ハライセ-The Counter Of Love-

    ―― 復讐。 ――

     作:狂人(クルートー)            


     

 1/

 ……そして、記憶は僅か乱れる。

「お嬢様」
「――え?」

 低く落ち着いた秋隆の声。
 それを認識して、虚実の捻じ曲がった世界
は、一瞬のうちに再構成される。
 整然と統一された、紛れもない現実。
 けれど、視界が白く霞む。
 もうもうと浮き上がる、蒸気の壁。
 そして、裸の私に纏わりつく、夥しい熱。
 気がつけば、私は広い湯船に首まで浸かっ
ていた。

「そろそろ、入浴されて一時間になります。
 お帰りの折りもどこか夢見心地のご様子で
したので、僭越ながら声をおかけしました。
 湯あたりなど、されませぬように」
「あ、ああ……わかってる。もういいよ、下
がれ秋隆」
「畏まりました。着替えはこちらに用意して
あります。それでは、失礼致します」

 静かに遠ざかる足音を聞きながら、まだ鍵
の回りきらない記憶を組み直す。
 私は見慣れた間取りの浴室で湯船に浸かっ
ていて、今扉越しに声をかけてきたのは秋隆。
 つまり、ここは両儀の家だ。
 けれど、私は橙子の事務所で――
 ああ、まだ混乱してる。

「ふぅ――」

 一つ、深呼吸。
 内に溜まった熱気と靄を放出して、全身に
新たな空気を送り込む。神経の末端までを洗
浄して、全てのノイズを除去。
 正確な経験を再生する。

 ――見事なものだ。
 刻めば刻んだだけのスキルを実践する。
 両儀の器の順応性、素材としては申し分な
い。
 喜べ式。
 おまえは最高の女になれるぞ――

 橙子の愉悦に満ちた声が蘇る。
 その響きが、呪(マジナ)いのように作用
した。
 ……記憶が還ってくる。
 沼のように混沌とした、長短も定かではな
い一日の記憶が。

「ふぁ……あっ……!」

 感覚が現在と過去を錯綜する。
 何時間前に受けたかも幽かな快楽が蠢いて、
私は思わず菊座を指で押さえる。

「ん――くっ……」

 そこは、一日前とは比較にならないほど弛
緩し潤んでいた。
 橙子曰く、開発の結果というやつだ。
 当たり前だ。あれだけやっといてまだぎこ
ちなかったら、私はあの女を殺してる。

 ……ああ、本当に。
 悪夢が匣から飛び出してきたような一日だ
った。あまりに色々なコトが起こり過ぎて、
記憶が混乱するくらいに。

「……嘘、みたいだ」

 嘘、という言葉が矛盾的に正しさを帯びる
ほど、事務所で橙子と繰り返した時間は非現
実的だった。
 でも、私は紛れもなくそれを通過した先の
現実でこうして思考している。
 私にとっての長い夜は明けた。
 窓から覗く月が、新しい夜の到来を告げて
いる。この身体は、確かに一夜分の時を刻ん
でいるんだ。

「……んっ、ふ、ぅ――」

 確かめるように、指を伸ばしてもう一度後
ろに触れる。いりぐちは健康な筋肉で窄まっ
ていたけど、進めた指を拒まず受け容れる。

「うぁ……あっ、は……」

 中指をまっすぐに立てて、奥へと沈める。
 柔軟に養われた肉壁が動き出して、すぐに
侵入者へと襲いかかる。
 途中で引っかかることもなく、指は根本ま
で咥え込まれ、筋肉が蛇のようにそれを搾り
上げる。

「ん、く――ひろ、がってる……」

 指は、爪先から根本まで満遍なく締め付け
られている。
 確かに圧迫はある。けれど。
 それは獰猛な拒絶ではなく、むしろ情熱の
抱擁だ。ほころびた肉の洞は、迷い込んだ者
を貪欲に捕えるけれど、無闇に傷つけたりは
しない。甘く優しく、ねっとりと絡みついて
抱き締める。
 遊び慣れた娼婦のように。
 そう、これは娼婦の唇だ。

「……もう、全然違う」

 それが実感だった。
 たった一日で、私の躰はまったく別人のよ
うに変わった。
 特に――そのための開発だったのだから当
然だけど、菊座に関しては一日前とは天地の
如くに異なっている。
 突き入れた指を、嫌がりもせずに飲み込ん
でぎしぎしと締め付ける、いやらしい穴。
 あれほど嫌悪していた部分が、一晩明けた
だけであっさりと従順な貌を見せた。
 心を残して、躰だけが別の誰かに化けたみ
たいに。

「……いや」

 実際心も随分変わったのか。
 鮮花を狙っていたというのも冗談ではない
らしく、橙子の開発は激しく、果てもなく執
拗だった。
 一つ一つが冗談のように非現実的で、どこ
か偏執的な行為の連続、不連続。
 飴のような闇に囚われて、羞恥と隠し通せ
ない快楽に打ちのめされながら、私はゆっく
りと変わっていった。
 身体に熱が膨れるほどにいつしか嫌悪は薄
れ、私は橙子の示す方法を積極的に模倣し学
習した。
 彼女の言葉を借りるなら、順応したのだ。
 勿論、幹也への感情が下地にあったのは確
かだけれど、それにしても私は貪欲だった。
 半分、自暴自棄だったのかもしれない。
 ともあれ、禁忌の妙味は驚くほど容易に私
を屈服させた。
 先にある幹也への復讐を思って、それを彩
る道具としての技巧を私は熱心に取り込んだ。
 昏い衝動に突き動かされるまま。
 おかげで、両儀式は完全に違ってしまった。
 一日前には知らなかった裸の業を幾つもこ
の身に詰め込んで、悦び悦ばせるための仕組
みを知った。
 奇しくも橙子の目論見通り、すっかり女に
なった。

「――でも、悪くない」

 ぬるり、と湯船の中で指を引き抜いて、ひ
くつく入り口を撫でる。熱が腹から背筋を昇
って、ぼうっとした浮遊感が頭を包む。
 じわじわと、蕾が開くように緩やかに、身
体が火照っていく。淡い熱を感じながら、私
は唇をほころばせる。
 私は大きく変わった。
 でも、悪い変化じゃない。
 確かにいやらしくはなったけど、きっと強
くもなったんだ。何も知らないままじゃ、幹
也に仕返しもできなかった。
 でも、今なら。
 この胸に溜まったコトバを、零すのを忘れ
ていた涙を、別の形にして余さず返してやれ
る。昨日までの自分を失った代わりに、それ
だけの余裕を手に入れた。
 だから、悲しむことなんてない。
 少し寂しいなんて思う気持ちも、これから
壊してしまおう。
 私は復讐に足る力を手に入れた。
 けれど、こっちはとことん頭に来てるんだ。
 だから、正々堂々と仕返しなんかしてやら
ない。私と同じ気分を、きっちり味わわせて
やる。

「……兄貴には悪いけど。オレ、もう止まれ
ないから」

 無関係の兄を巻き込むのに良心の咎めはあ
るけど、幹也に思い知らせる一番の方法には
欠かせない人だから。
 それに、橙子が言っていた。
 復讐しようなんて考える奴は、他の誰かの
ことまで気にかける余裕なんて持てない。
 真剣に、一心に、その黒い願いだけを紡ぎ
つづけなければ成らないから。
 だから私も願おう。
  この復讐が成功して、あいつの胸にも、私
と同じ傷が刻み込まれることを。

「――ふぅ、っ」

 一つ、深呼吸。
 ――これから、私は大きな過ちを犯す。
 後戻りのできない奈落に堕ちていく。
 このまま湯船に浸かっていたら、この有耶
無耶の中でいつまでも微睡んでいられるけど。

「……そんなのは、御免だ」

 私はもう醒めた。
 たった一つの現実を認識した。
 だったら、やるべきこともひとつだけ。
 きっとそれは悪いコトだけど、私にとって
とても大事なことだから。
 今更、落書きみたいに握り潰すことはでき
ない。必ず果たさなければならない誓いだ。
 だから、躊躇ってしまいそうな気持ちは、
ここですべて流していこう。
 私は、兄を犯す。
 それは、同時に黒桐幹也を犯す呪いだ。
 私という鮮花を抱く、兄という幹也。
 映し鏡の背徳で、自分の過ちを思い出させ
てやる。
 自分のものだって思っていた奴が、誰かに
奪われる気持ちを、返してやる。
 それはとても勇気の要る行動。
 何故なら方法はいつでも不確実で、幹也が
もう一度私を見てくれるんだって、誰も約束
なんてしてくれない。
 或いは、自ら破滅へと歩き出しているだけ
かもしれない。さよならと言わせる手伝いを
しているのかもしれない。
 だからって、黙ったままじゃいられない。
 時間が腐食してしまう前に、無理矢理にで
も首根っこを掴んでやらなきゃ。
 結局、私は幹也を失いたくない。
 だからこそ、この復讐は正当なんだ。
 そうとでも思い込まなければ、ここから兄
の所まで歩いていけそうにすらない。
 ああ、なんて弱い。
 だから殺そう、弱い私を。
 澱んだ意識を、竦んだ足を、震える躰を殺
そう。
 まずはそうして、この場所を出る。
 第二に、確実に復讐を果たす。
 そこで躊躇う私も殺す。
 ――強く、なるんだ。
 幹也を振り返らせて、もう二度とそっぽを
向かせないように掴まえていられるほど、強
く。

「よし――」

 瞼を閉じると、全ての輪郭は暗黒に融ける。
 その、安らかですらある無の中に、一つの
呼気を放つ。
 これが、弱い私の漏らす最後の吐息。
 私を殺す、死神の息吹。
 全ては一度死に絶える。
 そして、より強く蛹から蘇る。
 暗黒から帰還して、世界を視認することで
私は誕生した。

 ――さあ、とびきりの復讐を始めよう。

 錆びた鎖を引き千切って、私は湯船から足
を踏み出した。
 躰を流れ落ちる百千の水滴が、ぽろぽろと
零れ落ちる涙のようだった。


 2/


 まだ熱の残る身体に薄手の襦袢を纏って、
浴室を出る。なんとなく予想はしていたが、
廊下には銅像のように畏まって動かない秋隆
の姿があった。

「今夜はもう下がれ、秋隆。どうせ後は眠る
だけなんだから」
「心得ております。ですが――」

 秋隆は僅かに眉を潜める。
 下卑たものを含まない視線が、首から腰に
かけてを通り過ぎる。

「その格好では風邪をお召しになるかと」

 ……相変わらず、気が利きすぎるところの
あるやつ。
 でも、今夜に限ってその心配は無用だ。

「オレが風邪なんてひくもんか。
 このままで良い。今夜は――なんだか暑く
なりそうな気がするから」

 今夜は暑い夜が来る。
 私が、熱くしてやるんだ。
 だから、余計なモノは一切要らない。
 秋隆は首を傾げたけど、心得たものでそれ
以上追求してはこない。
 やがて、恭しく一礼して一歩を下がる。

「それでは、お休みなさいませ、お嬢様」
「ああ、ご苦労」

 振り返りもせず静かに立ち去る秋隆と逆方
向へ、私もまた歩き出す。
 足を踏み入れた記憶も幽かな、兄の私室へ。
 無人の廊下を一人歩きながら、静寂を殺す
床の軋みに耳を欹てる。
 きし、きしと規則的に響く足音に混じる、
不躾な異音。
 それは、私が紡ぐ鼓動だ。
 無限に続く回廊を錯覚させる廊下を進んで
いくにつれて、予感のように心臓が活性する。
 人は禁忌に向かう時、少なからずの高揚を
覚えるものだと橙子は言った。
 今、私もそれを実感しているらしい。
 どくん、どくん、どくん――
 意志とは無関係に、一人先走るように心臓
は暴れつづける。身体に残っていた熱は、波
紋のように全身を包んで、夜風に冷された襦
袢の冷気が火照った肌に染みる。

「っ――」

 喉を鳴らして、ぬめった唾液を嚥下する。
 それでいくらか冷静になって、昂ぶりなが
らも自分の足がまるで鈍らないことに気つく。
 ……怖れては、いないんだ。
 大丈夫、きっとやれる。
 自分を鼓舞して、きっと唇をつりあげる。
 そして、持ち上げた視線の先に、薄明かり
を透かした障子が映った。
 手を伸ばせば届く場所に、もうゴールが見
えている。
 いや、ここから始めるんだ。
 そっぽを向いた幹也を振り返らせて、窒息
するくらい抱き締めてやるための悪足掻きを。
 どんなに不器用な遣り方でもいいから。

「――ふふっ」

 幹也を、絶対に振り返らせる。
 現金なもので、それは私にとって最高の呪
文だった。今はもう、一刻も早くこの中へ歩
いていきたい。思う存分汚れてみたい。
 とろりと蜜のように染みた唾液が、口腔を
濡らす。灼けるように、肌が発熱する。
 粘りを媚薬のように飲み干して、私は口を
開きながら兄の部屋に踏み込んだ。

「入るぜ、兄貴」

 了解の言葉は確かめず、するりと部屋の中
に入る。既に床は出来ていて、兄貴はその傍
らで読書をしていたようだった。
 予想もしない深夜の私の来訪に、訝しげに
書物からこちらへ視線を向ける。
 何か言いかけるのを遮って、私は後ろ手に
障子を引いた。

「まだ起きてるよな。ちょっと、話そうよ」

 閉じた扉に背を預けて、僅かに躰を曲げる。
 襦袢の内側へ、少しずつ汗が滲み始める。
 兄貴は、まだ得心が行かないようだったけ
ど、ようやく本を伏せて私へ向き直る。

「……家族をそんなに警戒するなよ。妹が兄
の部屋に来たら、悪いの?」

 くすり、と唇を緩める。
 これは自分への制動。
 張り詰めすぎても失敗するから。
 でも、兄貴の緊張もわずかばかりは弛めて
くれたらしい。躊躇いがちに勧められた座蒲
団を辞して、その場にぺたんと座り込む。

「こんな風に話す機会、全然なかっただろ。
 だから、色々聞いてみようかと思って。
 そうだな――たとえばさ、自分を差し置い
て、妹に当主の座を奪われた男の心境、とか」

 ぎしり、と空気が軋む。
 兄貴は瞳を槍の穂先みたいに細めて、周囲
の空気を緊張させた。
 ――うん、我ながらいい出だし。
 冷静ぶっていた顔に、罅を穿ってやった。
 これからじわじわと亀裂を広げてやる。
 目を瞬かせる兄貴の顔に、動揺以外の感情
がちらりと浮かぶのを、私は見逃さなかった。

「まだ正式じゃないけど、秋隆も親父もオレ
を当主に据える気でいるみたいだし。
 でも、オレは両儀の跡目なんか興味はない
んだ。兄貴もそうなのかは知らないけど。
 ……実際どうかな、本来自分がいるはずの
場所に、別の奴が我が物顔で座ってるのって、
どんな気分?」

 兄貴に語りかけているけど、これは私自身
への問いかけでもある。事実、両儀家の当主
という問題に、私は大して興味がない。
 けれど、それがもう一つの居場所なら。
 幹也の隣だったら、話が違う。
 そこに私はいなくて、鮮花が楽しげに寄り
添っているなら、どう思う。
 考えるまでもない。――考えたくない。

「答えてよ、兄貴」

 兄貴が私にコンプレックスを持っているな
んていうのは、単なる思い込みかもしれない。
 ただ、そうであってくれたほうが都合が良
い、というだけで。
 でも、考えてみれば二年前の事故以来、私
にとっての両儀の家はがらりと変わった。
 誰もがどこか他人じみた違和感を帯びてい
て、だから私は滅多に家にも戻らず、マンシ
ョンや幹也のアパートで過ごしていた。
 つまるところ、兄貴が私をどう思っている
かなんて、初めから覚えていない。
 その欠落は、ある意味で都合が良い。
 私はきっと、覚えている時よりは苦しまず
に、ひどいヤツになれるから。

「……言ってくれないんだ」

 結局、兄貴は無言だった。
 それが図星だからか、思惑なんてないから
私の邪推に混乱してるのかは分からない。
 でも、どっちでもいい。
 私はもう、走り出したから。

「じゃあオレの意見を言うよ。
 それって悔しくない? 頭に来ない?
 仕返しの一つもしてやろうって気にならな
い?」

 そうだ。居場所を失って、ふらふらと当て
もなく彷徨って、打ちのめされて。
 それでも忘れることなんて出来ないから、
私は復讐しようって決めた。
 悪いコトなんて知らない。
 浅ましいコトなんて知らない。
 だからこそ、こうして兄貴(アンタ)まで
我儘に巻き込もうとしてるんだ。

「なにか言ってよ、兄貴」

 仮面みたいに揺るぎない、兄貴の顔。
 蔑みも苦笑も、何一つない。
 呆れさせただろうか。
 何の言葉もくれない兄貴を、少し恨めしい
なんて思う。

「黙ったままってことは、現状に不満無しか。
 それとも――次期当主の命には絶対服従っ
てわけなのかな。
 まあ、どっちでもいいけどさ」

 どっちでもいいなんて嘘。
 私はもう、兄貴を滅茶苦茶に傷つけて狂わ
せるしかない。だから、どんな酷いコトバだ
って口にできる。

「……でも、兄貴がそんなに大人しいと、オ
レ、調子に乗っちゃうかも。
 なんだか玩具をもらったみたいでさ、どの
くらいまで忠実なのか試してみなくなってき
た。たとえば――」

 両手でのそのそと這って、兄貴に身を近づ
ける。

「兄貴、さっきオレが部屋に入ってきた時、
いい顔しなかったね。オレのこと、煙たがっ
てたんだ。傷ついたな……。
 ねえ、もし当主の命令で土下座して謝れっ
て言ったら、ちゃんとできる?」

 どこかにぼろが出そうで、心臓がぐらつく
悪女の演技。誰かへの悪意。今まで思い浮か
べたこともないようなその黒いモヤを、身体
じゅうから精一杯に掻き集める。
 そうして、口からは驚くほど嫌な声が零れ
た。相手を嘲り、見下して、トカゲの舌で舐
めるようないやらしい響きが。

「身を慎め――式!」

 鋭い落雷のような怒号。
 彫像のように静止していた兄貴は、初めて
人間らしい感情を私へ放出した。
 意地の悪い挑発は、漸くにして成功。
 火照った身体に、氷みたいに冷たい汗がす
ぅ、と伝い落ちる。
 でも、まだ終わりじゃない。

「そうそう、意外と元気あるじゃん。
 残念だね、当主だったら今と逆のことがオ
レにできたのに。
 でも、オレだって好きでこの身体に生まれ
たわけじゃないんだぜ。替われるなら替わっ
てほしいくらい。
 それでも、オレ、申し訳ないとは思ってる」

 私も、随分弁が立つようになったものだ。
 原因は、忌々しいほどわかってるけど。
 ――さあ、ここからが正念場。

「兄貴は“式”にはなれなかった。
 式だって実感を手に入れることはできなか
ったんだ。だったら――せめて式の味くらい
は、教えてあげようと思ってさ」

 気付かれないように喉を鳴らして、湿った
襦袢の胸に手をかける。
 そして、震える指で薄布を翼のように左右
へ広げる。
 するり、とあまりに近くで衣擦れの音。
 風呂から火照りっぱなしの肌が、胸元が夜
気に晒されて、じんと甘く痺れる。
 熱い。熱くて、切ない陶酔感。
 服の内と同じようにじわりと湿っていく唇
で、私は決定的な禁忌を紡ぐ。

「どう? オレの味見――してみない?」

 呪いは、部屋に流れる時間を、僅かだけど
確実に凍らせた。
 返らない言葉。孵る、沈黙。
 ……ああ、心臓が爆発しそうだ。
 剥き出しの胸が、襦袢に隠れた部分が、火
箸でも突き刺されたように熱く疼く。
 お願いだから、早く。
 頷いて、私が傷つけた分だけ、私を滅茶苦
茶に犯して。
 そうしないと、気付いてしまう。

「は、っ――」

 待つ。一秒を幾年にも感じて。
 待つ。これが正しいと信じて。
 意味なんてなくていいから。
 救いなんて要らないから。
 ただ、この夜が明けていつか、またあいつ
が振り向いてくれればいい。
 そのために、私は穢れたい。

「出ていけ。今夜のことは――忘れる」

 冷たく。兄貴は言い捨てた。
 声は震えていた。
 それは怒りからか、或いは馬鹿げた私の言
葉に動揺していたのか。
 けれど、結局。
 そんな気持ちは全部押し殺して、この人は
私を諌めようとしている。自分は我慢して、
私だけを許そうとしている。
 ……なんて、お人好し。
 ――なんて、

「っ――」

 思考を無理矢理に切断して立ち上がる。
 胸元を直すのさえ忘れて、兄貴に背を向け
る。
 ああ。私は、失敗した。
 それだけが無限に頭蓋へ反響して、意識が
零化する。
 なにをすれば良いのか、どこへ行けば良い
のか、もう何もわからない。
 ただ、兄貴の顔を見ていられなくて、この
部屋にはもう一秒だっていたくない。
 足早に障子へ向かいながら――さっき言い
忘れた恨み言を、置き土産に投げつけた。

「……意気地なし。だから、オレにこの身体
盗られたんだ」

 ――言ってやった。
 これで最後にすっきりした。
 復讐の出口は見失ってしまったけど、ひと
つくらいは満足できた。
 後は逃げてしまうだけ。
 虚無じみた身軽さで歩みかけた身体が、

「――あ、っ……!?」

 突然に、背後から獣みたいな暴力で押さえ
込まれた。

「あ……くっ」

 無駄のない肉づきの二つの腕が、背後から
身体をがっちりと捕えている。背中から首筋
にかかる、狼じみた熱い息遣い。
 腰と肩を押さえつけた手が這い出して、曝
け出したままの胸を掴んだ時、私は漸く自分
に起きていることを理解した。
 兄貴に捕まえられてる。
 裸の肌を弄られてる。
 それは、つまり――
 復讐は、まだ終わってないって、こと?

「ん、ぁ――!」

 意識を横殴りに引っ張って、胸の辺りに鈍
い痛みが走る。胸を弄っていた指が、乳房を
押し潰さんばかりに食い込んでくる。
 ……なんて、荒々しく、逞しい腕。
 そして、汗とともに噴き出す、激しい怒り。
 私に向けられる、どろどろに濁った憤怒。
 それを自覚して、不覚にも涙が出そうにな
った。

「――ああ」

 私には、まだ望みが残っている。

「痛い――放して、兄貴」

 嘘、嘘、嘘。
 放してほしくなんかない。
 せっかく繋がった希望(フクシュウ)の糸、
もう二度と千切らないで。
 もっと――痛くしたっていいから。

「今更――!」
「あっ……!」

 左手が、襦袢の上から股間を弄ってくる。
 じわり、と甘い感覚が染みる。
 爪先が花弁のように開いた亀裂を何度も引
っ掻いて、刺激に膝の糸を切られてしまう。
 遊んだ足に捕われ、下半身が一気にバラン
スを失った。

「あ、くっ……兄、貴――」

 縺れた足が兄貴とぶつかって、それで完全
に私は支えをなくした。世界が螺旋を描いて、
縫い間違いの糸みたいに絡まりながら、二人
して畳の上に倒れこむ。
 槌のように背中へ沈む衝撃に咳き込みなが
ら、私は初めて圧し掛かった兄貴の表情を直
視した。
 押し隠すことのない、強烈な怒り。
 私を貫通するような、鋭い眼差し。
 暴性に理性を払拭された、けだものの貌。
 見たこともない、歪んだ兄貴の顔。

「――式」

 ぎょろり、と頭の上で兄貴の目が揺らいだ。
 肩を押さえつける両手に、じわじわと力が
篭る。
 そう、忘れていた。
 両儀という器を私は決定的な差だと錯覚し
ていたけど、それは意外に些細なもので。
 兄貴もこの家で私と寸分違わない訓練を受
け、それに耐えて完成している。
 彼は構造的に女性である私より強靭な男性
であり、私より長くそれを鍛えている。
 だったら。
 特殊な力など何も要らない交わりの時間に、
こうして押し倒された私が兄貴に抗える道理
なんて、初めからなかったんだって。

「あぁ――」

 なんて絶望。
 それは、ぞくぞくするような幸福。
 確実にやってくる陵辱という名の報復は、
私が渇望していた幸福のかたちなんだから。
 口笛を吹くように歪む唇。
 悪魔は笛を吹きながらやって来るって、本
当の話だった。そして私は、兄の姿をした悪
魔の口づけを、自ら望む形で受け容れる。

「ん、っ……!」

 ぬめった柔肉が、唇に押し付けられる。
 それは口付けというよりもただ強引なだけ
の吸引だった。
 互いの感触を、熱を味わう余裕もなく、あ
るのは増していく息苦しさだけ。
 でも、兄貴は蜘蛛の巣にかかってくれた。
 一度は諦めかけた復讐に荷担してくれた。
 だったら――私は、楽しませてあげなきゃ。

「ん――ふっ、ぁむ……」
「ふぅ、うっ、ふぅ……!」

 眼をぎらつかせながら、兄貴は無心に私の
唇を吸い立てる。
 でも、それじゃ駄目。
 ヒルのように暴れる柔肉の間を縫って、私
は兄貴の口内へ舌を忍ばせてやる。

「むっ……!?」

 きっと予想もしなかったんだろう、兄貴は
口付けを止めて目を瞬かせる。
 本当、何も知らないんだ。
 ――昨日までの私みたいに。
 いいよ、たくさん教えてあげる。

「ん……ふぁ、あはっ――」

 舌を滑らせて、唇の裏から歯茎へ伝いなが
ら、ぴちゃぴちゃと舐める。首を伸ばしてさ
らに唇を押しつけ、逃がさないまま舌を絡め
とる。唾液がとろりと混じり合って、兄貴の
味が流れ込む。
 そんな淡い刺激でも、性悪の人形師に作り
変えられたこの身体のスイッチには充分。
 たちまちに、細胞の一つ一つが快楽を渇望
しはじめる。

「んん……ふっ、兄、きぃっ……んっ……」

 生ぬるい唾液を喉に通しながら、掴まえた
舌を同じ柔肉で撫でる。くにゅ、と舌同士が
絡み合うたび、童子のように顔を強張らせる
兄貴がなんだか可愛い。

「む……ぅっ、ふ、ふぅっ……」

 それでも、やっぱり怒りはおさまってなん
かいない。私を真似て舌をくゆらせ、またし
つこく唇に吸いついてくる。
 そうでないとね、兄貴。
 言葉の代わりに、突き出された舌を唇で包
んで、やわやわと愛撫する。

「ん……ンむっ、んふぅっ……!」

 頬を押しつけ、唇を擦って、一層に口づけ
を激しいものにしていく。両手で兄貴の首を
抱き締めて、顔と顔とを密着させる。
 熱くて、息苦しくて――ああ。
 そのすべてが、たまらなく気持ちいい。
 溺れて縋るように兄貴の首を抱きながら、
唇から流れ込む感覚に身を任せる。
 まだ、セックスとしてはいりぐちもいいと
ころなのに、唇を寄せているだけでこんなに
熱くなってしまう。
 まったくもって、橙子は私を滅茶苦茶に変
えてくれた。
 いや、きっと私も変わりたかったんだ。
 結果にこの淫らな式があるなら、私はこの
身体できっと復讐を果たさないと。
 でないと、変わった意味がない。

「ん、くっ……!」

 口づけに没頭していたら、胸元に熱い感覚
が走る。兄貴の指が肩から離れて、乳房をぎ
こちなく弄んでいる。
 いやらしく、乱暴に責めてやろうときっと
思いながら、その指は震えていた。
 ――怖いんだ。
 私だってまだ怖い。でも、きっと少しだけ
兄貴より割り切れてるから。
 その気に、させてあげる。

「ん……はぁぁっ――!」

 唇を離して、抑えていた声を解き放つ。
 兄貴は追い討ちをかけるように掌で乳房を
掴んで、爪が立つくらいにきつく握る。
 痛み混じりの熱い感覚がそこから走って、
吐き出す息が熱くぬめる。

「あ……にきっ、強いっ……!」

 実際、当惑を差し引いても兄貴の腕力は予
想以上に強かった。乳房が捏ねられ、歪めら
れる度に背中にまで伝わるような強烈な愛撫。
 強すぎる刺激に、身体が余裕を持つ暇もな
く昂ぶらされる。
 胸の先で、肉芽が目を覚ます。
 兄貴が、狼の目でそれを見咎めた。

「……ひぁ、あはぁぁっ……!」

 硬い爪が、勃起し始めた肉芽をこりこりと
撫でる。質量を増した感覚が、胸ばかりでな
く頭まで責め苛む。
 爪先が突起を滑って、上から押し潰し、圧
迫したまま乳房ごとぐにぐにと捏ね回す。
 声が、乱れる。まともじゃいられない。

「あ……やっ、ふぁ、あぁぁッ……! そん
なに、つよ、く――」

 胸の上で、肉芽が意志を持ったようにひく
ひくと蠢く。兄貴の攻めは執拗で、私が悲鳴
を上げてもまるで手を緩めたりしない。
 やっと、兄貴の熱も上がってきたみたいだ。
 かり、と、抉るように爪先で乳首を強く擦
られて、背筋に電気が走った。

「ん、ふぁぁぁッ……!」

 意志とは無関係に、身体がびくんと反り返
る。身体が宙に浮いていくみたいで、膨れ上
がる快感から逃げるように兄貴の頭を、髪の
毛を掴んで耐える。
 兄貴の顔が近づいて、はぁはぁと荒い息遣
いが感じられる。同じくらい乱れた私の息と
絡んで、空気がねっとりと熱を帯びる。
 ああ、兄貴の目が、また淫靡に光った。

「――むッ、ふぅぅっ……!」
「きゃ、っ……!」

 突然、兄貴はそれこそ野犬のように鼻を鳴
らして、私に躍りかかった。
 それも、唇でなく――懐に。

「うぁ――あっ、兄貴、噛ん、だらっ……!
 や、あァぁっ――!」

 襲い掛かられたのは、懐じゃなく胸。
 しつこいくらいの愛撫で発熱した乳房に、
歯が、唇が絡みつく。胸元で兄貴の頭が揺れ
て、何度も乳首を甘噛みされる。
 “身を慎め”なんて私を叱った唇で、今は
兄貴が私を貪っている。
 あの電撃が、今度は立て続けに脳髄まで突
き抜ける。

「は……ぅ、んっ、く、あぁっ……! あ、
にき、も……っとぉっ……!」

 腕の中で鞠のように兄貴の頭を抱えて、そ
れでも足りずにしつこく畳を引っ掻く。
 こんなに気持ちがいいのは、私がセックス
なんて知らなかったからか。
 それとも、橙子が言うように、幹也がした
ように、兄貴とだからこんなに感じてしまう
のか。
 ともあれ、私はあの橙子に弄ばれた時間の
中でさえ感じ得なかった法悦を、今まさに感
受している。

「もっと……吸って、噛ん、でっ……! 兄
貴の、すきな、だけっ……!」

 これは幹也へ捧げる私の復讐。
 そして、兄貴が私に与える復讐。
 だから、私一人で快楽してはダメなんだ。

「んんッ……! あ――ふぁ、あぁっ……!」

 じゅるり、と蛞蝓のようにうねった舌がひ
くつく突起を撫でる。
 幹也の舌じゃない。同じ家で、同じように
暮らして、――同じひとから生まれた兄貴の。
 紛れもなく同じ血を分けた人間の柔肉で、
獣のように肌を舐めまわされてる。

「くゥ、ン、んん、っ……!」

 脳裏に狂った現実を刻めば、火種が火照っ
た身体中を悩ましく燃やす。それは、今まで
に感じたこともない、後ろ暗い灼熱。
 真っ当な日当たりでは得られない、ろくで
なしの快楽。それだけに――シンまで痺れる。
 唾液の海に浸され、充分に湿った乳首を、
歯の間でしつこいくらいに挟まれる。
 兄貴も、少しは慣れてきたみたいだ。

「む……ふっ、し、き――」

 乳首ばかりか乳房まで唾液でべったりと濡
らして、兄貴はやっと左胸から顔を離した。
 そのまま、今度は右の膨らみに吸いつく。
 情欲に濡れた瞳には、いつもの刀のような
切れ味なんてなく、ただ、妖しく澱んでいる。

「ん、は……ぁッ、あっ、しび――れるっ…
…!」

 箒のように舌が小刻みに揺れて、乳首を掬
い取る。感覚を無理矢理その一点に集められ
るような、リアルな快楽。

「あぅ……はっ、んくぅッ――!」

 凄い。橙子にあれこれと仕込まれながら、
同時に自制の術も教わってはいたのに。
 それが今、まるで役立たずだった。
 感覚が不可避の毒になって、直接に脳まで
染み込んでくる。
 抱かれている相手が、幹也でも誰でもなく、
兄貴なんだと意識すればするほどに。
 熱を抑えられない。我慢を嘲笑うように、
甘ったるい快感が頭の中をシェイクする。
 気がつけば、また兄貴の頭を押さえつけて
高くなりすぎた喘ぎを殺している。

「はぁ、はぁ……んっ、ふぁッ……」

 ――いけない。
 胡乱な頭で、快楽に流されかけるのをぎり
ぎりで阻止する。
 このままじゃ私だけ先にトんでしまう。
 そろそろ、私からも攻め込んでみようか。

「は……ぁっ、兄――き」

 もぞもぞと蠢く兄貴の黒髪を眺めて、唇が
自然に歪んだ。
 だって。私から男を攻めるなんて、生まれ
て初めてだ。
 いかれた奴等と命の遣り取りをするにも胸
は高鳴るけど、これはまったくの異質。
 殺す悦びと、犯す悦び。
 略奪という点でそれは共通し、けれど犯す
ことに不慣れな私に、初心な恍惚を与える。

「……でも」

 あの時の私とは違う。
 初めて幹也と鮮花の交わりを見た時、私は
竦んでしまった。男の肌に触れようなんて考
えもつかなかった。
 でも、今は違う。触れる以上のことさえ、
躊躇わずにできる。

「兄貴――きもちよく、してあげる」

 畳に縋っていた指が、獣の欲を取り戻す。
 白い女の腕は、蛇のようにもぞもぞと這い
出して、絡み合う二つの肉の半ばへ潜る。
 汗の浮かんだ腹より下、さっきから悪戯の
ようにこつこつと私の股間を小突くものへ近
付いていく。
 興奮で持ち上がりはじめた、兄貴のペニス
へ。

「あ……っ……」

 感触を確かめるように何度か握って、まず
その熱さにどくんと胸が鳴る。
 まだ勃ちきってはいないけど、凄く大きく
て。それに、いやらしく曲がっている。
 幹也のと、どっちが凄いだろう。
 これが――兄貴、の。

「し、式……!?」
「ん――今度は、オレからしてあげる……」

 前触れなく股間を握られて狼狽する兄貴を
よそに、私は逆手に収めた屹立を押さえつけ
て、ゆっくりと摩擦していく。
 兄貴の熱が、流れ込んでくる。

「ん……あっ、熱いっ……兄貴、やらしいん
だ……」

 腕白になりかけの肉棒は、五つの指から逃
げるようにもぞもぞとうねる。
 お仕置き代わりにぎゅっと竿を握ると、ぴ
んと反り返って根本から脈打つ。
 そして、じわじわと熱と太さを増していく。
 それを、股間の肉薄で感じる、悩ましさ。

「ん……ほら、わかる? オレの手のなかで、
どんどん大きくなってる。……ふふっ。言っ
たよね、気持ち良くしてあげる――ってさ」

 竹刀の柄のようにペニスを握り締めて、肉
を引き伸ばすようにしごく。
 小さな震えが、指の隅々に伝わってくる。
 ……自分から襲ったくせに。実の妹の私を、
襲ったくせに。
 今更、引け腰なんて許さない。

「う……うっ」

 兄貴の喉から漏れる、か細いうめき。
 それを合図に、私は握った肉茎を激しく擦
りはじめる。
 びくびくと熱を持って震える男根。
 いやらしい突起を、玩具のように掌で弄ぶ。

「ん……くっ、ホント、熱い……それに、ま
だ大きく、なる……」

 ペニスの膨張は収まらずに、握った私の指
を次第に押し返してくる。
 そして、不意に私へ跳ね返る快楽。

「は、ぅ……んっ!」

 兄貴の歯が、また乳首を挟み込んで暴れる。
 やられっぱなしじゃなくて、ちゃんと“味
見”をしてくれてる。
 ――もっと貪って、兄貴。 
 私があなたを犯す代償(ツグナイ)に。
 あなたも私を、犯していいんだから。

「ふふっ……それ、それ――」

 ずりゅ、ずりゅと鈍い音を立てながら、指
の中でペニスが躍る。
 ……本当に、熱くて逞しい。
 橙子が私にあてがったレプリカは限りなく
男根を模していたけど、やっぱり偽物だった。
 手の中で跳ね、熱く燃え盛る生殖器は、私
が交わる相手がまぎれもなく生きたモノであ
ることを強く意識させる。
 この熱が、いつも同じ場所で暮らしていた
人のものだと、突きつける。
 だから、私まで熱くなってしまう。

「兄貴――気持ち、いい……?」

 赤子のように胸に埋まった兄貴を見下ろし
て、股間の手を熱っぽく動かす。
 耐えるような吐息が聞こえて、ペニスを握
った指に粘りがこびりつくのがわかった。
 熱くなってくる。もう、暑いくらいで。
 だって、考えたこともなかった。
 一緒の記憶さえ今はないけど、それでも兄
貴は――家族は、私にとっての不特定多数と
は違う。
 特別な人だったと思う。そんな兄貴と、今、
こんなに近くで触れ合って。
 裸の私は、兄貴の一番秘められた場所を握
り締め、頭を蕩かせている。

「ん……濡れてきた。感じて、るんだ?
 でも、オレが兄貴にされたの、まだこんな
ものじゃないんだから……」

 お楽しみはこれから。
 もっともっと熱くして、大きくして、堪ら
なくなるまで攻め立てて。
 ――幹也みたいに、弾けさせてあげる。

「んぁっ――」

 アイツの顔を思い浮かべたら、背筋がぴり
りと震えた。なにかに背中を押されるみたい
に、指は一つ一つ兄貴のものに絡んで、壊れ
るくらいに摩擦する。
 私を灼くこの背徳は、一体誰に向けたもの
なんだろう。
 あってはならない、血を分けた兄との淫ら
な一時に震えているのか?
 幹也を思いながら、幹也以外に身体を許す
後ろ暗さに打たれているのか?
 もしかしたら、その両方か。

「う……くぁ、し、きっ……!」

 夢中で胸を吸っていた兄貴の顔が反り跳ね
て、眉が強張る。頭を真似るように、ペニス
も反り返ろうと強かに私に逆らう。
 でも、逃がさない。悪戯の御仕置きに、ぬ
るぬると滑りだした竿をたっぷり擦る。
 張りつめた肉の棒に、自ら染みさせた白い
粘りを塗りつけて、五つの指でマッサージす
る。

「あ……今の声、なんかそそるな。ね、もっ
と言ってよ、兄貴――ほら」

 とろとろと登頂から腺液を滴らせる赤黒い
膨らみ。キノコを連想させる肉の傘を、指の
間に抓んで押し潰す。

「うあ、ぁあっ……!」

 弾力とともに指が押し返されて、鈴口から
涎のように粘りが垂れ落ちる。
 また、ひとまわり膨らんだ。
 悲鳴を聴いたら、私まで震えた。

「ん、くっ……」

 丸みを帯びた曲線を描く先端と、天を向い
て逞しく屹立する肉茎。
 なんていやらしい、肉の造形。
 臆面もなくソレに手を這わせて弄ぶ私も、
兄貴の目にはいやらしく映るんだろうか。
 血を分けた妹の姿が。
 私が見つめた、鮮花のように。

「――もっと、兄貴……!」

 そう、考えてみれば。
 私は復讐を進めながら、鮮花に広げられた
距離を、模倣することで追い詰めているのか
もしれない。
 鮮花ほどに踏み出す勇気がなくて、私は幹
也を失った。だから、この空白を埋めない限
り、私の復讐はきっと成功しない。
 さあ――お礼参りだ、鮮花。
 腺液ですっかり湿ったペニスをやんわりと
撫でて、ここにはいないライバルへ挑戦の笑
みを投げる。そうして、はぁはぁと色っぽい
息を漏らしている兄貴の耳元に囁く。

「ね……ちょっと身体起こしてよ。
 ――もっと凄いコト、してあげる」

 私の頭も、少し熱さで蕩けてきた。
 でも、まだ自分を見失うわけにはいかない。
 全身を圧迫していた重みが消えて、訝しげ
な兄貴の瞳が次第に高くなっていく。
 見上げがちだった首をゆるゆると下げて、
卑猥に天を向いたままの男根を見つけると、
私もゆっくりと身体を起こす。

「そのまま……じっとしてて」

 膝立ちになったところで、兄貴の股間に顔
を近づける。ややくびれたペニスの先端へ、
鼻先が触れるくらいに近づく。
 つん、と男性特有の性臭が鼻腔に染みた。
 癖は強いけど、むせるほどじゃない。
 むしろ、薬じみた効能で肌の熱がじわりと
増していく。
 あるいは、これも変化のうちだろうか。
 ――それじゃ、反撃と行こう。

「は――ンっ……」

 動悸が僅か早まるのを感じながら、突き出
した舌先をゆるゆると亀頭に近づける。
 自然に、瞼を閉じる。
 兄貴の匂いがまた強くなる。
 いつか嗅いだことのある、汗の匂い。
 あれは道場の中だったか。でも、今はほん
の目の前で、二人とも裸のままだ。
 ……まだ、触れない。
 暗闇の中、少しずつ伸びていく触覚。

「ん、ぁ……」

 ぬらり、と、湿ったものの感触。
 同時に、塩辛さと苦味が混ざり合った複雑
な味が舌に走る。
 舌を突つくようにそれがぶるりと震えて、
ペニスと舌との接触を私に実感させた。
 ……なんだ。思ったより凄くない。
 味もにおいも感じたことのない種類のもの
だけど、怖れたり避けたりする類の嫌悪感は
現れなかった。

「――ふふ」

 つまりは、それだけ今の私と鮮花の距離は
狭いということだ。
 奇妙な高揚感に包まれながら、私はいよい
よ口腔愛撫というものを試みる。

「あ……はぁ――」

 舌先に触れるだけだった怒張との距離をさ
らに詰めて、唇を開いていく。
 ひくひくと蠢く亀頭が、口内の空気を歪め
る。痛々しいほどに膨らんだ肉棒をすっぽり
と包んで、意を決して唇を閉じる。

「ふむ……ぅっ」

 汗の混じった不思議な味と、確かな質感が
口内に溢れかえる。指で触れるよりもずっと
確かに、兄貴の熱さ、逞しさが伝わってくる。
 兄貴も、それは同じようだった。

「し、式っ……く、あっ……!」

 これまでで一番上擦った兄貴の声。
 狼狽と、羞恥と、快楽に彩られた顔。
 そう――私は、幹也(アイツ)のそんな貌
が見たいんだ。
 亀頭を咥えこみながら兄貴を見上げると、
偶然に視線が交わる。

「っ――」

 兄貴は、気まずいような、照れたような、
形容し難い可愛らしい表情を見せた。
 多分、他の誰にも見せない――妹という場
所の私だからこそ暴ける、羞恥の感情。
 その姿は、私の奥底へ火を灯すのに充分す
ぎた。

「ン……ふっ、んむっ……」

 視線をペニスへ戻して、同時に舌を筆のよ
うに動かしはじめる。丸くくびれた亀頭の隅
々へ、唾液を塗りこむように舌を使う。
 唾液に混じって、兄貴の味がまた喉に絡む。
 生臭い香りは、血のそれとはまったく異な
りながら、勝るとも劣らない深みで意識を直
接に溶かす。

「は……んぅ、むッ、ふぁッ……」

 元気よく暴れるペニスを唇で挟み込んで、
流れ出した腺液をすくう。竿やくびれにこび
りついたものより色濃い男の粘り。
 少しずつそれを味わい、舌に馴染ませなが
ら、先端や湾曲した部分ばかりでなく裏筋の
ほうにも舌を動かす。
 上向きのカーブを描く溝を舌先に撫でられ
ると、兄貴はまたぴんと背を反らした。

「ん……ふふっ、兄貴、随分反応いいね。
 もっともっと――いい顔見せて」

 口から引き抜いた亀頭へ軽く唇を寄せて、
唾液混じりの腺液を拭う。
 すかさずもう一度咥えこんで、両手をつい
たまま、頭を兄貴の股間へ突き出す。
 ずるり、と唇を突き抜けた屹立が喉にまで
届く。

「ん――んっ、ふぅぅっ……!」

 喉奥で脈打って痙攣する男根。
 逞しい竿にあちこちから舌を這わせる。
 窄めた唇で吸いつきながら、一気に外へ引
き抜く。

「っ、ああ……っ!」

 兄貴の腰が激しく反る。
 その分突き出されたペニスを舐りながら唇
から引いて――でも、完全に放しはしない。
 雁の溝に歯を引っ掛けてブレーキをかける。
 そのまま竿の裏に舌をくゆらせて、また一
気に滑り降りる。脈打って左右に揺れるペニ
スの根本を、唾液で濡らす。

「んふ……ふぁ、んっ、んん……」

 舌を使っている間も男根は活発に暴れて、
歯茎といわず頬肉といわず体当たりしてくる。
 口いっぱいに、兄貴の輪郭が、熱が、ひど
くリアルに刻み込まれる。
 味覚、嗅覚、聴覚、視覚。そして触覚。
 とりわけ味覚と触覚は、口に含むという行
為によってこれ以上なく顕在した。
 舌で軽く舐めた時とは比較にならないくら
い、匂いも味も濃い。
 あの時、鮮花が崩れてしまいそうなほどと
ろとろになっていたのも頷ける。
 でも、私はまだ素面でいなきゃ。
 鮮花よりも巧く、大胆に、そして淫らに、
兄貴を満足させてあげなきゃ負けだ。
 
「ん……ッ、ふ、ぅんっ――んっ、ンんっ…
…!」

 またペニスを根本まで飲み込んで、勢いよ
く引き抜く。そして、今度はその繰り返しに
緩急を与えてやる。

「んん……ふっ、むぅっ――」

 両手で身体を支えたまま、頭を兄貴の股間
に密着させるつもりでぐっと沈める。
 ぎゅっと唇を搾って、竿を圧迫しながら弦
を引くようにじりじりと頭を上げる。

「んは……ぁっ、ぅンっ……!」

 引き戻した亀頭を湯掻いたら、今度は技巧
の一切を振り捨てて、素早く何度も唇でペニ
スを往復する。

「ふぅ、ンっ、あっ、んんッ……!」
「う、くぅぅっ……!」

 ぶるぶると震える兄貴の腿へ、何度も瞳が
肉薄する。その度に口内のペニスが震えて、
すっかり濃くなった腺液をあたり構わず撒き
散らす。
 ちゅるちゅる、じゅるじゅると苦しくなる
まで喉を使って、溢れたものを喉へと運んだ。
 ――どうしてだろう。
 苦くて、喉に絡んで、やっぱり少しきつい
けど。それ以上に、いつのまにか頭がくらく
らして。
 もっと、欲しい、なんて――

「んっ、んっ、ンふ――むぅっ……」

 湯船でのぼせたみたいに、頭がうまく働か
ない。それでも、舌を絡めて喉を動かせば、
赤くなるほどいやらしい音が鼓膜に跳ね返る。
 私の、くちのなかに響く音が。

「は――ふっ、んんっ……ンくっ……!」

 どろどろと、舌の上で粘りが交じり合う。
 兄貴の零した腺液と、絶え間なく溢れる唾
液が一緒くたに喉へ流れ込む。

「し――きっ、は、あぁっ……!」

 あにきの、こえ。
 苦しげで、高く上擦ったいやらしい悲鳴。
 すごい、ぞくぞくする。
 もっともっと――聞きたい。
 イカれてしまったみたいに、兄貴が喘ぐの
に身体が反応する。
 熱い、熱い! 溶けてしまいそうな、いや
らしい感覚。

「ンぅ――んっ……!」

 頷くように頭を振って、何度も口腔へ燃え
るペニスを打ちつける。犬のように四つに這
いながら、反り返った男のものを唇で愛する。
 その、はしたない自らを意識して、爪先ま
で発熱する。

「くぅ……んっ……」

 鼻先に絡みつくのは、もう誤魔化せないほ
どに濃くなった兄貴の匂い。
 喉を貫く、はちきれそうな亀頭。
 唇を引けば、唾液にぬらぬらと光る竿がグ
ロテスクに痙攣する姿。見ていると、身体の
あちこちへ甘い痺れが走る。
 兄貴、なのに。私はこのひとの妹なのに。
 どうして、こんなに、息苦しいくらい――
 私達は、互いを糧に燃え上がるんだろう。

「くっ――!」

 不意に兄貴の膝が揺れて、身体が前のめり
に傾く。槍のように剛直したペニスが、勢い
よく喉の最奥まで突き立てられて、一瞬呼吸
ができなくなる。

「ん、ふ――はぁっ……!」

 瞼に熱いものが走るのを感じながら、ずる
りと男根を口から引き抜く。既に口から溢れ
出しそうだった唾液がしとどに絡んで、亀頭
と唇の間に細いアーチを描いた。

「……んっ、はぁぁッ……あに、きっ……」
「はぁッ、はぁッ、はぁッ……!」

 興奮のせいか、兄貴は息の詰まった私より
ずっと荒い呼吸を繰り返す。鮮花に咥えられ
て、指で撫でられている幹也もこんなだった。
 だったら、兄貴もアイツとおんなじにして
やらないと。

「……まだ、だよ――兄貴……んっ」

 唾液の糸を手繰るようにまたペニスへ顔を
寄せて、物足りなそうに首を振る亀頭の裏へ
舌を忍ばせる。
 そして、熱く滾った肉棒を根本から両手で
握り締めて、

「ン……ぁっ、あ……」

 伸ばした舌の上で、握ったペニスを激しく
左右に揺さ振ってやる。ぬめった柔肉の腹で、
赤黒い亀頭がころころと跳ねる。

「っ、うぅっ……!」

 兄貴が背筋を震わせると、新たなトロミが
舌に降り注ぐ。
 ――もっと、もっと。
 親指の爪でくりくりと裏筋をいじめて、逃
げようとするのを舌で邪魔する。
 震える鈴口から、いやらしい涎を舐め取る。

「……ん、く――」

 唾液が滴るまで可愛がって、顔を離す。
 溜まった腺液を舌に巻き取って嚥下する。
 糸を引く蜜を味わって、私はぺろりと舌を
出した。

「……そろそろ、だよね。
 じゃあ、オレも頑張っちゃおうかな」

 我慢の限界近くという震えかたの亀頭を、
再三唇に包む。竿を握る指に力を込める。
 ――駄目押し。我慢なんてさせないから。
 口には出さず呟いて、喉と指とを同時に動
かしていく。

「ん……ふっ、ンむ、ん、んっ……!」

 飴玉みたいに頬張った亀頭を喉いっぱいに
吸いながら、かちかちの竿を火が点かんばか
りに扱く。
 強すぎて痛いだろうかとも思ったけど、唾
液と先走りで濡れそぼったペニスには、そん
な心配も無用そうだった。
 遠慮なく、十の指を絡めてたっぷりと搾り、
擦りつける。

「や……やめ、式、強すぎ、るっ……!」

 駄目。今更やめてなんかやんない。
 弱音の罰に、亀頭を舌で満遍なく嬲る。

「んふぅ……はっ、んっ、んん……!」

 カサの裏に舌を潜らせながら、亀頭をまる
ごと飲み込むつもりで喉を使う。
 じゅる、と口内が窄んで、頬肉が膨らんだ
亀頭を圧迫する。
 喉に流れ込む白い蜜。
 でも、そろそろこんなのじゃ足りない。
 ――ちょうだい、兄貴の。
 幹也みたいに。幹也よりたくさん。
 さらにしつこく幹を擦って、奥に眠るもの
を誘い出す。
 もっと強く、早く、いやらしく。
 一滴も逃がさないように、唇で掴まえて。






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