以下の資料は、「とらのあな」のけえにひ様から提供していただいた"The Keeper's Companion"における"Insects from Shaggai"及び"MASSA DI REQUIEM PER SHUGGAY"の項を私が訳出したものです。ありがとうございました。
シャガイからの昆虫は流浪の種族であり、惑星シャガイにあった彼らの故郷は数世紀前に大変異によって破壊され、彼らの種族もその際にほとんど絶滅してしまいました。おそらくシャガイは、巨大な質量を持った赤熱する天体が惑星の軌道を通過した時に、その潮汐力によってバラバラに引き裂かれてしまったと推測されています。確証はありませんが、この天体は外なる神グロスと同一の存在であったと思われます。
大変異の時、シャガイからの昆虫(シャンという名前でも知られています)は故郷の惑星以外の外界にいくつかの植民地を有していました。それらの一つであるザイクロトルは、シャガイからの避難民の大部分を受け入れています。その中には、大破壊の寸前にシャガイからアザトースの神殿ごとなんとか瞬間転移してきた昆虫達も含まれていました。シャンはそれ以来この神殿を使用して数回に渡って転移を繰り返し、その結果地球へとやって来ました。ここで彼らは自分達が罠に捕らえられた事に気がつきます――我々の星の大気に含有されている何らかの要素が、彼らがここから立ち去る事を不可能にしてしまったのです。
不死というわけではありませんが、シャガイからの昆虫は非常に長い寿命を持っています。通常の条件下なら、平均的な個体はどのような場所でも十五世紀から十八世紀は生きます。彼らの生殖活動はその必要性を判断した共同体からの命令によるので、散発的な間隔でしか行われませんし、生み落とされた卵は何年もの孵化期間を経なければかえりません。幼虫は成熟するのに数十年を必要とし、その間は自分自身で身を守っていかなくてはならないのです。全ての昆虫達にとって、必要に応じて受精卵を生み落とす事が共同体に対する義務であるにもかかわらず、それらの仔達を養育しようという考えは彼らには全くありません。幼虫は最後の脱皮を終えると成年期に達し、最も近くにあるシャンの共同体に合流します。
偉大なる思索者であるシャガイからの昆虫は、持てる時間のほとんどを精神的な探求に費やします。彼らは光合成によって栄養分を補給するので、何かを食べたり、そのために食料を採集したりする必要がありません。彼らの思念による命令に従って作動する多くの装置を持ち、またその他の必要な事を何でもさせるために、様々な種族を奴隷として使役しています。食事及び労働の必要性を免れているシャンは、精神的な美の探求にふけっているのです。彼らは複雑な論理学的問題、高等数学における方程式、長時間に及ぶ哲学的議論等、脳への刺激を生み出すものを何でも大いに楽しみます。シャガイからの昆虫の脳は、それぞれが三層に別れている左右の半球から構成されています。シャンはその六つの裂片に別れた脳の構造によって、一方で三つの口を使用して三種の異なる会話を続けながら、他方で同時に三種の異なる思索を途切れる事なく楽しむ事が出来るのです。
惑星シャガイの住民の社会は常に、法律もほとんど無く恒常的な形の政府も存在しない無政府的なものでした。共同体が最重要であると考えられているにもかかわらず、各々のシャンは彼にとって大切な個々の独自性を厳格に守ります。ほとんどのシャガイからの昆虫はこの点に関して同様の考えを持っていて、この基本方針からあまりにも逸脱した個体は群の残りの構成員達によって容赦なく処刑されてしまいます。シャンは彼らの進化的優越性に絶対的な自信を持ち、歴史的にも彼らが遭遇してきた異種族を全て奴隷化し、搾取してきました。
シャンはアザトースをその最も原初的な形態――在るがままの原子核のエネルギーという形で崇拝しています。アザトースの小さな切片が、シャガイからの昆虫が惑星間の旅に使用している各神殿に動力を供給しているのです。他のあらゆる点においては科学的かつ合理的であるシャンも、人間の定義では単なる宇宙船である彼らの神殿に動力を供給する原子力施設に対しては、なお崇敬の念を持っています。シャガイからの昆虫にとって、彼らの船は彼らの神殿であり、動力設備の放射性物質は顕現せし彼らの神アザトースなのです。[訳者註:「ザエダ=グラー」の資料を参照]
シャガイからの昆虫は完全な物質的存在ではなく、既に他の生体組織によって占められている領域に侵入するという能力を持っています。この能力を人間の脳に入り込むのに使用する事によって、この精神寄生体は犠牲者の思考を読み取り、それと同時に自身の思考パターンを宿主に強制的に供給します。この事は宿主を速やかにシャンの支配下に置き、その過程でしばしばその人間を狂気に追いやってしまうのです。一度人間の精神に住み着いてしまうと、シャガイからの昆虫の支配は完全なものになり、人間の思考及び感情を全て経験する事が出来ます。
冷静で打算的で無情なシャガイからの昆虫は、人間の感情――彼らには理解不可能な非合理的活動に魅了されています。彼らは人間の恐怖と苦痛から特別な快楽と、それに伴い合理的思考の完全な喪失を体験するのです。異界の惑星上で脱出の希望の無い罠に捕らわれ、未来無き無限の倦怠に陥ったシャンは超理性的存在から、人間の苦悶を創造し経験する事で得られる刺激に耽溺する、感情の海の航海者へと堕落してしまいました。
スペインにおける異端審問の陰の推進力として、シャンの植民地の存在があったという仮説が立てられています。また一部では、聖書に記された都市ソドムとゴモラにはシャガイからの昆虫が巣くっていて、不慮の事故による彼らの宇宙船の爆発こそがこれらの都市が壊滅した真の原因であったと信じられています。
マリア:だけど何故なの、こんなに愛しているのに、
どうして私はあなたのために死ななければいけないの?
ピエトロ:何故なら、
君が生きている限り、ぼくの愛は一日で消えてしまうけれども、
君が死んでしまえば、ぼくの愛は永遠に君のものになるからなんだ。
――第一幕より「死の二重唱」、ベンベント・チエティ・ボルディゲラ、1768年
この歌劇の楽譜と台本は、1768年にイタリア人ベンベント・チエティ・ボルディゲラによって製作されました。この歌劇は出版された事はありませんが、かつてたった一度だけ上演され、観客に数人の死亡者と行方不明者を出す暴動という結果を残したそうです。作曲家は異端として逮捕されました。ある者は、彼がフランスへと逃亡し、そこで数年後に人知れず亡くなったと言っています。しかし裁判記録には、彼は1771年に処刑されたと簡潔に記されています。この楽譜を見た博識な作曲家や演奏家は、そのある部分については「演奏不可能だ」と断言しました。けれども、独創的だったボルディゲラはそのような部分のために様々な種類の新しい楽器や演奏法を考案していたのだが、それらは後に失われてしまったのだと噂されています。この歌劇の手書きによる複写が英国博物館、フランスの国立図書館、ヴァチカンのZ-コレクションに収蔵されています。
「ミサ・ジ・レクイエム・ペル・シュジャイ」は、新しい本拠地を探して星々の間を彷徨うある種族の旅について物語っています。この歌劇は強姦・近親相姦・拷問その他の堕落への従事を主題として扱っており、それ故一度だけの悲惨な上演のすぐ後に、教会と市民の権力者との両方から非難される事になりました。その非人間的な音程と平均律から明らかなように、この楽曲は実は作曲家の脳に寄生していたシャガイからの昆虫によって生み出されたものです。この歌劇の楽器用の楽譜には、特殊な呪文が密かに織り込まれています。
イタリア語で書かれているので、台本を読む事がこの歌劇に含まれている情報の大部分を得る最も簡単な方法です。この歌劇の全幕を鑑賞しても(いつか再びそれが上演されたとしてですが)同様の恩恵と損失を受ける事になりますが、あるいはそれに加えて悲惨な結果を招くかも知れません。正気度喪失は1D3/1D6、クトゥルフ神話に+4%、研究及び内容の把握に要する平均時間は2週間/斜め読みに要する時間は4時間です。
実際にこの歌劇を完全なオーケストラ及び合唱によって上演すると、第三幕の半ばあたりで〈アザトースの招来〉の呪文がかけられる事になります。
この歌劇の出来を左右する難解な旋律をなんとか習得した音楽家や歌手は、適切な技能にチェックを受けます。以後それらの芸術家は、歌劇の他のパートが演奏されている際に自分のパートを奏でたり歌ったりする事を避けるために、POW×5のロールに成功する必要があります。
Pagan Publishing
"The Annotated Unspeakable Oath #3"
"Mysterious Manuscripts"
1768年に、謎めいたイタリア人の作曲家ベンベント・チエティ・ボルディゲラは、シャガイから来た異界の昆虫、彼らの経験した苦難とそれに続く宇宙の黒い深淵への大脱出に関する長く奇怪な歌劇である「ミサ・ジ・レクイエム・ペル・シュジャイ、シャガイへの鎮魂曲」を書いた。この鬼気迫る鎮魂のミサ曲は、最終的にシャガイを破壊した凄まじい宇宙的大災害を含むシャガイとその住民、シャンの歴史と、その故郷を追われた住民のさまざまな世界をめぐる旅について詳しく語っている。
第一幕は、鈍い灰色の円錐で構成された巨大都市のあるシャガイにおけるシャンの帝国、及び強大なアザトースに対する彼らの退廃的な崇拝について物語っている。最初の幕の最後の場面では、神秘的な真紅の球体の接近とエメラルド色の光を放つ惑星の住民の恐慌について詳しく語られている。
第二幕はシャガイの消滅のすぐ後に始まり、わずかに生き残ったシャンの移民団は宇宙で、彼らにふさわしい新しい本拠地を捜している。昆虫達はザイクロトル、サゴン、及びリクスに立ち寄るが、これらの世界のいずれも彼らの目的には合わなかった。彼らは何らかの種族を奴隷として使用するために捕らえて連れて行きながら、順にそれぞれの地から逃れていった。
この陰気な歌劇の最後の幕である第三幕は、十七世紀頃におけるシャンの地球到着について物語る。忌まわしく病的な歌劇のこの最後の幕は、今は死に絶えたシャガイの別の住人、バオト・ズークァ=モグ(以下を見よ)の地球への旅について詳述している。
ボルディゲラの鎮魂曲は完成するとすぐに法王クレメント十三世の注意を引き、彼は1769年にこの歌劇を禁書にした(しかしその後すぐに亡くなった)。新しい法王のクレメント十四世は正式な査問を命令して、ベンベント・ボルディゲラは1770年に異端者として投獄された。1771年、ボルディゲラは異端によって有罪を宣告され、処刑された。昏き「ミサ・ジ・レクイエム・ペル・シュジャイ」の既存の複写は、全て破棄するよう命令された。法王クレメント十四世はそれからちょうど3年後の1774年に死んだ。
わずかに知られているベンベント・チエティ・ボルディゲラの人生は次のようなものである。彼は1746年頃にローマで生まれた音楽の天才だった。彼は1760年代の半ばにヨーロッパの周辺を旅行して、1766か1766年にはイギリス南部にいたのが知られている。彼は1771年に25歳で死んだ。彼の墓の所在は誰も知らず、彼の名前も業績も歴史からほとんど消え失せていた。
1891年に、おそらくフランスとイタリアの図書館の地下書庫から密かに持ち出された、「ミサ・ジ・レクイエム・ペル・シュジャイ」の複写が二部、ロンドンに現れた。詩人にして「黄金の夜明け団」の一員だったW・B・イェーツは、1891年の秋に短い時間だが楽譜を目撃した事があると主張したが、その後、主張にあった両方の複写は消失してしまった。1927年、たった一冊の崩れかけた複写が、有名なイギリス人の超心理学者ダグラス・A・ウィンスロープ博士の所有物に入ったと信じられている時まで、この歌劇についてはそれ以上何も知られてはいなかった。ウィンスロープは、1927年の春にニューヨーク市で匿名のイタリア人紳士からこの文献を入手したと主張している。ボルディゲラの冒涜的な楽譜は、その複写が他に二部ほど1928年にスペインで目撃されたと言われているが、これらの噂は決して検証される事はなかった。
1940年に、ウィンスロープ博士は彼の地所から消え失せ、その消息が聞かれる事は二度となかった。とても興味深い事に、あの不吉な歌劇を含む、ウィンスロープが所有しているのが知られていた数冊の古い稀少本もまた無くなっている事がわかった。
1958年には、ミサ曲の複写はインドの名前の知られていない人物の所有物にある事がわかり、1967年には、別の複写が日本の個人的収集物の中にあると噂された。
1985年に、オークション業界において「灰色の男」として知られている裕福な入札者が、ロンドンのオークションで鎮魂曲の複写を、噂では#25,000で購入した。この神秘的な収集家の写真が、長く行方の知れないダグラス・ウィンスロープ博士に極めて似ている事が明らかになり、買い手が有名な超心理学者の孫であるウィンスロープ夢調査研究所のローレンス・ウィンスロープであったという事実が示された。
「ミサ・ジ・レクイエム・ペル・シュジャイ」は、シャガイからの昆虫や神話におけるその他の昏き存在に関してベンベント・ボルディゲラが持っていた深遠な知識を明確に示す力作である。この作曲家は、彼が種族の歴史を学んだ際に、実際にシャンの一匹に寄生されていたと推定される。音楽の作曲に詳しい者は誰でも即座に、この作品の信じ難い複雑さがわかるだろう――ある部分は未知の音色や楽器のために書かれているように見える。
この神話作品にはいかなる呪文も含まれていない。しかしながら台本の読解に成功する事によって、神話知識を獲得できるだろう。ミサ・ジ・レクイエム・ペル・シュジャイ、イタリア語、〈クトゥルフ神話〉に+6%、正気度ポイント喪失は1D8。
この楽譜を読むかあるいは上演された作品を鑑賞した者はしばしば、はるか彼方から鬼気迫る音楽と狂気の笑い声が聞こえてくるという悪夢に苦しめられる事になる(初めての時は1/1D2、以降は0/1の正気度ポイントを喪失)。シャン及び彼らの奴隷種族、または彼らの神性について詳しい者は誰でも、より恐ろしくて生々しい夢(アザトース等に関するもの)を見る傾向があり、最初は1/1D4、以降は0/1D2の正気度ポイント喪失を被る事となる。
(以下略)