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第30回 おそるべし、中国の量産ネツケ!
平成17年9月6日




 世の中、コピー商品やニセモノ品が好きで好きでどうしようもない人種がいる。新橋駅のガード下に行けば、ブランド品を違法にコピーしたハンドバッグや財布が格安で売られていて、客が群がっている風景がある。高級ブランドが千円や二千円程度で買えないことは百も承知で、ニセモノと知った上で商品を漁っているのだろう。安くて見栄えさえよければ正体は関係ない。ブランドを作り出した職人の苦労は知ったことじゃない。ニセモノ、万歳!!


 根付の世界で言えば、昨今のヤフー・オークションに出品されている9割以上の根付は、中国からの量産によるもの。それらのほとんどが、図録やカタログに掲載された本物の根付のコピー品である。安価な中国の根付が世界を席巻しようとしている。映像ソフト、ゲームソフト、パソコンソフト、ブランド品だけでない。中国の安い労働力と著作権保護に対する希薄な意識が、大量のコピー・ネツケを作り出している。根付の贋作作りは江戸時代から続いているが、今後大きな問題となるのは、中国産の大量のコピー・ネツケではないだろうか。中国産のネツケについて、インターネット上を徘徊していたら面白いものを見つけたので報告する。



 まずは、「サイバー・インポート社」のウェブサイト。業者の所在地は中国の北京となっている。中国ネツケのインターネット通販が行われている。デザインは十二支、猫、蛙、鳥、魚など多彩な種類がある。ヤフー・オークションで数千円の安価で売られているタイプの根付が多い。この業者の特徴は、黄楊や鉄刀木、チーク材を用いて、ハンドメイドで製造するとのことで、紐通しの穴は「貴方のお好み次第でどこにでも空けます」とのこと。

 個人相手の小売りはしておらず、もっぱら小売業者向けの卸業者である。例えば、虎根付の場合、最小販売単位として15個以上の注文が必要。単価は$3.49で、日本円にすると400円もしない。大量生産、大量販売を前提としている。日本のヤフー・オークションで出品する業者は、このような卸業者から大量に輸入して売りさばいているのだろう。原価が数百円であれば、日本の小売りで仮に千円で売れたとしても、利益率は非常に大きい。

 驚かされるのは、「カスタムオーダー」なるメニューがあり、“Custom Orders are possible with any of our hobby collectibles products. Send us a .jpg exampleof what you want.”と書いてある。和訳すれば「何か欲しい根付がある場合、デジタル写真を電子メールで送ればお望み通りの根付を製造して差し上げます。」との意味。つまり、図録に載っている本歌根付の写真をパソコンでスキャンしてメールで送れば、その通りのものが製造されてくるらしい。

 電子技術が発達した今日、業者はコンピューターのスキャン画像から立体画像を起こして、精巧なコピーネツケを製造することができるのだろう。下の写真は、この製造プロセスを証明できる証拠として考えられると「根付裏ギャラリー」で紹介したものだが、今回、実際にそのような商法が中国業者によって採られていることが分かった。


コピー商品 パソコンでコピー 本歌の現代根付
Bernard Hurtig著
”Masterpieces of NETSUKE ART”
p.144 より
左がコピーで右が本物。コピーはインターネット上で中国系の業者が売っていた。両者の姿形や配置が酷似しており、有名カタログからデザインのコピーが起こされている証拠と言える。




 次に紹介する業者は、上海のネツケの卸業者「Shanghai Bluesea Foreign TradeCo., Ltd」とある。漢字では「上海青海商会」とでも書くのだろうか。こちらのネツケ製造は半端ではない。まず、原産地(Product Origin)は「China」と書かれている。工場の製造能力(Supply Ability)は「10,000pcs/month」とあり、月産1万個であることがわかる。業者のプロフィールによると従業員は約100名。上海郊外にある工場の敷地面積は3000平方メートル。製品の95%は輸出に回されている。中国のネツケは、なんと工場で生産されているのだ。おそるべし、中国ネツケ!

 こちらも卸業者であり、最小注文単位(Minimum Order)は 50個以上となっている。50個以上を大量注文しないと売ってくれない。配達期間(Delivery Lead Time)は「20 days」とあることから、注文して20日で完成品が届けられる。江戸時代の根付師は20日かけて一個の根付を一生懸命作っていたけれど、中国ではガチャガチャと機械で百個、千個の根付が一度に作れるらしい。すごいことですね。

 この業者もコピー品を作っている疑いがある。“We supply netsukes and carvingcrafts which are made of boxwood, iron wood, mammoth ivory and bone. Thesecrafts are made by hand and skillfully according to the traditional Japanese antique style.”と書いてある。木刻だけでなく、象牙材や骨材のネツケに対応できるようだ。“伝統的な日本の古根付のスタイルに従って手作りします”との表現が怪しい。最初の業者と同様に、本物の古根付の電子写真を用いて注文すれば、そのスタイル通りに製造してくれるに違いない。“この銘を入れてくれ!”と追加注文すれば「光廣」でも「豊昌」でも何でも対応してくれるのだろう。




 これらの中国業者が生産する中国ネツケの問題は何か。わずかでも本物の古根付のこと知った者ならば、中国ネツケは簡単に見破れる。しかし、本物の根付を一度も見たことがなく、インターネットで「Japanese Antique Netsuke」と嘘の表示がされていたら、騙されて買ってしまうこともあるだろう。初心者だった頃、私も中国ネツケに騙された経験がある。業者が扱う商品の中には中国人によるオリジナルのデザインもあるのだろうが、「どこかのカタログで見たことがある」タイプのコピーも多い。

◎最近インターネット上で見つけたニセモノ
芝山象眼を模した饅頭型の根付。最近この手のタイプが増えてきたので要注意。ヤフーオークションにも時々、類似の芝山タイプの饅頭根付が出品されている。デザインが全然ダメ。日本人に毛虫や蝿の根付を腰に提げたいと思う者はいない。フェイク根付というよりもジョーク根付の一種か。このような芝山タイプが中国方面から来ている証拠がある。
大小の紐通し穴が良くできているが、完全に贋作根付。小さい紐通し穴の縁が鋭利であり、紐がすぐに切れてしまう。実用性を考慮せず、形だけを単純に真似たもの。細かい彫刻も全然なっていない。

明治初期にこの手の根付を製作した根付師一派が居るが、そのフェイク。この花咲爺の顔は中国ネツケに良くあるタイプである。生理的にこの手の顔を受け付けない人も多いのではないだろうか。


 コンピューターソフトの権利保護団体、ビジネス・ソフトウェア・アライアンス(BSA)が2002年に調べたところによると、パソコン用ソフトの違法コピーの実態の調査では、中国で使用されているソフトの9割以上は違法コピーによるものだという。中国の模倣品摘発は世界的な課題となっている。


 同じように、大量生産のコピーされたネツケが市場を席巻し、この低級な彫刻品が「(日本古来の)根付」なのだと世間に認識されてしまうことが最も怖い。世間の「根付」の定義が変わろうとしている。悪貨はいずれ良貨を駆逐する。我々はどうするべきか。根付の定義を定めて不当なコピー品を排除できるだろうか。シャンパーニュ地方のシャンパン、魚沼産のコシヒカリ、宇治茶のように根付についても産地問題に絡めて原産地の定義を厳守させることが必要だろうか。しかし、外国の根付アーティストが増えており、原産地だけでは括れない事情もある。

 もし、中国の職人が一品ものの精巧な贋作根付を本格的で製造し始めたらどうだろうか。贋作にも得手不得手はあるだろうが、藻スクールのような特殊な染色技法が必要な根付であったり、友忠・岡友のように完璧な動物のプロポーションの彫刻を完全に真似るのは難しい。一方、手間暇さえかければなんとか頑張れるもの、例えば、景利(かげとし)の蓬莱山や懐玉齋の動物根付、芝山の象眼細工などは、中国の職人が本気で贋作作りを仕掛けたとすれば、恐ろしく精巧なものができるに違いない。



 かつての日本では、美術工芸分野で「本歌取り」と称する良き伝統があった。本歌取りは、元々は和歌や連歌の技巧の一つで、手本となる歌の句や発想を取り入れる手法である。本歌取りという意味が分からなければ、物まねによる技術の習得と言い換えても良
い。明治期の東京美術学校の教育も、名工が作成した手本板を生徒が真似ながら技術を伝習するスタイルだった。師匠の作品に似せて、模倣することによって技術を向上させ、流派の様式を学び、作風のバリエーションを広げるという良き伝統である。しかし、これは贋作や違法コピーとは明確に異なる。少なくとも、赤の他人である有名根付師の銘を勝手に入れて流通させることは、完全に贋作行為である。江戸時代であってもこの違いは明確に意識されていて、混同されたことはない。

 あの『装劍奇賞』においても、稲葉新右衛門は「法眼周山の贋物(がんぶつ)」「岷江の偽物(ぎぶつ)」「友忠の偽造(ぎぞう)」と記し、贋作は唾棄すべき対象として警句を発していることを忘れてはならない。例えば、友忠銘を付した臥牛のコピー商品を流通させることは、贋作という不当な手段で利益を得ようとするものであり、当時の常識でも「悪」とみなされていた。本歌取りと贋作の両者を混同することは、贋作に対してゆるい鑑識眼を持つことになり、それこそ自身の蒐集も真贋取り混ぜたゆるい作品の集合となるに違いない。

 独創的な美術作品に対して、本人が製作したのか、他人が製作したのか。真実はどちらか一つであるはず。その真実を真摯に見極めようとする姿勢は、芸術家(根付師)に対する敬意の表れでもある。一度、著作権法の目的を読み返して欲しい。著作権法は「著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、・・・・著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与すること」(第1条)を目的としている。
 つまり、芸術家の利益を守ることにより、芸術活動を保護し、全体として文化の発展を確保することを狙っている。裏返せば、違法コピーは芸術家の生活を脅かすものであり、芸術家を殺すもの。著名な現代根付師の作品をコピーしている中国業者は、本来ならばその根付師が受け取るべき利益を不当に横取りしていることになる。大切なのは真贋の区別を追求しようとする姿勢である。


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