"JA1LZ局の
 あらまし"に

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無線と実験   1950年代後半の記事DX Corner
           ざーっと目を通してください。  

アマチュア無線局
⇒JA1LZ QSO Data 1953 - 1957

QSOデータ  開局当時の交信記録はつぎのページをご覧下さい。

SWLレポート 開局当時は沢山のSWLレポートを頂きました。 レポートを送って下さった方の
           リストはつぎのページをご覧下さい。   ⇒SWL Report to JA1LZ

写真をクリックすると大型写真と
説明に変わります

フィールドデー(1960.9.4)   Photo by JA1LZ

非常通信訓練(1956)   Photo by JA1CS

市役所屋上にて(1961.8.31) Photo by JA1CS

ミーティング(1962?)  Photo by ?

川口クラブ   当時川口市、蕨市、戸田町と鳩ヶ谷町のハムやSWLで川口クラブを作りミーティング、移動運用、近くの送信所の見学、会報の発行など活発に活動しておりました。友達のLY君と私は早速クラブに入会していろいろ教わることができました。 また近くの赤羽クラブ、大浦クラブとも交流がありました。

当時の川口クラブの会報からメンバーをご紹介しますと・・・・
JA1AU JA1CG JA1CS JA1CV JA1FA JA1HC JA1HR JA1HU JA1LY JA1OB JA1PH
JA1UO JA1XM JA1ADO JA1AIL JA1AKZ JA1ASH JA1ASJ JA1AUU JA1AVH JA1AYJ
JA1BBS JA1BDD JA1BLO JA1BLX JA1BQZ JA1BTG JA1BVX JA1CDC JA1CEP JA1CFV
JA1CIC JA1COM JA1CSR JA1CXW JA1CZS JA1DCP JA1DDW JA1DGZ JA1DKJ JA1DLV
JA1DNF JA1DOJ JA1DPK JA1DZY JA1EEO JA1EFU JA1ENU JA1EZO JA1FLI JA1FLL
JA1FLO JA1FOP JA1FOZ JA1GBX JA1GCN JA1GEE JA1GJI(JA5VI/1) JA1GLM JA1GPN
JA1HHY JA1HLE JA1ICB JA1IZZ JA1JDX JA1JRP JA1JSV JA1JSZ JA1JZV JA1KAP
JA1KQN JA1KRG JA1LMC JA1LPL JA1LSX JA1LUV JA1OGI JA1PGL JA1QZR JA1RCL
JA1SOE JA1TAE JA1TIS JA8YJ JA0ABA
SWLでは荻島さん、永瀬さん、湯田平さん、岡さん等がおられました。

その当時まだ小学生だった方も今はおじさんになってご活躍のことと思いますが、また皆さんとお空でお会いしたいですね。              

開局当時使用した水晶片
FT243型
7050KHz, 7087.5KHz
金石舎製

Ham Radio JA1LZ Homepage

Rev.2007. 5. 5

開局当時のシャック
机の上は左からスピーカー、変調機、受信機(S-38)
棚の上は電源部、VFO、送信機、マイクはアイワ
壁にはJA1CV, JA3EY, JA1FA, JA1EF, K6ERI, W6BUI, HL1AA, JA1UO, JA1LYなどのQSLカードが見える

 1953年、当時私は埼玉県川口市におりまして、ラジオ少年といいますか、勉強はそっちのけで友達と
ラジオの製作に熱中しておりました。段々短波にも興味を持つようになってアマチュア無線の存在に気が
付きました。近所のOMさんを訪問していろいろ教わり、高校に入学した時友人と一緒に6月期の2アマの
国家試験を受けました。この時は400人位が受験したようです。一次は中野無線高校で無線実験、二次は
7月に神田の専修大学で電波法規でした。

 夏休みが終わる頃に免許証が送られてきて、早速局の申請をしました。設備は送信機が6AG7による
水晶発信、終段がUY-807の2ステージ、変調機もUY-807を使いました。受信機は菊水電波のS-38と
いう高周波1段中間周波1段、7球式のキットを買って貰い組み立てました。アンテナは竹竿を使った
逆L型です。 こんな設備ですが当時のお金で5万円位かかり、親のすねをかじってしまいました。Hi

 申請から一週間程して予備免許が下りました。7050と7087.5Kc、A3、空中線電力10Wでコール
サインはJA1LZ、友達はJA1LYでした。以後は試験電波発射届けを出してオンエヤすることができました。
 12月になって新設検査受けました。検査官2人がジープで来ました。このうちのお一人は郵政技官の
渡辺さん(JA1CD)でした。周波数の測定もありまして緊張しましたが無事合格となり、いよいよ正式に
オンエヤできるようになりました。

 当時の7Mc帯は入門バンドでして、電話はスポットで割り当てられ7050と7087.5Kcの2波だけでし
たのでひどい混信がありました。 しかし「軟らかい水晶」等と言ってこの周波数から少しずれて出る局が
出現して、だんだんこの間がうまってしまいました。

 私も開局早々生意気にもCQ DXなど(・・・といってもせいぜい相手はW6とかKH6ですが・・・)に熱をあ
げて、しまいには7100Kc以上にオフバンドして当局から規制の注意書とその次には黄色紙の警告書の
お目玉を頂いてしまいました。
 1959年頃には2波からバンドに開放されましたが、その後も7050の所はゴーというビートが続いてい
ましたね。同じ頃、2アマにも移行試験を受けて新2アマになり、CWもオンエヤ出来るようになりました。 

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開局のころ

無線の研究   大正時代の短波への挑戦者達

⇒アマチュア無線の夜明け