「ムーンレンズ」雑感


1999/09/09

この物語、題にもなっているムーンレンズがどうしてもたいしたものに思えない事が難点かも知れません。ただのフューチャーサイン、あるいはバットシグナルとしての役割しか見せていないので(ミスコンのスポットライト……は言い過ぎか)。グレート・オールド・ワンが甦る時、シュブ=ニグラスはこれを砕くために歩み出る……と「グラーキの黙示録」には書かれているのですが……そんなたいそうなものには……。

まあでも、シュブ=ニグラスによってもたらされる直接的な脅威として、かの神をゲームのシナリオに生かすための良い例になるのかも知れません。同様の変異をもたらすものとしてはアブホースも考えられますが、不幸な偶然や孤独な魔道士の陰謀等でしか遭遇しそうにないアブホースと異なり、シュブ=ニグラスには教団という組織が存在しますから。より始末の悪い事になりそうです。

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
XX神様の産道(うぶみち)じゃ

行きは良い良い 帰りは怖い
怖いながらも 通りゃんせ 通りゃんせ

登場する怪物は、"THE CREATURE COMPANION"によれば、丘の中から現れたものが「月のレンズの番人」(文中では「ムーンレンズの〜」)という名前で、これはシュブ=ニグラスの化身だそうです。そしてリーキィも変身してしまったゴーツウッドの住人達は「シュブ=ニグラスに祝福されしもの」という名前で、下級の奉仕種族にあたります。

ムーンレンズの番人の姿はやはり男性器ですね。これが丘の斜面にある両開きの扉を出たり入ったりするのは完全に18禁です。その姿や祈祷の言葉から考えても、シュブ=ニグラスの化身としては珍しい(?)男性としての神格ですね。豊穣神の御神体として崇められるものには男性器も女性器もありますので、シュブ=ニグラスの化身がどちらの神格で現れてもおかしくはありません。

"THE CREATURE COMPANION"によると、ムーンレンズの番人のSIZは95、体重にして約95トンという事になるそうです。ちょっと想像がつかないのですが、儀式の度にこいつがゴーツウッドの街中を歩くのだとすれば……丘へと続く道は、よっぽど丈夫に出来ているようですね。というか、こいつが出入りする程の大きさの扉付きの丘は、もはや「山」と言った方が良いのでは。いや、女性器の暗喩ならば、丘の方が相応しいのか(ちきゅうの平和を守るため 三つの僕に命令だ)。

また、番人の攻撃手段は「嘴状の突起および体当たり」とされており、嘴状の突起による攻撃には「呑み込み」の効果もあり、それによって犠牲者をシュブ=ニグラスの僕に変えてしまう、と書かれているそうです。この事は、私が読んだ限りの原文におけるシチュエーションと多少食い違っています。

まず、原文では、犠牲者に対する「呑み込み」は「歯の生えた嘴」ではなく、「まとわりつき、(融合して?)すっぽりと包み込んでしまう触手」によって行われています。描写から考えると、嘴の方は呑み込むにはあまり向いていないようなのですが……。間違って噛んでしまい、「儀式失敗」という事もあるのかも。

そして、犠牲者の変異がどの時点で始まるのかという事も、原文ではやや不明瞭なように思います。"THE CREATURE COMPANION"の通りなら、リーキィは番人に呑み込まれた時点で「アウトォー!」(by板東英二)ですが、では丘の地下にあるあの場所の役目は?単に変異の完了まで幽閉されてしまう場所?確かに変異の結果、人間のふりをするにはちょっと、いやかなり無理のあるもの達も生まれているみたいですが……ではそのようなもの達のための場所?

それとももう少し変異に関係していて、番人によって始められた変異の進行を補助、あるいは促進する「ワインの醸造庫」のような場所?(それ故そこから逃げ出したリーキィの変異は進行が遅いのか?)雰囲気的には温室のようですが……湿気も多そうだし。ではあの場所でリーキィの方へと降りてきた「数本の触手」は何をするつもりだったのか?「シュブ=ニグラスの膣における再誕」と言いながら、「膣」は変異の主要な部分ではないのか?かといって、あまり丘の方を重要視すると、番人はただのパシリになってしまうし……(「贄取ってこーい」って、犬じゃないんだから)。

シナリオにおいては、この丘のような設定は利用しがいがあります。敵の本拠地(=シナリオの目的地)にしてダンジョン。最後は派手に崩落して、探索者達を道連れにしようとする事も出来ます。探索者達の側からすれば、この丘に変異の際の重要な役割があるならば、逆にここをなんとかする事によって番人の招来(?)を不可能、あるいは無意味にする事が出来ます。もちろんこのような丘は世界中に隠れているのですが。

祈祷に出てくる名前、キリスト教における悪魔アシュタロス(「ゴーストスィーパー美神 極楽大作戦!!」の敵役でした)はご存じの通り、もとは中東の女神イシュタル(ドルアーガの塔……イシターの復活……懐かしい)=アスタルテでした。愛と戦争の女神という事ですが、もちろん基本的には豊穣と多産を司る大地母神なのでしょう。それがキリスト教に組み込まれる過程で男性化したのを、男女両性の神格を持つシュブ=ニグラスへの祈祷に持ち出したという事だと思います。

シュブ=ニグラスに祝福されしものを形容して「樹妖」の如き……という表現が使われていますが、ここの原語は"dryad"でした。元のギリシア神話ではニンフの一種といったイメージなので(男性形ですが)、「ドリアド」「ドライアド」等とそのままではおぞましい姿形の表現にはならないと思い、こういう訳語となったわけです。

ちなみに"THE CREATURE COMPANION"では、この僕達のSIZは2D6+6、つまり大きさは人間と変わらないという事だそうです。そしてそのほとんどの姿はサテュロスの如きもので、それ以外のもの達も、人間型ではない方が珍しいという事のようです。という事はやはり、あの丘の地下は「出来損ない」の幽閉所も兼ねているのかも知れません。さすがに描写にあったような「身体を構成する器官の滅茶苦茶な配置や欠落」を有するものに駅員やホテルのフロントを任せるわけにはいかなかったのでしょう。

「地の底で蠢く異形のもの達」と言えば、諸星大二郎の「黒い探求者」におけるヒルコ、あるいは「生命の木」におけるじゅすへるの子孫を思い出します。あと、偶然入手した荻野真の「孔雀王・退魔聖伝」第三巻の中に似たようなシチュエーションの話がありました。

それにしても、リーキィ君のその後が気になります。あの後、どうにかして死んでしまったのでしょうか?それとも完全に変異して、どこかで怪物として一般人や探索者達を襲っているのでしょうか?自身の逃れ得ぬ事を悟り、ゴーツウッドへと帰って行ったのでしょうか?あるいは、神話怪物とその崇拝者達への復讐心を胸に、変異の恐怖と戦いながら、単独で、あるいは探索者達に直接的・間接的に協力して、神話的脅威に抗しているのでしょうか……おお、永井豪!「裏切り者の名を受けて 全てを捨てて戦う男」!

文中に言及されている「メンデスの山羊」とは、デニス・ホイートリの小説「黒魔団」(国書刊行会)において、サバトの場面で登場する怪物の事です。

ゴーツウッドの道中において、森のなかに垣間見える「灰色の塔」は、「シャガイからの昆虫」の住む灰色の金属製の寺院(「妖虫」より)だと思われます。

"THE CREATURE COMPANION" 資料協力:藤九郎様(妖蟲世界)


1999/10/20

映画監督ダリオ・アルジェントの有名なホラー作品「サスペリア」Suspiria(1977)の続編「インフェルノ」Inferno(1980)の中に、世界を密かに支配している「三人の母」と呼ばれる存在がでてきます。それらはローマ、フライブルク(ドイツ)、ニューヨークにある、一人の建築家によって建てられた同じゴシック風様式の三軒の家に住む魔女(魔性の女神)達で、それぞれ、
「嘆きの母」Mater Suspiriorum(マテル・サスピリオルム)
「涙の母」Mater Lacrimarum(マテル・ラクリマルム)
「闇の母」Mater Tenebrarum(マテル・テネブラルム)
と呼ばれています。ちなみに「嘆きの母」は既に前作「サスペリア」に登場しており、ヒロインの女学生に退治されています。また、「三人の母」という名はこの魔女達の家を建てた建築家ヴァレリがその事を書き残した、日記風の古い書物の名前でもあります。

参考サイト:
"AVETE VISTO" DARIO ARGENTO PAGE
http://www.jmedia.tv/argento/

「サスペリア」はラテン語だったのですか……知らなかった。「ラクリム(ラクリマ)」が「涙」というのは、ワインか何かの名前で知っていたのですが。そういえば最近ラクリマ・クリスティというバンドもいたような。では何故第二作目は「テネブラエ」ではないのでしょうね?

英和辞典によると、
Mater Dolorosa「悲しみの御母」(絵画、彫刻等で)悲しんでいる聖母マリアの像
というのもありました(「嘆きの母」はこのカリカチュア?暗黒面?)。

Materは「メーター」とも発音するらしい……という事は、「銀河鉄道999」のメーテルもここから?
鉄郎の母親にそっくりの容貌を持つ女性……。

「テネブラエ」関係で少しメモ(英和辞典から)
Tenebrae
カトリック教:テネブレ(復活祭前週の聖木曜日・聖金曜日・聖土曜日の三日間行うキリスト受難記念の朝課と贄課、勤行中にろうそくを一本ずつ消して室内を次第に暗くし最後の一本は祭壇のすみに隠してキリストの死と復活とを表象する)
……とかなんとか言いながら、本当は土着のナイアルラトホテップ崇拝の儀式を取り込んだのではないでしょうね?
tenebrific
暗黒を生じる
tenebrific star
暗い光を放って夜をもたらすと信じられた星
……「昏い光」というのが良いですね。まがりなりにも自ら発光するという点で、暗黒星(Stella Tenebrarumかな?)とは異なるようですが。
あぁ、乱歩の「暗黒星」を元ネタにしてクトゥルフのシナリオを作りたいなぁ。


2000/01/30

"THE CREATURE COMPANION"における「ムーンレンズの番人」及び「シュブ=ニグラスに祝福されしもの」“クトゥルフの呼び声TRPG”用データをトラペゾヘドロン様が翻訳し、提供してくださいました。ありがとうございます。


2000/08/31

Pagan Publishingから出ているシナリオ集"Mortal Coils"の中に、本作品中で言及されている「シュブ=ニグラスのゴフ・フパデュ」"Gof'nn hupadgh Shub-Niggurath"という言葉について、それが「シュブ=ニグラスに祝福されしもの」を指すものであるという記述がありました。また、基本的なデータは「招来」呪文と同じですが、それに加えて「『偉大なる母』を誘惑し、自身を食らいつくさせる事によって彼女を孕ませ、そして召喚者を『シュブ=ニグラスに祝福されしもの』として生まれ変わらせる」効果を持つという呪文、「大いなる母の招来」 "Call Magna Mater" が紹介されていました。


2001/03/23

"THE KEEPER'S COMPANION"における「ムーンレンズ」「ムーンレンズの番人」及び呪文「ムーンレンズの番人の招来/退散」“クトゥルフの呼び声TRPG”用データをけえにひ様から提供していただき、翻訳しました。ありがとうございます。


2006/02/01

いくつかのサプリメントやシナリオ集のイラストを見比べてみると、ムーンレンズの番人の胴体から生えている"spine"は、「棘」よりも「背骨(状の触腕)」と解釈されている方が多いように思えました。それにならい、要約中の描写も「棘」から「背骨状の触腕」のように変更してみました。


2007/02/09

"Malleus Monstrorum"から、ムーンレンズの番人との共通点を持つシュブ=ニグラスの化身「畝の後ろを歩くもの」のデータを訳出しました。


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