信州上田市真田町戸沢の道祖神祭り 1
「戸沢
ねじ藁馬引き行事
についてなど

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  「戸沢のねじ」について

エッセイ「道祖神祭り」 室生朝子先生 

(ねじ・わら馬作品の無断転載禁止)

2009年

2009年2月 
真田町戸沢の道祖神祭り
における「ねじ」の新作
              作者:宮島 幸男



2008年2月8日 「ねじ」の新作  作:宮島 幸男

朝顔のあんぴ 薔薇のあんぴ



「戸沢のねじ」について




 長野県上田市真田町戸沢地区では毎年、年2月8日朝、伝統の道祖神祭り「戸沢のねじ行事」(国選無形文化財)が行われます。
 わら馬を引いて幼児を連れた母親たちが、道祖神の前に集まり、無病息災を祈りながら、ねじを交換し合います。「ねじ」とは、蒸した米の粉に小豆餡を入れて形作ったもので、赤や緑の食紅で鮮やかに彩色(後から彩色するのではなく、小豆餡を入れるため、「きじ」(蒸した米の粉を団子状にしたもの)を広げる際に、食紅を混ぜた「きじ」を一緒に練りこんで色を広げる)をしてあります。 (平成18年2月10日
ねじ(うさぎ・梅の花)
 
作:(故)宮島 ふく井
〜06.11ミミール店主

戸沢のわら馬
わら馬・ねじ共に作:宮島幸男
ねじ(上・あんぴ 
下左より・うさぎ、亀)
 
ねじ(あんぴ・ばら) ねじ(あんぴ・朝顔)
2007年2月8日の新作(バラのあんぴ、朝顔のあんぴ)
(上のような種類の「ねじ」は「あんぴ」と呼ばれているが、名前の由来は「ねじ」と同様に定かではない。小豆餡の入った土台の上に、作り手が自由に創作した草花などがあしらわれる。熟練した菓子職人のような技が、わら馬の技術とともに、代々受け継がれている。)      

「ねじ」のいろいろ(2007) 作:宮島幸男
左写真右上の三角の形のものより「がらがら」(子供のおもちゃ)次、時計回りに「ふくらすずめ」「菊」(菊の花)、「葉っぱ」、「梅」(梅の花)、「みょうが」
左写真上、「たい」
その右下「えび」、「かめ」、「うさぎ」
2007.2の新作
ハト カメ ハイハイ(赤ん坊) エビ

「道祖神祭り」 室生朝子  (室生朝子著 「鯛の鯛」 紅書房 より)
 信州真田町戸沢にいる、宮島さんという高校の先生は、犀星の熱心な愛読者で、私の講演を聞きに来て以来、仲良くつきあっている。彼は結婚をし赤ん坊が生まれた。宮島家にとってはじめての内孫である。
 私は二,三年前からお祭りの話しは聞いていたが、今年は初孫のお祭りだから盛大にします。ぜひ来てください、といわれていた。冬のうちでも特に寒い二月の七日と八日である。道祖神祭りとも、初午、または初市ともいうのだそうである。
 高さ八十センチほどの藁で作った馬に、御供え物の藁苞(わらづと)を積み、母親は背中に赤ん坊をおぶって、風や雪が降ろうとも、雪道を馬をひいて村の中央の道祖神までいく。
 年のはじめは珍しいお祭りだから、ぜひ行こうと考えていたが、左の肩かた肱にかけて激痛が走り、毎日電気治療に通っているが、その痛さのために、毎日鬱々と気が重い。旅にも出たくないし、人にも会わない。こんな日々が時々つづく。従って来年こそはでかけられるようになりたいと考えている。
 十日の午後に細長い宅急便の箱が届いた。開けてびっくりした。思いがけない贈り物であった。昔の納豆のような藁苞が二本はいっていた。私はとり出して真ん中あたりをそっと開いてみた。ひとつずつラップに包まれた、鮮やかな色のお餅のようなお菓子のようなものが五種類はいっていた。宮島さんの手紙がついていた。
 鯛一匹、桜の花を象った美しいもの、目玉の赤い耳がピンとしている兎一匹、えび、これはザリガニかもしれないが鋏があった。手紙によるとひしという菱形のものもあるそうだがそれはなかった。茗荷一本、これらを総じて「ねじ」というのである。なぜネジなのかわからない。桃色がかった赤と鮮やかな黄色、緑の三色が調和よく使われている。
 たとえば、鯛は背ビレ、背中の方は赤、腹は白い、目玉は黄色の縁とりで、真ん中の目の玉は赤い。茗荷は三色交互に使い、一枚一枚の皮の重なりもはっきりとわかり、根元の方はころりとしている。
 昔は赤だけしか使わなかったそうだが、いつか二色増してより美しいものに仕上げたそうである。
 私は茗荷をレンジであたためて食べた。中にはこし餡がはいっていた。皮の生地はお米の粉、いずれも手作りで素朴な味であり、お茶を濃くいれて楽しい味であった
 鯛とかえびや桜の花の意味はわかるが、なぜ兎と茗荷が加わっているのか、不思議である。道祖神のお祭りは地方地方で呼び名も異なるし、祭りの方法もそれぞれである。信州では小正月に畠の真ん中に丸太を三本組み立てて、書き初めを燃やしたりする三九郎祭りも、道祖神祭りの一種である。
 私は現実には見ていないけど、供え物を積んだ藁の大きな馬を、母親は赤ん坊に風邪をひかせまいと気をつけながら引いて、お参りに行く。この母と子の姿は尊いほど美しい。赤ん坊には自覚としての思い出はないだろうが、大きくなってから妹や弟が生まれた時、母親からはじめてきかされる話は、単に昔からの村のしきたりよ、だけではすまされない、親と子の絆は強く結ばれているのだろう。
 母親は赤ん坊の成長を願い、無事を祈り、美味しい鯛や新鮮な茗荷を沢山食べて、兎のような真っ白い心でよい子に育ってほしいと、いのるのだと思う。