「だれ?」

 その一言は、どんな敵の一撃よりも痛恨の出来だったようだ。

 

 

 

 

 どんよりと影背負ってるのを見て、思わず溜息が出る。

「あんまし落ち込まないでよ」

 仕方ないかもしれないけど。やっと無事が確認できた想い人に、綺麗さっぱり忘れ去られていたのだから。

 その上全ての記憶が、という訳ではない所が追い討ちをかけたらしい。

「何でお前だけ・・・・・・」

「だーかーらー、新密度とかの差じゃなくて、単にこの頃のちょーこに面識があったってだけだって!」

 いい加減鬱陶しくなってきた。

 純愛に生きそうだとは思ってたけど、ちょっと印象がズレてきたな・・・・・・。

 悪印象ではないけれど、今後の行動に多少の修正は必要かな。

 

 

 

 今日はもう遅かったので宿屋を取る事にしたのはいいけど、ここでも一波乱。

「もう一部屋取った方が良くないか?」

 色々疲れたなと寝台に腰掛けたところでこの台詞。

「へ?必要ないでしょ?」

 今までだって一部屋だったじゃないか、と疑問に思うと飛鳥は真面目な顔で、

「年頃の異性と同じ部屋に泊まるわけには・・・・・・」

「待った。年頃って、これ?」

「ほ?」

 抱き上げたちょーこが頭悪そ・・・・・・もとい可愛らしく首を傾げた。

 この、記憶からも外見から見ても四歳児の事かい。

「これとは何だこれとは。御歳14になる女性に対して」

「いや実年齢はそうだけど・・・・・・君、この姿のちょーこを『女性』と見るわけ?」

 ぼかした言い方ではあるけど、疚しい気持ちになるのかと問いたいわけだ。

 英雄色を好むとはいえ、そうならちょっと問題だ。そうは見えないけど。

 

「女性は女性だろう?男性ではないのだから」

「いや、そーでなく・・・・・・」

 ・・・・・・何となく、そんな答えが返ってくるんじゃないかなーとは思ったけどさ。

「えっと、何で年頃の男性と女性が一緒の部屋に寝泊りしちゃいけないの?」

「そういうものだろ。サマルトリアでは違うのか?」

「違わないけど・・・・・・」

 ああ、決まり事としか捉えてないなと分かる受け答えだった。

 いくらロト王家筋は16で成人とはいえ、それまでにも性教育くらいしとけよローレシア。

 大体教わらなくたって、この歳になるまでにそういう噂のひとつやふたつ飛び交って・・・・・・・・・

 無さそうだ。国風として厳格な印象のローレシアを思い出して少し納得。

 サマルトリアは多分よそよりも開放的だ。あまり自分を基準にしない方がいいかもしれない。

 

 だからって、僕が教えるのは嫌だ。

「今のちょーこは体も心も退行してるから、『年頃の異性』ではないと思うよ。

 ほら、小さい頃は世話係とかに囲まれて育つものでしょう?」

 大丈夫、一般論でなんとでもなる。

「俺は3歳の時から1人寝だったぞ」

 厳しいなローレシア。

「・・・・・・女の子は別なんだよ」

 面倒くさくなってきた。

 

「そういうものか?」

「っていうかさぁ、僕としては、辛い目にあったばかりの小さい子を1人きりにさせるのは良くないと思うよ」

「そう・・・か」

「そうだよ。1人きりになった事を認めたくないから、昔に戻っちゃったのかもしれないんだし」

 もっともらしく言えば納得してきたらしく、深く頷いた。

「そうだな。惨劇を目の当たりにして、1人になって・・・・・・無理もない」

 最後の方、少し声が震えてる。

 飛鳥ちゃんって、一見無愛想だけど、人一倍感情移入するタイプじゃないかな?

 まぁ、『勇者様』としてはそのくらい慈愛精神強い方が良いか。

 

 きっと、その位の方がちょーこの心も救ってやれる。

 鏡の所為かもとは言ったが、実を言うとちょーこ・・・・・・蝶子の方が戻りたがらないのだと確信がある。

 

 惨劇を目の当たりにして。一人になって。

 それも間違いじゃない。だけど、もう一つ蝶子を苦しめる理由がある。

 

 僕は知ってる。誰にも言えない。

 蝶子がこのまま戻らないのなら、墓まで持っていく覚悟はある。

 ムーンブルクでは証拠を回収できなかったけれど、この手でハーゴンを葬りさえできれば、それも可能だ。

 だから僕じゃ、蝶子を愛してやれない。でも幸せにはなって欲しいから、上手くいくといいなと思う。

 

 

 

「そうだね。だから・・・・・・愛して、あげてね」

 死んでも言うつもりはないけれど、例え、何を知ったとしても。

「なっ、ななな何をいきなり本人を前にして!?」

 顔真っ赤。言うまでも無かったか。

「どーせわかんないって」

「花を贈られた事は覚えてるのにか」

「こだわるなぁ・・・・・・飛鳥ちゃんだって贈ったくせに。12の誕生祝いに」

「な、何で知って・・・!」

「公式行事に隠し事もないでしょ」

「え・・・・・・・・・?」

 

 飛鳥が一転して訝しげな顔になった。

 あれ、僕今何か間違えた・・・・・・・・・?

 

「おい、それは・・・・・」

「この部屋ベット二つだけど、どーするちょーこと寝る?」

「なっ、そ、そんな事・・・・!」

 追求される前に方向性を変えたら、案の定引っ掛かってくれてホッとする。

「なら僕がちょーこと寝ようかな。僕は10年前のちょーこしか知らないわけだし」

「う・・・・・・し、しかし」

「じゃあ僕と寝る?」

 二人ともまだ大人になりきれない体格なので、それも可能だったりする。窮屈そうだけど。

 

「うううううう・・・・・・」

 ある意味究極の選択かもね、と僕は見えないように薄く笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

ほーら策略家(笑)

伏線を入れ始めた以上、ベラヌールまでは行くぞ!!そこで色々明かすつもりです。