2001/4/24



出雲国譲りの真相26



大物主への道3

「倭の大王」つまりは、倭人の倭国の王でありしかも大王というからには倭地域全体を統べる王である。これは大国主の配下では名乗りたくても名乗れない称号であり、筑紫の邪馬台国という「中華に認められた倭王」がこの世にある以上、誰も認めてくれない王の称号でもある。


ニギハヤヒがコヤネを通じ、イワレヒコ一族に持ち込んだ起死回生の策とは、

1・まずタカヒコと伊和大神という厄介者を大和川での事故死にみせかけて暗殺し、大物主の座を空位にする。

2・近々行われる筑紫と出雲の大戦争には出雲側として参戦し、大国主らを油断させ、大和に大して疑念を持たせないようにし、筑紫攻撃の先陣を受け持ち全力を尽くし出雲を勝利に導く。

3・戦争の混乱に乗じて「親魏倭王の印」を持つタカミムスビ・オモイカネ親子を救出し金印を奪取する。

4・その金印を盾に大和は出雲から独立する。戦争状態になれば出雲と敵対している半島諸国や筑紫島の残存勢力も大和につくであろう。そうすれば出雲大国主とはいえ大和の独立を認めざるをえない。


そして、この計画にイワレヒコ一族が加担してくれるならニギハヤヒの息子らをイリヒコの臣下(人質)として差し出すというものである。そしてさらにイワレヒコらが望むならニギハヤヒ自らは石上に隠遁することも条件の中に入れた。


「そんなにうまくいくものか!」
イワレヒコは、コヤネから視線を外し吐き捨てるように言った。じっと聞いていたイリヒコがイワレヒコの方に向き直り、話し掛けた。
「義父上、そして義兄上様方、この計画に乗りましょう。」
「なんだと!」
「このまま橿原の地で細々とわが一族の血統を伸ばしていくのならタカヒコ様を迎えることが一番です。が、我らは大和や出雲にとっては所詮よそ者。そしてニギハヤヒにいたっては倭人ですらありません。そしてそれは半島からやってきた私も同じことです。」
「しかしわしはこんな他人任せの作戦が到底成し遂げられるとは思えない。」
「確かにそうです。このままでは我ら一族の全てを掛けるわけにはいきません。」
「では、どうするというのだ」
イリヒコはコヤネの方を向きこう言いつけた。


「コヤネ殿、ニギハヤヒの一族だけでなく、あなたからも人質をいただきたい。あなたの本拠は東国。もし仮にこの計画が失敗しても橿原のもの全員が東国に逃れられる手はずをすぐに整えてもらいたい。人質はあなたの娘も息子全部だ。」
「子供全部ですか??」
と、コヤネは狼狽しつつ聞き返した。
「そうです。しかし作戦が成功した暁には子供全部とはいいません。タケミカヅチ殿だけ我が配下に頂きたい。そしてさらに一つ条件を加えさせていただきたい。タカヒコ様の襲撃はニギハヤヒ殿とあなたたちだけで成功させてほしい。もしこれに失敗すれば我々は大物主様の傘下としてあなた方を攻撃させていただく。」
「つまり、橿原勢はタカヒコ様暗殺には加わらないという仰せですか」
「その通り、我々は大物主様に臣従している身分です。その主筋にあたるタカヒコ様に刃を向けるなどという事は後世に残したくはありませんし、したくもありません。そして何よりこの段階で゜失敗すれば絵に描いた餅ですらありませんから」
「・・・」


「あてが外れましたか?コヤネ殿。ニギハヤヒ殿は我らの兵を使いタカヒコ様襲撃に充てようと思われていたのでしょう?」
「いえ、そのようなことは・・・」
「この期に及んで嘘をつかれるな。この橿原は大和川の出口にあたる要地。東国からの河川の運搬がますます盛んになれば我らがここにいては邪魔なのでしょう?タカヒコ様らとの戦の流れによっては我らを背後から襲い、この地を奪おうと思っておられるのでしょう。」
「いえ。滅相もない・・・」
コヤネはイリヒコにニギハヤヒとコヤネの考えの奥の底まで見透かされているような気がして声が震えてきた。
「では、今すぐ人質を橿原にお届けあれ。そうさなぁ。ご長男のウマシマチ殿がよかろう。彼なら三輪の居館におられよう。三輪からならすぐにでもこちらへおいでになることができるでしょう。」
「ぐっっ。」


今まで流暢に受け答えしてきたコヤネではあったが、人質の要求、しかもニギハヤヒが自らの後継者として位置付け、成長を楽しみにしている長男ウマシマチを人質にということであれば、コヤネの一存では到底答えられない。コヤネは大きく息を吸い込み観念したかのようなうめき声を漏らし眼を瞑った。
「どうされた?コヤネ殿??」
暫しの間イワレヒコの問いかけにも答えずじっと瞑目し俯いていたコヤネは中空を漂う何かに憑依されたかのように全身を痙攣させた直後、顔を天井に向けて両の眼を「かっ」とばかりに見開いた。ゆっくりと少しづつ顔を上げ、正面に向き直った時、コヤネの両の眼は真っ赤に血走っていた。そして対面の挨拶のするかのようにイワレヒコとイリヒコのほうに拍手をうち平伏した。そしてそのままの態勢のまま語り出した。
「これは、これはイワレヒコ様、お久しゅうございます。イワレヒコ様お体の具合はいかがでございますか?お体の調子がお悪いとの事で三輪への朝儀は休まれておられたので心配しておりました。私がみたところ本日は調子がよさそうですな。ご壮健のようで何よりです。」
「うむ??」
イリヒコとイワレヒコは急に口調の変わったコヤネを訝しげに見つめていた。声こそコヤネ本人の声である。しかしコヤネの言葉遣いは、明らかに東国人のそれとは違っていた。むしろ大陸から移住してきた人間たちの倭語の使い方にそっくりだ。イワレヒコとイリヒコはこのしゃべり方をどこかで聞いていた。二人は同時に気がついたようで顔を見合わせた。そう突然変わったコヤネの口調は、まるであのニギハヤヒの口調そのままである。


コヤネは二人をはじめとする橿原の面々の引きつった顔をゆっくりと見まわした後、二人に向かってさらに話し掛けた。
「何を怪しんでおられるのですか?ご両所??」
「何の真似ですか?コヤネ殿」
「コヤネ殿?私は大物主様の宰相、ニギハヤヒですよ??」
「???」
その一言を聞き橿原の一同はどよめいた。
「これがかの火神子の得意した口寄せか??」
「神の精霊ではなく人の御霊、しかも生きた人の霊魂を呼び出せるものか??」
「ま・まさか??」
「いやいや、コヤネの言霊の扱いはすばらしい呪力だというではないか」
「そういえば、大物主様もコヤネの言霊の扱いに感嘆して寿詞(よごと)職を与えたとか??」
「・・・・・・・・」


などと、橿原の人々はコヤネに驚嘆の視線を送りつつ口々に囁き会い、やがて静まり返ってしまった。しかしイリヒコはその様子を眺めて一瞬「ニヤッ」としたコヤネの表情の変化を見逃さなかった。
「どうなされた?橿原の皆様方、私は今コヤネの口を借り皆様に話し掛けておる。つまりここでコヤネの口が申したことはニギハヤヒ本人の言であるということです。よろしいかな?」
と再び獲物を見つけた蛇が威圧するかのようなねっとりとした目線を部屋中に這わせた。


「さて、わが息子ウマシマチを人質にということでありましたな?引き受けましょうぞ。三輪に立ち返った後、すぐにでもウマシマチをこちらに送りましょう。」


(白々しい・・・)
と、イリヒコは内心思っていた。だが義父イワレヒコをはじめとする橿原の義兄弟たちは信じきっているようだった。(意地悪な質問をしてみようか?いや待て、敵を欺くにはまず味方から・・・。)そう思ったイリヒコは信じている振りをして、このコヤネの大芝居を逆手にとることに決めた。


「これは、これは宰相殿。突然のお越しにここに勢ぞろいした我々一同戸惑ってしまいました。」
と、笑みを浮かべて改めて挨拶の柏手の儀式をニギハヤヒを演じているコヤネに向かって行った。イワレヒコらもイリヒコに促され、次々と柏手を打ちコヤネと挨拶の儀式を交わした。柏手の儀式が終了した後、イリヒコは竹簡と筆を懐から取り出し、すらすらと漢字を書いた。

その竹簡には、ウマシマチを人質として橿原に渡すことをはじめ、ニギハヤヒからコヤネに託された諸条件を守ること、さらに成功の暁には、ニギハヤヒが隠遁することが書かれていた。そしてそれに加えて橿原の血筋の娘にウマシマチが婿入りすることなどをコヤネには内緒で書き加えた。同じ文言の竹簡をもう一通書き上げ、一方をニギハヤヒが持ち、一方を橿原が保管するようにした。ニギハヤヒに渡すほうには、イワレヒコとイリヒコが連名で署名した。コヤネがニギハヤヒとして署名した竹簡は橿原に、イリヒコらの署名した竹簡はニギハヤヒのもとへ送らせることにした。


「さあコヤネ殿、いや宰相様、こちらの竹簡に誓の署名をお願いしたい。宰相殿から申し込まれたことを了承する旨記しておきました。後で揉め事が起こらないように、ぜひお願いいたします。」
と、イリヒコはコヤネに向かって筆と竹簡を差し出した。倭国生まれ、しかも東国人のコヤネには漢字は理解できまいという判断である。コヤネは指しだされた木簡を一瞥したが漢文に何が書いているのかさっぱりわからなかった。が、イリヒコらが倭字で署名したのを見て、喜んで覚えていたニギハヤヒの署名を倭字で記した。


署名の交換が終わり、コヤネは元のコヤネ本人に戻り、交渉の成功に喜び勇んで三輪のニギハヤヒの下へと戻っていった。コヤネらを送り出した後、イワレヒコらはイリヒコに問うた。
「本当に、ニギハヤヒの御霊がコヤネの体に乗り移ったのであろうか??」
「ははは、まさか!コヤネは漢文を理解しておりませぬ。コヤネがニギハヤヒにあれをみせれば激怒するやもしれませんよ、義父上。」
「なんと!!」
「私か、義兄上様方の娘の婿としてウマシマチを貰い受けると書いておきました」
「ははは、そ・そうか、コヤネのインチキだったのだな、びっくりしてしもうたわ」
「何はともあれ、ニギハヤヒもこれで後には引けなくなりました。そして私たちも・・・・」


イリヒコの言葉にイワレヒコはその顔から笑みを消し去り、「うむ」とだけ言葉を発しうなづいた。イワレヒコの口から低く重く短く発せられたその声は橿原の者たちに緊張感を漲らせた。橿原では、直ちに大和川のそこかしこに密偵を送り出した。ニギハヤヒとイワレヒコら橿原勢によりタカヒコ暗殺作戦に向けての行動が開始されたのである。