2000/7/20
揖保のアマテラス(その三)
背中の痛みにホアカリが目を覚ましたのは、相野の市の船着場の船の中であった。
「おっ気がつきましたな?」 船頭がホアカリの顔を覗き込んだ。
「ここは?」 「ああ、ご心配召されるな。ここは相野の船着場じゃ。今シイネツヒコ様がそなたのお連れさんを呼びに行かれたから、そのまま寝ておられよ。傷は浅いとはいえ川に流されたせいか出血が多いでな」
「そ、そなたらは?」 ホアカリは、傷の痛みを堪えて上半身を起こした。
「わしらは、瀬戸内の海人よ。シイネツヒコ様はその総大将じゃ。そなたも出雲者なら聞いたことがあろう?」
「瀬戸内の海人といえば亡くなられた大山祇さまの・・・・。」
「そうだ。シイネツヒコ様は大山祇様の後継ぎで先日まで三年の喪に服しておった。まぁその間いろいろとスクナヒコナ様の・・・」
と言いかけたとき大勢の足音と声が市場のほうから聞こえてきた。
「ホアカリ!ホアカリ!生きていたのか!」
聞き覚えのあるうれしそうな声が船着場に響いた。タカヒコの声だ。ホアカリはうれしさと同時にアカルヒメのことを急に思い出した。
「タカヒコ様。テルヒメいやアカルヒメ様は?」
「日矛のやつらに囚われてしまったのだ」 「えっ!」
「心配するでない、アカルヒメはやつらにとっても重要な人質、大事にしてくれてい
るだろう」 「申し訳ない。私がついていながら・・・。」
「気にするな、そもそも婚姻を結びにきたはずなのに戦ってしまった私も悪いのだ。こちらもアラシトを生け捕り油断しておったのだ。」
「まあまあ、ご両者。ホアカリ様の意識も戻ったようですし、市場の何処かに休む部屋をかりてそこで話ましょう」
とシイネツヒコは二人を促した。
シイネツヒコとタカヒコは幼いころに数ヶ月いっしょに暮らしていた。大山祇から大国主への人質として出雲に預けられていたのだ。二人は歳も近く仲も良かった。数年振りの再会をお互い喜んだ。シイネツヒコと入れ違いにやってきたホアカリは彼とは初対面であった。
タカヒコとホアカリを前に、シイネツヒコは自分の策を披露した。出雲と筑紫を合体させるという壮大な策略である。その策になくてはならないのが大物主になるタカヒコだった。
タカヒコはシイネツヒコの策に乗り気であった。ここ数年大陸と半島では諍いが続き出雲を拠点とした交易も頭打ちの状態であり、それに反して大和では東国経営の成功もあり賑わっている。これからも成長をつづけるのはタカヒコらにもわかっていた。そして何より守るのに適した地形でもあり、これからの倭国の都として相応しい。
タカヒコとシイネツヒコはお互いのもつ情報を交換し、これからの動きを確認しあった。
二人の思惑は「革新に見せかけた保守」である。筑紫にあって出雲にないもの。それは東アジアにおける国際的な国主としての正当性であった。簡単に言うと晋から新たに贈られた「倭王の印綬」である。これを握っているからこそオモイカネ親子は筑紫国主として、また倭国の代表者然としていられるのだ。今大陸は混乱期に入ったとはいえ晋の皇帝がこの世に存在する限り「倭王の印綬」も効力を発揮しつづけるのだ。もちろん実力のないものが印綬を手にいれてもそれは単なる飾り物に過ぎない。倭国に存在する諸勢力の実力が拮抗しているからこそ余計に印綬は輝きだすのだ。
「さて、そろそろ日矛を見舞いに行くか」 シイネツヒコは座を立ちながら呟いた。
「よし、私も行こう」 「いや、タカヒコ殿は大和へ向かわれよ。後のことはこのシイネツヒコにお任せあれ」
「しかし・・・」 「アカルヒメ様の事がご心配か?」
「それはそうだ」 「しかし、大物主さまは相当危ないと聞いておる。その死に目に間に合わなくてはすんなり跡目につけるかどうか?もめまするぞ。イワレヒコやイリヒコら橿原勢は先代大物主の血をひくマキヒメを擁してニギハヤヒに対抗しようとしておるらしい。今宰相のニギハヤヒと橿原が本格的に争うようなことになれば大和は荒れますぞ」
「ふむ、それも一理あるが・・・。」
「タカヒコ様」 傷ついた体を起こしホアカリがタカヒコに話かけた。
「ここは私とシイネツヒコ殿に任せて先を急いでください。このホアカリ一命を賭してでもアカルヒメ様の御命は守ります。どうか・・・。」
「よしわかった。ホアカリ、シイネツヒコよ、アカルヒメとツヌガアラシトのことは任せた。私は大和へ急ぐとしよう」
タカヒコは先の戦闘で残った無傷のシコオの軍を二手にわけ20騎ずつとし、一方をホアカリに預けも一方をひきつれて相野から夢前川のほうへ抜ける陸路から日女道丘を抜け海岸線沿いに大和を目指して旅だっていった。
その頃、日矛らは一計を案じていた。但馬、丹波に残っているアラシトや日矛たちの一族を動かすつもりである。吉備の本隊が身動きをとれない以上、数の上ではシコオたちと戦っても絶対的な不利は目に見えている。但馬丹波方面は出雲からの圧迫が強すぎて表面的には出雲に従っているが血を分けた子供たちと彼らの家族がいるのだ。
シコオたちの総大将伊和大神が但馬方面で起こった騒乱を鎮めるために出陣しているが、これも播磨のアシハラシコオ全軍を相手にすれば戦闘状態が長くなり外交活動もきなくなるのをさけるため、シコオ軍を二手に分けさせようとしたアラシトの計略によるものだ。ほとんどのアシハラシコオの軍を引き連れて但馬へ向かった伊和大神はまんまとアラシトの策に嵌った格好である。
タカヒコを見送ったシイネツヒコとホアカリは早速アカルヒメ救出のための行動を起こした。アラシトを縛り付けたまま船に乗せ、一行は川下で野営している日矛らのもとへと急いだ。
「上手く行きますか」 ホアカリは背中の痛みを堪え、向かいに座っているシイネツヒコに話しかけた。
「人質の交換なら、向こうは一も二もなく飛びつきましょう。なにしろ吉備の大王を返すというのですから。しかしそれでは芸がない」
「というと?」 「倭国動乱の引鉄となった天之日矛を根こそぎ叩き潰すチャンスでもある。吉備の水軍はこちらが完全にくいとめています。相手には何の武器もない。アラシトの智謀だけが奴らの武器なのです。かといってタカヒコ様が大和に向かわれた今我々にも奴らを完全に叩くほどの武力がない。下手に動いて混乱している但馬、丹波にでも逃げられればそれこそ、元の木阿弥になり第二のアラシトがでてくるやも知れぬ。」
「では、どういう手立てを?」 「そこです。ホアカリ殿とアカルヒメ様をアラシトの養子とし、天之日矛の軍団をあなたに率いてもらうというのはどうでしょう?そうすれば後顧の憂いは絶てます。」
「そ、それは・・・。アラシトには確か但馬に後継ぎがいたのでは?」
「あなたに、但馬・丹波に入ってもらいます。伊和大神がシコオ全軍をもって但馬へ進軍したからには、おそらく但馬・丹波の勢力は壊滅状態でしょう。遠慮することはござらん」
その話を聞いていたアラシトは縛られたまま何かを叫んでいた。
「おい、吉備の大王様の口輪をとって差し上げろ。何かおっしゃりたいことがあるらしいでな」
シイネツヒコに命じられた漕ぎ手の一人がアラシトの口縄を解いた。アラシトは捕らえられてから半日以上しゃべれなかった鬱憤がたまっていたのか大声でわめき散らすようにシイネツヒコらに向かって悪態をついた
「シイネツヒコよ、ずいぶん勝手な計画だな?ホアカリとやら、こやつの口車に乗るでないぞ!こやつは、ワシにも甘言をもって近づいたのだからな。それに油断してこのざまよ!」
「これは心外な、吉備の大王様が勝手なことをしなければ、最初の計画通りに進んだものを!」
シイネツヒコは怪しい笑みを浮かべつつアラシトに答えた。
「何をこの若造!」 「囚われの身ではいくらいきまいても仕方ないでしょう?吉備の大王様。御主にはもう選択権はないと思え!タカヒコ様が無事に大和大物主の座に就くこと。それが我らの最初の目的なのだ。あのまま無用な動きをせずにいれば捕まることもなかったのに残念なことです」
「ホアカリ、よく聞け、シイネツヒコはのう、このワシに出雲をやると言うたのだぞ!おぬしら出雲人に何の了解もなくじゃ?このような男の口車にのってもよいのか?」
「・・・・・・・」 ホアカリは傷のに痛みに耐えつつ答えた。
「出雲も筑紫も大和の事も、アカルヒメ様のご無事であってはじめて話せることです。タカヒコ様が大物主の座に就かれたとしてもアカルヒメ様に万一のことでもあれば・・・計画通りには運びますまい。」
「確かにタカヒコ様の激しい気性では何が起こるかわからぬ。ところで吉備の大王よ、出雲はやるといったが、それは筑紫の邪馬台国連合との合併が条件だ。大王が筑紫・吉備と出雲・大和の合併に力を尽くせばということだ。大王はもはや明日をも知れぬ身。命乞いならまだしも出雲を貰ってどうするおつもりだ。」
シイネツヒコの嫌味の聞いたせりふを聞いてアラシトは憎々しげな表情を浮かべ黙り込んだ。
「さあ、約束の場所に着きましたよ。」 船頭にたっていた男がシイネツヒコらに向かって言った。
揖保川のほとりでは日矛の一人が待っていた。船を見つけると傍らの幔幕の中に入っていった。シイネツヒコらが船を降りるのとほぼ同時に両脇を日矛に囲まれてアカルヒメが出てきた。どうやら縛られたりはしていないようだった。
まず、それぞれの人質を交換し、会談ははじまった。アラシトは幔幕の中へとシイネツヒコらを誘ったが、シイネツヒコは外での会談を望んだ。まずお互いの人質が交換された。アカルヒメは思ったより元気でホアカリらを喜ばせた。
「さて、吉備の大王アラシト殿、縄を解かれて落ち着かれましたか」
まずシイネツヒコが口火を切った。 夕日が沈んでいく。険悪な雰囲気の中で決まったこと、それは天之日矛の吉備からの撤退、丹波を日矛のものとすること、そしてホアカリとアカルヒメを養子としてアラシトの後継ぎとすることであった。アラシトにとっては、丹波、但馬の領有が認められるとは思ってもみなかった。大陸、半島と直に交易したいがため、日本海に面する港を得るためにいままで苦心惨憺してきたのである。出雲にある大国主勢力による圧迫のため日本海側の交易路はどうしても開けなかった。それを補うための瀬戸内進出であった。
それに、但馬・丹波にもどれば養子のことなど撤回しようとすればできるのである。せっかく開いた吉備児島の港を奪われる痛みはあっても十分満足できる内容である。
出石の地は、アラシトが倭国について初めて落ちついた場所でもある。そこには倭人ながら妻も子もいる。出雲から近いため大きな勢力でこそないが、苦境に立ったときいつでもバックアップしてくれる倭国の故郷ともいえる但馬・丹波の港の支配権、交易権に加え出石近辺の鉄山の権利を得ることはアラシトに倭国統一の夢を捨てさせるに十分な餌であった。
もともと倭国生まれでもない彼は、実利を選んだのだ。
吉備児島にはシイネツヒコの一族が入ることになった。吉備児島は交易による利益を得る事においては北九州や日本海側の港より落ちるが、倭国統一には欠かせないポイントである。瀬戸の内海は穏やかで、畿内と九州の交流が活発化すれば今より成長する市場であることは間違いがない。
ホアカリとアカルヒメは、数名のシコオと共に揖保川の西のほとりの小高い山に建てられた伊和大神の別宅である揖保の宮で傷が癒えるまで滞在することにした。のちこの宮の跡地が日の山と呼ばれそこに立てられた神社が揖保のホアカリに因み天照神社と呼ばれるようになる。のはまた別のお話。
シイネツヒコはアラシトを伴い吉備児島港に向かった。明渡しのためである。シイネツヒコはこれにより、瀬戸内ほぼ全域を支配下に置くこととなった。後は豊の国だけである。大国主側にとっても味方のシイネツヒコの支配権が広がることは有難い。しかし有難いのも共通の敵邪馬台国が存在するうちだけである。天之日矛の撤退は邪馬台・伊都国連合にとっては南に狗奴国、東にシイネツヒコ率いる瀬戸内海人族、そして北に仇敵出雲の大国主に囲まれるという危急存亡の秋を突然の嵐の如く呼び込むこととなった。
ホアカリとアカルヒメが揖保の宮で落ちついた頃、タカヒコは馬を飛ばし摂津に入っていた。播磨と摂津の境界には陸上のナガスネヒコ率いる騎馬軍と淡路島の海人勢の数十艘の軍船による防衛線が布かれている。シイネツヒコがタカヒコのために船を出せなかった理由でもある。明石海峡の潮の巡りを利用し軍船を常備配置しているので、もし衝突すれば地の利のある淡路勢には敵わないからだ。陸路なら通せんぼにはなるまいとの判断である。
タカヒコらの一団が明石川の浅瀬までやってくると、向こう岸にいた兵たちが騒ぎ出した。どうやらこちらに気付き、烽火を上げたようだ。タカヒコらは向こう岸の騒ぎを「大和からの迎えか?」と思い、気にも留めずゆっくりと馬を川の中へ進めた。