2/


「――おい、式」

 事務所を訪れて一時間。
 几帳面に十分毎に一回、これで橙子が私を
呼ぶのは六度目だ。
 ……一時間。もう、そんなに経ったのか。

「……まったく。久しぶりに顔を出したかと
思えば、普段にも増して仏頂面に無口の土産
ときたか。新手の嫌がらせか?」

 返事をしない私に、橙子は大袈裟に肩を竦
めてソファへ腰を降ろす。
 誰にも憚ることのない尊大さで。
 それは当然だろう。
 ここは蒼崎橙子の工房、彼女の城だ。
 自分の領地で畏まる王などいない。
 ……そう。橙子の事務所に、私はいる。
 つい昨日、幹也と鮮花が繋がっていた場所
に、両儀式は佇んでいるのだ。

「口が聞けなくなったから治してくれという
んじゃあるまい。治療は私の専門じゃないし、
なまじの問題なら、おまえは自分で殺せるん
だからな」

 刺々しい口調で、橙子は容赦無く私を責め
立てる。話し相手にもならない客が転がり込
んだのでは確かに迷惑だろうが、こっちだっ
て好きで黙りこくってるわけじゃない。
 なまじの問題じゃ、ないんだ。

「まったく……今日に限って黒桐も来ないか
らコーヒーが飲めん。不愉快だ」
「――っ」

 幹也の名前に、身体が反応してる。
 来ないはずさ、トウコ。
 あいつは今もきっと、どこかで鮮花と。
 ――私じゃなくて、鮮花と。

「……ああ、くそ」

 何度も繰り返した憤り。
 よりにもよって、なんで鮮花なんだ。
 血の繋がった実の妹だぞ。
 兄貴と妹で、こんな場所で、その――セッ
クス、するなんて。
 なんていうんだ、ああいうの。
 ええと、そう、確か。

「なあ、トウコ」
「やっと口が開いたか。なんだ」

 トウコが眉を顰めてこちらを見る。
 話し相手が欲しいらしいし、こっちも黙り
込むのにうんざりしてきたところだ。
 望み通り、相手になってもらう。
 すぅ、と小さく息を吸って、私ははっきり
とそれを紡いだ。

「――近親相姦ってのは、罪かな?」

 橙子は、たっぷり2秒ほど固まった後に神
妙な顔で聞いてきた。

「すまん、もう一度言ってくれ」
「だから。近親相姦は罪なのか、って聞いた」
「ふむ――」

 珍獣を見るような視線が突き刺さる。
 橙子は思いっきり不審そうな表情になって、
机に頬杖をつきながら言った。

「随分とまあ藪から棒だな。鮮花ならともか
く、おまえの口から近親相姦とは」
「いいから。おまえの意見、聞かせろよ」
「まあ、構わんがな。それにしても近親相姦
ね……まさか黒桐を鮮花に寝取られたか?」
「――」

 無言で橙子を睨む。
 にやにやと唇を歪めている辺り、冗談での
軽口だろう。
 でも、ご生憎様。

「……そうだ。オレ、鮮花に出し抜かれちま
った」

 これだけは、冗談なんかじゃない。
 橙子がまた凍って、今度は少し小気味良か
った。

「待て。それは何か、本当に鮮花の奴が黒桐
を――」
「……そうだよ。鮮花からかコクトーからか
までは知らないけど、二人がここでセックス
してるの、見た」
「――ここで、だと? くそ、あの不届き者
どもめ。私の工房をラブホテル代わりにする
とはな」

 苦々しく呟くと、橙子は珍しくむう、と鼻
を唸らせる。

「口を開いたら開いたでとんでもない告白を
してくれるな。しかし……そうか、そのうち
やるだろうとは思ったが、ついに一線を超え
てしまったか」

 感慨深そうに呟いて、腰を上げた橙子がか
つかつと床を鳴らしながら近付いてくる。

「なるほど、それで近親相姦か。辻褄は合う
が……一つ分からん。
 おまえ、一体何をしにここへ来たんだね?」
「――え?」

 見上げた先に、邪悪に嗤う魔女じみた橙子
の顔があった。
 何を、しにって。それは。

「近親相姦の是非を問う。そうかもしれん。
 だがそれは二次的な疑問だろう?
 何故! 近親相姦を意識するに到ったか。
 それがおまえの事件さ、式」

 私の、事件。
 ああ、確かにあれは大事件だ。

「黒桐を鮮花に取られた。つまるところ発端
はそれだろう。何故――WHYはこれだ。
 次はWHAT、原因に対する行動。
 さっきも言ったが、何をしに来たのか、だ。
 最初黙りこくっていたが、おまえは私に質
問したな。つまり、お前は私と話をしに来た
わけだ」

 相変わらずこの女は一度口を開くとなかな
か止まらない。
 ……いちいち言われなくたって、わかって
るんだ。
 形はどうあれ、私は恋人としての幹也にそ
っぽを向かれたんだって。

「で、なにを話したい。
 近親相姦への興味? 黒桐への恨み言?
 それとも初恋破れた胸の内か?
 そいつを話しにここへ来たというなら、い
やはや。随分と可愛らしいところがあったも
のだね、両儀式」
「っ――!」

 その言葉で、やっと橙子の笑顔の意味が分
かった。
 この女は、私の失恋を面白がっている。
 逃げてきた私を、意地悪く嘲笑っているの
だ。

「……違う! 誰がおまえなんかに、そんな
……!」

 正直言うなら、確かにここへは逃げてきた
のかもしれない。胸の中でぐるぐると渦巻い
てる泥を、誰かに吐き出したかった。
 でも――やっぱりこいつを選んだのは一生
の不覚だ。

「ご挨拶だな。では聞くが、私なんかに会い
に来たのでなければ、おまえは一体何のため
に戻ってきた?
 よりにもよって、恋人の浮気現場にさ」
「それは……」

 本当、なんで私は昨日あんなモノを見た場
所へ、ひょこひょこ現れたんだろう。
 話をするだけなら他でもできたはずだ。
 二度と見たくない悪夢があった場所。
 でも、それは二度と見たくないと思うくら
い、意識に刻まれた場所という意味だから。
 結局私は、この部屋にずっと囚われつづけ
ているのかもしれない。

「本来頼るはずの黒桐が浮気をして、その相
手が鮮花と来た。家族に頼るおまえじゃない
し、そこまで気の置けない友人もいない。
 となれば、最後に私の所へ来るのはまあ当
然の帰結だな。お前と黒桐を知る誰かに、あ
いつの理不尽を告発したかったわけだ。
 まあ初めての散華だろうし、一人では抱え
きれないものもあろうが……それにしても」

 くっくっと喉を鳴らして、橙子はいよいよ
噛み殺しきれなくなった嘲笑を吐き出した。

「両儀式がそんな顔をするとはね。
 いや参った。驚いたよ。おまえがこんなに
可愛い女だとはな」

 また、嘲っている。哀れんでいる。
 ――頭のシンが、灼けそうに加熱する。
 意味もなく浮かんだ怒声を、制御しきれな
いくらいに。

「――違うって、言ってるだろう!」

 力任せに事務所の壁を拳で打つ。
 加減も何も考えなかったから、部屋をぎし
ぎしと軋ませただけの反動が自分にも返って
指先が痺れる。
 ……バカみたいな八つ当たりだ。
 だから、橙子も癇に障る笑みをまったく崩
さない。

「……で、どうだった?」

 唐突に、橙子は意味不明な質問をする。

「どうだったって、何が」
「セックスに決まってるだろうに。見たんだ
ろう? 幹也と鮮花の現行犯を」
「なっ――」

 ――この、性悪女。
 一番答え辛いことを選んで聞いてきやがっ
た。
 咄嗟に言葉が思いつかない私に、橙子は舐
めるようないやらしい視線を浴びせてくる。

「まさか感慨なしとは言うまい。身体が熱く
なっただろう? それともおさまらず濡れた
かね?」
「……知るか、バカ」

 橙子から逸らした視線は、部屋の中央――
昨日、幹也と鮮花が激しく重なり合っていた
場所へ泳ぐ。

「ん、っ――」

 絡み合う二人を幻視して、体温が僅かに増
す。
 ……そうだ。あんないやらしいの、見たこ
となんてなくて。
 身体はじわりと熱っぽくなって、抑えきれ
ないくらい、いやらしい気分になって。
 確かに、無感情でなんていられなかった。

「青天の霹靂だったというわけか。
 しかし予想はしていたが、殺しはともかく
人並みのことになるとからっきしだな、おま
えは。まさかコウノトリをその歳で信じてい
るとは言わんだろうな」
「馬鹿にすんな。オレだってセックスの仕方
くらい知ってる。だけど――鮮花が、その、
コクトーのを……」
「黒桐の? ……ああ、ペニスのことか。ペ
ニスをどうした?」
「何度も言うな! だから、鮮花が――」

 ああくそ、あんなの思い出させるなバカ。
 でも、頭の中に残しておくとまたヘンな気
分になってしまう。
 もう、口に出してしまうしかない――

「――鮮花が、コクトーのを……口で、舐め
てた」

 腹を据えたものの、やっぱり最後はもごも
ごと唇が上擦ってしまった。

「ふうん、フェラチオ。“ご奉仕”していた
わけか。鮮花はあれで一途だし、その上禁忌
に惹かれるとくればもってこいの遊戯だな」
「遊戯って……あんなこと、普通にするのか」
「世間一般から見れば兎も角、セックスとい
うカテゴリで見るなら口腔愛撫は珍しいもの
じゃない。とはいえ、おまえはそんなことす
ら知らなかったのだろうね」
「う……」

 返す言葉がない。
 ……でも、あんなのが普通だっていうのも
どうかしてる、と、思う。

「まさかこれほど性に対して無関心とはな。
 黒桐だって年頃の男だ、まったく脈なしの
おまえより積極的な鮮花になびくのも無理は
ない。これは黒桐一人を責められんぞ」
「なんだよ、トウコはオレが悪いっていうの
か?」

 さすがにむっとして睨みつけると、橙子は
遠慮のかけらもなく頷く。

「全面的にとは言わんが、半分程度はおまえ
の責任だろうな。おまえに鮮花並みの知識と
度胸があったら、今ここで泣いているのは鮮
花だったろうさ」
「……泣いてなんか、ない」
「まあ泣いても笑っても現実は現実、黒桐は
はおまえの隣から消えた。
 そこで新たに質問をしようか。
 5W1Hからは外れるが、次はWANTだ。
 玩具のように弄ばれた少女はどうしたい?
 打ちひしがれて泣き寝入りをするか、或い
は――然るべき報いを与えるか、だ。
 服従か復讐か。たった濁点一つだが、この
違いは大きいぞ、式」
「――それ、は」

 私は、私の前から去った幹也にどう答える
のか。確かに、それは重要なコト。
 どうして今まで考えなかったのか。
 簡単な二択――そう、服従か復讐かを。
 
 自業自得と諦めて泣き寝入る?
 そんなのは御免だ。
 一方的だったかもしれないけど、私は幹也
を恋人として意識していた。
 だから、これは立派な浮気なんだ。
 不義を働いた落とし前は、きっちりつけさ
せてやらなきゃ気が済まない。

 ……でも。
 両儀式が黒桐幹也にしてやれる復讐って、
一体なんだろう。

「どうかね? 浮気は男の甲斐性と、懐の広
さを見せつけてやるか?」
「……いいや。オレ、そんなに優しくないぜ」

 こいつは本心。
 方法はともかく、幹也は絶対とっちめてや
る。
 橙子は面白がると思ったけど、意外にもな
にやら複雑な表情を浮かべた。

「……当然といえば当然の選択だが、黒桐の
上司として少し弁護しておくぞ。
 人間、性欲というものはどうしようもなく
存在する。それは抑圧されればされるほど増
幅するものだ。
 ――だから、さ。黒桐が、なびかないおま
えにフラストレーションを蓄積していたとす
れば、だ。鮮花という妹の誘惑であればこそ、
そこに抗い難い魔性があったのではないか、
と私は思うよ」

 ――妹であればこそ、だって?
 そんなの、あべこべじゃないか。

「つまりだ、おまえと黒桐のような性的に未
熟な男女が交際中に、まったく見も知らない
他人に誘惑を受けたのなら、理性的に恋人を
選ぶだろう。
 だが、相手が鮮花のような肉親、或いは自
分と密接な関係を持つ人物だと――これは話
が違う」
「……よく、わからない」
「人は天邪鬼な生き物だ。触れるなと言われ
れば触れたくなるし、守れと言われれば破り
たくなる。
 だからこの場合、求めるべくもない関係が
曲者なのさ。
 周囲からも、勿論自らも禁忌と戒め、厳重
に封印されていた匣が、不意に目の前に現れ
て鍵もかかっていない。
 開けてごらん、宝をあげようと誘惑してく
る。おまえなら開けずにいられるか?
 黒桐が第二のパンドラになるのも、無理は
ないと思わないかね?」

 言葉が積み重なり、呪文のように頭へ入り
込んでくる。橙子のいつもの遣り口だ。
 でも、言葉の海の中、私はまったく別の一
つをずっと考えつづける。

「――そんなに」
「なんだって?」

 無理もない、って言ったな、橙子。
 誘ったのが私じゃなく、鮮花でさえ――い
や、鮮花だからこそ、幹也は頷いたって。

「セックスって、そんなに……気持ち、いい
のか。その、実の兄妹でしてもさ」

 昨日、二人の交わりを見た時からずっと気
になっていたこと。
 抱き合って身体を絡める幹也と鮮花は、二
人とも汗だくになって息を荒げていた。
 その、表情。苦しげに強張って、けれど同
時に狂ってしまいそうな恍惚を帯びた矛盾の
仮面。
 苦悶は一瞬で、後には圧倒的な愉悦が残る。
 鮮花が上げた、とろけるような女の悲鳴。
 こだまが耳に響くたび、問いかけた。
 ――身体で繋がるのは、そんなにも気持ち
の良いことなのだろうか、と。
 橙子は真意を隠した笑みを浮かべると、手
近な壁に背を凭れて私をねめつける。

「兄妹でしても、か。なるほど、未通娘には
そういう講釈から入らねばならないな。
 ふむ――さっき、近親相姦は罪かと聞いた
な。よかろう、そいつの私なりの解釈も含め
て、少し話をしようか」

 橙子は、笑み混じりに人差し指でくいくい
と私を招き寄せる。罠に誘われているような
寒気がしたけど、結局この場所でしてやられ
るのは二度目だ。
 どうにでもなれ、と歩き出す。
 目の前まで行くと、橙子は“結構”とでも
言いたげに掌で私を制止した。

「さて」

 小さな呟きの後、

「ん、っ、あ……!」

 足の間を、橙子の指がくすぐるように這っ
た。痺れるみたいな感じがして、思わず声が
漏れる。

「セックスは気持ち良いのか、という質問の
答えは、今感じた通りだよ、式。
 女性器は感覚器官の一つだ。そこを異物で
――とりわけ、自分と同程度の熱を帯びた硬
い肉で擦られれば、個人差はあるが概ね快楽
を感じるだろう。
 システムとしては、誠実かつ単純なんだ。
 砂糖を舐めれば甘い、というくらいに確実
で揺るぎない理屈さ」
「ん、や、めっ――!」

 着物の上から、股間の溝をなぞるように橙
子の指が動き回る。細い指が性器の上を滑る
たびに、ぴりぴりと淡い感覚が走る。

「感覚面で見れば、要するにセックスはこれ
を何倍も強力にした行為だ。
 黒桐の持ち物がどれほどかは知らんが、少
なくとも私の指よりは巨大だろう。
 そいつを、外でなく内側に受け入れるのさ。
 まあ、二人のセックスを見たのなら想像は
つくと思うがな」
「う……」

 幹也の股間から突き出したものを思い出し
て、顔に熱が昇る。
 あの赤黒くて、いやらしくくびれた突起。
 もちろん橙子の指より何倍も太くて、それ
に長かった。
 外から少し触れられただけでも、背筋がぞ
くりとしたのに、
 ……あんなのが身体の中に入ってきたら。
 鮮花が幹也に貫かれながら浮かべていた、
あの弾けてしまいそうな表情の理由が少し分
かったような気がした。

「実際に味わってみてわかっただろうから、
セックスの講義はこれまでだ。
 これが肝心の――近親相姦へ行こう」

 指を引いてぴちゃりと唇に含むと、魔術師
は邪悪に微笑む。

「確かに、世間一般から見て近親相姦は忌避
すべき愚行とされている。
 だがね、行為そのものに是非はないと私は
思うよ。
 要はヴァギナという凹にペニスという凸を
埋めて、副次的な快楽を共有するだけの行為
だ。モノさえあれば、血縁だろうが他人だろ
うが、なんならケモノや死体だっていい。
 快楽が欲しいだけなら同性愛でもまるで問
題はないが、これは近親相姦とは遠ざかるか
ら省く」

 すぅ、と瞼を細めて、橙子は一呼吸を置い
た。

「結論としては、血の濃淡で肉体的快楽に変
化は生じ得ない。だが、人間というやつは小
賢しい。その小賢しさが、問題だ」
「……? 頭は、関係ないだろ」
「それが大有りだ。人間は、他の生き物より
余計に頭で快楽するものだからな。
 知能の低い動物なら意識もしないような些
事に、下卑たエクスタシーを見出せるのは人
間だけだ。
 脳味噌の重さだけ浅ましいのさ。
 そして、人間は永遠に禁忌への憧憬から逃
れられない。怖いものが見たいんだ。
 身近にあるのに、誰より知っているのに、
犯してはいけない花。
 それを蹂躙する禁忌は、ただ肌を交える以
上のひそやかな恍惚を与えてくれると思わな
いか?
 要するにさ、頭のセックスをする相手とし
て、肉親以上に適した相手っていうのはなか
なかいないんだ。
 ……ああ、そういえばおまえにも兄がいた
な、式」

 ちらり、と橙子が流し目を送ってくる。
 ……確かに、私には兄がいる。
 両儀という名、式という機巧を正統に機能
させた私のおかげで当主の座を追われた男。
 それを申し訳ない、とは思わないし、当主
云々については替れるものなら替ってもらい
たいくらいだ。
 さておき、実際に妹に下克上を受けた身と
しては、憤懣やるかたないものもあるだろう
か。

「確かにいるけど。それが、どうした?」
「だからさ、誂え向きの相手じゃないか?
 兄君と肌を重ねてみれば、黒桐兄妹の気分
も自然わかろうものだと思うがね」
「な、っ――!?」

 あまりの妄言に、頭がぐらりと揺らいだ。
 幹也の浮気を見た時と同じくらいの衝撃。
 だって、橙子の奴。
 ――今、なんて言ったんだ?

「トウコ、冗談にしちゃタチが悪い」
「誰も冗談は言ってない。実際兄妹という形
は符合するのだし、至極理屈に適った発言だ
ろう。鮮花だって実の兄に抱かれたんだ」
「――っ!」

 聞き間違いなんかじゃなく、橙子はごく平
静にこんな馬鹿げたことを言っている。
 あの兄貴に――いつも何気なく屋敷で顔を
合わせてるような人間に、身体を任せろなん
て。
 兄貴の顔が浮かんで、そこへ鮮花と幹也の
姿を重ねたら、頭がかっと熱くなった。
 当たり前だ。
 家族と――セックス、なんて、できるはず
ない。あまりの衝撃で、頭がくらくらして、
息苦しい。

「バカも休み休み言え。おまえ、オレにも変
態の仲間入りをしろって言うのかよ」
「私の話を聞いてなかったのか、おまえは。
 近親相姦は、正当かはともかく正常な禁忌
憧憬から成るものだ。
 そもそも、禁忌への憬れを変態的とするな
ら、殺人を嗜好するおまえのほうが、近親相
姦者より余程その名に相応しいだろう」

 平然と言い捨てて、橙子は短くなった煙草
を灰皿に押し付ける。
 新たな一本に火を点けながら、

「それにさ、ものは考えようだ。奇しくも兄
と妹、黒桐と鮮花の映し鏡で、二人に近いも
のは味わえる。そして、この映し鏡というの
が肝要でね。
 ――もしも、お前が実の兄に抱かれたと知
ったら、実の妹を抱いた黒桐は、自分の行い
を顧みずにはいられないだろう。
 近親相姦による復讐は、近親相姦を行った
者に対してこれ以上ないあてつけになる。
 その呪いは、脛に同じ傷を持つ者にしか理
解できないのだからね」
「……ああ、そういうコト」

 ようやく、橙子の言わんとすることが飲み
込めてきた。
 つまり、仮に私が兄貴に抱かれて、それを
幹也が知ったとすれば、それは彼の近親相姦
を私が知ったという無言のメッセージになる。
 そっちがその気なら、私も同じコトをして
やる――そんな挑戦状。
 なるほど、復讐の形としては、確かになか
なか面白い。

「っ……」

 けれど。やっぱり、肉親と身体を重ねる、
なんて。
 幹也と鮮花のようにどちらかが慕っている
のならまだしも、私と兄との間にそんな感情
があるはずもない。

「復讐としてはこれ以上ないほど効率的なん
だから、要はおまえの気持ち一つだ。
 式、おまえは黒桐に復讐したいんだろう。
 出し抜かれた鮮花に返礼したいんだろう。
 復讐なんてモノが、何の代償も払わずに達
成できると思うのかい?
 鮮花だって、恋心こそあっても初めは不安
があっただろう。でも、あいつは恐怖と対面
して、その結果に黒桐を手に入れた。
 求めるということは代償行為なんだ。
 道徳に反するから、なんてのは平和にやっ
てる奴の台詞だよ。今から復讐しようって女
が、そんな人並の瑣末事を気にかけて、果た
して念願は成るものかね。
 はっきり言ってやろうか?
 おまえさん、真剣に復讐するつもりがある
のか、と聞いてるのさ」
「……それ、は」

 私は何故、橙子に近親相姦の話なんてした
のか。その結果、こうして追い詰められてい
るのに。

 ……それは。一番最初の衝動は。
 勝手に目の前から消えた幹也を許せなかっ
たから。しっぺ返しをしてやろうって思った
から。
 復讐してやろうって、思ったからだ。
 ああ、確かに私は、真剣に復讐を考えてい
る。でも、口で言うほど簡単に割り切れない。
 鮮花が幹也を受け入れたように、兄貴を受
け入れることなんかできない。
 考えれば考えるほど、出口を見失う。
 そんな時、橙子は打って変わって優しげに、
諭すような声で囁いた。

「こう考えてみてはどうかな、式。
 これは――おまえ自身への罰なのだ、と」
「……オレへの、罰? なんでオレが罰を受
けなきゃいけないんだ」

 そうだ。幹也に借りを返すっていうならま
だしも、この上私が罰を受けるんじゃ泣きっ
面に蜂だろう。
 自然、橙子を見る目も鋭くなる。

「半分は自業自得、その代償というやつさ。
 元はといえば、ねんねのおまえが招いた不
幸でもあるわけだろう?
 この機会を利用して、せめて鮮花と同程度
のイロハは知っておいても損はないぞ」
「――む」

 ……それはまあ、確かに。
 私はこういう――男女の睦み事について、
鮮花ほどには通じていない。
 その遅れが今回の結果を生んだという橙子
の指摘も、あながち間違いじゃないかもしれ
ない。

「……でも。オレ、コクトー以外と、なんて
――」

 やっぱり、最後の最後で、私は幹也ではな
い誰かへ触れることに躊躇う。
 それも、相手が兄だなんて考えられない。
 だけど、考えてみれば、それは私の一方的
な潔癖症で。
 鮮花に触れて、熱っぽく抱き締めた幹也は、
ひょっとしたら私と同じ気持ちなんて持って
なかったんじゃないか――なんて。

「この期に及んで黒桐に操を立てるあたり、
おまえも相当に一途だな。
 だが、心配するな。私だって鬼や悪魔の類
じゃなし、おまえ達の糸を断ち切ろうという
んじゃないさ。
 式の貞操観念がどの程度かは知らんが、き
っちり復讐は果たさせてやるよ。
 ――あくまで純潔のまま、ね」

 橙子は凄絶な笑みを浮かべ、言い放った。
 この女がこういう顔をする時は大概ろくな
ことを考えていない。
 そもそも、その話はどうしたって矛盾だろ
う。

「言ってることが支離滅裂だぞ、トウコ。
 兄貴に抱かれたら、純潔にはならないだろ」
「なに、要は処女信仰をいかに重んじるかっ
てことだ。未通であることを即ち純潔とする
なら、抜け道は笑えるほど近くにある。
 そう、抜け道がね」

 自信たっぷりに、橙子はナイフのように瞳
を細めて私を眺める。
 視線が首筋から胸元をじっくりと滑り、臍
を撫でるように過ぎて、下腹へ。
 さっきの指の感触が蘇って、うなじがぞく
りと震える。

「近親相姦の話だが、まだ続きがある。そい
つを片付けながら教えてやるよ。
 おまえと黒桐に相応しい、復讐の遣り方を」

 復讐。
 洗脳じみた橙子の言葉を振り切れずにいる
のは、その単語を私自身強く意識しているか
らだ。
 あいつに――幹也に、こんなコトバを向け
ることになるなんて思わなかったけど。
 でも、私をこんな気分にしたのは幹也だ。
 禊のように憂いごと前髪を掻き分けて、橙
子を促す。

「わかった。まずは、聞かせろよ」
「いいとも。だが、一つ断っておくことがあ
る」

 すぐさま本題に入るかと思えば、橙子は神
妙な顔でぴんと指を立てる。

「……なんだよ?」
「口淫程度で動転するおまえには、この方法
ははっきり言って刺激が強い。
 先に釘を刺しておくぞ。いいか、何を聞い
ても決して騒いだり暴れたりはするな。
 おまえの暴走を収められるほど、私は余計
な体力を持っていないからな」
「余計な心配するな。こっちだって、それく
らいの覚悟は決まってる」

 そう、様々なコトに対していいかげんに覚
悟を決めなければいけない。
 鼻歌を歌うような気楽さじゃ、復讐なんて
できない。
 どんな方法だろうと、聞き届けてやるさ。

「おまえの初心は筋金入りと、さっき証明済
みだから不安なんだ。まあいい、暴発しない
ことを願って、始めるとしよう」

 橙子はまた吸い尽くした煙草を灰皿で擦り、
今度は箱に手を伸ばさなかった。
 代わりに、その陶器じみた貌を悪魔のよう
に尖らせる。

「さて、近親相姦の話だったな。
 アレが肉体よりは精神による性交だとは話
したが、まだおまえの最初の質問には答えて
いない。
 つまり、近親相姦が罪であるか否か、だ」
「――ああ」
「繰り返すが、行為そのものには是非などな
い、というのが私の結論だ。だが、世間はそ
うは思わない。その理由はなんだ?」

 説明すると言ったのに、橙子はこちらに意
見を求めてくる。そのくせ、こちらが答えを
考えるよりも早く後を継ぐ。

「彼等は、何も無根拠に否定し嫌悪するわけ
じゃない。事実、近親相姦はセックスの本質
から見れば、度し難い欠陥を抱えている。
 生きてる限り快楽中毒から逃れられない人
間は、セックスをすっかり一つの遊戯に変え
てしまった。
 だがね、どう足掻こうと、その原義までは
変えられない。つまり、セックスはどこまで
行っても生産行為だという仕組みだ。
 然るに――近親相姦に限っては、この生産
性が存在しない。一つの矛盾だ」
「……生産行為って、どういうこと」
「セックスは突き詰めれば種の保存行為だろ。
 しかしながら、近親による性交は高い確率
で遺伝的欠損を伴う。
 生き延びるという目的で行なわれるセック
スで、この場合は種の安定性が損なわれ、最
悪なら死に到る。
 これでは生産ではなく破壊だ。
 だから、生産性がないというんだ」

 つまり、こういうことか。
 人間は快楽を得るためにセックスをするけ
ど、セックスで生まれる快楽というのは生殖
行為の過程で発生する副産物に過ぎない。
 或いは、生殖という生存活動を円滑にする
ために過剰なまでの快楽が付与されるのかも
しれないが。
 兎も角、そういったおまけを排他するなら
セックスは結局のところ子作りで、近親相姦
ではそれを正常に遂行できない。
 故に、大多数として生存を希望する人間は
自殺行為である近親相姦を忌避するのだ。

「あくまで、刹那的なエクスタシーとしての
近親性交自体は悪でもなんでもない。
 ただ、セックスは生殖行為だ。子宮に精子
を注がれれば妊娠するだろ。
 これも不変の理(システム)だよ。
 近親相姦に限らず、遊戯的性交のギャンブ
ル性はこの一点に集束する。
 ――だが、こいつをまったく無視できるイ
カサマが一つ存在する。
 それこそが、おまえに教える復讐法だ」
「……あんまり詳しくないけど。ゴムとか、
そういうのか?」

 胡乱な知識を持ち出すと、橙子は呆れたよ
うに開きかけた唇を凍らせる。

「馬鹿言え、コンドームはイカサマじゃなく
てれっきとした避妊用具だ。
 おまえにもその程度の知識があったのは喜
ばしい話だが、正解はやれないな。
 コンドームは確かに避妊用具だが、完璧に
は程遠い。何かの間違いで妊娠してしまいま
した、じゃ笑えまい。
 私はそんな不確実なロジックは好まない。
 それにな、式。おまえは黒桐へのあてつけ
に兄上に抱かれるんだろう?
 いわば腹癒せだ。だっていうのに、ゴム越
しの復讐で気は晴れるのかい?」
「――む」

 今更ながら、この女の舌は悪魔的だ。
 理不尽な要求を与えながら、確実に言葉を
弄してこちらの欲望を刺激する。
 繊細に奏でられる、危ういほどに有り体な
呪いの数々。
 でも、私が求めるのは一つだけ。
 そう、結局は、この腹に据えかねたものを、
あいつに返してやりたいだけだから。

「いいかげん回りくどいぜ、トウコ。
 オレがいいって言うんだから、本題に入れ」
「そうかね。では率直に行こうか。
 式、セックスが男女の凹凸を組み合わせる
行為と言ったろう。男性器を女性器に挿入し
射精することで一応生殖は成立する。
 しかしね、その逆説を取れば、膣で性交を
行なわない限りは妊娠はしない――となる。
 これが答えだ。要は凹凸を合わせるだけな
ら、ペニスという突起を受け入れる穴があれ
ばいいわけだろ。
 あるじゃないか、もう一つの抜け道がさ」
「ひ、ぁっ――!?」

 つかつかと私の横を通り過ぎた橙子は、な
にを思ったか痴漢みたいな仕草で私の尻を撫
でまわした。

 ――ちょっと、待った。
 橙子の言う抜け道って、まさか。

「……おい、正気かトウコ」
「多分そんな反応をするだろうとは思ったが、
私は健常だとも、式。
 ある意味で近親相姦よりも特殊な嗜好では
あるが、肛門性交――アナルセックスという
のは確実に行われているんだよ」
「な、っ―――」

 覚悟は決めていた。決めては、いたけど。
 その言葉を聞いて、頭の中に並べていたも
のは積木みたいに呆気なく崩れ落ちた。

「そ、そんなのどうかしてる……だって、」

 後ろを、そんなコトに使うなんて。
 そもそも、あそこに何かを入れるなんて、
想像できない。
 ……ペニスだなんて、尚更だ。
 しかし、橙子の反応は淡々としたものだ。

「排泄器官だから、とでも言いたいんだろう
が穴は穴だ。神経も通ってるんだから感覚は
ある。こいつも要するに本人の意思次第なん
だよ。好きな奴は膣より好きだというぞ」
「変だよ、絶対ヘンだ! そんなの、オレ…
…理解、できない」
「まあ混乱するのもわかるが、考えてみろ。
 ペニスだって男性の排泄器官だろう?
 おまえが鮮花のフェラチオに仰天したのは、
その観念からだ。でもさ、鮮花は黒桐のため
にそこまでできたってことだよ。
 咥えるか挿れるか、違いは些細だ。
 おまえが復讐のために、鮮花と同じだけの
覚悟をできるかどうかの岐路というわけさ」
「く――」

 ここに来て、橙子は決定的に私を追い詰め
た。
 ――いや、選択肢なんてとっくにない。
 両儀式は黒桐幹也に復讐をする、って決め
たんだ。鮮花に遅れをとったままじゃ、それ
もままならない。

「一つ安心させてやろうか。
 肛門というのは未経験の時は頑なだが、然
るべき手順を踏めば、立派な第二の性器にな
る。筋肉はこっちの方が強いんだしな」
「……そういうことじゃない。こっちは、セ
ックスに使うような場所じゃ、ないだろ。
 ……そんなの、汚い」
「それを固定観念と人は言うね。汚ければ掃
除すればいい。使えるのだから使えばいい」
「掃除って……どうやるんだよ」

 橙子は私の言葉に反応して、嬉々として表
情を弛ませる。

「論理的説明を求めるなら、してやらんこと
はない。だが――学習よりは経験のほうが手
っ取り早いと思わないか? 
 そら、行なうは聴くより尊しだ」

 言うなり、橙子はなにやら卑猥に指を揺ら
してこちらへにじり寄ってくる。
 本能的な危険を感じて、数歩後退る。

「怖がるなよ。別段痛みを与えようというん
じゃない。むしろその逆へ到る手伝いをして
やろうと言ってる」

 言葉は穏やかだが、橙子の目には先程まで
と異なる昏い光が宿っている。
 その淡い光――ともすれば闇にすら見える
虚が、不安を煽り立てるのだ。

「いい。オレ、自分でなんとでもするから」
「その言葉を鵜呑みにできるほど、おまえが
女になっていれば良かったんだがな。
 残念ながらこの復讐はお前一人では無理だ。
 黒桐は、鮮花のものになるよ」
「――なんで、そう言い切れるんだ?」

 橙子は、冷ややかに私を見つめながら言っ
た。

「おまえが言い切っていないからさ」

 それは、私の予想を越えた答えだった。
 身じろぐ私を打つように、橙子は更なる言
葉を紡ぐ。

「今の答えが、そのまま未来の証明だ。
 なんとでもする、というのはね、裏を返せ
ば具体的には何もしない、という意味でもあ
る。何もしないのに望んだ通りになるはずは
ないだろう?
 いいか、鮮花はもうしている。明確に望ん
で、その方向へ自ら踏み出し終えている。
 自分が望みを果たすために、何をすればい
いかもわからない奴が、わかってる奴に覚悟
で勝てる道理はないさ。
 おまえは、もう負けているよ」

 雪崩のように理屈を浴びせられて、足元が
ぐらつく。何故って、今度は私自身がその正
当性を痛感してしまったから。
 ゴールがどこなのかも決められずに、そこ
へ辿り着けるはずはない。
 前を走る鮮花はもう見えなくて、永遠に追
いつけない。
 私は、鮮花に勝てない。
 幹也に反撃することもできない。
 ……でも。このちくちくと胸を刺すような
寂しさを、放っておくことだってできない。
 だったら、

「だったら、どうしろってんだ……!」

 誰にともなく、迷子の悲鳴を吐き散らす。
 声は、どうしようもないほど震えていた。
 まぶたが、熱くて。
 今にも崩れてしまいそうなくらい、不安定
な自分。
 ……なんで、私は。
 こんなに、泣きそうになってるんだろう。

「私はね、式。かねてからおまえの身体に―
―いや、その人形的な造形に興味があった。
 もう一つ告白するなら、鮮花もいずれこの
手で育てようかと思っていたが、手をつける
前に知っての通り黒桐に盗られた。
 復讐の動機は私にもあるというわけだ」
「え……? それって、鮮花を、狙ってたっ
てコト――」

 ――ああ。
 先程私に向けられた異様な視線の意味。
 つまりそれは、蒼崎橙子の嗜好性だったの
か。
 でも、禁忌や復讐を飽きる程に刷り込まれ
た思考は、それを異常だと思えないくらいに
疲労していた。
 もう、どれが正しいか悪いかはどうでも良
くて。ただ、どうしたらこの独りぼっちの痛
みをあいつにぶつけてやれるのか、それだけ
を知りたい。

「そうさ、私は獲物を奪われて欲求不満なん
だ。だから、式。私と、一つ賭けをしてみな
いか?」
「……賭けって、どんな?」
「もしもその身体を私に預けるなら、黒桐が
肝を潰すくらい、兄君を容易く篭絡できるく
らい淫らに育ててやろう。
 無論――鮮花よりもだ」

 それは、ある意味で決定的な誘惑だった。
 結局、最後に残るのは“幹也だけは失いた
くない”という私の我侭で。
 つなぎとめるための方法を、私はずっと探
していたんだ。
 だから。鮮花からあいつを取り戻せるなら、
なんだってしてやる。
 悪魔の誘惑にだって、乗ってやるさ。

「トウコ、それ、本当だろうな」
「ああ、約束しよう。もしも違えた時は魔術
師の名を捨てても構わないぞ」
「よし――なら信じた。教えろよ、オレが兄
貴を落とせるようになる方法」
「結構。だがね、覚悟したまえよ式。
 私はお前が恥じらって泣こうが叫ぼうが、
手を停める気はないからな」

 肉食獣のような嗜虐心を露わにした瞳で、
橙子が私を睨む。
 けど、もう怖くない。怖がっていられない。
 私は幹也に復讐する。
 そっぽを向いた顔を掴んで、無理矢理こっ
ちを向き直らせるんだ。
 それまでは――もう何も怖れない。

「上等だ。できるもんならやってみろ」

 精一杯の空元気を出して、私はようやく歩
き出す。
 ――待ってろ、幹也。
 私だって怒れば怖いんだってことを、いや
って言うほど思い知らせてやるから。


             【復讐ニ至ル】




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