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出雲国譲りの真相 13


タカヒコとトシロ

タカヒコは杵築に戻り、出兵の準備をはじめた。その様子を見ていた彼の母タギリヒメは不安げに問いただした。 タカヒコ、大和行きはどうなったのですか?何やら物騒な雰囲気ですが大国主様の身に何か異変でも?」「母上、ご心配なさらぬように。実は今度は筑紫島に出兵しなくてはいけなくなるかもしれないのでその準備をしているだけです。越から戻った意宇郷の兵達を休ませ、杵築郷の兵をあつめて筑紫へいく予定です。」「それは大国主様のご命令?」「いえ、まだ命令は受けてないのですが・・・・。」「タカヒコも知ってますよね。筑紫はこの母の故郷でもあります。そこへ我が子が攻め込むなど・・・・。」「もう母上の故郷ではありませぬ。筑紫の女王火神子様はお亡くなりになり」その言葉をさえぎるようにタギリヒメは口をひらいた。「その事は、宗像から来た者達に先程聞きました。女王様が亡くなろうと、筑紫の島民たちは同じ人々なのです。私が出雲へ来たのは筑紫と出雲を結ぶため、私はどうすれば・・・。」と、床に倒れ込みおいおいと泣き出してしまった。


タカヒコはこの母がきらいであった。何かというとすぐ泣く。そのくせ自分に対してはいつも無理難題を押し付けてくる。弟のトシロはタカヒコと比べればある種女々しいところがあり、この母とは好い関係を保っていた。母はそのことを指し、「トシロはいい子だ」といつも一人ごちにつぶやく。それはタカヒコにとってプレッシャーでもあった。タカヒコは杵築の宮を守り今や杵築の大黒柱である。そのタカヒコを無視するかのようにトシロと母は中の好いところを見せ付けてくる。タカヒコが大物主の誘いをうけ養子に入ることを承諾したのもこの母と弟から離れたかったのも理由の一つだ。


出雲には未練はないはずのタカヒコだつたが筑紫との戦で功名をあげれば母も喜んでくれるのではとの思いが胸に湧き上がり勇躍杵築の宮に戻ってきたというのにこのざまだ。なんともいえぬむなしさがタカヒコを包み込んだ。 「では、トシロに相談してみればいい!」 と自分でも制御できない苛立ちがいわなくても良い一言を言わせたようだった。(まずい)と思ったが後の祭りであった。「きっ」とタカヒコを睨み付けた母は今まで泣いていたのが嘘のように、満面に笑みをうかべ 「そうね。私は明日美保関に行ってみます。トシロに聞けばいいのね」 といいながら居室の方へ行ってしまった。


美保で禊をしているトシロに会うことは許されない。出雲の収穫祭が終わるまでトシロは美保の宮に篭り、大漁と漁業の安全を願わなくてはいけないのだ。禊と祈祷がすべて終わるのまでは何人たりともトシロに会うことは許されないのだ。それが次の大国主になるための試練の一つでもある。自分で食事のため釣りをし、料理もする。強靭な精神を作るために必要な修行でもある。大国主になればいろいろと問題を片付けるため決断する精神力が必要になってくる。最終決定には巫女を使い神に祈ることもするが出雲ではシャーマニズムによる決断より理性的判断を重視する向きが強くなったのもこういった風習によるものである。シャーマニズムに頼り切らないからこそ日本列島の半分以上を支配できたともいえるだろう。


その頃因幡の宮では、騎馬で先発したアメノホヒと大国主の船団が合流していた。筑紫島のヤマタイとの一戦を控えて因幡からも兵を集めるためでもある。 「ホヒよ、馬はどうじゃ?船の方が良いか?」 と大国主は上機嫌でホヒに聞いた。ホヒは笑いながら 「それは当然です。馬に乗ると尻の皮が剥けますからな」 「そうであろう。」 と更に機嫌よさそうに笑った。 「ところで、先程から宮の中をうろうろしている女子は誰ですか?なにやら筑紫訛りがあるようですが」 「おうおう、あれは宇佐から逃げだしてきたとかいう巫女じゃ。因幡まで連れてきてやったが住むところも困るというのでこの因幡の宮で下働きでもさせようかと思っての。なかなか上玉であろう」


「宇佐の巫女?」 ホヒは訝しげに考え込んだ。そして何か思い出したようにうなづいた。 「大国主様、あの女は伊都なまりです。伊都から宇佐の巫女になったとすれば伊都の王族の出です」 「伊都の王族?では死んだ火神子と同じということか?」 「それはそうなんですが、伊都出身といっても火神子様はタカミムスビと行き違いが多く阿蘇に入ってすぐタカミムスビの専横をしかりつけてから犬猿の仲となりまして、それが原因で伊都からの巫女をすべて引き上げさせたのです。私がまだ阿蘇に居た頃ですから十年以上前のことです」 「どういうことだ?」 「つまり、ここ数年宇佐と阿蘇には伊都出身の巫女はいないというわけです。」 「嘘か。ということは探り女か・・・・・・。」 「そうなります。」 「殺すか?」 「いや、私に考えがあります。私も宇佐の出、それを逆手にとって出雲を裏切ってヤマタイに寝返るとみせかけ逆にヤマタイを策に陥れましょう」 「なるほど、どうやるのだ?」 ホヒは人払いをし、探り女に用事をいいつけ宮から出すように命じ大国主と二人きりで策略を練った。


翌日、探り女は宮の中を掃除するふりをしながら、ホヒを探していた。オモイカネからの密命をうけホヒをたらしこみ出雲の情報を得るためだ。宇佐の巫女を名乗ったのも同じ宇佐の出のホヒに近づくためでもある。うまくいけば戦場で寝返りするように説得することもオモイカネから命令されていた。しかし宮の中をうろうろしているうちにホヒの副官に見咎められた。 「そこの女こんな所で何をしている?」 「すいません。掃除をしていたら宮の中で迷ってしまって・・」 「迷っただと?この狭い因幡の宮でか。」 副官が怪しんでいるのを見て取った探り女は自分が宇佐から逃げてきたことなどを話し同情をひき、色仕掛けをしてきた。だが副官は納得しなかったようだ。 「宇佐の巫女だと!おぬしの言葉は伊都訛りだ。どうして伊都のものが宇佐の出を名乗る」 「そ・それは・・・」 いい澱んだ探り女の腹に一撃を食らわしあっという間にくくりあげてしまった。 「何をなされます」 「おぬしは探り女であろう?しらじらしい事を申すな」 と有無を言わさず、大国主とホヒのいる表の間につれていった。


「何事じゃ、騒々しい。」 とホヒは副官をどなりつけた。 「ホヒ様、この女どうやら伊都の探り女のようです」 「なんと!探り女だと!!」 大国主とホヒは大げさに驚いて見せた。くくられた女は涙ながらに誤解だと訴えた。副官は女の死刑を主張したがホヒが弁護にまわった。 「大国主様、筑紫の伊都のオモイカネとは音に聞こえた智謀の持ち主、このような女を探り女に送るはずがございませぬ。今は出陣の準備中、無用な血を流すのはどうかと思います。戦の神もこのような事はことは嫌いましょう。」 「ふむ、そうだな。わしもこのような女が探りの仕事をまかせられるはずはないと思う。」 大国主とホヒが死刑をためらっているのを聞いた副官は真っ赤な顔をして訛りの違いや宮の中を探っていたことをまくしたてた。 「わかった、わかった。しかしのう、ホヒの申すとおり船出前に血を流すは気が進まんの」 と大国主は尚も処遇を決めかねていた。するとホヒが 「では、佐太(沙汰)の大神に決めていただきましょう。佐太はすぐそこにござる。使いのものをやって託宣を受けさせましょう。一晩もあれば結果はでるでしょう」 大国主と副官はホヒの提案を受け入れた。明日の昼までには沙汰がおりる。今晩は因幡の宮の一室に閉じ込めておくことになった。


その夜遅く、探り女の所に忍び込む影があった。影の正体はホヒである。女は縄で体中縛られ口縄もされて床に転がされていた。ホヒは女の側へ近寄り上半身を抱き上げた。 「女、起きろ。話がある」 といいながらホヒは女の口縄をといた。 「おぬしは本当に探り女なのか?」 女は、何も答えなかった。だがその表情を見ると間違いはないようだ。 「もしそうなら聞いてほしい、わしは出雲でいいように使われておるが大国主には愛想がつきた。今日も見たであろう。あの優柔不断を。わしはそろそろ生まれ故郷の宇佐に帰りたいと願っておる。このまま事が進めば筑紫と出雲は戦争になる。わしは同胞と戦いたくはないのだ。そこでそなたに頼みがある。ここから逃がしてやる代わりに伊都のオモイカネと繋ぎをとってくれぬか?」 そこまで聞くと女はホヒ正体を明かした。 「やはりそうだったか、そこでだ。出雲の情報をそなたを通じオモイカネに流したいのだ。そうすれば戦いの始まる前に筑紫に有利になる。筑紫攻めの先鋒はわしがつとめることになっておる。大国主の本隊が筑紫に上陸する前に叩き潰すこともできよう」 などと、女に吹き込んだ。 「明日の沙汰に細工して無罪放免にしてやるから、早速伊都へ戻りオモイカネに伝えよ。返事は出雲の西三瓶の山の関で15日後に聞こう。」 と連絡の取り方などを教えて探り女の部屋を出ていった。


ホヒは探り女の部屋とは遠く離れた大国主の居室にはいっていった。そこには副官も待っていた。 「どうだ、上手くいったか?」 と大国主はホヒに話し掛けた。 「副官の演技が効いたのでしょう。信じこんだようです。」 「いやいや、緊張しましたホヒ様。うまくいってほっとしております」 と副官と大国主は大笑いした。 「ご苦労であった。ホヒよ。オモイカネのことはそなたに一任する。うまくやれよ。優柔不断なわしはひっこんでおるから」 「聞こえたのですか!すいません」 と必死に弁明するホヒをみながら大国主はさらに大笑いした。                                                        


翌日沙汰をうけ女は放された。因幡での徴兵を終え、大国主はようやく出雲に帰還することになった。出雲に着いても15日後の収穫祭を終えれば、今度は筑紫への出兵が待っている。今年の神在り祭(二ヶ月後)までに筑紫との戦いに勝利することができれば神在り祭の席でトシロへ大国主の地位を譲るつもりであった。筑紫の憂いを絶っておけばまだ幼いトシロでも大国主としてやっていけると踏んだからだ。 当のトシロはのんきなもので、美保での一人暮らしを楽しんでいた。今年15歳になるトシロはどちらかというと内向的な性格であったが一人暮らしの厳しさが少し精神を強く育てたようだった。禊は後半分15日で終わる。美保は魚影の濃いところなので岸壁から釣り糸を垂らせばたちまち魚が釣れる。誰にもあえない寂しさはあるものの煩わしい儀式もない美保の生活は以外とトシロにはむいていたのだ。杵築にいれば何かと干渉してくる母の思い通りにしなくてはいけないため自分を押し殺していたのだ。トシロは兄が羨ましかった。何でも自由でしかも強い兄に憧れていた。大国主などという肩の荷が重いものは兄がやるほうが向いているとさえ思っていた。しかしこの15日間で幾分か兄タカヒコに追いついたような気がしていた。「兄ちゃんにあいたいな」と思いながら今日も夕日が沈む海をたった一人で眺めていた。杵築に帰るのは後15日後である。


PS<今回は出雲中心で書いてみました。次回はコヤネ・ミカヅチの親子を中心に書きます。