第9話:黒ギツネとの苦しい戦い【3】

イカサマの案内で、やってきた場所には岩場に洞穴があった。
「…あれが、ザクリの住み処だぜ」
「あのザクリのことだ、寝込みを襲ってもきっとやられる…」
クリークの慎重な意見に、みんなも同調する。
「うーん、どうやってイエナの安全を守りながら、ザクリを殺るかだな…」
ヨイショも、真剣な表情だ。その傍らで、独り考え事をしていたガクシャが、何か思い付いた。
「皆さん、いい作戦がありましたぞ!」
ガクシャの言葉に、仲間たちは色めき立つ。
「水責めですよ、水責め。この谷川の水を、一気にザクリの住み処に流し込む!絶対の名案ですよ、名案!ホッホッホー」
自信たっぷりのガクシャの意見に、ガンバ達は早速、作戦を実行し始める。
「全く名案だぜ、さすがガクシャだ。ところで、イエナを水責めの前に助け出す作戦は、できてるんだろうな?」
ところがヨイショの言葉に、ガクシャは沈黙してしまう。
「何、できてねぇのか?」
「ガクシャ、そりゃひどいよ!」
ガンバが駆け寄るが、ガクシャには言葉がない。
「ケッ、やめた!こんなこったろうと思ったぜ」
イカサマは、呆れ顔で作業を止めてしまう。
「ガクシャ、どうなんだよ?」
「はっきりしろよ…」
ガンバとヨイショに責め立てられても、ガクシャはしどろもどろ。そんなやり取りを見ていたボーボは、ついに居たたまれなくなり
「イエナちゃーん!」
叫ぶが早いが、ザクリの住み処に単身、イエナを救いに走り出してしまった。「ボーボ、危ない!引き返せ!」
ガンバが大声で呼びとめるが、ボーボは止まらない。
「まずい!隠れろっ!」
ヨイショが、ガンバ達を岩陰に隠れさせる。そして、そっと成り行きを見守っていると…住み処の奥から、ザクリの声が響いた!
「わああああっ!」
ザクリに追われて、慌てて逃げるボーボ。それを追おうとしたガンバを、ヨイショが押さえる。
「待て、ガンバ!もう、追っても追いつかねぇ。後は、運を天に任そう!」
そして、クリークに向かって
「クリーク!今だ、ザクリのいないうちにイエナを!」
「あ…イエナ!」
クリークは、我に返ったように住み処に向かった。そして、その中でイエナを無事救出した。

一方、森の中を必死に逃げるボーボを、ものすごいスピードで追うザクリ!捕まるのは時間の問題か…と、その時!
「わあああっ…!?」
突然、ボーボは何かのショックを受け身体が宙に浮いた。
「しっ、声を立てるなっ!」
リス達が、木の上からボーボを吊り上げたのだ。それに気づかないザクリは、そのまま森を突っ走っていく。
やがて、ボーボを見失ったことに気づいたザクリは、住み処へと戻ってきた。
「…来ましたよ」
シジンの耳が、ザクリの足音を捉え仲間にささやいた。そして、ザクリが住み処に入ったのを見届けて、クリークが叫んだ。
「今だ…!」
彼らは、準備した通り谷川の大岩を、木の枝をてこの要領で動かすと、岩が崩れて水が流れ出した!水は勢い良く洞穴に流れ込み
ザクリに向かっていった!しばらく、その成り行きを見守っていたガンバ達は、確信を持った。
「やった、やったぜ!」
だが、彼らの耳にザクリの咆哮が!ガンバ達が見上げたその先には…全身ずぶぬれで怒りに震えるザクリの姿だった!
「しまった…抜け穴があったんだ!」
またまた、裏をかかれて呆然とするガンバ達に、ザクリが襲い掛かる!
「逃げろっ!」
彼らは、森の奥に逃げ込んだ。怒り心頭のザクリは、ものすごいスピードで彼らを追う。そして、逃げ遅れ気味のガクシャに
追いつこうとしたがその時、突然木がザクリを襲った。リス達が、木を蔓で吊るしそれをザクリにぶつけていたのだ。
しかしザクリは、それに翻弄されることなく、その仕掛けに襲い掛かる。そして、それを操っていたリス達が木の上から
落ちてくると、怒りの爪でリス達を…!

その頃、逃げるガンバ達は洞穴を発見した。
「この中に、逃げるんだ!」
ヨイショの言葉に、仲間が続く。すると、中からコウモリの群れが飛び出してきた。ガクシャはそれに驚いて腰を抜かしかける…
一方、ザクリはコウモリの群れが飛んでいくのを見て、何かに気づいた!そして、ガンバ達が逃げ込んだ洞穴を、あっさり突き止め
飛び込んできた!そして、逃げるガクシャをシジンを忠太を、次々と蹴散らして走っていく!
「ここに隠れろ!」
クリークは、イエナを岩陰に隠れさせて再び逃走。しかし、ザクリにすぐ追いつかれた上にザクリもクリークと分かると
しつこく彼を追いまわし始めた。一方、ガンバ達は洞穴の外に出たがそこは、滝の上に突き出た岩場。行き止まりの上に逃げ場もない。
「くそう…丁と出るか半と出るか、こうなりゃやるっきゃねえぜ」
イカサマが、覚悟を決めようとしたその時、彼らの背後でザクリの声が!振り向くと背後に迫ったザクリが、口に何かくわえている。
ザクリは、それをドサリと足元に落としたがそれは傷ついて動けないクリークだった。
「クリーク…!」
その姿に、一瞬呆然とするガンバ。しかもザクリはこちらに向かってくる!だがガンバは猛然とザクリに立ち向かい、その足に噛み付いた。
そして、振り払われて叩き付けられても怯まない。それを見て、ヨイショとイカサマもザクリに飛び掛かり、噛み付いて攻撃する。
ザクリは、苦しげな声を上げて彼らを振り払おうと必死になる。そんな彼らの攻防の横でクリークは傷ついた身体を必死に動かすと
何かを求めて這い出した。
“リスには、爪も牙もないんだ。でも…俺は欲しいんだ。鋭い爪と、大きな牙が…!”
そして、クリークはあるものに手を伸ばした。
一方、ガンバ達の必死の攻撃もザクリのパワーの前に力尽き、岩場に叩き付けられてしまう。そして、怒りに燃えるザクリはガンバに
向かってきた。逃げ場のないガンバは、崖っぷちに追いつめられてしまう。後ろは滝壷、前にはザクリ!そして、ザクリの大きな真っ赤な口が
鋭い牙が、ガンバを襲おうとしたその時…!

「ザクリーッ!」

クリークの叫び声と共に、鈍い音が辺りに響いた!
「あああ…!」
クリークが、最後の渾身の力でザクリの身体に、太い木の枝を突き刺したのだ。呆然とそれを見守る仲間たち…時が、一瞬止まった!
「……!」
ザクリは、断末魔の悲鳴を上げてよろめくと、足を踏み外して滝壷へと落ちていった…
その身体に突き刺さった枝を、しっかり握り締めたまま瞑目したクリークも…
仲間たちが駆け寄った時、激しい水しぶきの音を残して、ザクリは滝壷に消えた。
「クリークーッ!」
後には、ガンバの絶叫が空しく響くだけだった。

こうして、ザクリの恐怖は去り島に平和が訪れたが、その代償はあまりにも大きく…
夕日を背に悲しみの葬儀が行われたが、イエナはただ泣き崩れ、彼らには言葉がなかった。そして、ボーボとイエナにも別れの時が…
「これ、海の上で食べて」
イエナが差し出したクルミを受け取ったボーボは
「美味しい?」
「ええ」
「とっても?」
「ええ…」
別れの言葉が言えずにいるボーボに、ヨイショの声が背中から飛んでくる。
「おーい、ボーボ…出発するぞー」
「あの…元気でね!」
ボーボは、それだけ言うのが精一杯だった。そして、イエナに背を向けて走り出した。
「さよーならーっ!」
イエナの声に、ボーボは振り向くと
「おいら、大きくなったら、イエナちゃんをお嫁にするぞーっ!」
思いのたけを叫ぶが、風邪に邪魔されてその声は届かなかったようだ。
「えーっ、なーにーっ!?」
「な、何でもない…さよーならーっ!」
ボーボは、ちょっと残念そうだったが、今度はイエナの耳に届けとばかり、ありったけの声を上げて、大きく手を振り別れを告げた。
そして、強風と荒い波の中ガンバ達の乗ったいかだは、島を後にした。誰もが、複雑な思いを胸にしまったまま、小さくなる島を見つめていた。
「ケッ、もう夏だってのに、冷てぇ風が吹くぜ…」
イカサマの呟きも、風の中に消えていった。

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