2001/4/15
4/18追加
大物主への道2
タカヒコは伊和大神の戦車に同乗し、ともに摂津の渡しまでやってきた。伊和大神の戦車は中国製である。時には牛馬、ときには人力で動く。車輪部と人が乗る屋台は取り外しができるようになっいる。ちょうどお祭りの山車や太鼓屋台のような感じである。車輪部を取り外せば御輿のように人力で担げたり、そのまま船にも乗せられる優れものであった。銅を叩いて薄く伸ばしたものを屋根や壁に貼り付けているので、ちょっとした矢の攻撃にはびくともしないようだった。その室内は大人が五人は向かい合って座れるようになっており、移動作戦本部にもなる。タカヒコはその室内で伊和大神から播磨合戦の様子、その戦い方、その後の国内統治、日矛との交渉などを、微に入り細に渡り質問した。
しかしこの便利な乗り物も大きな川などを渡るときは大変である。船に載せることができるとはいってもその作業には時間がかかるのである。今は大物主の下へ急がなくてはならない。伊和大神は今晩をここで過ごすことにして、2000の軍を四つに分けた。1000人と伊和大神自慢の戦車は留守部隊として播磨へと戻ることになり、残りの半分とナガスネヒコらが率いていた騎馬隊を抑えとして摂津の渡しに残し、残りを陸路から別働隊として大和へ向かわせた。
タカヒコと彼が出雲から率いてきた加茂の民、伊和大神と伊和軍団えり抜きの精鋭部隊、それにナガスネヒコとタケミカヅチの二人が摂津の渡しから船を使い幾流かの川筋を通り、後世河内王朝の宮城が築かれる難波を越え後に大和川と呼ばれる大河を溯上するという時間的には最短コースで大和大物主のもとへと向かうことになった。この大河(大和川)の上流でも川筋は幾つかに別れている。後に河川を利用した運搬が盛んになるにつれ、葛城川、飛鳥川、初瀬川など幾流もの川沿いにいろいろな新興勢力が運搬業を基盤として割拠していくのであるがそれはまた別のお話。何はともあれ明日にはタカヒコと大物主の対面が実現する。
ちょうどその夜、大和ではイリヒコが橿原を統べる事となった祝いのための準備が行われていた。イワレヒコのニギハヤヒ暗殺の策謀は準備万端整えられていた。あとは政敵ニギハヤヒを迎えるだけである。一方、ニギハヤヒもその辺はしっかりと見ぬいていた。大物主の体調不良などを理由に伸ばし伸ばしにしてきたが、ニギハヤヒとして次なる政敵になるであろうタカヒコの登場の前にどうしてもイワレヒコらの策謀を片付けておく必要ができたのである。百戦錬磨の政治家ニギハヤヒとしても敵が二つになってはたまったものではない。
まずは、イワレヒコらの策謀に乗った振りをして、彼ら一族を大和の地から退ける大義名分を手にいれることにしたのだ。そのためにウカシ兄弟をはじめとする地元の勢力にもわたりをつけている。彼らの兵力を使い宴を混乱させ、一気にイワレヒコ一族を叩き潰す魂胆である。祝宴は明日の正午に予定されているイワレヒコからイリヒコへの代替わりのための儀式の後に行われる手はずになっている。
ここはニギハヤヒの執務室である。 ニギハヤヒは常陸のアメノコヤネと二人で今後の方策を練っていた。コヤネは、伊和大神の大軍が明石川下流に向かって襲ってきたことを確認するやいなや、ナガスネヒコとミカヅチの負けを読み、住吉の船隊を分けて枚方まわりで磯城纒向のニギハヤヒの下へと戻ってきていたのである。住吉の船隊をそのままにしておいては、ナガスネヒコらが敗れたとき、船隊まるまるを伊和大神に奪われてしまうと考えての措置である。たとえ伊和大神の軍が加勢しようと剛勇でなるナガスネヒコとミカヅチが簡単に敗れるわけはないと思っていたのだ。
ニギハヤヒには、タカヒコとナガスネヒコらの間で戦いがはじまったとだけ伝えた。負けるだろうという予測はあえて述べなかった。なぜならここからが彼と常陸をニギハヤヒに高く売りつける正念場だからだ。コヤネは彼だけしかしらない大和への最速ルートを握っていた。それは後の淀川つまり枚方の津を回る道筋であった。葦の密生するこのルートは、先に開けた大和川流域にくらべてまだまだ未開発のルートでもあったが水量によっては表玄関である大和川よりも早く奈良盆地に辿り着ける。河内、難波津が開けるにつれ枚方、楠葉から生駒そして奈良盆地に抜けるこのルートは、河内王朝の政策にも乗って急速に発展することになる。後に、中臣氏の祖と崇められるアメノコヤネはここに祀られることになる。この地域にいち早く目をつけたコヤネの先見性を表しているのだった。
そこへウカシ兄弟の兄であるエウカシが血相を変えて飛び込んできた。エウカシはコヤネには一瞥もくれずニギハヤヒの側により耳打した。
「何!!」
ウカシ兄弟からの報告を聞いたニギハヤヒは絶句した。タカヒコの大和入りを遅らせる計画が失敗したことが伝えられたのだ。しかも子飼いともいえるナガスネヒコとタケミカヅチの両雄もタカヒコに捕らえられてしまっている。これは計算外の出来事であった。大国主の息子の中でも有能であるとのうわさは聞いてはいたがまさかこれほどとは思ってはいなかった。
「それほどの傑物か、出雲のタカヒコ様は・・・。しかも播磨の頑固者までともに大和にやってくるとは・・・・。」
と、ニギハヤヒは呟いた。その言葉を聞きつけたエウカシは答えた。
「見張りのものからの報告では、播磨の伊和大神も動いたようです。今回の両者の敗北はタカヒコ様の一人の仕業ではないと思われます。」
「いや、いずれにせよあの気難しいことで有名な伊和の大神が肩入れしているということは只者ではなかろう。」
「は、確かに。タケミカヅチ様の強弓に顔色一つ変えなかったとか。」
「だとすれば、方向転換せねばなるまい。」
「は??」
「タカヒコ様と伊和様を一網打尽にして、武力で大和を制せねばなるまい。そんな気丈な男に次の大物主などになられて伊和様まで大和入りされては、われわれの今までの苦労は水泡に帰すやもしれん」
じっと、考え込んだニギハヤヒは何かに気づいたように顔をあげた。
「忌々しいがまずイワレヒコとは和議を結ばねばならん。タカヒコ様の登場は橿原にとっても脅威であろう。今までの大物主様ように日向の民を厚遇するとは限らん。しかもタカヒコ様が大物主になってしまえば多くの出雲人も新しく入植してくるのは間違いあるまい。橿原の地を取り上げられるかもしれんと脅せば奴らの気もかわるかもしれん」
「しかし、たとえ橿原が味方についても勝ち目がありますか?ナガスネヒコ様やタケミカヅチ様を退けられた御仁ですぞ」
「いやいや勝ち目は今しかなかろう。タカヒコ様と大物主様を会わせてしまえば、大和の軍勢は我々に従わぬはずだ。しかもタカヒコ様らは小勢で大和への途を急いでいるはず。その方らは、大和川の川筋の途は知り尽くしておろう?彼らの本隊がたどり着くまえに小勢の船を一ひねりするほうが簡単であろう。出雲と大物主様へはタカヒコ様は途中の事故で亡くなられたと報告もできよう。」
「慣れぬ川を溯上する彼らの船に奇襲をかけるということですか?」
「それしか、あるまい。イワレヒコの手勢を加えれば千の兵はかき集められるであろう。やつらも私を倒すためこっそり軍勢を集めているはずだ。その手勢を利用すれば、いくら彼らがつわものだとしてもひとたまりもなかろう。」
そのとき横できいていたタケミカヅチの父コヤネが口を挟んだ。
「私も協力仕ろう。いまここでニギハヤヒ様に失脚されては常陸も危のうござる」
「心強いぞ、コヤネ殿。では早速そなたに頼みたいことがある」
と、ニギハヤヒはコヤネの方に顔を近づけ語りかけようとした。それを遮るようにコヤネはぐっと声を押し殺して答えた。
「イワレヒコ殿への使いですな」
「流石!察しがよいなコヤネ殿。ご苦労を掛けるがこの話はなんとしても纏めねば成らん。よろしく頼むぞ!」
「いやいや、元はといえばわが息子ミカヅチの不手際から始まったこと、お気に召されるな。では早速私は橿原へ向かいまする」
現在の二代目大物主の側近そして宰相的な立場にあるニギハヤヒにとって、トップが入れ替わることは自らの立場を左右する一大事である。今までニギハヤヒの主導で行われてきた東国政策、大和の自治など出雲から徐々に離れた存在になろうとしている大和の政治が大きく変わってしまうかもしれないのだ。下手をすれば、ニギハヤヒ自身お役御免ということに成りかねない。それだけは避けなくてはいけない。
タカヒコが三代目の大物主として三輪にやってくる前に、大和一帯を握っておくことが、ニギハヤヒが主眼として構築してきた自己防衛策であったが橿原を抑えきることがついにできなかったのである。大和の自治を守るという以上にニギハヤヒの立場を守るためには大和盆地内の勢力バランスが必要である。そのためには逆に橿原を味方につけなくてはいけなくなったのはなんという皮肉であろう。
ナガスネヒコらが捕らえられた以上、ニギハヤヒの野望、つまり大和政権の出雲からの完全独立という構想はタカヒコの知るところになったと考えなくてはいけない。その上で自己そして彼の一族、彼に従う東国諸国の権益を守り通すには、タカヒコの後ろにいる大国主にも負けない力が必要である。そのために仇敵ともいえる橿原のイワレヒコ一族と和議を結ぶのは、敵の敵は味方という考えでもある。ニギハヤヒは考えられるだけの方針と橿原への配慮、次なる大和の政権確立へむけての策をコヤネに託した。しかし橿原が味方してくれるかどうか、それはコヤネの外交力にかかっていた。
コヤネは、イリヒコとイワレヒコの前に傅いていた。得意の祝詞を謡い上げたところである。イワレヒコの一族以外の小物たちもコヤネの美しくしかもリズミカルな祝詞に聞きほれていた。
「コヤネどの頭を上げられよ。」
イリヒコは顔を紅潮させコヤネに話し掛けた。
「すばらしい祝詞であったぞ」
イワレヒコの誉め言葉にも喜んでいるのが滲み出ていた。
「は!喜んでいただけましたらこのコヤネもうれしく存知ます」
といいながら頭をあげた。そのままコヤネの眼は正面のイワレヒコの顔をじっと見つめた。
「わしの顔に何かついておるかの?」
とぼけたようにイワレヒコはコヤネの眼をにらみ返した。顔と声は微笑んではいるが、コヤネの心中を見ぬこうとしているのかその眼差しは射抜くように鋭い。
「いえいえ、そのようなことはございません。イワレヒコ様のご尊顔を間近で拝し奉る事に緊張しすぎたようにございます。」
と、コヤネは大げさに平伏してみせた。
「ふん、ニギハヤヒの命を受けて参ったのであろう?」
コヤネは図星を突かれたがまったく動じる様子もなく答えた。
「然様でございます。ニギハヤヒ様より一つの提案があって参りました」
「提案だと??あのニギハヤヒが?長年諍いのあるわれら一族に対してか?」
「そうでございます。出雲より大国主様の息子タカヒコ様が大和にお見えになられるのはご承知でございましょう。」
「当然知っておる。次の大和大物主の座に就かれると聞き及んでおる。」
「それを阻止したいとニギハヤヒ殿は思っておられます。」
と、平然とした顔つきでしらっと発言されたコヤネの言葉を聞き、それまで、イワレヒコとコヤネの会話を押し黙って聞いていたイリヒコが口を挟んだ。
「阻止??それは大物主様に対し謀反をする気なのか?」
「いえいえ、そうではありませぬ。大物主様からタカヒコ様に禅譲されるはずその地位をミマキイリヒコ様にお譲りしたいということです。そしてその上で『大物主』という地位そのものをなくし、大和ひいては倭の大王として即位していただきたい。」
イワレヒコの一族一同はあまりの提案にイワレヒコやイリヒコはもちろん誰もが黙り込んでしまった。