ハライセ-The Counter Of Love-

   ―― 歪情/猥情。 ――

     作:狂人(クルートー)            



     


 1/

 耳に当てた受話器から、規則正しい通信音
が続く。単調なリズムは、文明という魔法が
距離を殺すための呪文だ。
 両儀の家にいながら、声だけとはいえ遠く
の誰かと意志を通わせることが出来る。
 だから、電話というのはある種の魔法とい
えなくもないだろう。
 魔法の触媒である受話器を抱きながら、懐
かしい声を待つ。
 ――幹也の、声を。
 そう。両儀式は、数日ぶりに黒桐幹也へ接
触しようとしている。
 離れたままでいると、急に会いたくなるあ
たり、私も未練たらたらだ。
 それでも――電話という形を選んだのは、
開いた溝を意識していればこその臆病なのか。
 会いたいのに、面と向かってしまうのが怖
いなんて。

「……ひどい矛盾。オマエのせいだ」

 ひそやかな告発。誰にも聴こえない、小さ
な憎しみ。瞼を閉じて、また受話器の先へ耳
を欹てる。
 暗闇に彩られた世界で、けれど私は一人き
りじゃない。

「――んっ!」

 通信音の規則正しいリズム。
 それとは別に、私の中へもう一つの音が生
まれる。機械の声よりずっと緩慢で、柔らか
く、そして――熱い。
 私の奥を擦って、甘くほぐしていく音。
 ううん、音だけじゃない。
 私以外の熱が、肉が、身体の中にゆっくり
と潜りこんでくる。
 
「……ん、もうっ。兄貴、がっつきすぎだよ
……今、電話、してるん、だからっ……」

 目を開けて、背中で揺らめく影を叱る。
 私を股に抱えるようにして、深々と尻を貫
いている兄貴を。
 ――私は一人じゃない。
 幹也を待ちながら、いやらしく、兄貴とお
尻で繋がっている。
 
「ん……ぁ、あンっ……」

 逞しく天に反り返ったペニスが、ひどく緩
慢に菊座を広げながら進んでくる。
 窄まった肉の谷を、男の器官で暴かれる。
 ……今日も、兄貴のは、すごく大きい。
 そんな、熱く太いモノでお腹の奥をめいっ
ぱい擦られるから、吐息が漏れてしまう。
 
「だ……めっ、兄貴っ、たら――」

 震える喉を隠し切れない。
 別人みたいに甘くなった声が、内側から漏
れてしまう。
 今、もしも幹也が電話に出たら。
 こんないやらしい声を、あいつに聞かれた
ら、どうなってしまうんだろう。
 受話器越しにもわかるくらい、息を飲んで。
 幹也らしくない脅すような激しい声で、私
を滅茶苦茶になじるだろうか。
 でも、裏切り者なんていうのは、私の台詞。
 あいつに私を怒る権利なんて、ないんだ。

「はぁ……あっ、くっ……」

 怒っているのは、私のほう。
 自分のしたことを思い知らせるために、私
は知られる覚悟で――もしかしたら知られる
のを望んで、電話の前に兄貴を誘った。
 確かに、望んでいた。
 でも、こうして零れる一つ一つの吐息が、
無様なくらい胸を掻き乱す。
 見られたいと願いながら、見られる瞬間を
誰より忌避している。
 幹也に嫌われたくなんてない。
 でも、あいつに忘れられてしまうのはもっ
と耐えられない。
 だから――私は不器用に踊って、幹也の目
を無理矢理に引いてやるんだ。

「んっ――」
 
 快楽とは正反対の肌寒さに、背筋が粟立つ。
 汗ばむくらい熱いのに、頭の中は冷え冷え
と冴える。
 怖い。どうしようもなく怖いけど。
 ――私は、きっと同じくらい聞かせたい。
 変わってしまった私の声を。
 幹也以外の誰かの前で潤んでいる声を。
 おまえが変えちゃったんだって、思い知ら
せたい。
 だから、今この瞬間に電話が繋がることを、
私は望んでいる。

「あ……っ、ン、ぁ……ふぁぁッ……」

 広げた太腿を擦りながら、兄貴が少しずつ
律動に勢いをつける。
 まったく――ダメだって、言ってる、のに。
 尻を割って上下するペニスが、大きく張り
つめる。焦らすように鈍重だった腰使いが、
少しずつ波を帯びていく。
 ……きもち、いい。

「はぁ、はぁッ……ん、あうっ……! 待っ
て……ねえっ……」

 少し、兄貴のペースが速すぎる。
 心の準備をする暇もなく、喘ぎが漏れてき
そうな快感。声が震えて、舌っ足らずな言葉
しか出てこない。
 いくら制止しても、腰を抱え込まれたこの
姿勢では、兄貴に主導権がある。知らん振り
で意地悪に突き上げてくるのを、唇を噛んで
耐えるしかない。
 これじゃ、本当に、いきなり――

「く――んっ、んくっ……」

 唇を噛んで耐えながら、幹也を思い浮かべ
て心の準備をする。深呼吸する余裕なんてな
いから、目を伏せて、闇の中で自分を律する。
 幹也。幹也。幹也。
 あいつの顔だけ、強く強く浮かべて。
 ……やっぱり、怖い。
 私は一度割り切って、兄貴と淫らに契って
しまったけれど。
 この復讐には何の意味もなくて、兄貴に身
体を預けた私を、あいつは見向きもせずに消
えてしまうんじゃないか。
 そう考えたら、震えが止まらなくなる。

「あ……」

 そうして、現実を再認する。
 今も耳には電子の唸りが跳ね返って、刻一
刻と幹也は受話器に近付いている。
 兄貴は今も私を貪って、貫いている。
 もう、とっくに後戻りなんか出来ない。
 すべてが壊れるとしたって、私は覚悟を決
めなきゃいけない。

「んん……ぅ、ぁ、んっ……」

 不安を押し殺して、瞼を上げる。
 腰から下を、淡い刺激が満たしていく。噛
み合せた唇が、ひくひくと無意識に震える。
 ……いけない。
 気持ちいいのが、昇ってくる。喉に絡む吐
息も、溢れる唾液も、すごく熱くなる。
 身体は、思ったよりずっといやらしく潤ん
でしまっていた。心が、乱れる。
 ――そして、

「――もしもし?」

 間の抜けた声が、張り詰めた緊張を一気に
危うくした。
 ああ、あいつだ。
 怖がっていたのに、こうしてもう一度声が
聞けたら、一気に肩の力が抜ける。
 お尻を貫かれているのも忘れて、穏やかな
声が漏れた。

「……幹也、オレだよ」
「式? 久しぶりだね、君からかけてくるな
んて」

 弾んだ声。
 でも、その発言はちょっといただけない。
 私のほうから話しかけられないような情況
へ追い込んだのは、他でもない幹也なんだ。

「そっちこそ、連絡一つ寄越さないじゃん。
 どこかで野垂れ死んでないかってちょっと
心配になってさ」

 それでもつとめて冷静に、兄貴の律動に耐
えながら、普段通りの声で返す。

「野垂れ……って、式、君ね。でも、式のほ
うも元気そうでなによりだ」
「元気? うん、元気かな……実は昨日もあ
んまり寝てないんだけどさ」

 実際、瞼は重い。
 今朝だって、日が昇るまで夜通し兄貴は離
してくれなかったし、私も何度も兄貴から搾
り上げたから。
 ――昨日は、ずっと兄貴とセックスしてた
んだ。今だってしてる――
 もし、受話器に向かってそう言ったら。
 砂上の楼閣じみた危うい関係も、コナゴナ
になってしまうんだろう。
 でも、あまりに平然としている幹也が憎た
らしくて、すべてを暴いてしまいたい欲求が
静かに募る。

「駄目だよ、ちゃんと睡眠は執らなきゃ。
 不摂生はすぐ肌に出てくるから」
「……そういう一般論聞かされると、幹也と
話してるって実感するよ、オレ」

 無感情に呟いて、私は不可視の抗議に踏み
切る。兄貴のそそり立ったペニスへ、自分か
ら一つ、二つと尻を打ち付けていく。
 背中や腿がぶつかって、兄貴の股間と私の
尻が乾いた音を立てる。
 私の思惑に気付いたのか、それともただ盛
っているのか。兄貴も頷くと、私に合わせて
静かに腰を揺らしはじめる。
 気付かれないほど密やかに。
 でも、私は幹也にわかる場所で、兄貴の身
体を受け容れる。

「――そう、いえばさ」
「ん、なんだい?」

 緩やかに上下する視界を見つめながら、電
話越しの幹也の顔を想う。
 とぼけた顔が少しは引き攣ることを願いな
がら、私はその名を口にする。

「鮮花、幹也のところに来てない? あの優
等生が最近はサボりを覚えたみたいだって、
橙子が首を傾げてたぜ」
「――え? あ……今日は、こっちにも来て
ないね」

 一瞬、しかし確実に幹也の反応は遅れた。
 もちろん、あの日私が覗いていたことなん
て知らないだろうけど。
 私の口から鮮花の名が飛び出すことは、幹
也にとって最高の吃驚匣になったみたいだ。
 後ろめたいことをしてる、って自覚はある
のか。やっぱり、嘘をつくのが下手な男。
 でも、今日は勘弁してやらない。

「ふうん、今日は――ってことは、別の日な
ら来るんだ? 橙子の話じゃ、サボりは一日
や二日じゃないってことだったけど」
「……鮮花は、何もなくても結構訪ねてくる
から。でも、ボイコットはまずいな。ちゃん
と注意しておく」

 あからさまに話題を敬遠してるのがわかっ
て、ちょっと笑ってしまいそうになる。
 他人を欺くのが苦手な幹也にしてみれば、
一世一代の大芝居だろう。

「まあ、アイツお前に懐いてるからな。
 でも、おまえの部屋って暇潰しになるよう
なもの、なにも置いてないじゃんか。
 だから、オレだっていつも寝てるんだし。
 鮮花が来た時はどうしてるの?」

 邪気の無い声で、邪気たっぷりの質問をす
る。だって、もう答えは分かってる。

「ん……っ」

 持ち上げた尻を、深いストロークで打ち下
ろす。ずぶずぶと、屹立が擦れながら菊座に
埋没する。
 身体と身体で、一つに繋がる。
 ――こんなこと、してるんだろ?
 私が何度も使った、第二の寝床。
 あのベッドの上で、裸になって絡み合って
るんだ。
 知らないと思ってるのは、幹也だけ。
 ……見たくは、なかったけど。
 私はこの目で、おまえの不義をちゃんと見
てるんだ。
 ほら、なんて答えてくれるの?

「礼園の話を聞いたり、こっちからも仕事の
話をしたり……あとは、トランプをしたりと
かかな」
「へえ……流石に、その歳で兄妹仲良く寝た
りは――しないんだ?」

 核心を突いた一撃を投げる。
 幹也は、私が覗いていたのに気付くだろう
か。いいや、残念ながら、きっとそこまで聡
いやつじゃない。それでも、牽制としては多
分に効果的だったと見えた。

「――まさか。もう、お互い子供じゃないん
だから」

 たっぷり逡巡して、幹也は苦し紛れにそん
なことを言った。砂時計の鈍さで、私たちを
支える均衡が崩れていく。
 ドミノ倒しのような、危うい快楽。
 こっちも追求のし甲斐があるってものだ。
 次はどうしてやろうかと考えている間に、
幹也が言葉を継いだ。

「それと、最近甘い物に目覚めたらしくて。
 ほら、前によく二人でハーゲンダッツを食
べてたから、結構いつも冷蔵庫にあるだろ。
 家に来ると、あれを失敬してよく食べてる
よ」
「――へえ」

 何気なくもたらされた言葉。
 けれど、それは私の中にある何かを強かに
抉っていった。
 繋がりだとか、そんな大層なものとは考え
てはいなかった。でも、理由もなく幹也を訪
ねて、いつものようにハーゲンダッツを二人
で食べる。
 そんなコトにも、何か意味はあるんじゃな
いかって、勝手に思って。
 ――でも、それは私以外が食べてしまって
も、よかったんだ。

「……っ」

 頭が、かっと熱くなる。
 受話器を強く握ったまま、左手を伸ばして、
股間のさらに裏――躍動する屹立を擦る。
 目だけで後ろを仰いで、
 ――もっと、激しく。
 八つ当たりのように、そんな呪いを訴えた。

「――ん、っぁ……!」

 ずん、と大きな波が下腹を貫く。
 腰を浮かせた兄貴のものが、柔肉を押し退
けて深々と突き立つ。
 声を殺す余裕もなかったけど、どうやら幹
也までは届かなかったみたいだ。
 でも。なんだか、隠すのが馬鹿らしくなっ
てきた。

「……ね、兄貴。オレが話しはじめたら――
おもいっきり、していいよ」

 受話器を放して、兄貴に耳打ちする。
 兄貴は小さく唇を歪めて、答える代わりに
舌先で背筋を執拗に伝う。

「……っ、ンんっ……」

 生ぬるい唾液の感触に震えて、また受話器
を耳に当てる。
 この際、色々とはっきりさせよう。
 私達は、一体どうなってるのか。

「ねえ、幹也――」

 呟きとともに、菊座の空洞を熱い強張りが
満たす。激しく動き出すペニスを、尻を窄め
て締め付けながら、溜め込んでいたものを吐
き出す。

「最近……会ってないね、オレたち。
 なんか、他人になったみたい……」
「……式?」

 私の中で幹也という認識は変わらないし、
きっと幹也の中の私も同じだ。
 でも、今は。
 私の隣に兄貴が居て、幹也には鮮花がいる。
 その、二人分の距離だけ、私達は確実に離
れているんだ。
 顔も、声も、一月会わないくらいじゃ掠れ
たりはしないけど。手を伸ばせばいつだって
触れられると思っていたあの安らぎは、もう
どこにもない。

「オレが幹也の部屋に押しかけて、幹也もた
まにうちへ来て、後は橙子の事務所で会った
りさ、なにかと一緒だったから。
 オレ、それが当たり前なんだって思ってた」

 ――でも、それは少女の幻想。

「一月――たった一月なんだ。でも、一度も
会わずにいたら、おまえがいなくなったみた
いな気がした。
 こうやって電話すれば会える場所にいて、
全然変わってないってわかってるけど。
 なんか、幹也がいつのまにか遠くに行っち
ゃったみたいでさ」

 幹也は、何も言わない。
 ただ、重く澱んだ息遣いが、僅かに受話器
の向こうから伝わってきた。
 何かを、感じてくれているんだろうか。

「……オレたちって、結局なんなのかな。
 同級生? 友達? それとも――」

 恋人、ってその口で言ってほしい。
 でも――幹也にとってのそれは、私なのか、
それとも鮮花なのか。

「――式、それは」

 あからさまな動揺を声に出して、幹也が何
か言いかける。

「なに、幹也?」

 流石の幹也もそろそろ気付いただろうか。
 “おまえと鮮花の関係はみんな知ってるん
だ”って、これだけ告発してやったんだ。
 もっと焦って、驚いてくれなきゃ割に合わ
ない。

「……ね、言ってくれないの?」

 言えるはずなんてないと知っていながら、
問いかける。
 これは、復讐だから。
 もし、私をちゃんと思っていてくれるなら、
どうして鮮花を抱いたんだ、という恨み言だ
から。
 ……電話が私達の距離を繋げたまま、言葉
は途切れる。すごく、静か。
 静寂が、世界へ染み込んでいく。
 いや、静寂なんかじゃない。

「……ッ、は――ぅ、んんっ……!」

 両手で私の腿を鷲掴みにした兄貴が、私を
玩具みたいに持ち上げて股間へ打ち下ろす。
 自分の重みで、ぬかるんで開いた菊座は易
々とペニスを奥まで飲み込んでしまう。
 波打つような激しい律動が、お尻を襲って
くる。
 甘い声が、漏れそうになる。
 聞かせてやれって、自分の中の闇が囁く。
 深々と突き刺し、引き抜きながらカーブを
描いてペニスが躍る。
 気持ちいい。幹也に、わかっちゃうのに。
 お尻を貫かれて、熱くなってる。
 ねえ、こんな私を見たら、幹也はどう思う
の?

「……ん、ぁ……ふっ……」

 受話器を握る指が、かたかたとぶつかって
震える。兄貴は、本当にばれてしまいそうな
くらい、容赦無くペニスを振るってきてる。
 くちびるが、閉じていられない。
 軋んで、綻んで、ああ、漏れてしまう。
 でも、一度くらい、それもいいのかな。
 どこか諦めがちに、それでも私は笑えた。
 兄貴に持ち上げられた腰を、自分から勢い
をつけて降ろす。
 ずぬ、と、ぬかるみを滑りながら、ペニス
が私へ突き立つ。

「――ふぁ、あぁぁっ……!」

 そうして、私は産声のように嬌声を吐き出
した。憚りなく、歌のように響かせた。

「……式!? どうしたの、何か……」

 ――ふふ、驚いてるね、幹也。
 ちゃんと私の声、聞こえたんだ。
 じゃあ、もっとサービスしてあげる。

「……別に、なんでもないよ。幹也こそ、ど
うかしたの?」

 白を切られた分だけ切り返してやる。
 電話の向こうで何をしてるか、嫌でも考え
るように仕向けてやる。
 あの日の情事の、意趣返しだ。

「ん……ぁ、あぅ、くぅんっ……!」

 頬擦りをするように受話器を抱えて、私も
兄貴の上で踊りはじめる。腰のバネと体重を
思いっきり使って、飛び込むような激しさで
尻を降ろす。

「ん……ぁ、大、きいっ――」

 身体は、まだ昨夜の熱を覚えている。
 勢いよく尻の肉を割り進むペニスを、待ち
かねた恋人のように受け容れ、抱擁する。
 懸命に、卑猥にくびれた肉柱を絞り上げる。
 もう、こっちの穴はすっかり兄貴に慣れて
しまった。

「んっ……みき……やぁっ、どうしたの、黙
っちゃって。久しぶりなんだから、もっと声
聞かせてよ……」

 身体を満たしていく甘ったるい熱と快感。
 間接的とはいえ、交わりを幹也に見られて
いるという背徳に、指の先まで熱くなる。
 それをオブラートに包んで、仮面の語らい
を続ける。

「……さっき、鮮花の話が出たけどさ。
 流石に気付いてるよね、あいつが幹也に妹
以上の気持ちを持ってるって」

 少しずつ、触れてはいけない闇を暴いてい
く。一歩間違えば、繋がった糸を永遠に途切
れさせてしまう方法。
 でも、お互い白けた芝居を続けるだけじゃ、
何も変わらない。
 変わってしまった互いを知らなければ、自
分自身の変化さえ振り返れないから。
 いつかのように隣へ寄り添うには、今、ど
れだけ離れているかに気付かなきゃ。
 ……私は、痛いくらいに気付いてる。
 だから――おまえにも、教えてやる。
 私だって、以前ほど幹也の傍にいるままじ
ゃない、って現実(イマ)を。

「……どうして、急にそんなこと聞くの」
「オレたちの関係の話。級友で、友達で、
 でも――お互いに恋人って言ったこと、な
かったよね。そこに丁度良く、幹也を憎から
ず思ってる若い女がいたからさ。
 問題は、そいつが実の妹ってところだけど」
「……そう、だね。なんとなく、言えなかっ
た。言ったら、今とは確実に何かが変わる予
感がしてたから」

 ああ、それはきっと私も同じだ。
 幹也を確かに求めながら、それを形にでき
ずにいた理由は、不安。
 あやふやであるが故の安寧が、根こそぎに
崩れ落ちそうな恐怖があったから。
 でも――怖くたって、私はずっとおまえを
見ていたのに。

「……ホントのところ、教えてよ。
 幹也にとって、両儀式って何?」

 私が幹也を失いたくないと思うように、幹
也は私を思ってくれているの?
 幹也にとって、私はなんなの?
 私たち、ちゃんと通じ合えてるの?

 不安と憤りが混ざり合って、浮かんでくる
ものを片端から口にしそうになる。
 もう、溜め込んでいられない。
 どんな形でもいいから、教えてほしい。

「ただ、知り合ったから一緒にいただけ?
 たまたま顔を合わせてただけ?
 オレのことなんて、なんとも思ってない?」

 望んでいない言葉ばかり吐き出す。
 否定してほしいから。
 裏返った言葉が、胸にある嫌な予感さえ反
転させてくれるかもしれないと願って。

「……なんとも思ってないから、一月だって
会わずにいられたの?」
「――それは、違う」

 苦しげに、けれどはっきりと幹也は言った。
 怖れていたものを否定してくれた。
 弾けかけていたものが、僅かに弛む。

「何とも思ってない子のために骨を折るほど、
僕はマゾヒストじゃないよ。
 ただの知り合いの家に遊びには行かないし、
遊びに来ても泊めない。
 これじゃ――答えにならない?」

 言葉は、私と幹也の関係を暗に示すものだ。
 私達は、互いの家を自分のものみたいに使
って過ごしていた。
 つまり、私はそれだけ幹也に気を許されて
いて、他の誰かよりも幹也に近い場所にいた。
 私は、幹也にとっての大多数である他人じ
ゃなかった。
 幹也は今、そう言ってくれた。
 ――でも。それって残酷。

「……ふうん。じゃ、幹也はオレのこと好き?
 恋人って、言ってくれる?」

 もしも私が幹也の特別なら。
 骨を折ってまで助けるほど、思ってくれて
いるなら。

 ――なんで、鮮花を抱いたりしたの?
 ――なんで、私を抱いてくれなかったの?

「っ……!」

 “他人じゃない”って言葉が、急に希薄に
思えて。それを知った今でも、幹也を嫌いに
なれない自分が、馬鹿みたいで。
 それでもまだ、振り向いてほしいと思って
いる自分がいて。

「……っ、く――」

 涙が、勝手に溢れてくる。
 そう、結局私は、おまえを忘れることなん
てできない。
 鮮花を見ている瞳を、声を聞く耳を、求め
る心を、もう一度取り戻したい。
 ……もう、方法なんて選ばない。

「して――もっと……!」

 髪を振り乱して、涙を散らす。
 身体にあるものすべてを投げ打って、つな
がることに没入する。

「んく……ぁっ、あに――きっ……!」

 胸で疼く痛みを忘れるように、無心に腰を
揺らし、いやらしく尻を振る。
 飲み込んだ男根を締めつけ、引っ張りなが
ら、腰をくねくねと回して内壁に擦りつける。
 菊座いっぱいに、兄貴を感じる。

「ふ……ぅ、くっ……!」

 狼じみた低い唸りを上げて、兄貴も激しく
腰を使う。私が降ろした尻に、お腹まで届く
ような強さでペニスを突き立てて、ぐりぐり
と掻き回す。
 気持ちいい。痛みが、薄れる。

「――ね、みき、や……」

 もう隠し切れないほど震えた声で、呼びか
ける。気づいてくれるだろうか。
 私の声に。
 兄貴に乱される、私の声に。

「まだ……さっきの答え、聞いてない。
 オレ、幹也の……恋人なの?
 好き? 嫌い? 教えてくれないの?」
「式――」

 即答できないでしょ?
 幹也は、鮮花としちゃったんだから。
 不自然な呼吸を当然のように受け容れて、
私はまだ劣情に身を任せる。

「あ、ンっ……そ、こ……もっと、深く、擦
って……!」

 菊座の奥深くで、膨れた亀頭がすりすりと
身体の内側を擦る。狂おしい電撃に打たれて、
理性が焼け落ちる。
 誘うように兄貴の前で、はしたなくお尻を
振って、熱い屹立をねだる。
 ……幹也が、聞いてるのに。
 ……幹也が、聞いてるから?

「っ……はぁッ……ん、んんッ……!」

 自分でもわかるくらい、息が上がってくる。
 きっと、受話器の向こうの幹也にだってわ
かる。
 気のせいか、喉の鳴る音を聞いた。

「……式、そこに誰かいるの?」

 ついに幹也がそう尋ねた時、押し寄せる感
覚の波の中で、私はほころんだ。
 ……いるよ。息がかかるくらい近くで、お
尻を使って兄貴とセックスしてる。
 あの日のおまえたちみたいに、ね。
 でも、教えてなんてやらない。

「……しら、ない。話、はぐらかさないで…
…」

 やっと気づいてくれた。
 でも、幹也には兄貴が見えない。
 顔も知らない誰かと、いやらしいことをし
ているかもしれない私を、幹也はどんな気持
ちで想像するのか。

「ん、ぁ……っ! あっ――また、おっきく、
なって、る……!」

 汗だくの肌に、兄貴が重なる。
 緩みきった穴に、痛々しいほど張り詰めた
男根が沈んでいく。脈打つ肉茎は、私の奥で
さらに膨らむ。
 空気を詰め込まれる風船のように。

「――そろ、そろ……?」

 声だけで後ろの兄貴を覗うと、僅かに頷き
が返るのが気配で分かった。
 実際、セックスに関して私と兄貴の相性は
背徳的に良いらしく、慣れてくると達するの
はいつも同時だった。
 私と同じように、兄貴も弾けかけているん
だ。

「いいよ……このまま、中に――」

 背中で兄貴に寄り添って、受話器にそっぽ
を向かせてから囁く。
 頷くより早く、兄貴は実際に動いて応えた。

「あ……ン、ぁ、あぁぁっ……!」

 乱暴に畳へ私を突き倒して、後ろから獣の
ように尻を貫く。
 ぐにぐにと両手が尻の肉を捏ねて、浮かん
だ汗を塗りたくる。
 意識が吹き飛びそうな、快感の嵐。
 今すぐにでも、甘えた悲鳴を上げて達して
しまいそうで。
 でも、まだ終われない。

「……みき、や――ねえ、聞こえてる?」

 尻穴を貪るペニスに感覚を集中しながら、
か細い声で囁く。
 ……ここから先は、兄貴にも秘密。

「……今は、答えなくてもいいよ。
 でも、もしオレのこと、少しでも考えてく
れてるなら……ちゃんと話したい。
 だから、一時間だけ待ってる。
 幹也にとって、両儀式がただの女じゃない
なら――会いに、来て」
「式――!」

 幹也の声を最後まで聞かずに、受話器を放
す。もう、話す言葉は思いつかない。
 でも、通話を終わらせない。
 その理由。
 ……最後に聞かせてあげる。
 私の、復讐の雄叫び。
 ねっとりと白濁を浴びせられる、牝(オン
ナ)の悦びの声を。
 
「ぅンっ……! んっ、あっ、あっ……!」

 受話器の前に突っ伏して、後ろから襲い来
る荒々しい刺激に身を染める。
 兄貴のペニスが、震えながら反り返る。
 私の中で、はじけんばかりに脈打つ。
 擦られて、濡らされて、掻き回されて。
 もう――

「あ……く、るっ、駄目、オレっ……!」

 身体の奥で、次々と糸が千切れていく。
 浮き上がるのか、沈んでいくのか、それさ
えも分からずにゼロの感覚に溶け落ちる。
 そして。
 いきり立った角が、熱と快楽に支配された
淫肉を、最後の糸とともに深々と貫いた。

「くっ―――!」

 極まった声で、兄貴が絶頂する。
 その証、熱く粘ついた白濁が、滝のように
尻穴へ降り注ぐ。それを受け止めるだけの感
覚が、もう私には残っていない。

「あ、ふぁ……ん、ああぁぁぁっ……!」

 最初の一筋が触れた瞬間、私もあらん限り
に絶頂の悲鳴を上げた。
 声を抑えることなく、部屋中に響かせた。
 どくん、どくん、と鼓動のように吹きつけ
る精液。お腹の奥まで流れていく熱さを、恍
惚の中に感じながら。

「んぁ……あっ、零れ……そ――」

 長く、濃厚に射精が続く。
 染みるように尻の中を流れ落ちていく、白
濁の泉。すべてを押し流す疲れの中、寂しげ
に佇む受話器へふらふらと手を伸ばす。
 きっと、幹也はまだそこにいる。

「……ねえ、知ってたかな」
「え……式?」

 気づかなかったかもしれないけど、
 気づかなかったからこそ、
 教えてあげる。

 浮気は男の甲斐性なんて言うけど。
 ――女は、そんな言葉は知らないんだ。
 ちゃんと怒って、泣き喚いて、腹癒せする。
 嫉妬する男と、なにも変わらない。
 そして、馬鹿みたいに一途で純心で。
 だからこそ、怒らせるのはとても危ない。
 そう、

「――女はね、怒ると怖いよ、幹也」

 それが教訓。
 二度目なんてないって脅し。
 ――次にそっぽを向いたりしたら、
 きっとおまえを殺しちゃうから。

 冗談みたいに浮かんだ言葉に、くすりと笑
ってしまう。
 喉が鳴らないように受話器へ口付けて、今
度こそ通話を終了した。
 ……なんだか、ひどく眠い。
 お腹の中で、注がれた白濁が溶けているみ
たいだ。
 一時間。私と幹也に与えられた時間。
 僅かな時が過ぎて、あいつに出会えるかは
分からないけど。
 心配とか不安とか、そんな回り道はもうた
くさん。
 だから、この白い感覚の海に沈んで、今は
ただ眠ってしまおうと、そう思う――


          【――逢情ノ刻ヘ】




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