映写室 in 映画館

第一部   (第二部はこちら) 


上映作品

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フォロー・ミー

卒業

アメリカン・グラフィティ

マトリックス

クレーマ・クレーマー

エデンの東

サウンド・オブ・ミュージック

ミッドナイト・エキスプレス

俺達に明日はない

鉄道員(ぽっぽや)

スタンド・バイ・ミー

グッド・ウィル・ハンティング

ミクロの決死圏

素晴らしきかな、人生

グース

「名もなく貧しく美しく」から「アイラブユー」へ         プライベート・ライアン        
パッチ・アダムス 少年 学校W
耳をすませば

はつ恋

八月のクリスマス

東京マリーゴールド

マイライフ・アズ・ア・ドッグ

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マイライフ・アズ・ア・ドッグ

 
 

一人の男の子がいる。
彼には、病弱の母と、兄がいて、
子どもから、男の子になっていくところです。

 

作品全体を通して随所に見られるのは、
性的なものへの様々なアプローチです。

兄の性的いたずらの相手にさせられた主人公の体験、
女友達とのつきあい、
主人公が預けられた田舎の人たちの間で繰り広げられる、
性にまつわる、明るくおかしな小話の数々。

 

いろんなことが次から次へと起こり、
少年の心は理不尽さに対する憤りで満ちていきます。
しかし、周りの人もそれぞれ、理不尽さを抱えていて、
それを少年は、ジーッと見つめます。

それら、いろんな事を受け止めながら、
いつしか少年は成長しだしていく。

あの子どもから大人になっていく時に感じた、
不条理なものへの苛立ちの中で、
人はどのように成長しているのか?

一つ一つの思いに陥ればたまらなくなるところを、
人間の幅広い情感でとらえるように話を展開していきます。

監督のまなざしは、暖かくも冷たくも無く、
ただやわらかさを感じさせます。

 

激しい感情に襲われそうになったとき、
自分一人の思いに落ち込まずに、
そ−っと静かに辺りの人を見つめてみる。
人間って、愚かでおかしいんだなって、思えたら、
さっきの激しい思いは和らいでいるのではないでしょうか。

 

 

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東京マリーゴールド

 

市川準監督
田中麗奈主演

 
 

この映画のお話は、女性が女性の為に書いた恋のお話,のようです。
間違っても男が誘い合って見に行くお話ではありません。
男性が行く時には、文字通り田中麗奈のファンという顔をして行きましょう。(^o^)

今の時代の若者の気分はこんなものなのかなぁ、という出だしで、
その雰囲気は市川監督らしさも加味されているような感じです。
でも、田中麗奈さんでなければというものがなく、
ファンとしてはガッカリ。
今までにない役柄でしたが、彼女の風貌を生かす役柄ではないと思う。

合コンから条件付で気軽に始まった恋が、女性の側から描かれています。
男性には、外国に行っている恋人がいるのですが、
その恋人が帰ってくるまでの恋のつもりでした。
(映画の題名は、一年草の名前に由来するものです)
そんな二人の時間が描かれているのですが、
私には今一、馴染めません。

自分の知らない世界だから馴染めないのではなく、
知らないなら知らないなりに説得力のある表現があってもいいのでは。

市川監督の雰囲気だけがよく出ていたような気がします。

お話の展開の仕方が、一面的というか、平面的で、
女性の側から世界が徹底して描かれるなら未だしも、
途中で、彼一人の世界が挟まって感じる違和感もありました。

田中麗奈さんのお顔を見つめながら、
その表情がいつか変わるときを待ち続けて見ます。

でも,その時は、期待していた程でもなく…。
(田中麗奈の演技が下手というのではありませんよ)
ただ、あの恋の日々に収録したビデオ作品を見返している時辺りに、
頷けるものがありましたが。

別れた彼のことを紹介するシーンは,台詞がよく聞き取れず、
ごめんなさい。m(__)m

全編を通して流れる音楽は、素敵でした。

 

麗奈の魅力一杯の映画が見たいなぁという、感想が残りました。
田中麗奈さん,もっとどんどん出てくださいね!

 

 


 

 

八月のクリスマス

 
 
町の通りにちょっと変わった雰囲気の写真屋さんがあります。
暑い夏の日差しの中を、一人の女性が飛び込んできます。
こうして出会った二人のラブストーリです。
「急いで」と言いながら、彼女は通りの向かいにある木陰で待ちます。
そこへ、写真屋さんはアイスクリームを持っていき一緒に食べます。
イライラしていないこのテンポで話が進みます。
彼女は「おじさん」と呼びますが、
写真屋の主は、まだ30代にも見える若さです。
彼女は、交通巡査で仕事の道々、彼と行き交います。
季節は、秋へと向かい、彼女はいよいよ彼に寄り添っていきます。
しかし、彼は、間もなく来るであろう己の死と向き合っているのです。
写真を撮りながらも、夜一人で寝ながらも、
友と語りながらも、昔の彼女とすれ違いながらも、死を待つ。
確実な死の足音を聞きながら、
この世を去る準備を始めました。
彼が最後に準備したのは、
彼女への手紙と、自分の遺影と、彼女のポートレート。
彼は、手紙で彼女に感謝していました。
愛は思い出に変わるけど、
彼女への愛をそのままにいくことの喜びを書いていました。
冬の日差しの中、写真屋の前にある枯れた木の傍らを彼女は去っていきます。

 

この映画には、この世の光があふれています。
雨の日でさえ明るい。
食事の用意をする手元も自然の光にさらされています。
生きている時、この世の光と共にあります。
その中で、写真を撮りながら、校庭に佇みながら、
彼の中の思い出が息づきます。
そんな彼を、彼女が元気づけて、
死の準備に立ち向かわせたように私には見受けられました。
その準備は、思い出作りではなく、死の間際までの彼の生の一部です。

この世の光の中で、
誰かへの思いを今に生きながら大切にすることの素晴らしさが、
八月のクリスマスプレゼントだと、私は受け取りました。
あなたは、この映画作品からどんなメッセージを受け取ったのでしょう?
 


 

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はつ恋

 
 
自分の恋心を素直に伝えられなかった予備校の女性が、
帰宅すると、屈託のない母が入院します。
その母が一時帰宅をした時、
思い出のオルゴールを取り出しました。
後で娘はそのオルゴールの中から、
母の若かりし日に書いて出すことのなかった手紙を見つけました。
娘は、その宛名の男性を探し出し、
母に会わせようと考え、動き始めます。
ある時その手紙を彼に見せました。
その時に彼が、一言言います。
ここからこの話は深みを増していきます。
田中麗奈さんの映画二作品目ということで、
期待に胸躍らせ、見始めました。

でも、でも、ガックリ。
彼女は引き立て役に収まってしまいました。
あの「がんばっていきまっしょい」とは、なんたる違い。

 

原田美枝子さん・平田満さんの見せ場が印象に残っています。
これは、私の歳で見たからなのでしょうか?
この夏に中学の同窓会が有り、
そこで友らの近況を聞いていると、様々でした。
もう子どもが巣立って夫妻2人っきりの人もいれば、
やっと子どもが二歳になろうかという人もいたのです。
かれらの顔を思い起こし、
不本意ながら、
自分の歳が主人公の両親達に近いことを認めずにはいられません。

 

憧れでなく、はつ恋であったものをめぐり、
母娘の対話が主軸で、それを娘の方から見た筋立てになっています。

あの時、勇気を持って、一歩前に出ていたら・・・、
というのは、誰にでもある苦い思い出でしょう。
しかし、その苦い思い出があっての、その後の人生。
それを受け入れた時、その思い出は豊かなものになるように思われます。
独り善がりで何も判らなかった自分を許し、
図らずも得た今の人生の伴侶たちとの日々を慈しむ。

 

思い通りに生きる人生、それはそれとして幸せなのでしょう。
でも、自分の思いを上回る様々な出会いや出来事を通して、
開けていく人生も悪くはない。
この世の広さを感じるでしょう?
思い通りにいかない事はあっても、
希望を抱いて明日に向かいましょう!

 

息子や娘の寝顔を見て、
やっぱり自分の恋は上手く言えないよ、
と独り言をつぶやいてしまいました。
 

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 耳をすませば

 
 

テレビで何度目かの放送があり、
またまた,見てしまいました。
ジブリの作品の中では,一番よく見ています。

自分の中学生・高校生の頃をものすごく思い出させてくれるし、
励ましや慰めも手に入ります。

 

雫が図書館のカードで、聖司の名前を目にするとき、
やはり自分もあのように前に読んだ人の名前を見てたことを思い出す。
中山美穂主演の「ラブ・レター」も,思い出しますね。

カントリーロードの歌も好きです。

自分の進路がまだ決まらない時、
まわりの友人達のひたむきさにタジタジとなった、
あの真っ白な感覚。

 

進路とは別に、
中学生の頃にはもう知っていた、
物語を書くことへの憧れ。
デュマの「巌窟王」・ヴェルヌの「地底旅行」「海底二万マイル」
ドイルの「失われた世界」等を何度も読み返したものです。
こんなに面白い,皆に読んでもらえる物語を
いつかは書いてみたいと思っていました。
実際に取り掛かる前に、その難しさは感じ取って、
物語の方は徐々にあきらめましたが、
文章を書くおもしろさには、少しづつはまっていったようです。

高校二年の夏休みに書いた宿題の作文が、
学校の雑誌に載りました。
初めて活字になった自分の文章を何度も、読み直して、
恥ずかしいような,誇らしいような気分を反芻しました。(^^ゞ

それから書きました、新聞の投書。
山陽新聞に載ったのを,いくつか取っていましたが、
いまはどこかへ・・・。

高校の同級生の中に文章を書く仲間が出来て、
お互いに競って、より大きな舞台を目指しました。
授業中にせっせとSFモノを書いて、
友達が回し読みした事もありました。
続きは次ぎの授業だ,という風に。

全国誌の週刊雑誌に投書が載った時の感動!
周りの自分を見る目が変わりましたよ。
この運は、自分にとってとても幸いしました。

それから、本を読んでも、日記を書いても、
そこにある文章が手がかりになって、
少しづつ自分を成長させる事につながっていったように思えます。
校内雑誌の編集をしてくださった学校図書館の司書先生、
あの頃では数少ない高校生の投書を取り上げてくれた新聞社の方、
そうして、週刊誌の投書の担当者の方は、
私の恩人です。

それから、月日は流れ、
インターネットの時代になると、
なんと、自分で書いた文章を自分で広く発信できる。
この魅力に逆らうこと出来ず、こうして書いています。
若い人には、この環境をもっと上手に生かして欲しい。

 

自分の拙い恋の思い出も帰ってきます。
南沙織の歌にあった、
「あの恋の始めの日を誰かここへつれてきて」
という歌詞が切ないですね。
今夏の中学の同窓会では、
私が一番好きだった人には会えませんでしたが、
又この次会いたいという希望が、すこーし毎日を支えてくれてます。

この映画での,季節感も良く出てて、
自分の思い出の中でも、
あの頃の躍動感・季節の鮮やかさが際立っています。

 

それから,書き忘れてはいけないこと。
彼ら主人公達を育てているのは、
家庭でも学校でもないことです。
子ども自身が育っていることを確認できたのが、
今回の鑑賞の収穫です。
家庭も学校も支えに過ぎません。
どちらもでしゃばると、
子どもが、切れるのでは?
(これは,自戒です。
我が家の中学生と悪戦苦闘している身としては、
ちょっと書きにくいのですが・・・)
自分の経験からいっても、今の教育制度は短く感じられ性急ですね。
この間「学校W」を見たばかりだから,こんな事書くのかしら。

 

最後に一言。
雫のスタンドの傍に、
箒に乗った魔女が吊るされてました。
最近の「bk1」の児童書ベスト10の7位に、
魔女の宅急便 その3 キキともうひとりの魔女(福音館書店)
が、入っていましたよ。

私のひとり言に耳をすませて下さってありがとう。

2000-11-12


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少年  学校W

家出をした少年は、書き置きを残します。
「冒険の旅にでます」と。
少年は、ヒッチハイクで屋久島を目指します。
その途上で、三人の運転手に出会いますが、
運転手が変わる毎に少年への接し方がだんだんに受け入れの度合いを深めていきます。
月並みな返事しかしない運転手には途中で降ろされますが、
共感してくれた運転手には、手伝いを申し出ます。
最後の運転手は、話を聞いた後,家に泊めてくれました。
その家には、引きこもった青年がいて、一夜共に過ごして、
少年は、この家族に新しい展望を開いてくれます。
少年も何かを得ました。
心のどこかでは,もう屋久島へ行かなくてもいいと思いましたが、
泊めてくださった方の厚情で、フェリーに乗り込みます。
念願かなった屋久島上陸は,雨の中でした。
縄文杉を見に行くのは、本格的な登山をしなければなりません。
用意のない少年は、一人の女性と一緒に登ります。
縄文杉を見た後、女性は更に山頂を目指しますが、
少年は山を一人で下り始めました。
散々な目に会いながらも、やっと山を下りたところで、
一人の老人に声をかけられ、世話になります。
ところが,この老人、翌朝失禁してしまい、嘆きますが、
少年は介抱手当を始めます。
その後、老人の息子がやってきました。
その息子といっても会社員なのですが、
彼の立ち居振舞いに少年は腹をたてました。
老人の尊厳について,異議申し立てを行います。
こんな事があった後、少年は帰宅しました。
学校へ通いだします。

 

この映画を見て、思い出したのは,二つ。
自分が、小学校の3、4年生の頃から高校二年まで、
毎夏の様に、一人で,岡山から福岡の筑豊へ行っていたこと。
それから、トリイ・ヘイデンの事。

まだ,新幹線も走っていない頃、早朝から夕方までかかって、
母の実家への汽車の旅をしたり、
親元を離れて,一ヶ月以上過ごした経験が,
すごい財産だったんだなあ、と納得しました。
急行列車に乗り、
向かい合わせに座った4人、時には通路を挟んだ8人の間で、
5、6時間様々なお付き合いを経験しました。
2,3度の乗り換え駅での緊張感は、一人旅ならではのもの。
ふるさとの駅に降り立ってから、一人歩く田舎道での達成感。
年毎に少しづつ自分を育ててくれた経験だったんだなあ。
それに、家族から離れて暮らす開放感と家族の有難さとを、得ていました。

トリイ・ヘイデンさんが,来日したのはもう3,4年前になりますが、
テレビで子ども達に接している彼女を見て
この人はどこかしら普通の人とは違うと,直感しました。
遅まきながら,その後で彼女の著作の事を知り、読みました。
人の話を聞き入れる,人を受け入れる事の深さを教えていただきました。

この映画で少年を受け入れた人は、
少年に何がしかのお返しをしてしまっているのですね。
少年も人に何かをして,お返しを受けた時、
少年の抱えていた問題が融け始めだしたように思えました。
屋久島の老人は、人間の尊厳に気づかせてくれたのです。
その時,少年には自分の道が見えてきたはずです。
その道がどんな道か,どんな事が待ち構えているのかはわからなくても、
これこそわが道と直感して、少年は成長しだします。

 

中学になった自分の息子の挙動を見守りながら、
どんな事がしてやれるか,ちょっと心許なくなりましたが、
傍にいて、同じ時代の空気を吸っていたいと思います。
これは、以前思っていたより難しい事です。
ともすれば,自分が辿ってきた道からしか見ていないのです。
そうではなく、
車の多い道路、人影の少ない通り、子ども達の声が聞こえてこない街角、
何を何処を見ても子供向けのものがあふれかえっている今の風景・空気を吸うと、
自分はちょっと嫌だなあと,思います。
彼もおそらく・・・。

でも,そんな中で
自分の本当の姿を見据え、
自分が本当にやりたい事を探し、
人の中で自分の居場所を作り上げる息子に,
心の中で声援を送ります。
あの頃の自分と一緒に。


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パッチ・アダムス

ロビン・ウイリアムズさんのお医者さんは、「レナードの朝」以来ですよね。
相変わらず上手いなぁと、唸ってしまいました。

まっ、それはともかく映画のテーマに、向かいましょう。
このお医者さんの患者を見る目について、思うのは二点。

 

ノーマン・カズンズの「500分の一の奇蹟」という本を昔読みました。
膠原病に侵された著者が、笑いを起点に生への軌跡を辿る実話です。
医者の確率論よりも、ひたすら自分という患者の視点で
出来るかぎりの事を実行に移して、生への帰還を果たしました。
患者が自分の気持ちの持ち方で病に向かい克服していく道のあることを説いて、
何冊か本を書かれています。

それと、我等聴覚障害者と、耳鼻科のお医者さんとの関わりです。
耳鼻科の医者は、ともかく耳の治療に目を凝らします。
聴覚に障害を持つ一人の人間に相対する意識を持っている方は、どのくらいいるのでしょうか。
「遠い声近い声」という本で、手話のできる医者の話を読みました。
聴覚障害者が直に対話のできる医者をどんなに望んでいるかが分かります。
その方は、医科大学などで、選択制でも手話の講座が設置される事を望むと、おしゃっています。

私も他のページで、いろいろお医者さんに要望を書いています。
直に直すことかなわなくても、いろいろ援助していただけること存外多いのです。

それに、人口内耳についての過度の押しつけ例を某掲示板で読んだり、
イヤバンクが、まだ全国で一県にしかない現状を見るにつけ、
ちょっと苛立ちを覚えた事が、ありました。
中には、頑張っておられるお医者さんもいらっして、言いすぎでしたら、すみません。

我が母校の内山下小学校も統廃合の流れの中で、
かって高原教授が志した固定制難聴学級の設置が維持されていくのか、どうなるのか、
まだ明確になっていないようです。
高原先生の後輩の耳鼻科の先生方、応援ください。

 

最後にもう一つ。
亡くなったカリンへの思い止みがたかったパッチに、
蝶が寄り添って生へ引き返させてくれる場面を見ると、
我々は、人を一人亡くした時、出来得るかぎりその死から学ばねばいけないのだと思いました。
私も自分の祖父母を亡くして以来、何人もの人の死に出会いました。
どれほどその人たちの生と死とを受け継いでいるのかと思うと、恥ずかしくなります。
いつもいつもその思いにいるのは、大変です。
せめて、忘却の彼方へ放り投げないよう、折にふれ思い起こすようにしたいと思います。

2000.9.10


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プライベート・ライアン

 
 

第二次世界大戦の分岐点、ノルマンディ上陸作戦の場面が冒頭にありました。
壮絶な戦闘シーンで、ただ惹きつけられ、見入るばかりでした。
この兵士の視点から捉えつづけた画面は、それだけで十分な反戦映画になっています。

思い返せば、この上陸作戦を映画「史上最大の作戦」で見たのが、
小学校4、5年生の時。
淀川長治さん程の記憶力がないので、おぼろですが、
この印象とは、かなり違います。
あちらは、あくまでも、上空から、将校の視点から見たものでした。
そういえば、音楽もミッチー・ミラー合唱団の勇壮な曲でした。
役者も、今のヒーローとは異なり、スーパーマンみたいで、
安心して見、正義は勝つのだと納得させるだけでした。

 

この上陸の後、一人の兵士を探し出す任務を与えられた8人の物語が、始まります。
この任務のような理不尽さは、いつの時代にもあります。
今なら、企業で歯軋りしている人も多いのではないでしょうか?
自分のはらわたが煮えくりかえる思いを、再体験しました。
自分を納得させる考え方を求めながら、ともかく行動を起こさねばなりません。
一人、二人と仲間が死んでいきます。
途中で、娘を預けようとする家族の印象深い一場面もありました。
そうして、目的の兵士を見つけ出すも、敵と合間見える局面に入り、
瓦礫の中で、橋を巡っての攻防が始まります。
こんな場面も、少年の頃見た覚えがありますが、
やはり印象は異なります。
この監督は、細部にわたって、あの戦争を問い直そうとしている。
そういう執念を感じました。

助け出された兵士にのしかかる精神的プレッシャーはどれほどのものであったでしょうか?
命を失った者にも、生き長らえた者にも、戦争は過酷です。
この映画を見終えて、思い起こしたのは大岡昇平さん。
あの「レイテ戦記」は、まだ読みかけたまま、挫折したままなのですが、
大岡昇平さんが「俘虜記」から書き始め、「成城だより」の途中までひたすら書きつづけた、
根本的な衝動についてあらためて思いを巡らせました。

 

戦争映画は、本当に久しぶりでした。
この監督さん、いずれベトナム戦争も手がけるのでしょうか?
ベトナム戦争も、いろいろ描かれましたが、
それらのベトナム戦争映画も問い直されて、撮り直されるのでしょう。

トム・ハンクスさんのシリアスな映画は、何本目かは知りませんが、
エイズに取り組んだ「フィラデルフィア」以来、新境地を開いた印象を得ました。

2000.9.10


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「名もなく貧しく美しく」から「アイラブユー」へ

映画「アイラブユー」をご覧になりましたか?
この作品が日本のどこかで上映されている今でも、
「名もなく貧しく美しく」を見たいと言う若い人の声に出会いました。

字幕付映画上映などについての情報が豊富で、
聴覚障害者を初め、多くの映画ファンが訪れている
「なつこのシネマルーム」というHPがあります。
http://homepage1.nifty.com/natuko-sinema/
このHPの掲示板で、そのメッセージに出会ったのです。

どちらも名作だと思います。
そして、どちらもそれぞれの時代の最先端に位置して、画期的です。
この二つの作品を通して、
私達は聴覚障害が社会に受け入れられてきた軌跡の一端を知ることが出来ると思います。

 

「名もなく貧しく美しく」は、松山善三さんの最初の監督作品です。
まだ高度経済成長の始まる前の、
それでいて日本映画がまだ最盛期であった頃に作られたこの作品について、
主演の小林桂樹さんは、次の様におしゃっています。
「駅でポンポンと肩をたたかれ、手話で「エイガアリガトウ」と言われたり、
聾唖者の人たちが外で堂々と手話を使えるようになったとか、
映画を見てボランティアにすすんで参加した人がいるとか聞きまして、
ヘドが出るほど苦労したけど、そういう意味では報われました」

対談相手の方は、
「やはり、新人にしか作れないような意欲的なものでした。
題材にしても、他の人は手をつけにくいテーマでしたね。・・・
映画作家として勇気もあったし、出来栄えも良かったです」

  「演技者」小林桂樹・草壁久四郎共著 1996 ワイズ出版 より

この映画では、字幕の台詞を観客が読む時間と合わせる為ゆっくり手話をしています。
しかし、「アイラブユー」では、
実際のろう者のタイミングと同じであるように米内山さんの指導がはいりました。
  
「プライド」米内山明宏著 より

全く知らない人への配慮から手話に工夫した作品から、
手話が広く知られて、実際の手話に即した作品への、移り変わりが、
この2作品の時代の、意識の隔たりを表わしています。

 

少し前に、「ビョンド・サイレンス」というドイツで作られた映画作品が上映されましたが、
この作品の主演を演じた俳優は、アメリカ人であり、フランス人でありました。
ドイツのろう者の厳しい現実が背後にあり、それは一部日本も同じようです。

このドイツの作品の他には、
アメリカの作品が有名ですね。「奇跡の人」「愛は静けさの中に」等。

映画「アイラブユー」は、
健聴の家族との暮らしをも描き、
又、笑いも随所に織り込んでエンターテイメントとして秀作です。
「ビヨンド・サイレンス」「奇跡の人」「愛は静けさの中に」
等と並べて、遜色はないと、思います。

映画「名も無く貧しく美しく」には、続編がありました。
「父と子」という作品で、北大路欣也さんが子役をしているそうです。
息子が、親がろうあ者のため差別を受けるという物語だそうです。
ご覧になった方、いらっしゃいますか?

兄弟に聴覚障害者を持った者の思いが、乃南アサさんの小説で触れてありました。
現在テレビで放映されているドラマでは、ろう者ではなく、難聴者が出ています。

様々な聴覚障害者が、多面的にドラマ化されている
この流れは大切にしていただきたいと思います。


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「フォロー・ミー」

 
 

まだ学生であった頃、映画の中でささやく恋人たちを見て、絶望的な気分になりました。
耳の遠い自分には,ささやくなんて、とても真似の出来ない事だから。
あれは、恋愛において絶対必要不可欠なものと受け止めていたのですね。

でも、「フォローミー」を見てからは、そうでもないんじゃないか、と思えてきました。
寂しさを紛らわすために街を出歩く妻ミア・ファローを不信に思った夫は、探偵を雇います。
この探偵トポルは、追跡しているうちに、奥さんの寂しさを知るのです。
そこで、探偵ですから、追跡する形を守りながら彼女の相手をします。

その道々で、二人が交わす無言のコミュニケーションの見事さ。

ハタッと、膝を叩いた私は、トポルの食べていたお菓子を自分も食べたくなりました。
今見たら、ストーカーの類に見えてしまうかもしれないけど、
あの膝を叩いた印象は大事にしたいと思っています。

言葉が無くても、心を通わせれるよ、と
キャロル・リードさんが教えてくれたのでした。

 

 

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「卒業」

 
 

思い出の映画は、数有れど、
青春時代に見た、青春を取り扱った作品は、
又、一つ趣きの異なった思い入れがありますね。

私は、「卒業」を選びます。
キャサリン・ターナーが、ミセスロビンソンを演じて、ロンドンの舞台は盛況だそうですが、
アン・バンクロフトが演じた映画も、封切り当時は大変な人気でした。

この映画で、出演者ばかりでなく、
サイモンとガーファンクルのファンになった人も、数知れません。

横に縦書きで出た字幕で、「パシセイジローズマリーアンドタイム」を、
必死になって覚えて、映画館からの帰りにレコード店に飛び込んだのも、懐かしい思い出。

ずーっと後年になって、
あのラスト・シーンが映画「或る夜の出来事」を下敷きにしたものであるとか、
あの曲がマザーグースからきているとか知りまして、その奥深さをあらためて認識しました。

 


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「アメリカン・グラフィティ」

 
 

この映画は、私よりもうちょっと上の年代の人には、堪らない音楽が満載。
DJの話に乗って、次々と繰り出されてくる曲の数々、
カーペンターズのアルバム「ナウアンドゼン」に入っている、
「イエスタデイ・ワンスモア」のメドレーバージョンとそっくり。

この音楽の雰囲気は、私が高校生の時にはまだ残ってました。
もちろんラジオ局へよくリクエストしましたよ。
アレサ・フランクリンの「小さな願い」、クリームの「ホワイト・ルーム」、
映画「いちご白書」の主題曲「サークルゲーム」等など。

リチャード・ドレイファスさんとのお付き合いもずいぶん長くなりました。
しかし、ビデオで見直したときに、ハリソン・フォードが居たのには大変驚いたな。
でも、この監督さんがスターウォーズを作った方がもっと大事なんだけどね。

この映画の登場人物たちを連れ去ったのが、ベトナム戦争。
そのベトナム戦争も、もう遠い日の出来事のように思えます。
だけど、この作品の後から、続々とベトナムの戦禍に触れた映画作品を
見せられる事になろうとは、当時知る由も有りませんでした。

 

 

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マトリックス

 
 

鮮やかなカメラでした。こういう風に、画面が作れるようになったんだなって感心しましたね。

でも、お話分かりました?
結構込み入った作りで、シナリオライターが一番苦労したと、思えてしまう。
このコンピューター内での、コンピューター対人間の映画もいくつかありました。
あなたは、どの作品が一番好きですか?
好き嫌いを言うのは難しいけど、私にとって印象に残っているのは、
「トロン」です。あれは、もろゲームの世界で今思い出すと吹き出しモノですが、
初めての印象は強い。

それから、頭に変なものをつけたキアヌ・リーブスを見て、
「JM」を思い出した人も多いでしょう。
彼の近未来モノは、
ケビン・コスナーのそれ(「ウォーターワールド」・「ポスト・マン」)よりも、
元気が出て、
私は好きです。

それと、携帯電話でなく、有線電話でないと、移動できないというのは、
補聴器をつける人には、「うん」と思わせられます。

 

 

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「クレーマー・クレーマー」

 
 

フレンチ・トースト,やはり作りました。
女房には、卵を使いすぎると、叱られましたが。(^^ゞ

この映画の挿入曲、「ギターとマンドリンのための協奏曲」は、いかがでしたか?
このアップ気味のピーンと張り詰めた曲に、私はガッシッと捉えられてしまい、
レコード店の店員さんに聞きました。
「こんなピーンと張りつめた曲をもっと聴きたい!」と。
紹介していただいたのは、バロック音楽と
現代音楽でした。


無論、この映画の本題である「家族」という面で感じた事は、
今の自分の家庭生活に十分反映しています。

家族が、自分の思うようにならぬ事、常ですが、
これは、邪魔ではなく、何かのメッセージなのだと
自分に言い聞かす様、努めています。

でも、感情的になってしまうのが、殆どかな(^^ゞ

 


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「エデンの東」

 
 

随所に名場面のある映画でしたが、
あなたにとって一番印象に残った場面は何処でしょう?

私は、最後の方の
病に臥せったお父さんの口元に
ジェームス・ディーンが耳を近づけて、話を聞くシーン。

あれには、堪えました。
だって、耳の遠い私にはどうしたって出来ない事だから。
もし、本当にあんな風な状況に居合わせたらどうしよう?

補聴器を近づけても、息しか聞こえなくなって
声が分からなかったら、本当に惨めだなあと思う。
でも、それが私の運命なんだ。

耳のいい人にだって聞き取れなかった話を読んだ事、あります。
耳を寄せた人が涙を流して、話した人は伝わったと思ったのだけど、
後で、実は、聞き取れなくて、それが辛くて又悲しくて涙が出た由。

 

 

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「サウンド・オブ・ミュージック」

 
 

「シェルブールの雨傘」も「雨に唄えば」も、いい。
でも、「サウンド・オブ・ミュージック」は、もっといい!

あのアコースティックギターが弾き出し、
「ドレミの歌」の歌声が流れ出す瞬間が、なんとも言えない。

曲そのものの素晴らしさよりも、
その曲がもっともふさわしい場面にある、という事の味わいをいつも感じます。

あのコンテスト会場での、「エーデルワイス」
家の広間での「さよなら、ごきげんよう」。
人形劇での「ひとりぼっちの山羊飼い」の歌。
等等。

ミュージカルが、歌の素晴らしさを表現できる舞台のひとつである事を、
私に納得させた作品です。

この後、それ以前の、それ以後のミュージカル作品を楽しみ出しました。

 

 

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「ミッドナイト・エキスプレス」

 
 

アラン・パーカーとの出会いの一作。
暗いと言えば、そうだけど、
何より、この監督のメッセージが痛いほどに、その時の私に突き刺さりました。

人は、閉塞状況にあっても、正気を保ちつづけなければならないんだな。
いつ何時であれ、瞬時に、自由へ駆け出せるように心構えていよう。

苦しい時、辛い時、空を見上げ、遠くからのまなざしを思い起こそう。

繰り返しの毎日に、何かのアクセントをいつも忘れないようにつけよう。
人ごみに紛れそうになっても、自分の行き先は自覚していよう。

後に、茨木のり子さんの詩に見つけた一節は、この気持ちそのまま。
自分の感受性くらい、自分で守ろう。

 

 

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「俺達に明日はない」

 
 

あの衝撃のラストシーンは、絶対に忘れられません。

最初は、小さな事だけど、
次第に、本人達を取り巻く状況の方が大きく先回りして、
彼らの運命を飲み込んでしまう。

「テルマとルイーズ」も、同じような作品でした。

新聞で読む犯罪の向こうに思いを馳せてしまいます。
当事者が思っていた以上に、
状況が大きく動き出して、
身動き取れなくなった時、
当事者を救えるのは何でしょうか?

悪と一言で片付けられない何かを感じてしまう。

 

 

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鉄道員(ぽっぽや)

 

不器用で、不遇ではあっても、背筋を伸ばしてプッラトホームに立つ主人公に
私達は知らず魅了されて、この作品の世界に入っていきます。

大竹しのぶの奥さん、志村けんの鉱夫、等などの脇役の手堅さも、
この世界を説得力あるものにしてくれました。
(奈良岡朋子さん、お久しぶりでした)

だから、二度目の女の子が現れたときに、
私は、ロバート・ネイサンの「ジョニーの肖像」を思い出して
先が見えてしまったけど、
それでも、広末涼子さんの存在が切なく感じられてならなかった。

この情感について、どんな言葉を選べばいいのだろう。
その夜、隣にいる娘の寝顔をいつまでも眺めていました。
一緒に生きている事の幸せを、ずーっと感じていたいなと心底思いました。

 

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「スタンド・バイ・ミー」

 
 

いくつになっても、少年の日々を忘れる事はありません。
その少年の時に、傍にいた友達も。

これは、本当に普遍的なテーマ。
人それぞれの思いに帰してくれるこの作品のファンは、多いでしょう。

私にも、もう暫く会っていない友人がいます。
彼が居ない自分の人生は想像が出来ないのですが、
遠くに離れていても、時折、傍に引き寄せて、心の中で話す事あります。

その引き寄せた友人は、
一番最近会った時の友人でなく、少年の日の友人なんですね。
だから、ある意味では、少年の日の自分とも対話してるのかなとも、
思わせられます。

自分も誰かにとってそういう存在でありたいと、願っています。

耳が遠いので、中学の同窓会に行っても、会話に溶け込めないから、
腰が引けるけど、
忘れているか、気づかなかったあの日の自分や友人に逢うのだと、
半分思って出かけます。

 

 

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「グッド・ウィル・ハンティング」

 

世にわが身の才能の無さを嘆く人は、私を含めて大勢います。
でも、才能がその人を幸せにするかと言えばそんな事はありません。

幸せに向かうのは、人の心がどのようにして展開され、
その人がどのように変わっていくかという所に、見出されるのかな、
と、感じた作品です。

やはり、人間としての感覚、五感を使っての事になるのではないかとも、
一人納得した場面がありました。

アガサ・クリスティーに「春にして君を離れ」という作品があります。
この本を読んで、人と人との関わりは、それぞれの人生をかえてこそ、
真の結びつきなのだなと、痛み入りました。
いくら話しても、いくら関わっても変わらない人よりも、
変わっていく人の方が、こちらの事を受けてくれたんだなって、思えます。
これは、こわいことでもあるけど、
自分の資質を求め、信じている人には、必要な事ではないでしょうか。
そうして、より早く本当の自分を見出した方がハッピーだと、信じます。

 

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ミクロの決死圏

 
 

この作品は、ですね。
小学校の高学年か中学での鑑賞を義務づけたらいいのでは、ないでしょうか?

人の体の中に入る映画作品は、他にもありましたが、
これほど人の体を興味深く丁寧に見せてくれるのは、そうないです。

心臓・肺の中、それから、耳の中、
そうして最後には、頭の中からどこを通って脱出するのでしょう?

抗体もちゃんと、出てました。

自分の体を見る目が変わる事、絶対請け合います。

かけがえの無い、不思議な体。
もっと謙虚に付き合っていきましょう。

 

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素晴らしき哉、人生

 
 

あなたが生きていて、良かった。あなたに出会えて、良かった。
みんながお互いにそう思える人生でありたいですね。

あの和田誠さんも、片方の耳が聞こえない、って読んだ時、
思わず「僕もですよ」と、言いそうになった私の、手元にあった本は、
「それはまた別の話」。

この本を読んで、以前から気になっていた昔の作品をどんどん見出しました。
フランク・キャプラの作品、「我等の生涯の最良の年」等、
今の多くの映画作品にない品性が、作品や出演者の風貌に伺えて、
自分と静かに向き合わせてくれます。

「聞こえない方の耳から女の子が「好きよ」って言ってくれないかな、・・・」
そう和田さん仰ってたけど、
映画「コキーユ」を見てから、私はそう思えないのです。

悲しいけど、偶に、もし聞こえてたらって、思ってしまう時、やはり、あります。

聞こえないけど、素晴らしい人生だった、と言えるようにしたい。

 


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グース

 
 

晩秋の色づいた景色の上空、夕映えの中を飛ぶ鴨の群れ。

一人の少女が、自らの旅立ちも重ねて、
渡り鳥たちに寄り添って、飛ぶ。

こんなに、季節・旅立ち・自然と人間との営みが、
忽然と、とけあった作品は、めったに無いでしょう。


この映画を見てからは、初冬の早朝、雁行する渡り鳥を見上げたり、
晩春の川面に残る渡り鳥を見かけると、思わす声をかけたくなるようになりました。

あの不安と喜びと、ときめきとが、一体になった心持ちを忘れずに、
幾つになっても、新しい事を始めようと、思います。

 
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