"Omaggio a Franco Corelli" alla Teatro alla Scala
フランコ・コレッリ・インタビューV
Intervista con Franco Corelli V

マリア・カラス

スカラ座デビューの時は、マリア・メネギーニ・カラスとの共演でもありましたね。彼女とは最後まで親しい友として付き合われましたね。どんなことをよく思い出しますか?

カラスと歌う!その右に出るものはない。彼女とレナータ・テバルディがオペラを決定付けたんだ!カラスは誠実な同僚だった。優しくて、協力的で、プロフェッショナルだった。彼女は劇場そのものだ。何でも成し遂げた。ロマンツァに留まらず。舞台にいるために生まれたようだった。すべてのしぐさが完璧で、雄弁だった。すべての言葉が吟味されていたんだ。声は美しくなかったけれど、心に現れ捕らえたメロディの霊感に満ちていた。そして、生まれながらに並外れたドラマに対する見識を備えていた。彼女は、登場人物の"内部"に入り込み、聴き手を身震いさせてしまう。

コレッリは、カラスが途中で降板してジョヴァンニ・グロンキ大統領を置き去りにした、『ノルマ』の上演があった1958年2月のローマ歌劇場に立ち会っていた。それは"歴史的な"ラジオ生中継となった。
実際のところは、どうだったのでしょう?

マリアは前の晩のテレビ放送が予想以上に長引いて、疲れて声が落ちていたんだ。一幕のフィナーレで、一人の愚か者がガレリアから「それが100万リラの声か」と野次を飛ばした。それでますます悪くなってしまった。「もう歌わないわ」と、彼女は言い出した。
「シニョーラ、さあ、あなたの出番ですよ」と彼女は詰め寄られて、事態は悪化した。大臣たちまでが駆けつけたけど、どうにもならなかった。彼女を説得するという最後の頼みの綱だったのに。彼女は皆を追い出して、ドアや椅子や色々なものを蹴飛ばし始めた。「私は調子が悪いのよ。悪いんだったら。あなたからも彼らにそう言ってちょうだい」と私に頼んできた。「私たちは、調子が悪いときは歌えないんだって、彼らに言ってやって!」彼女の声は、ますます落ちてきて、とうとうキャンセルしなければならなくなったんだ。でも、冗談じゃないだろう?こんな状態で舞台に戻るのは、よほどの馬鹿だけだ。

その後も、パリやニューヨークで共演しましたね。

ニューヨークでは、彼女の人生で一番悲しい夜に居合わせたんだ。マリアは、この頃、きれいだった。とってもきれいだった。あんな風な装いをすると、まだとても美しかったんだよ。
私たちは、カラヤンと一緒にディスコにいた。彼女は、今日は特別な日だと私たちに打ち明けていた。「私の人生の"明日"がどうなるか今夜分かるかもしれないの」と言って。我々は、席をひとつ取っておいた。オナシスを待っていたんだ。
でも、やって来たのは、ジャーナリストたちで、まったく思いがけない、気も動転するようなニュースをもたらしてきた。船舶王は、カラスと結婚する代わりに、ジャクリーヌと結婚するのだと、喚き立てて。


コレッリは黙ってしまった。そして1953年に知り合い、生涯のすべてを夫のために捧げた元ソプラノ歌手の妻のロレッタ・ディ・レリーオと悲しげな視線を交わした。二人には、芸術家としてではなく、傷ついた一人の女性、絶望に打ちのめされた女友だちとしてのマリア・カラスの悲劇の思い出が未だにのしかかっているのだった。

オペラの未来

ざっくばらんに伺いますが、今、天井桟敷にいるフランコ・コレッリとしては、どんなことをお考えですか?

劇場の中でも、時代は変わるし、これからも変わっていくだろう。ここでまた新たな成功が生まれ、不成功も生じる。天井桟敷は、これから後もずっと劇場の一夜に生彩を与え続けていくだろう。
それがオペラを生かすことであり、未来にも生かしていくことになるだろう。

それでは、オペラの未来は…

親しまれるレパートリーになるような同時代の作品は、もはや
作られていない。すべては終わり、過ぎ去った。もし、メロディが失われたら、後には何も残らない。でも、オペラはけして死なないだろう。あまりに美しすぎるから。

FINE


スカラ座のshopから、当劇場で2001年10月に開催された Omaggio a Corelli フランコ・コレッリに捧げる夕べ のカタログを取寄せてから、既に4年近い月日が流れてしまいました。私がこのインタビューの訳を遅々として進めないうちに、2003年10月29日、フランコ・コレッリはこの世を去りました。
その日から2年の歳月が流れ、やっと訳を終えました。
これはおそらくコレッリ生前の最後期に成された貴重な証言だと思います。特に最後の章での、時代と共に去っていこうとする名歌手が、未来に希望を託して遺した言葉には、訳しながら深い感動を覚えました。
つたないながら、このインタビューを日本語にしたことを、いちファンとして天国のマエストロ・コレッリに捧げます。

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