プロフィール

平成30年 5月21日現在
人生に大きな影響を与えた出来事!を追記した。


氏 名中村 淳一   (男)
住 所千葉県野田市
出身校聖美学園小学校、油面小学校(卒業)
目黒区立第四中学校
東京工業高校(電子工学科)
日本工業大学(電子工学科) 卒業
座右の銘

愚を知るを知者という。知を誇るを愚者という。
肝に銘じる言葉

すぐ役に立つものは、すぐに役に立たなくなる
わかったようなことを言っている輩は何もわかっていない
気持ちの拠り所

諸行無常
仏教用語で全てのことは一定ではない(変化していく)と言うことです。
(諸行はこの世すべての事、無常は一定でない(常に変化している)と言うこと)
自分だけでなく周りのすべて自然も大宇宙も変わっていきます。
だから人生は面白くもあり生きがいもあります。
日本人は無常を無情と捉えてしまい栄枯盛衰を思うことが多いですが意味はもっと大きく広いです。
思うところ

興味あることを楽しく探求すればそれが世のためになる
<大事なこと>
・知的好奇心の探求
・創意工夫
・ただ足るを知る
好きな言葉

・おもしろきこともなき世におもしろく
・情けは人のためならず(仏教用語の縁起・因縁に通じる)
・三日坊主でも、何回も繰り返せばよい
・上善水のごとし
・得た分を、相手に与えてはじめて、物事はうまく回るようにできている
・天網恢々疎にして漏らさず
・春来たれば草自ずから生ず
・本来無一物
・橋は流れて水は流れず
・行雲流水
・色即是空
趣 味

・アマチュア無線(JH1MIO)  ・カメラ(写真撮影・メカニカルカメラ・クラシックカメラ)
・読書         ・旅行(国内・海外)      ・散歩・ウォーキング
興味のあること趣味の延長です。
勉強・練習中のためまだ上手に出来ません。また、時間及び予算が無く苦戦しています。
・無線機、電子機器の製作     ・真空管式オーディオ機器、ラジオ等の製作、修理
・クラシック無線機の修理      ・マニュアルカメラの修理 ・古い機械の修理 
 
資格・検定等 *国家・公的資格
・第1級陸上特殊無線技士          ・第2級海上特殊無線技士
・航空特殊無線技士              ・第1級アマチュア無線技士
・初級システムアドミニストレータ
・普通自動車運転免許証

*検定
・情報処理活用能力検定 3級         ・ディジタル技術検定 5級
・ラジオ・音響技能検定 3級
・福祉住環境コーディネーター検定 2級   ・色彩能力検定 3級
・環境社会検定(eco検定)   ・認知症ライフパートナー基礎検定
 
その他検定等・歴史能力検定 歴史基本4級
 
現在 各種資格試験を受けています。
今後も新しい資格、上級の資格を目指します。
無線関連やコンピュータ・IT関連等の技術系以外の資格にも興味があり挑戦しています。
 知らないことを知ると言うことは大変面白いです。また調べたり確かめたりすることも面白いです。
 
会 員福祉住環境コーディネーター協会
ちばサイエンスの会
日本アマチュア無線連盟
 
その他ものづくり共和国
モノシティ
ものアイランド
ブログも是非見て下さい!WebryBlog及びスローライフと趣味・生活
 
協 力 家庭内(生活に関する)の作業や困ったこと(よろず修理:古い電気製品などの修理、照明の交換を初め簡単な修理、模様替え・配置換え、家具などの組立の手伝い、その他雑用など)、
パソコン・インターネットなどの相談、等々 。
お困りのことがありましたらボランティアと言うほど大げさではなく私で出来る事であればお手伝いします。
楽しく暮らせるように協力が出きればと思います。気兼ねなくご相談下さい。
(「結いの精神」でいけたら良いなーと思っています。)



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理  念
人間生きていることは素晴らしい!
(色即是空)
*結いの精神!(助け合い、協調、尊重)
縁起・因縁:だから感謝・謙虚の心を持つ
*万物は常に変化する!
諸行無常:だから生きることは面白い
*人生を楽しむ!
四苦八苦:だから生きる価値がある
色即是空・空即是色、縁起・因縁、
諸行無常、四苦八苦は仏教用語
 
性 格
*フィールド・サービスエンジニア(最近は死語なのでしょうか?)/技術サポートへの思い入れ:
私は今までに”開発・設計、サービスエンジニア(設置、保守、他)、技術サポート、営業など”いろいろな仕事をしてきました。 詳しくは下記の職歴をご覧ください。
自分で考えてみるにフィールド・サービスエンジニア、技術サポート等が一番あっていると思います。 初めてサービスエンジニアを仕事とした会社は小さい会社だったこともあり営業の打ち合わせ(場合により最初の営業から行うこともありました)から参加して設置、保守まで行っていました。 プリント基板製造装置(ドリリング等のNCマシン、ラミネーター、露光装置、現像機、剥離装置、エッチングマシン、再生装置:現像液・剥離液・エッチング液等、メッキ関連:特に無電解メッキコントローラ、その他いろいろ)などの産業用機器から 計測器(メッキ厚等の膜厚測定器:高周波式・アイソトープ式)まで受け持っていました。 その為、私の専門は電子工学(弱電)ですがメカ(機械関係)、化学関係など幅広い知識(浅く広くですが)が必要でいろいろ覚えました。
また、産業用機器は10〜20年くらい装置を使用する上、海外の会社はすぐになくなってしまうことも多く入社した頃は初めて見、資料もろくにない古い装置の保守を行うことも多かったです。 そのため、当時はいろいろ考えて仕事が出来たので良かったと思っています。今思い出すと楽しかった思い出です。
保守ではラインを早急に復旧または取りあえず作業が一段落するまで動かすためにいろいろなアイデアを出しました。
その後、ハードディスクメディアの検査装置(サーティファイヤー、グライドテスター)の技術サポート。
そしてコンピュータ関連機器のサービスエンジニア、技術サポートをしました。 当時のコンピュータはミニコンでそれに使用する周辺機器でした。 その後ワークステーションの周辺機器そしてパソコンとその周辺機器へと移っていきました。 どちらかというと産業用機器の方が面白いと思います。
(仕事としての開発・設計はあまり得意ではありませんでしたがサービスエンジニア、技術サポートの仕事は好きでした。 もちろん保守ではトラブルが発生している事が多いので顧客に怒りをぶつけられ大変な目にあったことも多々ありました。)
顧客は日本中にあるのでいろんな処に行きました。観光が出来る余裕のあることはほとんどありませんが出張は好きでした。 もっとも、大きい装置の設置・調整などでは何ヶ月も掛かることもあるのでそう言うときには休みの日にいろいろ行きました。
思い返してみますと子供の頃にはいろいろな物(時計など)を分解していました。組みたたないことも多々ありました。
中学生の頃は屑屋(廃品回収業者?)からラジオやテレビを安く買ってきて修理したり、部品を取って新たにラジオなどを作成したりしていました。
高校生になってアマチュア無線の資格を取り無線機の作成や修理及びアンテナの実験をするようになりました。
大学の時はアルバイト代わりにテレビ、ラジオなどを修理、またアンプを作ったりしていました。

*いのちの仕事(天職?):
最近、倉林秀光さんの著書”イヤな仕事は絶対するな!”を読んで考えることがありました。
倉林さんが言われる”いのちの仕事(天職?)”について考えさせられました。
”いのちの仕事(天職?)”につくと人のため・世のために役立っているという実感がもて仕事が充実し楽しく仕事が出来る。 少なくても仕事が苦痛ではなくイヤなことがあってもそれほど気にならないとあります。
どんな仕事も人のため・世のためにならないことはないと思いますが、自分で実感できるかは別問題です。
また、仕事が苦痛では何のための仕事か分かりません。やはり楽しく仕事をしたいものです。
この本を読んでいろいろ考えてみたところ自分に向いているのは産業用機器・電子機器・コンピュータ関連など(ハードウェア・メカトロニクス)の 保守・メンテナンス(フィールド・サービスエンジニア等)、技術サポートに関する仕事ではないかと思います。
この程入社した会社の仕事が”いのちの仕事(天職?)”であると良いと思っています。 また、将来定年後は個人的に保守・メンテナンス関係の仕事あるいは近所に協力を出来ると良いなと考えています。
  
*職業病?(とっ言うより 性格?)
・機械のトラブルが気になる:
最近は工場などへ行くことが少なくなってしまったのですが、以前は仕事で得意先に行っているときに他社の装置が壊れたりするとどうなっているのだろうと気になったものです。 メカの場合ギヤーのねじを締めれば動くなど簡単な場合もありお客と話してその程度のことで有れば手を入れたこともあります。 工場の場合物が出来ないと言うことはすぐお金に結びつくので中小企業さんの場合には協力しました。 (随分昔の話です! 今では問題になりそうですね? でも、現場では・・・)
もちろん、精密な機器や問題が発生しそうな物には手を出しません。
事務所でもコピー機がトラブレばすぐ手を出す等。 おかげでパソコンなどに問題が出るとお呼びが掛かったりしました。
自分ではいろいろな機械をいじるのが性にあっているように感じています!

・飲食店で気になる:
大学生の時代にレストラン、喫茶店で長期アルバイトをしていました。
レストランではウェイター及びカウンターで飲み物を作り、喫茶店ではカウンターで飲み物や簡単な料理を作っていました。
それから随分立つのですがウェーターやウェイトレスの動きや客のことなどどうしても気になってしまいます。 また、オープンカウンターなどでは中で作っているのも気になり他の客の物が出ていないとか、忘れてるんじゃないかとか自分に関係ないのにヤキモキしたりして我ながらどうしようもないと思っています。
友人には飲食の仕事も私にあっていると言われています。

・古い機械や真空管式の機器が気になる:
これは職業病と言うよりは趣味(?)ですが古い機械式の装置や真空管式の無線機・ラジオ・オーディオ機器・その他装置には興味があります。
古い機械には今は電子機器で作るような物がメカで作られている物があり驚かされます! 私の専門は電子機器なのでメカは見ても良く分からないところも有るのですが製作した人の知恵には感心させられます!
また、真空管式の装置も同じように感心させられる物も多いです。 なにせ昔はマイコンはもとよりIC、LSIなど無かったのでいろいろなアイデアを駆使して作られているのが凄いです!
  
職 歴○民生製品の開発・設計会社
*カーステレオ/トランシーバー等の開発・設計
(製品の初期トラブル解決のためドイツ(フランクフルト)へ3ヶ月出張)
  
○専門商社
*プリント版製造装置のフィールド・サービスエンジニア
・膜厚測定装置(高周波式、アイソトープ式)
・ドリリングマシン(NC式)
・無電解メッキコントローラ
(無電解メッキコントローラの研修をアメリカ(ニューヨーク)で2回受ける)
・ラミネーター、現像装置、剥離装置、エッチング装置、その他
  
○システムハウス
*大手商社へ出向
・ロボットの営業
・ハードディスクメディア用検査装置関連の営業及び技術サポート
(サーティファイヤー、グライドテスター等)
*DEC用コンパチブル特殊ハードディスクのフィールド・サービスエンジニア
(保守のため研修をアメリカ(ワシントン)で受ける)
*5インチMO用オートチェンジャーの技術サポート
  
○情報機器関連の商社(大手商社の子会社)
*コンピュータ周辺機器、ハード・ソフトの受託開発等の営業及び技術サポート
  
○個人事業開業 (屋号はつけていません)
*開業届提出
*営業・技術サポート等の代行業
  
○通信工事関連の会社
*VoIPネットワークゲートウェイの設定・試験など、セキュリティ関係の工事
  
○個人事業開業に戻る
*営業・技術サポート等の代行業
  
○個人事業廃業
*廃業届提出
  
○食品関連エンジニアリング会社
*保守・メンテナンス関連の管理
*2016年8月末退職
*2017年10月に知り合いからの紹介でアルバイトを半年ほど行った。
今は仕事をやっていないが年金だけでは苦しいので新たにアルバイトを探している。


人生に大きな影響を与えた出来事!

私にとって大きな影響を受けた出来事はいろいろある。
たとえば小学校時代、小学校の時の転校、中学時代、高校生時代、大学生時代そして就職と転職、個人事業などなど・・・
ここでは自分で大きな影響を受けたと思う事柄を書く。
*その1:方向性を決めた趣味
趣味はいろいろありますが今までで一番長く続いている趣味はアマチュア無線だ。
電話級アマチュア無線技士の国家試験を昭和42年(1967年)に受けて合格し免許証の年月は昭和43年1月だ。
その後随時上級の試験を受けて今は1級アマチュア無線技士の資格を持っている。
無線局は最初の免許状の年月日は昭和43年(1968年)6月1日となっている。今年(2018年)の6月1日で50年になる。
途中余りできない時期もあったが今まで長く続いてきた趣味だ。これからも続けていくつもりだ。
電話級の免許を取ったのは高校に入ってからだがアマチュア無線には中学時代から興味があり中学時代にも国家試験を受けたのですが落ちてしまい高校になって免許を取った。
この趣味が好きだったこともあり学校も工学系に行き仕事も技術系がほとんどだ。
そういう意味では自分の進む方向性を決めた趣味だと思っている。

*その2:カルチャーショック
最初の海外旅行は1978年5月〜8月(3カ月弱)に仕事で行った西ドイツ(当時は西と東に分かれていた)のフランクフルトだ。
飛行は国内線も乗ったことがなかったのにいきなり国際線でそれも航空会社はアエロフロート(ロシア)だった。
フランクフルトに着き街に出た時には映画の中にいるように感じた。
やはり今までと違った思いや考えが浮かんだ。
おない技術の言葉一つとってもドイツでは違う。(日本は電気系の言葉はアメリカを基準にしている)
ドイツにいるときにスターウォーズの1作目が発表されそれを西ドイツで見た。音声は英語(米語)だが字幕はドイツ語だった。
私は外国語は苦手だがそれでも音声と字幕の違いを多少分かった。これも良い経験になった。
国内旅行でも地域が違えばいろいろ違いその地域独特なことがあるのに国が違えば当然と言えば当然だがやはりいろいろ違う。
その後、仕事ではアメリカのニューヨークに2回、ワシントンに1回行った。
社員旅行としては香港・マカオ、中国の広州、シンガポール、サイパン、グアムなど行った。
個人旅行としては友人と行った香港、タイのバンコクなどがある。
やはり最初に行ったフランクフルトは大きく影響を受けたと思う。

*その3:命にかかわる病気
一つ間違えば命にかかわる病気をするとやはり考え方に影響を受ける。
2013年12月に心不全で入院して退院は2014年1月末で2カ月弱の入院だった。
具合が悪く行院に行ったらそのまま入院になった。中学生時代に足の骨折で入院した時以来だ。
入院して2週間ほどは点滴に薬を入れているため機械で点滴量を精密に行っている方式だった。
特に2日目から4〜5日ほど両腕に行っていたのは辛かった。寝ているときも余り動けないので腰痛にも悩まされた。
酸素もチューブを使って鼻まで持ってきているのも鬱陶しく、トイレに行くには看護師さんに車椅子を持ってきてもらい酸素ボンベを車椅子にセットして点滴も一緒に移動させなければならずお願いするのも申し訳なく感じた。
入院するときに医者は若いから(還暦はとっくに過ぎていたが:苦笑)大丈夫と言っていたが、入院後に若い看護師さんが心臓が弱っているのでと言われた。無理をするなと言うことだったのだろう。
心不全は不可逆性の病気と言うことで治療で症状は無くなるが薬は毎日飲み続ける必要があり、生活習慣に注意をして規則正しい生活をせよとのことだ。
入院中に胃潰瘍も併発してしまいそのために退院まで多少時間がかかってしまった。
入院中は小型だが心拍や簡易な心電計、血中酸素などを無線で送る一種のテレメーターのような装置を付けていた。
この装置のおかげで一日中心臓の状態を観測されている。初日の診断の時に脈拍が150以上あると言われ夜間にも脈拍数が落ちずに夜中に点滴へ別の薬を入れた。
脈拍数は落ちなかったが常に状態が観察されているので安心感がある。
病気や怪我をするのは大変だと言うことは良く分かった。だが、人によって考え方や経験その他いろいろ違うので他人に気持ちは分かるとは言えないことを実感した。


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