Nunquam periculum sine periculo vincemus.

  〜我々は危険をおかす事なしに、危険に打ち勝つことは決してないだろう〜


作:しにを

            




「怯えなくてもいい。
 無力な女の子に危害を加える趣味は無い」

 静寂と言うには少々緊張感が漂いすぎる沈黙。
 それを打ち破ったのは男の声だった。
 すらりとした長身、整った顔つきではあるが、鋭すぎる眼がバランスを崩し
ている。
 声はつとめて穏やかにしているようだが、顔は幾分苦笑気味。
 彼自身は特に気を詰める事も無く、リラックスしていた。
 己の巣の中、言わば結界とも言うべき処にいるのだから、それも当然だが。
 部屋に、部屋の様子に、部屋の主に、威圧され気を呑まれて、それ故に緊迫
した空気を醸し出していたのは少女の側。
 男の声に顔を上げる。小学生くらいか、小柄な姿。微笑んでいれば可愛いだ
ろうが、おどおどとして魅力を減じている。
 涙こそ浮かべていないが、ちょんと指先で突付けば悲鳴を上げそうだった。
 
 保護欲を生じさせる様子。両腕で抱きしめて大丈夫だよと囁き、あらゆる物
から守ってやりたくなる。
 嗜虐心を掻き立てる怯え顔。さらにもっと苛めて、涙をぼろぼろとこぼした
泣き顔を存分に堪能したくなる。
 相反する二つの思いを誘っていた。
 見つめる青年にはどちらの感情が生まれていただろうか。
 実際のところは外からは覗えない。努めて穏やかな顔をしている。
 しかし僅かに目に浮かぶ色からすると、その心中が少女に洩れたら、それだ
けでさらなる滂沱に至っていたように見受けられた。

「ようこそ、我が工房へ。
 私が人形師の蒼崎橙子だ。橙に子と書いて、とうしと読む」
「遠野志姫です。よろしくお願いします」

 少女は立ち上がると頭を下げた。
 礼儀正しい振る舞い。
 橙子は、ふむとそれを見やる。

「では、依頼内容を確認しようか」

 少女に大きなソファーに座るよう勧め、自分はデスクの椅子に座る。
 機械的に煙草を咥えかけ、依頼人の姿をちらと見て元に戻す。
 少女はちょこんと座って、また緊張の面持ち。
 大人がベッドがわりに出来そうなソファーに比べると、端に座った少女はか
なり小さく見えた。
 
「はい。私の体を、いえ私の元の体を作って貰う……ですよね?」
「疑問形で言われても困るのだがね。まあ、あまり常人には縁の無い領域の事
だからな、むしろ当事者ゆえに信じがたいのだろうと解釈しておこうか。
 遠野志姫くん、きみはさる事故で元の体を破損した。情け容赦なく、徹底的
にね。本来ならば、問答無用で棺桶に入っている筈だ。
 しかし奇跡の領域に近い幸運によって、助かった。少なくとも生き延びた」

 いったん橙子は口を閉ざし、ただでさえ目付きの悪い目を鋭くして志姫をじ
っと見つめた。射抜くが如き瞳。
 居たたまれない気持ちで志姫が何か言葉を口にしようかとした時、橙子の視
線は僅かに志姫から外れて上を向いた。

「強烈なる、溢れんばかりの生命力を注ぎ込む繋がり。
 秘法、秘儀として外には出ぬ筈の魔術の行使。
 でたらめな能力、空想具現化。
 そんなものに寄ってたかって救命処置、いや蘇生処置が施されたのだ。
 死神すら、封殺されるよ。既に埋葬されていたきみが飛び起きて、タップダ
ンスの一つも披露したと言われても、信じられる。
 まったく稀有な、そんな常識外れの連中が集った、それ自体が奇跡と言って
よい事象だな。
 とにかく最終的に復元と治療を行い、結果として君はその体を得た訳だ。
 10年、いやもっと短いか、それほどの加齢の喪失……、つまりは、子供の
時の体、幼い姿になってしまった。
 しかし、それでは足りない。本来の姿を取り戻したい、そうだね?」

 長々とした説明であったが、淡々とした口調は聞く者の耳にすっと入り込む。
 まして志姫にとっては、自分自身の事であった。不気味な器具や本に満たさ
れた魔窟たる部屋にいる事による居心地の悪さも忘れて、聞き入っていた。
 橙子は幾つかの紙を手にしつつ、幼い少女を見やった。
 このくらいかと呟いて視線を上げるのは、元の身長を思い浮かべてであろう。
 今の志姫とは、頭ひとつ以上も高い。
 
「はい、そうです。私は元の体に戻りたい。
 蒼崎の名を持つ魔術師、人形遣いであればそれが出来ると聞いて、ここまで
来ました。橙子さん、私は……」

 質問の最後まで言うのを恐れるように、志姫は口ごもった。
 橙子は頷き、言葉を引き取った。

「元のは無理だ、さすがにね。限りなく前の体に近いがせいぜい。
 誰にも見分けがつかなくとも、遺伝子、霊体、ありとあらゆる検査でも同一
と判断されようと、それは元の体ではない」
「やっぱり……」
「だが、それはあくまで定義上での話だ。実質的には、前とまったく変わらぬ
と言っても良い」
「良かった」

 少しは安心を与えたのだろう、志姫の顔に安堵の色が浮かぶ。
 どれだけの思いが心中に満ちているのか。
 橙子は水を差す事無く、しばし志姫に時間を与えた。
 
「作業に入る前に、一応、君が遠野志姫たる事を示して貰おうか」
「はい」

 志姫は持ってきた鞄から、小さな樹脂のケースを取り出した。
 丁寧な手つき。そして、蓋を開ける。
 中には眼鏡が入ってた。
 何とも言いがたい感情の動きが志姫の目に浮かぶ。
 大切な、本当に大切なものに触れる様子。
 それをじっと見守っていた橙子の前に、眼鏡が差し出される。

 橙子は黙って受け取った。
 無造作に、しかしながらその眼は明らかなる関心を示していた。
 橙子の手にある眼鏡は、志姫のものとしては少し大きすぎるだろう。
 それに女物として見るとデザイン的には優美さに欠ける。
 掛ける者にもよるだろうが、やや野暮ったいくらいに見えるかもしれない。
 志姫が手渡したのは、そんな眼鏡だった。橙子はそれを、志姫には見当も及
ばないほど強く深い光を帯びた瞳で、じっと見つめ続けた。

「確かに、これは蒼崎の、いや、私の眼鏡だ。魔封じの力を持つ逸品」
「は、はい……。先生から貰ったものです。お返しします」
「この稚拙さは、確かに青子のものだな。しかし、先生とはね……」

 奇妙なものを見る目で橙子は志姫を、あるいはその背後にいる何者かの姿を
眺めた。
 一方の志姫は、自分の手から離した眼鏡を、じっと見つめている。
 先生と口にした時から浮かんでいる、露わな憧憬の色。
 
「そんな呼ばれ方をするに足る男ではないと思うが。
 資質ではなく、その精神が……」

 もっと違った直截的な言葉を橙子は吐こうと思った。
 殊更に口汚く誹謗するつもりは無い。橙子に取っての自然な忌むべき肉親へ
の意識の表明。
 だが、おそらくは蒼崎青子という性格異常者に対する本質をどういう訳か理
解していない、それどころか呆れ返るくらい捻じ曲がった認知をしている少女
の心的世界を、土足で無残に踏みにじる気にはなれなかった。
 橙子自身にも不思議に思えたのだが。 

「そんなに神聖視するような立派な人物だったのかね、君の先生は?」
「もしも先生がいなかったら、私はとっくに狂うか自分で命を絶つかしていた
と思います。
 私にとって先生は……」

 激した訳では無い。
 むしろ静かに言葉を大切に口にしていた。
 それなのに、志姫の感情の高ぶりによって、いつしか目元が潤んでいる。
 何て表情をするんだ、と橙子は口には出さず呟いた。
 こんな混じり気なしの信頼やら憧憬やらをぶつけられたら、あの悪鬼羅刹す
らなけなしの善心を示す羽目になったのかもしれない。
 さっき自分が青子の事を口にするのを躊躇ったように。
 そう橙子は判断した。

「まあ、あれが他人の為にこれを奪っていったという事実からして、信じがた
いのだが、事実は事実としてある訳だからな」
 
 橙子はもう一度魔封じの眼鏡を見つめ、志姫に手渡した。

「え?」
「いちおうまだ持っていたまえ」
「は、はい」

 わからぬながらも、また志姫は大切そうに眼鏡を仕舞った。
 
「ところで、私と橙子の確執は知っているのに、単身でこんな処まで。
 もしかして無事帰れなくなるのではないかとは思わなかったかね? 怖くは
なかったのかな?」
「怖かったです。今も怖いです。でも……、他に手段が無いのなら。
 本当の事を言うと、別にいいんです。このままもう一回小学校からやり直し
ても、それはそれで構わないし。
 だけど、秋葉達が……。
 わかるんです、凄く自分達を責めているのが。私をこんな体にしたのは自分
達の責任だって。そんな事ないのに。
 私を見る度に辛そうな顔をして。特に、秋葉が。弟の秋葉があんなに、夜に
悩んで一人で泣いていたり。
 私は秋葉の姉さんなんだから、弟にそんな負担を与えちゃいけないんです」
「ふうん、麗しき姉弟愛……かね」

 鼻白んだように橙子は小さく呟くが、それ以上の揶揄の言葉は口にしない。

「ただ、賢明ではないな。
 奴の息がかかっているというだけでも、気紛れに君をどうするかわからない。
 教会関係者はもとより、協会すら私にとっては敵になりうる。
 そして、死んでいるとは言え、君が持っていた直死の魔眼。罠かと疑うほど
の多大な成功報酬を棒に振ってでも研究するに値するものだと、私は考えるか
もしれない。
 そうだな、生きたまま四肢を……」
「橙子さん」

 怯えるかと思っていた志姫が静かに遮ったのを、橙子は訝しげに目を向ける。
 震えている、びくびくとしている。
 それでもなお志姫の声ははっきりとして、橙子を正面から見つめていた。

「私に、おかしな真似をしようとは考えないで下さい」
「うむ?」

 心配そうな表情であり、声。
 それは当然ではあるのだが、何か橙子に違和感をもたらしていた。

「そんな事をしたら、私に変な事したら、アルク達が黙っていない。
 橙子さんがどんな力を持っていても、敵いません。きっと橙子さんは酷い事
に……」
「ふふ、殺戮機械に、教会の殺し屋、それに魔の血を引く同族狩りか。
 確かに正面から敵対はしたくはないが、そんな脅し如きで蒼崎橙子が、この
人形……?
 ……。
 志姫くん、その眼、もしかして心配してくれているのか、私の事。
 そうか……」

 奇妙なものを見る目で志姫を見つめる。
 志姫が自分自身をではなく、物騒な物言いをしている橙子の身を案じている。
 真祖に、埋葬機関の代行者、遠野の当主、周りにいる者達の想像を絶した力
を知っていればこそであろうが、からかい半分とは言え自分を脅している相手
に対して……。
 橙子の意識を絶した少女だった。
 ふっと橙子の眼が柔らかくなる。 

「大丈夫だよ。仕事として受けた事だ。
 きちんと、蒼崎の名に恥ずかしくない人形を作ってやろう」

 普段の彼を知る者であれば、違和感を抱くような態度であり言葉。
 あまり感情は露わとなっていないが、それでもこの少女に対し優しい言葉を
かけていると見て取れる。
 眼鏡を外していると言うのに。

「では、作業に入る。
 恥ずかしいとは思うが、全部着ている物を脱いで貰おうか」
「は……はい」

 志姫は束の間躊躇し、しかし言われるままに着ている物を一枚一枚脱いでい
った。
 子供っぽい体が、瑞々しい肌が露わになる。
 それはまだ幼い少女の域を出ないが、後の萌芽を感じさせるに足る姿だった。

 じっと検分するように橙子は志姫を見つめた。
 正面から、そして側面、背後にも回る。
 志姫には立たせたままで特に動きを取らせない。
 自分が視線を落とし、時にはしゃがみ込み、橙子は観察を続ける。
 当然ながら志姫はそれに平然としていた訳ではなかったが、不思議と羞恥は
覚えていなかった。
 異性の前で全裸を晒し、まじまじと見られているのは確かだった。だが、医
者の検診、いやもっと近いものを挙げれば、素材を丹念に観察する画家や彫刻
家の眼に見つめられている感じ。
 落ち着かなさには繋がっても、拒否感にはダイレクトには結びつかなかった。

「あ……」

 視線だけでなく、特に声も無く橙子の手が志姫の腕に触れた。
 そのまま、撫ぜるとも擦るともつかぬ手つきで指先から肩まで掌が滑る。

「なるほど」

 何が、と問い返すのを躊躇わせるような口調。
 腕だけでなく、首に触れ、腹に触れ、脚や背にも指先が動く。
 かろうじて許容範囲と思わしき処ばかりではない。
 薄くて辛うじて膨らみと見えなくも無い、ピンク色の突起のみがつんと突き
出ている胸。
 すべすべの肌ではあるが、平たい尻。

 未成熟な割れ目、まだ正面からはよく見えないほど下に位置している肌色の
陰唇。
 ほぼ公平に手がさまよって後、改めて橙子の指が一点に興味を示した。

「ほう……、手付かずか」

 そっと芸術品を扱うが如き手つき。
 指先が繊細な部分に潜り、最低限の力で内側から開いていく。
 未熟な小陰唇の柔肉が左右に寄っていく。
 
 僅かに穴が覗く。
 指一本でもきつそうな、ほんの隙間程度の穴。

「なるほどなあ」
「あの、橙子さん」
「うん、何かね?」
「それも何か人形作りに関係あるんですか?」
「ああ、無くは無いさ。念の為に今の骨格と神経、筋肉と馴染みの度合いなん
てものを見ておく必要はある。
 もっとも、とっくに確認はすんでいるけどね」

 橙子は明快に答え、そしてさらに指を動かす。
 両の手が、狭い秘裂を剥き出すように晒す。
 外からはわからない赤を基調としたぬめぬめとした粘膜が、あからさまにな
った。
 まだ、幼く簡単な構造。
 それでも、閉じた穴の縁が見られ、その上には少しはみ出したような肉片が
小さな切り口を見せている。

「うん、可愛いものだな、膣も、尿道口も……」
「橙子さん」
「人が楽しんでいるのに、大きな声を出すものではないよ」
「橙子さん!!」
「冗談だよ。……半分くらいは」
「半分って…」
「少し念入りに確認する必要があってね。これなら今のうちに手を打った方が
面倒が無い。
 しかし、見事なものだな、まったく」

 真面目な顔で、志姫の幼い性器を見つめ、橙子は呟いた。
 こうなると、志姫も無下に咎められず口を閉ざす。
 と、橙子が顔を上げた。
 何を考えているかわからない顔。彼の部下であれば警戒するであろう表情だ
が、志姫にはそんな事はわからない。

「さて、志姫くん。少々前置きとしては長いが、私の話にお付き合い戴こう。
 唐突な話題で恐縮だが、性衝動や異性への欲求について。
 話せば長くなるから、いきなり核心に入るが、ありていに言って、異性の体
に触れると言うのは、快感を誘う行為だ。
 まあ、異性に限らないケースもあろうがね。
 今確認した通り、この姿になってからはほとんど何も性交渉は無いようだが、
君も以前には、経験はあったろう」
「……はい」
「だが、この機構を説明しようとするとなかなかに困難なのだよ。例えば、今
こうして私が触れている志貴くんの滑らかな肌の感触、これを新聞紙と割り箸
で再現する事は可能なのだが、ただ同じ感触なら良いというものでもない。
 極端な話、見惚れるに足る、触れるだけで官能を刺激する人形を作る事は私
には簡単に出来る。
 だが、それよりも鶏ガラのような抱き心地の、生きている女の方を好む輩が
多いのも確かだ。
 これは何から来るか、わかるかね」
「ええと……。やっぱり本物の方が良いからでは」
「本物以上だがね、私の作るモノは。でも人形より出来の悪い本物を求める。
 いろいろと研究に値するテーマなのだが、ひとつの理由として、快楽用に造
った物でもなければ、いやそうであっても、反応に乏しいと言う事実が挙げら
れる。
 擬似的に返せなくも無いが、やはり無理があってね、それが不満になる。
 触れた事による反応、直接官能を刺激されずとも、やがて熱を帯びてくる肌。
 柔らかく蕩ける体。
 個人差もあるが異性、男性にとっての女性、女性にとっての男性に触れる喜
びは、己だけでなく相手の性感が刺激される事によって生じるものらしい。
 ここまではいいかね?」
「は、はい」

 いつしか講義めいた話になっている事に面食らいながらも、志姫は頷く。
 よろしい、と講師然として橙子は続ける。

「だが、あいにく、数時間後の成長した志姫くんは、その性感が著しく乏しい
状態になる。そうだな、不感症と言えばわかるかな?」
「え、なんで……」
「ほう、不安顔だね。
 言っておくが、私の人形の精度に疑問を持つ事はやめて欲しい。
 簡単に言うと、この今の志姫くんの体が、あまりにも良く出来ている。出来
すぎていると言っても良い。それを無理やり切り離して、新たな体に入れ替え
るのだから、弊害の一つも出るさ。
 そうは言っても、ずっと一生肉体の悦楽から遠ざかる生活をする訳では無い
から、安心していいよ。
 だんだんと馴染んでは来る。やがて何の違和感も無くなってしまう。
 ただ、それが一月で済むのか、一年なのかは試してみないとわからない。も
しかすると後遺症をずっと引きずるかもしれない。
 視覚や聴覚など他の主要器官、それに体を動かす事には支障は無いのだがね」
「それなら、普通の生活には問題ないんですね」
「ああ」
「だったら、別に……」
「それならよかった。少し心配したんだよ、そんな状態で性行為を行うとなか
なか辛いからね」
「え?」
「ほとんど感じない状態であれやこれやされるのだよ。けっこう体に負担も掛
かるし、なかなかに嫌なものだよ、あれは。
 まあ、愛する相手と穏やかに行為を行うのなら、精神的に満たされる事でそ
れなりに幸せかもしれないが。
 そこぬけに絶倫な相手に何度となく体を求められたり、いろんな相手と交わ
ったり、そんな過度の淫行に耽るのは少々苦痛ですらあるだろうね。
 何事もそうだろう。好きでやる事は傍目には酷でも本人には何とも無いし、
無理もきく。しかし逆は……。」

 志姫の顔面が蒼白になる。
 それに気づかぬように、橙子は続ける。

「さすがに幼女相手に事に及ぶ真似はしなかったとしても、これまで我慢した
反動で元の姿に戻ったのを見て、さながら陵辱、息も絶え絶えになっても何度
も何度も、普段は体が快感を得るから耐えられる物の……、いったいどうした
んだね、志姫くん?」

 明らかに笑いを含んだ声。
 しかし志姫はそれに気づかない。
 気づいたとしても同じだったろうが、橙子に懇願する。

「助けて下さい。
 そんな目にあったら、アルクや先輩に、それにお薬使われて琥珀さんや翡翠、
何より秋葉に。ただでさえ、いつもいつも……」
「お困りのようだね、志姫くん。
 実は、何とか出来なくも無い」
「ほ、本当ですか」
「ああ、幸い今のきみは快楽を感じる事が出来る。こんなに可愛く反応するほ
どね。その感覚を、移植してやろう。
 あくまで繋ぎだが、本当の感覚が戻るまで擬似的にだが、快感を感じるよう
になる。
 日常でその感覚に馴染めば、本当になるのはすこぶる早いのは保証するよ」
「お願いします」
「ならば、データを取らせて貰おう。出来るだけ詳細に。良いかね?」
「は、はい」
「同意したね」

 ぞくりと志姫は背筋を震わせた。
 何かしてはいけない事をしたような。
 言葉巧みに悪魔の契約書にサインさせられたような。
 そんな悪寒。

「あ、や…、何?」

 混乱。
 何が起こったのか志姫にはわからない。
 今の今まで体のあちこちに触れられ、いたる処を見られた。足を開かされ、
胸や性器を強調するような姿にもされた。
 それは恥ずかしかったが、我慢は出来た。
 医者に身を委ねるような感覚故に。橙子はあくまで志姫を患者であり、己の
仕事の対象物としてのみ見ていた。だから耐えられた。
 しかし今、単に剥き出しの横腹に触れただけなのに、ぶるりと震えるような
感覚が志姫の体を走った。
 この体になってからは縁遠いもの、それは快感だった。

「少し、楽しんで貰おう」
「や、恥ずかしい、嫌です、橙子さん、やめて」
「ほほう?」

 左手が、志姫の性器を這いまわり、的確に、襞の中の急所を、そしていちば
ん感度の良い陰核を、攻め立てる。
 あくまで過度の刺激は与えず、志姫に快楽だけを与えていく。
 強弱の波をつけて。
 そして、次第に全体のボルテージを上げて。

 忘れられていた右手が動いた。
 膣口から垂れている淫液に濡れたすぐ下の部分。
 狭く軽く窪んでいて、骨格の硬さも近くに感じられる部分。
 蟻の門渡り。
 そこを橙子の指は丹念に擦り、新たな刺激を起こしていく。

 さらに陰部を探っていた指は奥へと道を進んだ。
 指先を幼き秘裂がこぼした淫液で濡らし、橙子は後ろの窄まりに当てた。
 ぬめりのある粘液が、周囲に塗りたくられていく。
 しばしほぐす様に指は動き、やがて位置を定めるやそこをぐりぐりと押し始
めた。きつそうに、しかしゆっくりと力を込めてられ、爪の先が潜った。
 穴の周辺が内周から押され、少し盛り上がる。
 つぷりと指先が沈み込む。
 
「いや、やめて、お願いします」

 日常生活では感じられぬ異様な感覚。
 排泄の用途に使われる器官から、異物が挿入される異端の感覚。
 元の体であれば、その不浄の場所での感覚に志姫は馴染んでいた。
 一度や二度の経験では無かったから。
 二人がかりで交互に唾液を擦り付けては、舌先で拭い、隙間からねじ入れよ
うとする姉妹の舌。
 放射線状に伸びる皺の一つ一つを丹念に撫で付ける怜悧な風貌の眼鏡の先輩
の長い指。
 日頃やかましく年上の姉を叱責する口を閉じ、うっとりとキスする弟の唇。
 ほぐれてゆるんだ穴を押し開く、ブロンドの青年の固く熱いペニス。
 
 それらをたやすく受入れ、快感を、絶頂すら味わっていた。
 意地悪され指先だけを挿入され、飽く事無く弄られ、しかし一定以上の刺激
を与えられず、恥ずかしい言葉を叫んで懇願した事もあった。
 しかし、今の少女というより童女に近い体は、それらの刺激を受けていなか
った。
 電気信号とて感覚する脳は同じなれど、まったく違った異様な嫌悪感すらを
志姫は感じていた。
 嫌々をし、目からは涙の雫が滲む。

「ふう、体が受け入れないか。
 無理にやる趣味は無いが、ここで止める訳にもいかないし……。
 志姫くん、やり方を変えようか」
「すん…、やり…かた……?」
「ああ、道具を用いる。されで一気呵成に片付けてしまおう。少し刺激は強い
かもしれないが、男性に弄られるより心理的抵抗は少ないと思うよ」
「はい」
「わかった。ちょと待ちたまえ」

 優しいと言ってよい橙子の声に、志姫は少し宥められた。
 散らかった机だが、橙子には何が何処にあるのかわかっているのだろう。
 絶妙のバランスで積み上がった本の山を、難なくどけると、小さな箱を取り
出した。
 木で作られたとりたてて特別なところがあると思えない箱。
 文字に見えなくも無い模様が描かれている。

 それを掌に載せて、橙子は志姫に近づく。
 
 何だろうと志姫が目を向けると、何もしないのに蓋が開いた。
 かたかたと箱が揺れた。
 しかし、志姫にはそれが見えない。
 何かが動いている気配はすれども、箱は空っぽで何も入っていない。
 橙子に向かって何をしているのか問おうとした時、その橙子の口が開いた。

「這え」

 鋭い声。
 使役の言葉。
 志姫は戸惑い、体を起こそうとする。
 それを止めるべき橙子は一歩身を引いている。
 ならば、何故に自分は身動きを取れないのだろうと志姫は訝しげな顔をする。

「少しの辛抱だ。
 これなら短期間で終わるよ。
 しかし、何度見ても少女と触手の組み合わせは、痛ましくもいかがわしいも
のだな。
 どれ、一服させて貰おうか」

 煙草の火が付けられた。
 ふぅ、と満足そうな声。
 
 そうしている間に、志姫の体は宙へと浮いた。
 支えは幾つかののたうつ触手。
 橙子の眼にはそれが見える。
 丹念に、ひとつの意思を持って動いている。
 
 しかし志姫には見えない。
 触れるものはある。
 音がして、気配も感じる。
 直死の魔眼であれば、そこに何らかの死の顕在を見出していただろう。
 だが、今の志姫には、その眼の力は無い。

 志姫の狼狽に構わず、無数の触手は召喚者たる魔術師の意思のままに動いて
いた。
 ありとあらゆる処を探り。
 あるものは接触による刺激を与え。
 あるものは分泌する液を塗り込め。
 あるものは胸や腰に執着して蠢き。
 身動きのままならぬ少女に這いまわり、絡み付いてゆく。
 知らぬものが見れば、まるで陵辱されているよう。
 ぬめぬめと、じゅくじゅくと、怖気をふるう感覚。
 同時に吐息が洩れるほどの、さわさわとして気持ちいい感覚。

 短くも強い同時多発の刺激に、志姫は声を挙げてのたうった。
 どれだけ経っただろう。
 最初と同じく鋭い声が飛んだ。

「戻れ」

 掌に乗る程度の小さな小箱。
 そこからあふれ出た触手が、またずるずると這い戻る。
 志姫には見えないが、橙子の目にはその物理的におかしな収納の様が目に映
っていた。
 蛸や烏賊の手足をさらに長くしたような吸盤を無数に生やしたもの。
 白い蛇のようなもの。
 糸のように細く、風にすら動きそうなもの。
 筋ばった部分がある多関節の集合のような黒いもの。
 それぞれが別の役割と機能を持つのだろうか。
 橙子の言葉にするすると箱へと帰った。
 後に残るは、少女とは言え、人間の四肢を束縛し自由を奪うほどの力を持つ、
数本のうねる触手。
 大の字に手足を開かされ支えられている。
 
 橙子が目を向けると、命じられたかのごとく、触手はゆっくりと志姫の体を
台へと下ろした。
 そのまま拘束を解き、これまたずるりずるりと物理的に不可能な箱への帰還
を果たした。

 まだ、手足を広げ、何もかもを晒したままの志姫が体をぴくぴくと痙攣させ
ていた。
 吊り下げられていた処の床には水溜り。
 今また、股間から滴り落ちたものが、台に濡れをひろげている。
 ねっとりとした僅かに濁った液。
 本気で感じ始めたが故の、透明感を失った愛液の滴り。

 やっと息をつく志姫。
 決して時間的には長くなかったが、未知の刺激の波にさらわれ翻弄された感
覚時間は実際とは隔離していた。
 いっそ絶頂を迎え一時的にでも正気を失っていればまだしも、ぎりぎりを図
るように胸を這う触手も、膣穴を舐める触手も、限度を越えさせようとは決し
てしなかった。

 呼吸と共に上下する胸が、だんだんと穏やかな波に変わっていった。
 薄く閉じられていたまぶたが開く。
 潤んだ目が橙子を探す。 

「橙子さん……」

 泣きそうになりながら非難の声を出しかけ、志姫は急に息を呑んだ。
 橙子の自分を見る目。
 氷のように冷たい、感情の欠片も無い目。
 人間を見る目ではない。
 その瞳の前では、何もかもが同価値。
 志姫が人であれ、屍骸であれ、人形であれ、同じ目で見つめたであろうと知
れた。
  
 氷の瞳が不思議そうに志姫の顔の変化を見つめ、瞬きした。
 一瞬の間の後、橙子は口を開いた。 

「ああ、すまん。
 どうも私が集中した時の目は、他人を怯えさせるらしい。
 対象をただありのままに見ているだけなのだがね」

 依然として険しい目つきではあるが、はるかに人間味が戻っていた。
 さらに眼鏡をかけると、柔和な顔つきに変わった。別人の如く。

「怖がらせたお詫びだ。
 少し、楽しませてあげよう」

 橙子の手が志姫の胸に触れた。
 両の手が、薄い膨らみを覆う。
 その滑らかな肌の奥、とくんとくんと刻まれる心音を捉えるようにしばし動
きが止まる。
 ゆるゆると息を吐き、そして吸う。
 そして、手が動き始めた。

 胸から腋へと。
 胸から腰へと。
 まったく両の手が関連無く動いていく。
 最初の観察するような弄ぶ手の動きとは違う。
 不可視の触手群のおぞましくも淫靡なる刺激を伴う感触とも違う。
 
「え、何、これ……」

 軽く優しく触れただけなのに、そこが熱くなる。
 肌が熱を持ってくる。
 
「いいんだよ、ただ素直に感じていてごらん」

 橙子の声も耳に遠い。
 手が触れるにつれ、全身が熱く熔けそうになり、他の事は頭から消えていく。
 うわ言のように意味の無い言葉を発し、身をくねらせる。
 沸騰しそうな熱を感じながらも、もっとと熱を求める。
 頬を撫でる手に自ら擦り付け、腿を弄る手に股を開いてしまう。
 意識してではなく、忘我のままでの本能的な動き。

 一方の橙子は志姫とは対照的。
 黙々と鍵盤に向かうピアニストの如く。
 決して無感情ではない、決して機械的ではない。
 しかし、志姫の反応と遊離したように、その手はただただ動いていく。
 ただ、志姫の為に。
 志姫の官能を高からしめ、何処かへと導く為に。

 そして―――

「フィニッシュ」

 ぴくぴくと痙攣するような谷間の上。
 先ほどからまったく指が触れていなかった部分。
 赤子の指先ほどの大きさもない、粒のような肉芽。
 それを不躾な手から庇護する包皮。
 弾いたとも見えぬ、押したとも見えぬ指の動きが、そのクリトリスの芯に触
れた。

「ああっ、あ、何、これ、ああああーーーーーッッッ」

 身悶えし、志姫が体を仰け反らせる。
 白い喉が震え
 
 ぴゅっ、ぴゅううっ。

 ぐっしょりと濡れただれた秘裂。
 透明な飛沫が散った
 絶頂による腺液の分泌と噴出。
 俗に言う潮噴き。
 細かい霧雨のような弾けと共に、滴が空を舞い飛ぶ。

 それは橙子の体にも降り注ぎ、手をぐっしょりと濡らした。
 軽い笑みと共に、志姫の果てた姿を見やる橙子。
 良き演奏を終えた演奏者の如き満足感が窺えた。
 優しい手つきでとろとろとなった花弁に触れ、呟く。
 さらに興が乗ったという調子で。

「さらに限界を超えさせてみようか」

 指が踊る。
 先ほどまでの体の隅々を使っての演奏とは違う。
 幼き姿で、ふさわしからざる悦楽の残滓を見せている、その性器にのみ特化
しての即興演奏。
 緩やかさから、激しさへのチェンジ。
 決して乱暴にではなく、無造作にでもなく、奇術師の指捌きにも似た動きを
見せる。
 指が起こす振動が膣口を震わせ、幼い襞を震わせ、あるかなきかの肉芽を震
わせる。
 人差し指が、中指が、薬指が、違う動きをもって。
 そうかと思うと、爪弾くように無数の動きを至るところに同時に与える。
 強く弱く。
 速く遅く。
 緩急の様が、決して慣れさせない。
 
 これが今日初めての愛撫であったとて、たちまち高みに到っただろう。
 ましてや一度絶頂を迎えた少女の体、すぐさま次なる崩壊を迎えようとする。
 
「いや、ダメ、やめてぇぇぇ」

 狼狽。
 しかし橙子はまったく気にも留めない。
 いや、その様子を正しく理解していた。
 それ故に、にやりと笑みを浮かべ、より指の動きを速めた。

「やああ―――   」

 最後は声にもならなかった。
 その代わり、別の音がする。
 女性のようにすんなりと伸びた橙子の手で、ほとんど志姫の股間は覆われて
しまい、外からは隠されている。
 そこから、水音が洩れた。
 さっきとはまた違う。

 ぴちゃぴちゃとこぼれる、はっきりとした音。
 ちょろちょろと流れる、はっきりとした音。

 ちょうど水をすくう形になっていた橙子の手。
 注がれたもので満たされ、ぐっしょりと濡れていた。
 それだけでは足りず、掌から僅かに溢れさせていた。
 滴りこぼれて志姫の腿を伝っていた。

「おもらしか。
 はしたないとは思わないかい?」

 僅かに色づいた、志姫の洩らしたもの。
 絶頂を迎えた衝撃による、意思に反した放尿によるもの。
 そう、膣口から溢れ出した腺液で濡れた橙子の手をさらにぐっしょりと濡ら
したのは、志姫の尿液であった。 
 しかし、少女の排泄物で手を汚しつつもまったく橙子は動じていない。
 未成熟な膣口を、そして膨らみ開いた尿道口を今なお指で弄っている。

「まあ、このままでは気持ち悪いだろう、後始末に掛かろうかね、志姫くん?」






 ほかほかと湯気を上げた蒸しタオルで、丹念に肌が拭われる。
 別人のように性的なものを感じさせない拭き方。
 優しく拭っていく。
 その感触は、志姫にも心地よかった。
 それでも、白いタオルに腺液が薄汚れた染みを作ったり、股間や足を拭われ、
ぐっしょりとなるのに志姫は羞恥のあまり顔から火が出るほど真っ赤になる。
 それを知らぬ振りをして、橙子はぶつぶつと独り言のように呟く。

「あーあ、これは酷いなあ。
 しばらく外で何度か干さないとダメだろうなあ。
 美紀夜辺りに何を言われるか。
 きっと所長は夜尿症だとか言いふらされて表も歩けなくなるんだ。
 酷い話だと思わないかね、志姫くん?」
「橙子さんが悪いんじゃないですか」

 さすがに志姫が抗議をするが、橙子は痛痒に感じた様子を見せない。

「おやおや。おっと、潮吹きしたのがこんな遠くまで飛んでるよ」
「う、うう……」

 わざとらしく何かの機材を布で拭ってみせる橙子。
 志姫はぱっと顔を赤くした。
 後は自分でするといいと、真新しいタオルを志姫に手渡し、橙子はあれこれ
片付け始めた。
 衣服を丸めて籠に入れ、そこかしこを拭き清める。

「さてと、こんなものかな。
 まだ残っているようだが、アンモニア臭もそのうち消えるだろう。
 ごめんよ、志貴くん。あまりに可愛くてついつい苛めてしまった。
 まだ、汚れが残っている処はあるかな?」

 優しい声。
 眼鏡を掛けた橙子は、別人のように志姫に対していた。

「もう、平気です」
「許して貰えるかな?」
「……はい」
「ああ、まだ怒っているね。ならば、どうだろう。お詫びと言ってはなんだが、
新しい体に少し付加価値をつけてさしあげようかな」
「付加価値ですか?」
「うん。何か希望があれば、それでいい。もっと足が速くなりたいとか、耐久
力が欲しいとか、身体機能の改善。もう少し身長を高くというなら、それでも
良いし。どうかね?」
「……」
「改造みたいなものをイメージして二の足を踏んでいるのなら、安心したまえ。
 きみが元々持っているモノを活かすだけだから。
 そうだね、たとえば今の志姫くんが部屋に閉じこもって必要以上に飲食する
生活をすれば、かなりふくよかな体形になるだろう。でも同じ期間を規則正し
しい生活と適切な栄養摂取で過ごせば、まるで違う姿になる。スポーツなり武
道なりに取り組めば、それもまた違った効果を表す。
 でも、いずれも志姫くんである事に変わりは無い。
 どうだね、何かリクエストは?」
「いえ、やっぱり前のままがいいです」

 志姫はまったく迷う事無く答える。
 橙子は別に驚くでもなく、そうかと頷いた。

「そうか、それはそれで意思を尊重するよ。
 心持ち胸の厚みを増すなんてのも、良かったと思うのだがね」
「え?」
「別に詰め物するとかではないよ。体に害は無いし、望むままに魅惑のライン
になれるよ。あくまで自然な形でね」

 志姫の顔に浮かぶ明らかな動揺、迷いの色。
 しばし葛藤が表情に表れ、ようやく結論を出す。
 けれども、挙句に答えた声には心残りが色濃く感じられた。

「元のままの……、前の体がいいです。
 そんなにスタイルも良くないけど、あれが私ですから」
「そうか……、わかったよ」

 頷いて、橙子は手にした紙に何かを書き記していく。
 志姫は見るとも無くそれを眺めたが、幾つかの数字以外には読み取れない文
字が並んでいるのが見て取れただけ。

「ちゃんと、今のデータを基にして感覚の再現を行ってあげよう」
「はい」
「最初のうちは違和感はあると思うが、決して落胆はさせない。
 それと、改変とは行かない程度にメンテナンスをしておく。かなり体に無理
を与えていたみたいだしね。
 それと、差し支えない程度に贈り物をしよう。外観には影響を与えないから
さっきの言葉にも反しない。ささやかなるサービスだから遠慮しないでくれ」

 優しい表情と思いやりにあふれた声。
 志姫は頷いた。

「はい、ありがとうごさいます」
「ふふ。人形師として久々にやる気が出てきたのもあるし。
 楽しみにしていてくれ。感じるとどこまでも高みに昇って、抑圧無くおねだ
りしてしまう志姫くんは、きっと可愛いだろうなあ」
「……えッッ?」
「そして感じすぎると、堪えようも無く失禁するおもらし少女。
 すぐに尿道はゆるゆるになって、少しでも気を緩めると……、いいね。喜ば
れるだろうなあ、皆に」
「あの、ちょっと……、嫌な冗談を……、なんで真顔なんです」
「本気だからだ」
「そんなのえ…」
「遠慮は無用だ。だいたい、さっきありがとうございますと言ってくれたろう。
 立派な契約だ。魔術師にとっては……」
「ちょっと、橙子さん……」
「……」
「……」

 言い合いは続く。
 志姫の涙ながらの抗議に、理解不能という顔をする橙子。
 
 冗談とも本気ともつかぬ顔で、ならば後ろを強化してやろうかなどと呟く。
 また言葉が応酬し、最後には、えぐえぐという泣き声が部屋に響く。
 そうこうしつつもドアが閉まり、全ての声が消えた。

  
  Fin





―――あとがき

 こちらの作品はサイトの50万ヒットの企画作品で、過去作品の改変といっ
たテーマでリクエスト頂いて書いたものの一つになります。
 出題者は、ASHさん。
 リク内容は、「ショタ志貴橙子さん話を、志姫で」(一部意訳)でした。
 
 阿羅本さんが発祥の「ショタ志貴」自体がかなりな原作改変設定。それを使
わせて貰った橙子さんとのお話もたいがいな構成ではありました。
 それを今回、かなりな許容度をかなり要求される性別反転モノとして書く。
 ……オリジナルではないですか、既に?
 
 こんな話ですが、お楽しみ頂けば幸いです。

 ※元作品は、こちらになります。   それとこちら。
 いつも以上に前もって読んで頂かないとわからないと思われます。
  
 お読みいただきありがとうございました。


  by しにを(2003/10/26)


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