屋〜千枚岳〜悪沢〜荒川岳(中岳・前岳)〜荒川小屋(泊)

 千枚小屋はご来光は見えなかったが、朝焼けがきれいだった。昨日は気付かなかった富士山が、雲海の中にひときわ高く浮かび上がり、富士の中腹にあった雲海がオレンジ色に染まっていた。

 小屋から千枚岳を目指して登って行った。お花畑の中を登って行くと20分ほどでハイマツの稜線へ出た。すぐに荒川岳と赤石岳が見えてきた。

 荒川岳は前岳と中岳の上部が朝日に輝いていた。中岳の真ん中に三角形をした避難小屋が小さく見えた。左下には今日泊まる荒川小屋まで見えた。

 赤石岳はすっかり朝日を浴びて輝き、その左奧に聖岳が見えた。感激だ。聖が見えるなんて最高だ! しかし、その聖まではかなり遠い。今回はあの聖岳のテッペンまで行けるかと思うと嬉しくなった。

 悪沢岳は、最初に見た時は手前にある丸山と一体に見えた。しかし、だんだん登って行くとその違いが分かってきた。丸山は悪沢の手前にあるボッテリした文字通り丸い山で、女性的な山だった。


中岳と前岳→詳細

丸山(右)と悪沢(左)

赤石岳と聖岳→詳細

 更に登って行くと、悪沢と中岳、前岳が並び立って見えるようになってきた。この光景こそ私が待ち望んでいた被写体だった。ここから見る三山は、悪沢岳が余りにも立派すぎて中岳も前岳も付属の山のようにしか見えなかった。

 写真を撮りながらゆっくり登ったが、すぐに千枚岳の山頂へ着いた。
 頂上からは、荒川や赤石はもちろん塩見岳まで見えた。ここから見る塩見岳は、仙塩尾根から見た時のような豪快さはなかった。やはり塩見は北荒川岳から見るのがいい。
 塩見の奧に千丈岳、右に農鳥岳、間ノ岳、北岳、さらには甲斐駒まで見えた。


手前から悪沢、中岳、前岳

 この千枚岳の山頂からわずか10mか20mほど下った所に、めずらしい花が咲いていた。南アルプスの一部にしか咲かないという白い五輪の花で、シロバナタカネビランジという花だった。一般的にはピンクの花の方が多いようだが、私はまだ見たことがない。(タカネビランジを見たい方は、タカネビランジ紀行・鳳凰山をどうぞ!)

 丸山を下り、悪沢の登りにさしかかった所で下山者に写真を撮ってもらった。憧れの悪沢をバックにハイポーズ! 
 ここからが悪沢への登りである。黒い岩肌と緑のハイマツの中に、ほぼ真っ直ぐ付けられた道を登って行く。斜面はきついが歩きやすかった。

 そして、ついに荒川三山の主峰である悪沢岳の山頂へ立った。山頂には「悪沢岳(東岳)3141M」と書かれた標識が立っていた。その標識を5、6人のパーティーが取り囲んで、「オイ! 年賀状の写真!年賀状の写真!」と仲間に向かって叫んでいた。彼らが写真を撮るのを待って、私も写真を撮ってもらった。


ビランジ

いよいよ悪沢の登り

ついに立った悪沢の山頂

悪沢からの中岳と前岳

悪沢からの赤石岳

 山頂には10人ほどがいた。私は荒川小屋泊まりなので、ここで湯を沸かし、ゆっくりコーヒーを飲んでいた。そして、出かけようと思って立ち上がった時、地図ケースが落ちているのに気が付いた。周りにはもう誰もいなかった。拾い上げてみると中にサイフらしいものが見えた。落とし主は、地図を落としても何とかなるだろうがサイフを落とすと小屋へ泊まれない。これから2泊も3泊もするであろうに、お金がなくては困るだろう。たとえ事情を言って小屋へ泊めてもらったとしても、バスや電車は乗せてくれない。

 しかし、落とし主が中岳方面へ行ったのか、千枚の方へ下ったのか分からない。私は中を見ることにした。すると、昨夜私が泊まった千枚小屋の領収書があった。そこに「△△様」と書かれていた。
 今朝、私と同じように千枚小屋から来たということは、必ず中岳か前岳にいるはずである。そこで追いつけば彼に渡すことが出来る。私は悪沢を一気に駆け下りた。

 中岳の登りにさしかかった時、雷鳥がいた。お腹だけが白く、他はうずら色だった。私はゆっくりと雷鳥を見ていたかったが、写真を一枚撮っただけで先を急いだ。
 悪沢を振り返ると迫力があった。千枚岳からは全く迫力を感じなかったが、ここから見る悪沢は黒い岩塊と緑のハイマツの山で迫力と貫録があった。


悪沢を振り返る

ライチョウ

中岳の登り、避難小屋が見える

 中岳の避難小屋は、新しい立派な小屋だった。2、30人は泊まれそうな感じだった。玄関から覗いただけで、すぐに中岳へ向かった。

 三角点のある中岳の山頂も素通りして、少し下ると鞍部があった。ここは三伏峠へ行く道と赤石へ行く道が交差している。ここにザックが10個ほどデポしてあった。

 私もザックを置いてその上に拾った地図ケースを置いた。「悪沢で地図を拾いました。落とした人は持って行って下さい。尚、手数料として缶ビール1個分500円を頂きます」とジョークのつもりで書いたメモ紙を乗せ、風に飛ばされないように石を乗せた。

 そして、カメラだけを持って前岳まで行くと、10人ほどが大崩壊地を見下ろしていた。私は大きな声で「△△さんいますか」と声をかけると、そこに落とし主がいた。やっとホッとした。これで私も責任を果たすことが出来た。人助けが出来たようで嬉しかった。
 後になって、山小屋の缶ビールがどこも600円だったので、どうせなら600円、いや1,000円ぐらい貰えばよかったと思った。

 前岳から見る赤石岳が凄かった。ここから見ると小赤石岳と赤石岳が合体して見えるせいか恐竜の背中のように見え、それがうねりながら動いているように見えた。


前岳からの赤石岳

前岳からの塩見岳方面

 ここからは荒川小屋をめざして岩場の急斜面を下って行く。こんなに下らされると損したような気になった。更に下ると石ころがゴロゴロした道になった。

 道がなだらかになると、お花畑になった。ここは南アルプスでも有名なお花畑である(写真右)。

 しばらく花を眺めながら下り、更にダケカンバの中を下って行くと新築工事中の小屋があった。ほぼ完成しているように見えたので玄関へ向かおうとした時、近くにいた人から、「下の小屋ですよ」と教えられた。どうせならこんな立派な小屋へ泊まりたかったと思いながら下って行くと、かなりくたびれた荒川小屋があった。新しい小屋は来年(1997年)からオープンするそうだ。

 さっそくビールを買って山を見ながら飲み、ラーメンを作って食べた。

 ここからは、小赤石の大倉尾根(写真左)が谷を挟んで正面に見えた。左から右上に延びる岩稜は迫力があった。背後には今下って来た荒川前岳がそそり立っていた。見るからに急峻で、ガレた山肌だった。あんな所をよく下って来たものだと感心した。
 悪沢の方は少しガスがかかってきた。

 14時を過ぎた頃、スエちゃんが赤石岳から下って来た。さっそく2人で乾杯した。昨日から天気に恵まれ、お互いに喜びを語り合った。

 上部に少しガスがかかった大倉尾根を見上げながら、風が冷たくなるまで飲んでいた。

 赤石岳へ続く