「なぜ」って、考えれば分かることなんですが、この質問の仕方からすると「PITタグが、どのようなものなのか?」をご存知ないようですね。PITタグは、元々はイヌ・ネコ用に開発された体内埋め込み型のマイクロチップで、大きさは「13×2mm」というのが一般的です。ここ数年の研究では、これをそのまま両生類に応用しているだけの話です。
ですから、私も今回の調査では「当年変態幼体(と頭胴長40mm未満の幼体)」以外の個体には、PITタグを用いています。今回は倒木から4日間で11匹の当年変態幼体を捕獲しましたが、これらの幼体に対して従来からの指切り法を用いたのは、彼らが小さすぎて「PITタグの使用は困難」と判断したからです(実は、今回の調査で、当年変態幼体が捕獲されることは想定外の出来事でした)。そこで逆に、お尋ねしますが、当年変態幼体に対して「指切り法」以外に有効な個体識別法は、あるのでしょうか?
まず最初にお断りしておきますが、私は「産卵期の可能性が高い」とは、一言も述べておりません。先の回答では「水分補給のための夏場の水浴び」と「繁殖期終了後の移動・分散ルート」の2つの可能性を示唆しました。その時点で、とっくに産卵期の可能性は消えております。その点をはっきりとさせた上で、お答えしますと「ハコネサンショウウオの卵嚢は、普通に探しても見つかるものではありません。ですから、卵嚢の確認が出来ないことと、産卵期の可能性が低いことは、全くの別問題です」という回答になります。
一般にハコネサンショウウオは人の手の届かないところに産卵しますから、もし彼らの卵嚢が見つかるとすれば「滝の中にある岩盤の裏側あたりだろう」と思います(ハコネサンショウウオの卵嚢が見つかったというだけで、全国ニュースになるくらいです)。また、サンショウウオ科のサンショウウオでは「卵塊」という用語の使用を避け、可能な限り「卵嚢」という用語を使用するように心掛けて下さい。
私が「monopolist」と表現しているオスは「メスの総排出口から引き出された卵嚢を最初に抱いたオス」のことです(メスの産卵開始に逸早く反応したオスが「monopolist」になるケースが多いようです)。これは、Hasumi (1994)を「正確に」読んでいれば分かる問題ですが、複数のオスが1対の卵嚢を同時に抱いているケースでは「monopolist」以外のオスを「one of scramblers」と表現しています。
○○さんが野外で観察したデータの場合は、おそらく「卵嚢を最初に抱いたオス(=monopolist)」が特定できないので、用語法の混乱が生じているものと思われます。まず、このことを論文の中で述べ、それから代わりの用語を使用すべきでしょう。但し、○○さんが考えている「folding male」では、オスが何を抱いているのか不明です。これは「clasping male, embracing male」といった表現でも同様です。他の方が書かれたサンショウウオ科の繁殖行動の論文にしても、卵嚢を抱くオスを適切に表現できているものは皆無と言っても、反論の出来る人はいないはずです。その一方で、私の論文(Hasumi, 1994, 2001)には、以下のような表現がありますので、参考にして下さい。
a male embracing one of a pair of egg sacs, and a male embracing another
この表現では「embracing」の代わりに「clasping」や「folding」を用いることも可能です。要は「一言で表現できる用語はない」ということです。「この表現は、まずいのではないか?」と考えるのは大いに結構ですが、それよりも英語で書かれた学術論文を「正確に」読んで、自分自身の思い込みをなくす努力が、○○さんには必要なのではないでしょうか?
この「甲状腺」とあるのは「脳下垂体」のことですよね? ご指摘のように、脳下垂体を含む幼生の頭部側を食しても、消化されて、結局のところ成長ホルモンの効果は現れないでしょう。これに対し、脳下垂体をすり潰して生理食塩水に溶かし、これを幼生の体内に注射すれば、効果てきめんです。
まあ、高校の生物部がやる研究は、たかが知れていますから、本当に成長が速かったかどうかも含めて、色々と疑問の残るところでしょう。仮に速かったとすれば、○○さんが考えるような「頭部側と尾部側とでのカルシウム量の差」が、成長の遅速の主たる原因である可能性は高いと思います。
実は、サンショウウオに関して、なぜか日本では「染色体の研究」が最も盛んです。東邦大学のグループが有名です(河野さん、池部さん、黒尾さん、あたり)。キタサンショウウオの染色体数は68本で、サンショウウオ科の他のどの種の染色体数とも異なっています。有尾両生類の染色体標本の作製方法としては、下記の文献が分かりやすいでしょう。
・飯塚光司. 1990. 両生類の核型分析と教材化(1)―消化管の上皮細胞からの体細胞分裂中期像―. 生物教育 30(3): 154-163.
ご存知のように、脱皮というのは表皮を脱ぎ捨てることです。一般に小型有尾両生類の個体の皮膚に付く寄生虫は真皮の内部にまで入り込みますので、彼らが幾ら脱皮の頻度を多くしても、寄生虫を取り除くことは難しいと思います。この点で、(体が大きく皮膚も厚い)オオサンショウウオとは事情が異なります。ただ「個体の脱皮頻度が変わらない」とも言い切れませんので、是非、実験してみて下さい。着眼点は良いと思います。
ここでの問題は「実験に使用する寄生虫をどこから調達するのか?」ということです。寄生虫といっても、色んな種類があります。個体の皮膚に小さな隆起上の突起(イボイボ)が観られる場合は、条虫が造った虫胞の可能性が高いわけですが、サンショウウオ一個体あたり何匹の条虫を寄生させるのかによっても結果は変わってくるでしょうし、批判に耐えるだけの実験をおこなうには、サンショウウオも条虫も相当な数を準備する必要があります。
例えば、実験に1グループ7匹のサンショウウオを使うとして、寄生させる条虫の数を1〜5匹まで変えていけば、それだけで5グループが必要です。他に寄生させないコントロールのグループが必要ですから、それを含めたサンショウウオの数は42匹、条虫の数は105匹になります。おそらく、これが実験の最低ラインでしょう。このような実験が○○さんに可能なのかどうか、よく考えて計画を立てて下さいね。
○○さんは「ある種の寄生虫」と書いていますが、小型有尾両生類の皮膚に寄生するのは、だいたいが「条虫」です。実験期間は、実験に使用する個体の脱皮頻度と、個体の皮膚に寄生させる条虫の生活史との兼ね合いで決まります。
まず、実験に使用する個体を、性や加齢も考慮した上で、どれかに限定して下さい(成体オスとか、成体メスとか、幼体とか、幼生とか)。これらが混合した実験デザインでは、批判に耐え得る研究にはなりませんから......。それから脱皮頻度の季節性を考慮して、実験の時期を決めて下さい。その時期に、例えば5日周期で脱皮が起きるのであれば、その周期の5〜6倍に当たる約一ヶ月間は毎日、観察する必要があると思います。これに「条虫の生活史が、どう絡んで来るか?」といったところでしょうね。
また、個体に宿主する寄生者に関して言えば、小型有尾両生類の脱皮頻度との関連よりも、ある種の昆虫の体内に宿主して「性比操作をする(つまり自分の都合の良いようにオスを創り出したり、メスを創り出したりする)」寄生細菌(Wolbachia)のほうが、調べて面白いのではないかと思います(少なくとも私は......)。
季節や相(陸生相・水生相)にもよりますが「クロサンショウウオがアズマヒキガエルよりも表皮が多湿」ということは、ないと思います。ただ、このような染色は誰も試したことがないはずですから、○○さんが「クロサンショウウオの皮膚が塗料をはじく」と知らせてくれたことは、今後、同様の研究をおこなう方々には朗報となるでしょう(但し、批判的な見方をすれば、アズマヒキガエルの皮膚も塗料をはじいていた可能性があります。学会誌に掲載された学術論文でも、疑わしい記述は幾らでもありますから......)。
ここでの重要事項は、皮膚に着けた色が皮下に浸透しないことですから、水溶性の染色液を使用する一般の生体染色とは違った意味を持ちます。そのため、これまで利用可能な情報から適格なアドバイスをすることは、私にとっても難しく、残念ながら「自分で色々と試して下さい」と言わざるを得ません。
もし試行錯誤の結果、どうしてもダメでしたら、私がクロサンショウウオ成体オスの脱皮の研究で用いた方法で(Hasumi and Iwasawa, 1992)、それぞれの個体を区別するしかありませんね。ちなみに、これは、クロサンショウウオが「ヒキガエルのように、脱皮した後の皮を食べてしまわない」から出来る方法です。
その方法というのは「個体を1匹ずつ隔離する」というものです。隔離するために、私が使用した蓋付きの箱は「21×14×3.5(cm)」の大きさで、これはプラスチック製の弁当箱のようなものでも構いません。箱の底には、湿らせたペーパータオルを敷きます。乾燥を防ぐための霧吹きなども、実験条件が同じになるような配慮が必要です。
生体染色は、皮膚全体におこなうわけではありません。ほんの一部を染めればいいわけですから、皮膚呼吸の妨げにはならないでしょう。それに染色剤は、草木染に使用するカーミンやインジゴなどの天然色素を応用したものが、ほとんどです。脱皮の目安にするだけなら、水溶性の色素でなければ、どの色素を用いても問題はないでしょう。
と、ここまで書いてきて、気になる点が出て来ました。それは「色素は皮膚の内部にまで浸透し、脱皮をした後も残っているのではないか?」という疑問です。これは、予備実験をして、自分で確かめてみるしかありませんね。
もし予備実験を含めた生体染色が面倒であるのならば、アズマヒキガエルの脱皮を調べた研究(Tanaka, 1995)では、頭部の皮膚に「(資生堂の)口紅」で色を付けているだけですから、それに倣うという方法もあります。要は、脱皮の判別が出来ればいいわけです。
・Tanaka, T. 1995. Long-term observations on the molting of a Japanese toad, Bufo japonicus formosus. Japanese Journal of Herpetology 16(1): 7-11.