ムルン―ダルハディンの動植物


モンゴルのムルン―ダルハディンのルート(標高1500〜1600m)では、道路脇の草原地帯に色んな動植物が見られた。緑色をした草原で、特に目をひく存在は、あたり一面を埋め尽くすように咲く「エーデルワイス(和名は、ウスユキソウ)の仲間(1)」の白っぽい花々であった。これ以外に目立つ花は、青紫色をした「アザミの仲間」で、これも至る所で存在を主張していた。

2004年7月24日、ダルハディン湿地での調査が終了し、私たちのロシアンジープとトラックは、一路ムルンへと向かっていた。途中、峠のオボーを経由し、午後8時40分にキャンプ候補地になりそうな水場に到着した先頭のジープに乗っていた面々は、後続隊を待ちながら川岸を探索していた。川岸には、少なく見積もっても3種類のバッタがいて、その中でも特に奇妙なバッタが私の目をひいていた。

前肢の先端が、まるでボクシングのグラブのように変形しているバッタであった。日本では、お目にかかったことのないバッタなので、佐野智行さん(姫路獨協大学)にお願いして写真を撮ってもらうことにした。「新種かなあ?」とか、勝手なことを言いながら、観察を続けていた。それから30分くらいして、遅れて到着したトラックに乗っていたモンゴル教育大学の学生のひとりに名前を尋ねてみると、即座に「ボックス・ツァルツァ」という答えが返って来た。どうもモンゴルでは、有名なバッタであるらしかった。

この地を出発し、午後9時50分に井戸のあるキャンプ地へと到着した。午後10時5分にテントを張り終えると、11時20分からは漸く、その日の夕食であった。午前2時5分に就寝し、翌朝7時5分に起床した。それから森田孝さんと朝食に使う薪割りを手伝い、8時20分からの朝食を終えると、10時15分の出発までの空き時間を利用して、また付近の探索を開始した。

そうこうするうちに、9時15分頃、今度は体長5cm弱の、ずんぐりむっくりした翅のないコオロギのような虫のメスを捕まえた(ダイヤモンド・ビッグ社の「地球の歩き方 D14 モンゴル 2003〜2004年版」の21ページに「ゴジョ(コオロギの仲間)」として掲載されている虫と似ている)。モンゴル科学アカデミーの先生に、この虫の名前を教えてもらおうと思ったのだが、何度聞いても「ツァルツァ(2)」としか答えてもらえなかった。どうも「ツァルツァ」というのは、モンゴル語でバッタの総称を指しているようであった。仕方がないので「この虫は、英語で何と言うのか?」を聞いてみると、野帳にスペルを書いてくれた。「Hoper grass」とあった。おそらく「Hoper」は「hopper」のスペルミスだと思うので、どうも彼は「grasshopper」と書きたかったようである。つまり「バッタ」である。

モンゴルは、生物学の分野では遅れた国であると思う。動植物の分類自体が、まだまだ発展途上で、学名の付いていない種、或いは新種だとは気付かないで、ヨーロッパなどで記載されている学名をそのまま付けている種が、たくさんあるはずである。今回のプロジェクトチームに、分類学が専門の日本人研究者が誰かひとりでも入れば、ちゃんとした学名も付けられるのではないだろうか?

[脚注]
(1) ウスユキソウの写真をホームページに掲載するに当たっては、私の友人の藤塚治義さん(元々の専門は、植物分類学)に種の同定を頼んだのだが「キク科ウスユキソウ属の仲間は種分化が著しく、その地域の固有種であることが多いので、学名は分からない」という回答であった。つまり、日本で言えば「レブンウスユキソウ」や「ハヤチネウスユキソウ」といった固有種に相当するものが、モンゴルのウスユキソウにもあるはずなのだが、どうもモンゴルでは未だ植物のα分類が進んでいないらしく、正確な記述が出来ていないようであった。これは「どういうことか?」と言うと、ダルハディン湿地調査の中間報告書にあるモンゴル教育大学の研究者による植生調査の記述で、植物リストに掲載されているウスユキソウ2種の学名「Leontopodium leontopodioides Beauverd」と「Leontopodium ochroleucum Beauverd」が、それぞれヨーロッパとトルキスタン(Turkestan)にしか分布していない可能性が高く、もしかしたら、この写真のウスユキソウそのものに、まだ学名が付いていないことも考えられるのであった。
(2) 例えば、キタサンショウウオの調査中に湿地帯の林床部では色んなキノコが見られるのだが、ズラに「このキノコは何?」と種類を尋ねても「マッシュルーム(=キノコ)」という答えしか返って来ない、という難点があった。


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