作成:2014/4

関東大震災の跡と痕を訪ねて

番号 : 横浜 Y-13

中区元町 --- 元町百段跡地 旧崩壊地 ---

  • 所在地:横浜市中区石川町2丁目
  • 元町百段跡地 旧崩壊地
  • 交通:横墓高速鉄道みなとみらい線「元町・中華街」から約6分(行程400m)
  • JR根岸線「石川町」から徒歩約10分(行程630m)
元町百段

写真1

元町百段公園入口の説明板など


元町百段

写真2

同上 震災前の百段の様子(写真)道路の正面に石段が直線状に延びている


現在の状況

写真3

写真2とほぼ同じ位置から撮影 正面のビルで斜面は見えない


現在の状況

写真4

崖斜面の状況
商店街駐車場より崩壊斜面跡地を望む


百段公園の桜

写真5 元町百段公園

百段公園は台地の上側にある。桜の枝先遠方に、みなとみらいのランドマークタワーが見える。桜は写真4の崖上の桜と同じ。

撮影:2014年4月

元町百段の石段は、関東大震災で崩壊し、今はその名残が元町百段公園として残されているだけです。石段があったという急斜面には崩壊防止対策工として、コンクリート張工・法枠(のりわく)工・ロックボルト工などが施工されています。この急斜面は旧海食崖に相当し、地形的には低地(下側の元町)と段丘(上側の山手町側)との境界にある段丘崖です。


写真1の左側にみえる説明板には次のように書かれています。


百段公園の説明板

<資料1 大正大震火災誌 神奈川県警察部 1926より>

浅間山は元町二丁目に属し山手町の地続きなる丘陵にして陵上には浅間神社の小祠(しょうし)安置しあり崖腹に百数十段の石階を刻まる、之が境内は狭隘(きょうあい)なるとも二、三の民家あり、眺望絶景にして明治八年頃発兌(発刊?)せし横浜地名案内といえる絵本中に「浅間山暮雪」と称し市内八景の一に選ばれ、全八景中の「伊勢山秋月」と南北相対し、夙(つと)に市内の名勝として著され、殆ど東京芝愛宕社の石階の髣髴(ほうふつ)たるの観を呈していたるが、震動により丘陵は石階のありたる最高所約二十五間の頂上より、約八百坪崩壊し丘陵上の民家一、二戸は土砂と共に顛(転)落して崖の中腹に引っ掛かりて、後刻崖下より襲われたる猛火のために燃焼し、崖下に在りたる民家の中十四戸は落下せる土砂の煽りを受けて、前方に弾き出されて顛(転)覆し若干の死傷者を生じたり。

(現代仮名づかい、新字体に改めた。また、( )内を追加した。)


<資料2 横浜市震災誌 横浜市役所 第二冊 1924(大正15年)より>

大震起こるや、街の背後なる一帯の断崖は、至る所崩壊して、崖下に在る数多くの家屋を埋めた。又川沿いの道路には、所々大亀裂を生じ、川岸は崩落した。崖崩れの著しき箇所を挙げると、一丁目の増徳院後の高さ三間の石垣は全部崩壊し、浅間坂の所謂(いわゆる)百一段は、坂上の雨森家と共に有名なものであったが、地所約三十坪諸共転落してその真下の二丁目百九十七番地より三丁目百三十二番地までの数十軒の家屋が埋没され、全滅に近き程度の死者を出した。四丁目の丘腹に在った太神宮も、崖崩れの為に社殿は破壊し、十余間も押し飛ばされた。

(現代仮名づかい、新字体に改めた。また、( )内を追加した。)