作成:2004/11

関東大震災の跡と痕を訪ねて

番号 : 横浜 Y-35

鶴見区 --- 建功寺の大震火災殃死者供養之碑 ---

  • 所在地:横浜市鶴見区馬場一丁目 建功寺の境内
  • 碑銘:大震火災殃死者供養之碑
  • 建立年月日:昭和2年9月1日
  • 建立者:裏子安衛生組相、青年同志会
  • 交通:JR横浜線「大口」から徒歩約30分(行程2.0km)
  • JR横浜線および東急東横線「菊名」から徒歩約35分(行程2.3km)
建功寺山門

写真1 建功寺縁起碑

建功寺縁起碑

徳雄山建功寺の縁起(写真1)

建功寺山門

写真2 建功寺山門

大震火災殃死者供養之碑

写真3

大震火災殃死者供養之碑


大震火災殃死者供養之碑

写真3の大震火災殃死者供養之碑

神奈川県下の大震火災と警察によると、鶴見警察署管内の項で、

部内震前の戸数9,065、人口37,288人の内死者46、負傷者538、全潰930、半壊1,274を生じた。

とあり、東海道沿線中では被害は極めて少なかったと述べています。

力武常次 「地震・津波碑探訪」によると、

当寺は、関東大震災で本堂が半壊するなどの被害を受けた。明治23年-昭和5年の間第15世住職を務めた宏道和尚は、地域の救済活動に積極的に参加するとともに、本堂などの修復に力を尽くした。このことは後述の供養塔*が境内に建立されることとなった理由であるといわれている。

とある。

後述の供養塔*=大震火災殃死者供養塔のこと