以下のコンテンツは、Chaosium社の"Call of Cthulhu"サプリメント"Malleus Monstrorum"におけるデータを翻訳したものです。


HE WHO WALKS BEHIND THE ROWS:
畝の後ろを歩くもの、シュブ=ニグラスの化身

動物達が素早く生贄に捧げられ、そして畝の後ろを歩くものが「化身の樹」のあった場所に現れる――どっしりした緑色の巨体に「フットボールほどの大きさの、赤く恐ろしい目を輝かせて」……「どこかのじめじめした納屋の中で何年も干されていたトウモロコシの皮」の、圧倒されるような悪臭を伴って。

――ケヴィン・A・ロス "Dark Harvest" 「収穫の闇」

畝の後ろを歩くものはシュブ=ニグラスの化身です。その姿は「暗黒の母」とよく似ていますが、ほとんど植物のような存在であり、緑色の体表と巨大な赤い目を持ち、トウモロコシの皮の臭いを発しています。この化身は豊穣神としてアイオワ州の田舎町オーク・バレーで崇拝されていますが、そのような地域はおそらく他にも存在するでしょう。アイオワ州のトウモロコシ畑の地下に広がる、横穴と洞窟からなる複雑な迷宮が、この神性の棲みかです。これらの地下道はおそらく、ムーンレンズの守護者が棲むゴーツウッドの洞窟や、シュブ=ニグラスが本来属する平面の棲みかともつながっています。

教団:畝の後ろを歩くものの教団は、その冒涜的な暗黒の儀式において、英国ゴーツウッドの黒山羊の教団と同じようにムーンレンズを使用します。地球上の他の地域にも、別のムーンレンズとそれに関係する教団が存在するかもしれません。

その他の特徴:畝の後ろを歩くものが顕現する際には、依代となる「化身の樹」が必要となります。それは特別に選ばれた樹であり、巨大でねじれ節くれだっている、薄気味の悪い姿をした枯れ木でなくてはいけません。その他にも、この神性が地表にやって来るのは、ムーンレンズという名で知られる異界の装置――地上から50フィートの高さの金属製の塔の上に備えつけられ、旋回するように配置されている複数の鏡に囲まれた、巨大な凸レンズです――を通して満月の光が照射されている時だけです。ムーンレンズを通して月光が輝き、特定の領域に浴びせられる時、暗闇へと続く巨大な戸口が地面に開き、畝の後ろを歩くものが崇拝者達の召喚に答える事ができるようになるのです。

 生贄を受け入れると、この化身はそれを丸呑みにしてしまい、それから地下の暗い棲みかへと引き返します。そこで犠牲者は化身から、奇怪な肉体的変化を被った状態で産み落とされるのです。シュブ=ニグラスに奉仕するよう召集された者の姿が地上において再び見かけられる事はほとんどありません。この化身から産まれる、肉体的に変異を遂げた存在こそがシュブ=ニグラスのゴフ・フパデュ――シュブ=ニグラスに祝福されしものです。

攻撃及び特殊な効果:畝の後ろを歩くものは、木の枝に似た触手、踏みつけ、あるいは犠牲者を丸呑みにする事によって攻撃します。

畝の後ろを歩くもの、豊穣の鬼神

STR 65CON 125SIZ 97INT 21POW 70DEX 20
移動 13耐久力 111

ダメージ・ボーナス:+9D6
武器:触手 100%、ダメージ dbまたはからめ取り
踏みつけ 85%、ダメージ db
呑み込み からめ取った場合に自動的に成功、ダメージ 即死またはシュブ=ニグラスのゴフ・フパデュの一体への変身
装甲:畝の後ろを歩くものには装甲はありません。しかしその植物に似た身体は物理的武器を受けつけません。魔力を帯びた武器あるいは火や電気などのようなエネルギーは、普通にダメージを与えます。この神性は毎ラウンド1D10ポイントの耐久力を再生します。
呪文:畝の後ろを歩くものは最低でも、外なる神に関係する全ての呪文を知っています。
正気度喪失:畝の後ろを歩くものを見て失う正気度は1D10/1D100ポイントです。


訳者註:

畝の後ろを歩くものは、スティーヴン・キングの短編小説「トウモロコシ畑の子供たち」"Children of the Corn"(1977)に登場する「飢えたトウモロコシの神」です。キングの小説では、この神はネブラスカ州の小さな町ガトリンの周囲に広がる広大なトウモロコシ畑を聖地としていて、日が落ちるとその中を歩きまわり、捧げられた生贄を受け取るのです。ガトリンの町では19歳未満の子ども達だけが神に仕えつつ暮らしていて、大人達は全員殺されてしまっています。畝の後ろを歩くものは子ども達の一人を予言者に選び、その口を通して神託を語り、自分の崇拝者達を導きます。しかし子ども達も、19歳の誕生日を迎えた者は神に刈り取られるために、その日の日暮れとともにトウモロコシ畑の中に入っていかなくてはなりません。

キングの小説における畝の後ろを歩くものは、現れる際にロスの設定における満月の光やムーンレンズのような装置を必要としません。また、「化身の樹」に相当するのは広大なトウモロコシ畑自体です。虫食いの一つも枯葉の一枚もない完璧なトウモロコシが1.5フィートごとに規則正しく生えそろい、地面には一本の雑草もなく、周囲には鳥はおろか虫さえも一匹も居ない聖地は、生贄を受け入れる際にはトウモロコシがまるで避けるかのように一本の道を作り、内部にある地面がむき出しの丸い大きな広場へと犠牲者を導きます。そこで生贄は、自分が通ってきたトウモロコシの道がいつのまにか閉じてしまっているのを知り、そして畝の後ろを歩くものが畑の向こうからトウモロコシを押し分けつつやって来る事に気づくのです。

巨大な、高く空までもり上がっているもの……フットボールほどもある恐ろしい赤い目をした緑色のものを……
 どこかの暗い納屋に何年も積んでおかれた乾燥したトウモロコシの皮のような匂いのするものだ。

――スティーヴン・キング「トウモロコシ畑の子どもたち」
訳:高畠文夫、扶桑社ミステリー


2007/07/06

この化身の「豊穣の鬼神」という称号と「フットボールほどもある目」という描写から、長谷川哲也の漫画「神幻暗夜行」(ホビージャパン)第四夜「大師の里」に登場する、一つ目一本足の「大師」を思い出しました。物語はeBookJapan等で購入する事が出来ますが、一応こちらにもあらすじを載せておきます。


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