関東大震災の跡と痕を訪ねて
番号 : 海老名市 EB-04
写真1 川寿稲荷神社 全景
写真2 川寿稲荷神社 社殿
神額に「川寿稲荷大明神」とある
写真3
震災記念碑は鳥居をくぐった左側にある
写真4 倒壊鳥居を用いたモニュメント
写真5
向かって左側の角柱に「震災記念」と刻まれている
撮影:2015/7
< 諏訪神社境内の案内板より >
諏訪神社境内の案内板によると、川寿稲荷神社は諏訪神社の摂社・末社に相当するようです。
案内板の「摂社・末社 境内末社」の項から抜粋
川寿稲荷
倉稲魂(うかのみたまのかみ)をご祭神とし、文政8年(1825)、京都の伏見稲荷神社の神霊を勧請し、中新田の河原宿のとうかの森に鎮座する。川は川原、寿は長寿に由来する。
案内板は縦書きで、漢数字をアラビア数字に変更。(諏訪神社をについてはここを参照。)
海老名の史跡、歴史などを詠み込んだいろはかるたの「ろ」に、「六刀碑 武士すてさりて 農となる」がありますが、境内にはこの六刀碑があります。
左:正面、右:背面
向かって左側の石柱
正面
右側の石柱
向かって左の「震災記念」(正面)と刻まれた石柱は角柱であり、鳥居の貫が使用されているようです。向かって右側の石柱は円柱であり、鳥居の柱が使用されています。
これらから、大正9年3月に建立した鳥居が、大正12年9月1日の関東大震災で倒壊したため、震災を記念するために倒壊鳥居でモニュメントを造ったことが分かります。